ミュールのぼやき
【ミュールのぼやき】
積み荷を積んだ馬車が、川べりを走っていた。馬車を引く二匹のラバは、いい加減この長々と続く単調な道のりに飽き始めていた。ロバと馬の混血種。ミュールとも言われ、生殖能力がない、労働の為に生まれた馬だ。
「あとどのくらいしたら着くのかね」
左のAラバがぼやく。右のBラバは荒い息を返事の代わりとした。体力の無いラバなのだ。
馭者の手綱を引く手は乱暴で、その度に骨がキリキリと痛んだ。
「これだけ歩いたんだ、ちょっと止まって水を飲ましてくれても良いんじゃないか」
Aラバが言う。そして思いついたように、
「そうだ、止まっちまおう。どうせ引っ張ってるのは俺たちだ。水を飲めなくても、休む権利くらいはあるだろう」と続けた。
「やめ、やめとこう」
息も切れ切れにBラバは言った。
「何でだ、ちょっとくらいかまいやしないさ。君も体力が限界だろう」
「でも、やめといた方が良いよ」
Aラバはイライラしてきた。
「おい、俺は何でだ、と聞いたんだぜ。話が成り立ってないだろうよ」
「じゃあ言うけど、ムチで余計に叩かれるのが嫌だからさ」
「そんな理由で!」
Aラバは怒った様子で言った。
「そんな理由でかい。なあ、ラバってのは叩かれてナンボじゃないか。そりゃ痛いけど、走ろうが止まろうが、結局ムチを食らうことには変わりないんだぜ。なに、二回も叩いて動かなきゃ馭者も諦めるさ」
「じゃあさらに言うけど、その場合僕は三回叩かれることになるんだよ。僕は右を走っているからね、右利きの馭者は、僕を君より一回多く叩くんだ」
Bラバは憎々しげに言った。この事実を伝えるのは今日で始めてだった。
「まるでリズムを取るように、さ」
それっきりAラバは黙ってしまった。
それからしばらく走り、夕暮れになってやっと馬車は止まることを許された。
馬具の繋ぎから解放され、二匹揃って水を飲んだ。
Aラバが言った。
「帰りは、俺が右になろう」
「ありがとう、でも馭者が許してくれるかどうか」
長旅を終えた太陽が、遠く浮かぶ山際に沈んでいく。
それを眺めながら、Bラバがポツンと呟いた。
「今日の積み荷を知ってるかい」
「ああ、綿花だろう。あれは軽くて助かる」
「そうそう、それでね、あの綿花を糸に紡ぐ紡績機なんだが、君は名前を知ってるかい」
「いや」
「それがね、ミュール紡績機というそうだ」
「俺たちの名前と同じだ!」
Aラバは驚き叫んだ。
「どうしたことだい、それは」
「元あった二つの紡績機を掛け合わせて作っただけの、工夫の足りない紡績機って意味らしいぜ。ほら、僕たちは馬とロバから生まれたろう。僕らの生まれとそっくりの紡績機ってことさ」
「なんたる侮辱を。許せないな」
「ああ、許せない。でもいいさ。それより、ああ、太陽が沈んでいくよ。僕らはあれを見にきたのにね」
「太陽なら自分の小屋からでも見れる」
「でも、ここから見た太陽のがずっと綺麗だ」
本心なのか、諦めきっているのか、それはわからない。
「そうだな」
とAラバが言った。