中世の無人島にて
【中世の無人島にて】
水平線の上に現れた小さな点はやがて大きくなり、僕のいる島の方にやってきた。
ああ、やっと来た。もう何年も、もしかしたら十年以上、僕が待ち望んでいた祖国の船だ。
「おおい、助けてくれ」
その船は明らかに僕に気がついている。でも僕は叫ばずにはいられなかった。この日のために、毎日言葉を忘れないように練習していたのだ。
その大型の船は、砂浜に停泊した。慌てて駆け寄る僕。
船の看板から、船長と思われる男が声をかけて来た。
「おい、お前は何者だ」
いかにも仰々しい声だ。偉い方なのだろうか。
「遭難者です、もう何年もここにいたのです」
「そのわりに服が綺麗だな」
「この日の為に僕は、服を着ずに保管しておいたのです。時には獣の皮を剥いで服を作りもしましたが、ほとんどが裸でした」
船からドッと笑いが起こった。
「何故笑うのです」
それを聞いて、また笑いが起きる。僕は不愉快になってきた。必死で生き抜く為にしたことを笑うとはなんたることか!
でも、助けてもらう以上、礼儀正しくしなくてはならない。僕は我慢した。
「お願いです。もちろん、僕を助けてくれるでしょうね」
「待て、待て。その前に、我々はこの島の探検に来たのだ。君、案内してくれるかね」
「勿論、しますとも。でも、きっと助けて下さいね」
そう言って僕は承諾した。船から梯子が降り、船長含む何人かが降りて来た。全員ガッチリした格好。立派な剣も持っている。
「この島に猛獣はいませんよ」
「この剣は我が身と一体だ。いかなる時にも手放さん」
そういうものなのかな。どうでもいいので放っておくことにした。
砂浜に迫る小さな林を抜けると、その林によって潮風から護られた畑がある。僕が生きるために必死で作った畑だ。雨風をしのぐために作った小さな小屋もある。僕はまずそこに船長らを連れて行った。
「なんだこれは」
「畑です。もともと生えていた芋をここで栽培し生活していたのです」
僕は小屋に船長らを招き入れ、保存していた芋を調理し振舞った。火は火打ち石でつける。簡単な作りだが、キッチンもあるのだ。
「ふむ、これは素晴らしいものだな。大きくて、身が甘いのがわかる」
「私、遭難前は植物学をやっておりました。植物の知識を買われてある商人の船に乗ったのですが、嵐の際に船から振り落とされ、この島に流れ着いたのです」
「この芋は、いつ頃収穫かね」
「恐らくあと二ヶ月ほどかかるかと」
「ふむ」
次に僕は、船の泊まったところからぐるっと海岸を回ったところにある岩場に船長らを連れて行った。
「ここには、とても心地の良い温泉があるのです。動物たちもよく来る場所ですが、人がいれば寄って来ません」
船長らは僕の示した温泉に手を入れて、思わず我慢できなくなったのか、服を脱いで温泉にガヤガヤと入り始めた。
剣は岩場に置きっぱなし。これは彼らにとってセーフなのだろうか?
次に向かったのは、島の中心にある大木の下だ。
「何か実っているな、見たことのない果物だ」
「こう、石を投げると取れるんですよ」
僕は足下の石を拾って投げる。枝にぶつかって、木の実の一つが落ちて来た。遭難生活の最中に身につけた僕の技だ。船長らも真似をするが、中々木の実は落ちない。仕方なく、僕が人数分落としてやった。
「僕がパプラと名付けました」
「世にも不思議な味だ。気に入った」
「そうですか、それは良かったです」
「他に、この島に良い場所は無いのか」
「はい、目ぼしい場所はご案内差し上げた場所だけでございます。残りは、なんとも」
「よし、では引き上げよう」
僕らご一行は船の場所に戻った。船に残った船員が梯子を落とし、船長らが看板に上がって行く。勿論僕も続いた。
「ああ、お前は、ダメだ」
船長の非情な声がかかる。
「そんな、あんまりです」
「あんまりも何もない、お前がいなくなったら、誰があの素晴らしい畑を耕すのだ?」
「畑など、国に帰ったらいくらでも耕します。そこらの農民よりは役に立ちましょう」
「ふん、何年も前の植物学なんて今じゃ役に立ちやしまいよ。それにあの素晴らしい温泉はどうなるのだ?動物たちの好きにさせておくには惜しい。汚れてしまったら入れもしなくなる」
「それは心配いりません、動物たちは何より、自然の扱いを心得ています」
「どうだかね。それにあの木の実。あれを取れるのもお前だけだ、やはりお前には残ってもらわねばならぬ」
「そんな、助けてもらえぬのなら、死んだ方がマシです」
僕は涙ながらに訴えた。こんな酷い話ってあるか。
「まあ、まあ。我々も鬼では無い。畑が実った頃にまたこの島にくる。この島は他の島にいく途中の良い休憩地点になるのだよ。とりあえずそれまでは、ここで辛抱してくれと言っているのだ」
「それなら、次はきっと助けてくださいね」
こうして船は去って行った。
約束通り、芋の収穫が終わった頃にあの船長の船がやってきた。
僕はありったけのパプラを落としてそれを待っていた。パプラを木に残しておいたら、それを口実にまた島に残されてしまうと思ったからだ。
「さて、収穫はおわったかな?」
「はい、木の実もここに全て落としてあります」
「よし、ではコレと交換としようか」
船長は懐かしい僕の祖国の品を沢山持ってきた。他には、無人島生活に役立つ、トンカチやナイフなど。
でも、これでは話が違う。
「どういう事です。今回こそ助けてくれるのではないのですか」
「実は現在積み荷が一杯で、お前を乗せる余裕がないのだ」
「そんなバカな、嘘をおっしゃっているのでしょう」
「そんなことは無い。まあ、次こそは連れて行ってやろう」
「きっとですよ」
しぶしぶ、僕は言った。
その後も船長は時々やって来ては、収穫物と木の実と交換になんらかのサバイバル用具を置いて行った。
僕は栽培する芋の量を増やした。パプラから取り出した種を蒔いて、ちょっとした果樹園も作った。船長から貰った農具やらによって、それは容易く行うことが出来た。
もう何度船が来航し、そして去って行っただろうか。その度僕の渡す収穫物の量は増え、質は上がっていった。でも、船長は決まってこう言うのだ。
「次こそはきっと乗せてやる」
僕はこの船長にハメられてる気がする。この船長は僕を連れて帰る気なんかないんだ。
でも、僕はしぶしぶ、いつもこう答える。
「では、次こそはお願いですよ」
だって、こう答えるしかないじゃないか。