一人に二人
【一人に二人】
あんなにしつこく喚いていた天使も、最近ではすっかり諦めムードになっていて、俺の後ろをションボリ、フラフラと飛び回るだけとなっていた。
「幸せを運ぶ天使」。全く、ベタな存在がいたものだ、と俺は思う。問題は、それが二人いるということだ。
もう一人の天使は、俺の目には見えない。それが普通なのだ。だがこのショボくれた顔をした天使の言うことには、今も俺の近くを同じくフラフラと飛びまわっているらしい。目に見えなくて本当に良かった。四六時中二人の天使に視界のすみをチラチラ横切られてはたまらない。
ある朝俺は起きて、いつものように仕事に出かけた。時間は七時。家を出る時間としてはギリギリだが、遅れる心配は無い。此方には二人の天使が憑いているのだ。
見えない天使をA天使。ショボくれた天使をB天使としよう。B天使の話によると、この世の全ての人間一人ずつに、担当の天使が一人憑いていて、その天使から幸福を受け取っているという。
俺の本来の担当はA天使。ところがB天使は天界での手続き違いで誤って俺の下に来てしまい、離れなくなってしまったのだ。二人分の幸福が、俺の下にやってきたことになる。B天使は姿を表して俺に泣きつき、俺はそれを突っぱねた。
のんびりと歩いて駅へと向かう。途中、天使の力によって、ほとんど信号に引っかかることはない。あっても、すぐに青に変わってしまう。見なくとも、その度B天使が苦々しい顔をしているのがわかる。
外に出かけると、B天使は決まって俺の頭上を飛び回り、本来の担当者探しを始める。時々下に降りて羽を休めては、また空高く飛び立って行く。毎朝ご苦労なことだ。
もし俺が本来の担当者の近くを通れば、その隙にB天使はその担当者の下に取り憑き直すことができるという。B天使はそれを狙っているのだ。
だが、俺はそれが無駄だと知っている。初めてB天使が俺の下にやってきたとき、B天使はこの世の終わりのような顔をして俺に本来の担当者との接触を要求した。
勿論拒否したが、その時チラとその担当者のデータを見せてもらったのだ。かなり遠くの街に住む人間だった。万に一つも街で出会うことは無い。
電車に乗る。勿論ホームでの待ち時間もほとんど無い。朝の時間帯なのに、どういうことか席に座れるほど車内は空いている。二人の天使から幸福をもらうことにより、相乗効果が働いているのだろうか。俺に訪れる幸運は、とても二人分とは思えない。
B天使は車内を一通り見回したあと、諦めて俺の前に降りてきた。
「やあ、お疲れ様」時々こんな風に、俺は小声で皮肉ってやる。これは良いストレス解消になる。
「お願いです、もう勘弁してください。私を待つ方が他にいるのです。貴方にはもう一人、本来の担当天使がいるではありませんか」B天使が泣きそうな声を出す。からかいがいのある天使なのだ。こいつは。
「やだよ、誰が手放すもんか。そもそも手続きに失敗したお前が悪いんじゃないか」
「しかし、それは本来の貴方の幸せではないのですよ」
「それがどうした。天使のお墨付きの幸福なんだろう?貰わない手なんてないぜ」
くっと天使が言葉につまる。
「別にほっとけばいいじゃないか。天使の運ぶ幸せが全てじゃないんだろう?それなりに幸せに生きてるかもしれないぞ、そいつも」
「しかし…」
電車が目的の駅に止まり、俺は立ち上がった。俯くB天使の体をすり抜けて、電車から降りる。
改札に続く階段は、流石に人でごった返している。しかしこの中にも、B天使のお目当ての人物はいないだろう。
何故なら、俺は特別幸運な人間で、彼は特別不運な人間に決まっているのだから。
俺に出会うなどという幸運が、彼に訪れるはずもない。