蒿里(こうり)へ…
どうも、維月です。
今回は、どうも全体的にダークになってしまい、うーん…書いてて、何か息苦しいぞ?(笑)
でも、ここからが佳境なので、どうぞ、楽しんでくださいませ♪
ここは、どこだろう?
もう、愛しい彼の人の村に、着いたのだろうか?
ふわふわ、ふわふわと、意識が漂う。
呼ばれた気が、したような、しなかったような。
「氷魚っ、なにが、一体、なにがあったんだよっ」
瑪瑙は、氷魚のベッドの脇に、突っ伏す。
その肩は、ひどく震えていた。
瀕死の氷魚を、自宅の玄関先で見つけたとき、瑪瑙は、自分の不甲斐なさを呪った。
自分など、消えて、なくなってしまえばいい。
彼女を失うより、どんなにマシか。
「氷魚…!」
彼女の傷を処置したのは、瑪瑙の、掛かりつけの医者だった。
彼は、窘めるように、瑪瑙の肩に手を置いて言う。
「落ちつくんだ、幸いにも、傷は浅い。痕も残らないだろう。まずは、する事があるんじゃないか?今、できることをするんだ」
「…ああ、分かってる、分かってはいるんだ」
「その様子だと、多分、三、四日で気がつくだろう」
医者は、そう言うと寝室から出て行った。
ドアの閉まる音を背中に聞き、瑪瑙は、暮れ始めて赤い、黄昏の空を見あげて呟いた。
「分かってンだよ…そんなの」
(氷魚、すまねぇ…すまねぇっ!)
握りしめる掌に、爪がくい込み、床に点々と、赤い雫を落とした。
「シラン、シラン、どこです!?」
豪奢な宮殿内の、隅に位置する小さな房室に、女の甲高く、耳障りな声が響いた。
房室に窓はなく、薄暗い。
その中に、黒く、人の輪郭が浮かびあがった。
「は、奥方様…私はここに」
言って、顔をあげた彼女の頬が、ピシャリと鳴った。
主の平手が、強く打ち据えたからである。
「余計なことをっ、誰がアレを殺せと言いました!」
「申しわけ、申し訳ございませんっ!」
「お前はただ、命令に従っていればよい!忘れるんじゃありませんよ、お前が野垂れ死にするところを拾ってやったのは、この私だということを。お前の代わりなど、いくらでもいるのですよ、たかがお前一匹始末することなど、造作もない」
「そ、そんなっ、奥方様、私は!」
「いい訳は聞きません、時期まで、大人しく控えていなさい」
「は…はい」
「私は戻りますよ…紫嵐、余計な動きはしないことです」
衣の裾を翻して、主が房室から出て行くのを見送り、すっかり姿が見えなくなってから、紫嵐と呼ばれた、茶髪の娘は変化を解き、元の豹の姿に戻った。
「なんで、このあたしが叱られなきゃならない…あたしはただ、役に立ちたかっただけなのに。チッ!忌々しいっ」
豹は、身軽に窓から跳んで、数メートル下の地面に着地した。
一方、氷魚は依然として、眠ったままだった。
「ホント、言ったとおりになっちまった…ったく、弱音吐いたって、始まんねぇよな、氷魚、勝手にいなくなるんじゃねぇぞ?早く俺ンとこに、戻ってこい」
瑪瑙は、彼女の傷だらけの頬を、固く絞った布で拭って言った。
氷魚が眠って、二日目の夜が、開けようとしていた。
目が覚める、と言われた三日が過ぎ、四日が過ぎても、氷魚の目は覚めなかった。
「瑪瑙、瑪瑙…起きて」
肩を揺さぶられて、瑪瑙は勢いよく、伏せていた体を起こした。
「氷魚!?よかった、大丈夫か?どこも、苦しくねぇか?」
抱き締める瑪瑙の胸を、彼女は、やんわりと押し返した。
「違うよ…瑪瑙、俺だ」
氷魚の声を借りた『何か』は、真っすぐに、瑪瑙を見て言った。
「違うって…柘榴?お前、どうして…」
「どうして、じゃないだろ?全く、お前には、氷魚がただ眠っているように見えるのか?今、どうして俺が出てきたのか、よく考えてみろよ」
「まさか、魂が…ない!?」
「身体は眠っているだけだ、魄があるからね、けど、魂のない身体は魄だけでは保てない、やがて死ぬんだ」
「氷魚が、死ぬ!?冗談じゃねぇ!柘榴っ、なにか方法はねぇのかよ!」
「瑪瑙、君を蒿里に連れて行く…氷魚は、そこだ」
「おい、蒿里って…死者の魂が行くっていう、ど、どうやってだ!?」
「俺も、一緒に行くから大丈夫、ただ手を取ってくれればいいよ。さぁ」
「おう…」
瑪瑙は、差しだされた、白い手を強く掴んだ。