正反対な双子姉妹
時は嫁入りの儀よりも遡る。
都から遠く離れたその村には、双子の姉妹がいた。
姉は花乃、妹は結乃。二人は顔立ちはよく似て双方共に端正だけれど、その他はまるで正反対であった。
花乃は麗しく、まさに可憐な花のような乙女。
花乃がいるだけでその場が華やぐ。濡羽色の髪も程よく日に焼けた肌も、そして何より花乃が浮かべる朗らかな微笑が、多くの人間を虜にした。村の男衆からはもちろん、近隣の町からも彼女の元へと届く縁談は数知れない。
対する結乃はといえば、色が抜けたような白髪に蒼白い肌。いつもぼんやりとしているのもあって、生きる人形などと陰で称されている。
そんな結乃の取り柄といえば、姉の花乃は有していない、溢れんばかりの霊力だ。
その霊力故、巫女として社に勤めている。結乃はとても優秀で、悪しき妖を打ち倒してくれるため、表向きだけはありがたがられていた。
空が黄昏に染まる夕暮れ時。
村の片隅、色褪せた鳥居の前で花乃は足を止めた。
深く一礼。それから、ぐるりと周囲を見回す。
誰かに見られていては面倒なことになるからだ。
人影がないことを確かめ安堵しかけたところで、ガサゴソと不意に音がした。
視界の端にちらついたのは、明らかに人間とは異なるモノ……妖だ。
花乃が腕に下げた籠の中身の匂いにつられて来たらしい。
籠に頭を突っ込もうとモゾモゾしているそいつを慌てて摘み上げたら、指を貪るように齧られ激痛が走った。
「このっ」
衝動的に握り潰したけれど妖相手に物理攻撃は意味を成さない。しばらくの格闘の末に、懐にしまってあった呪符を張ってやっと大人しくなった。
今度こそ鳥居を潜り、社へ歩みを進めながら、花乃は血が滲むほど強く強く唇を噛んだ。
たかが小さな妖相手に手こずる自分のなんと不甲斐ないことか、と。
――双子なのだから、私も霊力を持って生まれれば良かったのに。
美貌がなんだ。男連中から向けられる人気や好意がなんだというのか。そんなものを持っていたところで、いかほどの価値があるだろうか。
一度たりともそれらのおかげで幸せな思いをしたことはない。むしろ鬱陶しいだけだった。
結乃はいつも妖との戦いに明け暮れ、傷ついて戻って来る。危険度も大小も様々いる妖の中で、呪符の効かない強力なモノを巫女が相手するのだ。
巫女服の朱い袴が破られて、白い肌に乾いた血痕がこびりついていながら、決まって平然とした顔をしていた。
「おかえりなさい。今日の戦いも激しかったの?」
「……あらまあ、姉さん。わたしはいつものことですから大丈夫ですよ。そんなことより、姉さんは隣町の殿方とお見合いがあったのではなかったのですか」
「『体調が優れないから』と昨日のうちにお断りの文を出しましたとも。今頃届いているでしょう」
「姉さんはこんなにもお元気ですのにねぇ」
結乃の態度はいつもふわふわとしていて、掴みどころがない。
この世のあらゆることがどうでもいいのだろう。どうでもいいと思わないと孤独で辛くなってしまうのだろう。そう花乃は推察している。
物心つく前に社に押し込まれ、神への祈祷と妖退治の毎日。
気味悪がられているから神職の者たちに声をかけられないし、社を訪れる人と言葉を交わすことはごくわずか。さらには花乃と過ごす時間もそう多くない。
どうしようもなく哀れな妹の心の縁になりたいけれど、花乃にできることと言えば、結乃の腹を満たしてやる程度である。
「黒米、鮭の煮つけ、冬瓜の漬物、それから今朝採れた人参。夕飯に召し上がってね」
「ありがとうございます。ですが、こんなに多くいただいてよろしいので?」
「巫女は体力が重要なのだから、たっぷり食べるの」
結乃の夕飯を届けるようになって数年が経つ。
社で与えられる食事は極めて少なく、日に日に弱っていく結乃を見ていられなくて、差し入れ料理を作り始めた。
おそらく大っぴらにすれば巫女に贅沢させる必要はない等と咎められてしまうので、社を訪れてるのはあくまで参拝のためと言い張っている。長居しては怪しまれるだろう。
料理の受け渡しが終わると、花乃はすぐに踵を返した。
そのままいつも通りに立ち去る――そのはずだったのだ。
「やあ」と言って、男がぬぅっと現れなければ。