嫁入りの儀
ぴぃひゃらぴぃひゃら、ぴぃひゃらぴぃひゃら。
高い笛の音が響いている。
今宵は、巫女の嫁入りだ。村をあげての盛大な祭事である故、村中の者が神の祠へと集い、深く深く平伏していた。
例外は神職のみ。宮司は祝詞をあげ、禰宜らが笛を吹いている。
そしてこの儀式の主役たる巫女は、ただじっと佇んでいた。
雲間から差す月明かりを浴びててらてらと光る白無垢を纏う巫女は、髪も、肌も、顔も、何もかもが白く、まるで人形のよう。夜闇が広がっているせいだろうか、どこか不気味にも見える。
この村では稀に、理を超えた力――霊力と呼ばれるそれと引き換えに色を失って生まれてくる子がいるのだ。
唯一色づいているのは、鮮血を思わせる紅い唇のみだった。
「神よ、巫女・結乃を捧ぐことを許し給え」
宮司が言葉を途切れさせ、「さあ」と手を差し伸べてくる。
巫女はそれに無言で応じて、にっこりと微笑んだ。
これから生贄にされようとしているとは思えないほど、朗らかに。
その笑みを見た者たちは違和感を覚えて小さくざわめく。
この巫女は、こんなにも朗らかに笑う少女だっただろうか、と。
花嫁とは名ばかりで、本当のところは生贄でしかないという事実は誰でも知っている。
この村の守り神は定期的に女人の身を求めて荒ぶるとされる。それを鎮めるのに花嫁という名目はちょうどいいのだ。最近は水害と疫病が相次いだので、嫁入りの儀が決定した。
普通なら恐怖に震えるだろうに、彼女の双眸に少しの怯えも揺らぎも見えず、静かであった。
冷たく無機質な神の祠の扉が開く。
自ら中へ足を踏み入れる巫女。この世への未練はすでにない。
なぜなら、一番大切なものは託してきたあとだったから。
「それでは皆様、ごきげんよう」
巫女の姿は暗闇に消え、まもなく祠は閉ざされた。次に開くのは数十年後。その時、巫女は干からび切っているに違いない。
かくして、嫁入りの儀は終了となった。
これで神は満足してくださるだろう。
誰ともなく呟き、他の村民たちが賛同する声が、扉越しに巫女の耳へ届く。
――なんて滑稽なことでしょう。
儀式を終え、ホッと胸を撫で下ろしている彼らはまだ知らない。想像もしていない。
こうして仰々しく送り出された巫女が、まさか成り替わった偽者であるなんて。
これが笑わずにはいられるだろうか。
可笑しくてたまらなかった。
――神よ。怒るなら思う存分怒って、大きな災いをもたらせばいい。
――偽りの花嫁が、今からそちらへ参ります。