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弱者の街

「…い。だ………か? おい…っば!」

 何やら小さく指で突付かれるゆな感触を感じる。

 “ん? ここは…?”。そんなことをボンヤリと考える。

「おい。お前ってば! 大丈夫なのか? 生きているか?」

「…ん? 何だ、誰だ?」

「ここだよここ! 目の前にいるだろうが。お前、ちゃんと生きているか?」

「え、…ん? あぁ、たぶんちゃんと生きてるんじゃないかと思うが……」

「そうか、なら安心だな♪」

「うい、ども……」 

 そこまで会話をしながら、次第に視界が開けていく。どうも目がかすんでハッキリと見えない。

 ゆっくりゆっくり…時間をかけて視界の中に映るものを確認しようとする。…が、その前に。

「だ、だれだ! お前は!!」

 …ゴンッ!…

 今更ながら、驚いたように飛び起きる。

 起き上がる際に何かに激しくぶつかった気もしたが、視界がぼやけたままである。

 未だなお、ハッキリとは目が見えない。

「いたたたたっ。…こ、こら、いてぇーよ、てめぇ~! なにすんだよぅ~、ったくよぉ~!」

「!?」

 何かが俺とぶつかったと言っているようだ。

 ボンヤリする眼のまま、周りを見渡してみるが、人はおろか、生物らしきものの姿が見えない。

 しかも、ここは、先程の場所のようで、甘い匂いを発していた場所、そのもののようだった。

「ま、まずい! まずは、ここから遠ざからないと!」

 思い出したかのように叫び、匂いとは逆の方へ走り出す。

 …あ、あれ? 走っているつもりなのだが、どうもうまく走れない。…いや、歩くことも難しい感じだ。

 “な、なんだ? 今度は一体どうしたっていうんだ?”。

 パニックになりながらも、はいずりながら、匂いと逆の方へ遠ざかろうとし続ける。

 …ぜいぜい…はぁはぁ…

 そんな必死になっていると、何かが目の前、眼前に接触するほどの至近距離に立ちふさがった。

 それは無言で、そんな俺を見つめ、睨みつける。

「…………。」

「…えっ!?」

 ようやく気づいたユピテル。

 だが、視界はまだ完全ではない。

 ぼんやり深い霧の向こうに覗き見える顔のようなシルエットに対して問いかける。

「あ、あなたはだれ?」

「…ふぅ。そりゃ、こっちのセリフじゃい!」

 深いため息をついたソレは、関西系のような話し方で、自分に返答する。

 ここにきて、初めて自分以外の人に出会った。

 そうした感激ともいうべき感情を抱きつつ、今ある状況を振り返る。

 …振り返る、……振り返る。………あっ!?

 そうして、ついにそこで何かを発見するユピテル。

「あ、あなたは、…私を助けてくれたんですね?」

「ん? ん~…ま、まぁ、結果的には、そういうこって良いんやけどな……」

「あ、ありがとうございます!」

「そ、そんな礼を言われるような事しとらんて、…ま、まぁ、ちょっと運が良かっただけや、ホンマ!」

 照れながら、そう言い返してくる。未だに視界がボンヤリしたたまで、一向に回復する気配が無い。

 “ゴシゴシ…”と、両目を擦っては、また見つめ、“ゴシゴシ…”と、両目を擦っては、また見つめ直す。

「やっぱ目をやられたか? 視界がぼんやりしたままで、ハッキリ目が見えんのやろ? …どや?」

「そのようです、どうやら……」

「ほなら、あとちょっとだけ待っとってな、終わったらすぐ街へ連れてって、治療したるさかい」

「ま、街があるんですか? ほ、本当に街があるんですか!?」

「な、なんやお前。おかしな事いうやっちゃな。そんなん、あるに決まってるやろ。なかったら困るわい!」

 この世界に来てから初めて人と出会った。

 そして、その人が住んでいる街があるという。この世界には、自分以外の人がいる!

 それは、まだ自分が死んでいない! ということの証明にも繋がる。

 どういった経緯でここに来たのか、居るのかを知る手がかりも、きっとそこで見つかるはず!

 そうした願いと期待を込めて、その人の用事とやらが済むまで待ち続ける。…と、そんな時、

 …ヒュ、ビューーーーンッ…

 途中、そんなどこかで聞いたような音を耳にする。

 …バシュッ!…

 と、次いで何かが切断されるような音を聞く。

「だ、大丈夫ですか? いま、何か物凄い風きり音が聞こえましたが……」

「自分で使うてるんやさかい、そないなことで怪我することはないって。心配ありがとな、兄ちゃん♪」

「あっ、…は、はい!」

 …ん? 自分で使う? それってどういう意味だ? …と、そんな事を考えているとその人が叫んだ。

「兄ちゃん、体格ええし、運ぶの手伝ってもろてもええか? 沢山持ち帰ると非常にありがたいんやけど」

「あっ、はい。もちろんです。…で、どこにある何を持てばいいんですか?」

 今は目が見えないので、持ってきて貰わないと流石に持てそうに無い! …と訴えるユピテル。

 すると、そんな事を微塵も気にしていないかのようにあっさり返答を返してくる。

「大丈夫や! 兄ちゃんは、そこで両手を前に出し、しっかり立っといてくれるだけでいい!」

 そういうなり、“ほんじゃ、いくで~…”と、なにやら掛け声が飛んできた。

「…えっ!? ちょ、ちょ、あ、…は、はい。ど、どうぞ!」

 何が何だか判らないが、言われるまま立ち上がって両手を前に突き出す。

 そのまま動かず待っていると、どこからか……

 …ヒュ、ビューーーーンッ…

 さっき聞こえてきた音が耳に届く。…と、次の瞬間。

「…う、うがががっ!?」

「ど、どうや? それだけ持てそうか、兄ちゃん?」

「最初の衝撃は凄かったですが、ま、まぁ、この位なら持てそうです。…ま、任せてください!」

 少しだけ無理をしているユピテル。

 街から来たという以上、荷車や何かの運ぶ用具があり、そこまでの運搬だ! そう確信していた。

 …が、次の一言で、その甘えたような考えが吹き飛ぶ。

「ホンマに大丈夫か、兄ちゃん? ここから一時間歩くんやで森の中。それでもホンマに行けそうか?」

「……えっ!? い、一時間も森を歩くんですか?」

「そうやで、近いっていっても、そのくらいはかかる。 …で、行けそうなんか、兄ちゃん?」

 ニヤニヤしながら、その人は質問している。

 しかし、今のユピテルには、その表情すら、よく見えないのだ。

 軽くOKした自分を少し後悔しながらも、考えた所で変わらない! …と、ばかりにユピテルが答える。

「一割ほど、減らしてもらって良いですか? …これ?」

「ほいな~♪ その位は減ったんに入らんて。 んじゃ少し引きずり落とすから、そのまま持っといてな♪」

「…りょ、了解です!」

 言い出した手前、半分以下にして下さい! とは、口が裂けてもいえなかった。

 だが、それでも“一割減らす”と言えたことは、ユピテルの中では、ギリギリの譲歩でああった。

 ただ、そういわなければいけない程、この先の厳しさを想像できる、そんな状況であることを物語っていた。

「ま、こんなモンか。二割ほど減らしたから、随分軽いやろ? 問題なければ、これで行くけどええか?」

「…は、はい。全く問題ないです、はい」

 できるだけ必死に表情を隠そうとするが、明らかに無理をしているのがバレバレだった。

 “この兄ちゃん、…根性あるなぁ~…関心するわ♪”と、心の中で微笑んでいるこの人。

 実は、2割を減らすどころか、カケラも減らさず、『減らしたで~!』と伝えていたのだった。

 “う、うぐぐっ…・”

 必死に抱きかかえ、腕をねじり姿勢や歩き方を変えつつ、引かれるまま、その人へ随伴するユピテル。

「ほれほれ、がんばりや、兄ちゃん♪ 男に二言は無しやで~、ホンマ♪」

「も、もちろんですよ、…は、はははっはは……」 

 明らかに無理をしているユピテルと、そうと判っていて、無理をさせるその人であった。



 結局、歩き続け、一時間どころか、2~3時間ほどはかかった頃、ようやく目的とする街へたどり着く。

「さぁ、着いたで!」

「ふぅ…。ようやく荷物を降ろせるんですね……よかった」

 途中少しの休憩を挟んだとはいえ、ほぼ、歩き続けた二人。

 荷物を素手で抱えて歩くユピテルにとってみれば、それは地獄の旅路に近かった。

「ほんじゃ、わいは治療薬をもらって来るから、そのままそこで、待っときや。スグ戻るさかいに」

「…は、はい、承知しました」

 崩れるようにその場に座り込む。

 街の入口のアーチと思われるものへ寄りかかり、側に荷を降ろし目を閉じる。

 …もともと今日は、朝から何も食べていない。

 そのうえ、格闘ににた騒動があり、かつ、このように重労働の長旅も行ったのである。

 実際、腹ペコになっているが、それよりも今は、深い眠りにつきたい、……そう思うユピテルだった。

 その場でそのまま目を瞑り、…ウトウト…と、していると、いつしか眠りに誘われていった。



 美味しそうな甘い匂いに惹かれるように目を覚ますと、そこは倉庫のような場所だった。

「よう、兄ちゃん。目が覚めたかい? …気分の方はどうや、平気か?」

「…ん、…あっ、は、はい! 大丈夫そうです、目もすっかり見えるようになってますし!」

 そういって、街まで連れてきてもらった人の顔を見る。

 …顔を見る。……顔を見る。…………。

「…え!?」

「え? ってなんやねん、兄ちゃん。酷いなぁ~ほんま。ウチ、傷つくでぇ~マジで」

 そういって、泣きまねをしているその人は、身の丈は、せいぜい1mほど。

 大人の人間をその大きさまで小さくしたもの。そんな人だった。

「あ? …え? ……えぇ!!!!!」

「なんや、もしかして兄ちゃん。シルフ見るんは、初めてなんか?」

「へっ!? …シ、シルフ?」

「そない珍しいんか? まじで驚いた面しよるのぉ~…、兄ちゃん、あんた、おもろいで♪」

 そういって、ユピテルの頭を…ポンポンッ…と叩く。

 叩かれているユピテルの方は、瞳孔が開きっぱなしで、目を真ん丸にしている。

 そこへ別の人が入ってくる。

「あぁ~~! ようやく君、起きたんだ。…どう? 目のほうの具合は、平気そう?」 

「…え? あ、は、はい。おかげさまでスッカリ見えるようになっています。……あ、あなたは?」

 そういって、入ってきた人に問いかける。

 それを聞いて、最初からいた人も思い出したかのように語りだす。

「そうやそうや、そういえば、うちらお互いの名前も知らずにここまで来てたな」

 “スマンスマン!”と、両手を合わせてお辞儀をし、“改めて自己紹介や!”といって語り出す。

 横では、“あんたって人は…”と、言いたげな表情で、後から入ってきた人が立っている。

「今更やけど、わいは『ダイアナ』や。街の『狩猟:食料調達』を任されてる。そんで、こいつが…」

「はい、ストップ! 私は私で自分で紹介しますから、はい、そこまでね♪」

「ちぇっ、別にいいやん、そんくらい。…なんやねん、ケチんぼ~っ!!!」

 …べぇ~っ!…と下を出し、そっぽを向くダイアナ。

 『…はいはい。ご苦労さまでした、ダイアナちゃん♪…』とばかり、ヨシヨシと頭をなでる。

 随分と手馴れた扱いである。

 そんな軽いあしらいをしながら、もう一人の方が話し出す。

「私は、呪術師の『ラケシス』と言います。薬剤師も兼務しまずので、治療も私が行いました」

「あっ、そうなんですか。ほんと、助かりました! ありがとうございます!」

 そういって、深々とお辞儀をするユピテル。

 そんな低姿勢な姿を微笑みながらラケシスが見つめる。

「わ、私は、『ユピテル』と言います。気が付いたらこの世界にいて、今の状況もよく判りません」

 そう自己紹介しながら、困ったように照れ笑いするユピテル。

 そんなユピテルの言動に頷くように同調しながらも、ラケシスが、全身を舐めるように見つめる。

 一通り眺め終えた後、何かを納得したように『…うん!』と頷き、ラケシスが再び語りかる。

「はい、どうやら、見たことも無い格好ですし、なにやら複雑な事情もありそうですわね……」

「…は、はぁ、……まぁそんな感じです」

 説明するにも、どこから話すべきかすら判らない状況である。

 また、お人形のようなサイズの人が、自由に宙を飛びまわっている様は、驚愕に値した。

 もう驚き疲れたので驚いてはいないが、自分が知っている世界とは、間違いなく違う気がした。

「では、ユピテルさん。…私達に何か聞いた事はありますか?」

 そういって語りかけてくるラケシス。

 “さん”をつけて呼ばれるのは、正直いって慣れていないのもあり、ちょっぴり恥ずかしかった。

「あ、あのぉ、…できればでいいんですが?」

「はい、何でしょう?」

 にっこり微笑みながらそう答えるラケシス。

 正直、とても可愛らしく、愛らしいその表情に、大人気なくも赤面するのだった。

「私の事は『ユピテル』と呼び捨てて貰えませんか? どうも『さん』づけで呼ばれるのは……」

 そういいながら、照れた表情を見せるユピテル。

 “…あらっ!?”と、言いたげな表情を作った後、ラケシスが答えを返す。

「はい、判りました。では、これから呼ぶ時は、ユピテル! と、呼び捨てにさせて頂きますね♪」

「おう、よろしくな、ユピこぅ!」

「あ、ありがとうございます。…って、へっ!? ユピこぅ?」

「こ、こら、ダイアナ! 言っている側から、…それにユピこぅ! とは何ですか、ユピこぅとは!」

 ダイアナを叱りを入れながらも、ユピこぅ、ユピこぅと連呼するラケシス。

 恐らく本人は全く意識していないのだろう、…そんな所に、どこか天然的なものを感じた。

「あ、私は別に構いませんよ。こちらこそよろしくお願いします、…ダイアナ。そして、ラケシス!」

「おう! よろしくな、ユピこぅ♪」

「っとに、ダイアナったら……」

 困り顔になりながらも、どこか叱りきれないラケシスだった。


 一息入り、場の静寂が戻ったj頃、ラケシスが、おもむろに語りだす。

「この街では、本来、今日のような遠い場所で、狩りや食料調達を行ったりは致しません……」

「…へっ!?」

 突然の話の内容に戸惑うユピテル。

 しかし、その話は、自分が救出されるまでの経緯を語ってくれているのだと感じた。

 そんな印象を確信した頃、それに気付いたかのように、ラケシスが語りを再開する。

「先日、私が白昼夢に襲われた折に聞いた声、それに従う形で、本日の狩猟をしてもらいました」

「ど、どういうことですか!? まるで、自分が来ることが判っていたようにも聞こえますが……」

「……そうですわね。私もそういう見方をするべきなのかどうか、先ほどから考えていおりました」

「白昼夢とは、どういうことなのでしょう? 呪術師とお聞きしましたので、占いの一種でしょうか?」

「いえ、私が見たのは、日中の森の中。幻に包まれるように景色が変わり、そこで声を聞きました」

「…声ですか?」

「はい、声だけが聞こえました。そして、そこで聞かされる声には、何故か、従うべきだと感じました」

「…なぜ、従うべき声だとおもわれたんですか?」

「私にもわかりません。…ですが、何か、偉大なお方からのお言葉。そのような感覚を感じました」

「…知らない誰かだけれど、何か、従いたくなるようなそんな人に思った。直感のようなものだと?」

「…はい。そんな感じです」

 “…そいつは何者だ!”と、まずは思う。

 しかし、同時に“…何をしたかったんだ?”とも思う。

 実際、それが俺であるかどうかは不明であるが、なぜかそれは、自分の事のような気がした。

 幻の中で聞いた会話で、自分の名前がでたかどうかは判らないが、何故かそんな気がしたのだ。

「せやから、普通、用事でもない限り、あんなとこまで出くさって、狩りはせん! ちゅう~ことや!」

「…まぁ、平たく言えば、そういうことです」

「私が聞いた言葉はこうでした────」


 『…夢託すもの現る…願わくば、導き、迎え入れよ…東にありき、甘い場所…』


「…東にありき、甘い場所? それは、俺がダイアナに発見された場所のことを指すのですか?」

「はい、私たちが、通称『蜜香の園』と呼ばれる場所が、ユピテルが、発見された場所となります」

「う、う~む、確かにそれっぽい地名ですね。でも、言葉には夢託すもの…ともありましたよね?」

「はい。夢を託すとありました。でも、その夢とは、何を指し示すのか、それは判りません……」

「場所だけなら、俺で間違いない気もしますが、その夢。とか言われると、想像もできないですね」

 当たり前のようにそうユピテルが答えると、ちょっぴり残念そうな表情でラケシスが言う。

「…そうですか。貴方が目覚めるまで、私達も話しあっていたのですが、進展はありませんでした」

「ちなみに俺は、この後どうされるんでしょうか…?」

 少し不安げな面持ちで、ユピテルが問いかけてみる。

「ご心配なさらず。別に取って食おうだなんて思っていません。傷が癒えるまでユックリして下さい♪」

 そういって、ニッコリと微笑かけてくれるラケシス。

 “…あぁぁ、この笑顔には、流石にまいってしまうな”。

 そんな事を思いながら、頭をポリポリかいていると、ダイアナが横から叫びながら抱きついてくる。

「何やねん、ラケシスばっかにニヤニヤしくさってからに、わしかて、そこそこベッピンやっちゅーねん!」

「…な、何を、突然……」

「おっ! わしにも赤くなりよるんやないかぁ~、ほぉ~れほれほれ。お姉さんが、遊んだるでぇ~♪」

「…ちょ、ちょっと、ま、待てって、…ああぁぁぁぁーーーーっ!!!! …ラ、ラケシスゥ……」

「あらあら、まぁまぁ♪ お二人とももうすっかり仲良しですね、……それじゃ私も、…えいっ!」

「…な、んなぁ~~……ラ、ラケシスッ!……ちょ、な、なしなし、……あ、あぁーーっ!」

 もうすっかり二人専用のオモチャになっているユピテル。

 だが、“あぁ、これでもう少し大きかったら…”と、オモチャにされる事には、嫌ではないようだった。

 そんなユピテルの心情を察したのか、二人のイチャイチャ度合いが、益々エスカレートしていく。

 『天然シルフの最強タッグ、ここにありっ!』、まさに、そんな状況が生まれていた。

 そんな事を三人で、延々と繰り返していると、遠くからラケシスに向け、お声がかかる。

 『こっちの宴の準備は、もうできたぞぉ~♪』…と。

 それを合図にようやく二人の猛攻が静まった。

「この続きは、宴会でや! さ、いくで、ユピこぅ♪」

「…そうですわね、さ、いきましょう、ユピテル♪」

「ちょ、ちょっと待って、…せ、せめて、もう少し何か着せて……あっ、あぁぁーーーーーーーーっ」

 二人に半ば強制的に身包みをはがされ、シルフ用の衣装を着せられたユピテル。

 もともと、身の丈が自分の半分くらいしかない種族の衣装である。

 ひざ上30㎝とも言える浴衣のような民族衣を着せられ、皆の集まる広場へと連行されていった。




 連れてこられたその広場は、今までユピテルが、想像すらしたこともない光景が広がっていた。

 男女、大勢のシルフが、色取り取りの衣装を纏い、中央の炎をとり囲むよう飛び交っていた。

 まるで、流星と蛍と花火を同時に多彩に繰り広げたような、そんな素敵が広がっていたのだ。

「うわぁ~~~~~…す、すっごい…これ……」

 思わず発する言葉を無くすユピテル。そんな姿をみて、後ろから飛び蹴りが飛んでくる!

「ほら、さっさと歩み出ろっちゅ~ねん、このボケぇ! 後がつかえてるんやぁーーーっ!」

「こ、こら、ダイアナ。人を足で蹴らないの! …年頃の女の子が、はしたない……」 

 既に蹴りではなく、飛び蹴りに昇格している行為だったが、そこに突っ込む者はいない。

 だが、そんな強襲の後押しもあり、ユピテルは、自然と宴の中心に向けて歩みを進めた。

「さ~お客人のおでましだ~~! みんなぁ! 今夜はトコトン騒ぐぞぉ~~~~!!」

「おおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~っ!!!!!」

 誰からとも無く、自分が中心に現れたことを合図とするかのように、唄い踊り、騒ぎ出す。

 ユピテルの眼前に繰り広げられた光景は、それはとてもとても綺麗な絵になる景色だった。

 時が過ぎるのを忘れるくらい、それは素敵な光景、景色、そうしたものだった。

 そんな景色に溶け込むように身を委ねていると、どこからかとても綺麗な旋律が流れてくる。

 『…暖かい…懐かしい…』、そんな心安らぐ…、そんな心象を受ける旋律だった。

「ラケシス、この音楽は…?」

 思わず、隣にいるラケシスに聞いてみる。

 すると、横からダイアナが出てきて、ユピテルに抱きつきながら答えてくれた。

「な、…なんや、こんなもんも知らんのか、おどれは…ういっく。…うっ、気持ち悪い…」

 前言撤回。…開始して半時ほどで、既に完全に出来上がってしまったダイアナがいた。

 そう、彼女は、ただ、酔って絡んできただけだった。

「ほら、ダイアナ。…あら? あなたもう酔ってる? ほらほら、ちゃんとここに座って……」

「…な、なにもしららんろやんのぉ…お、おどれはアホや、アホぉ~…きゃはははははっ!」

 飲むと性格変わる人がいるのは承知しているが、見事な泥酔ぶりである。

 ダイアナの場合は、飲むほどに輪をかけ、元の性格が増徴するタイプみたいだった。

「ほんと、スミマセン。この子ったらぁ~…。あっ、ほら、ちゃんとココにすわる! こ、こらぁ!」

 呆れて怒りながらも、しっかり乱れ散り続けるダイアナの子守をするラケシス。

 あまりの無茶に右往左往しながらも、微笑みながら、彼女は彼女なりに場を楽しんでいた。


 ────そうして、そんな騒ぎがひと段落した頃、ふいにラケシスが語りだす。

「あの唄はですね……」

「唄? あれは唄なのですか?」

「あぁ、そうでしたわ! あの唄は、同種族の者にしか聞こえない波長で奏でられています」

 ラケシスが唄と呼ぶ旋律について、思い出したかのようにそう告げる。

 “唄は他種族には、声ではなく、音として聞こえてしまいます♪”と、ニッコリ微笑みながら。

「こればかりは流石に仕方がないです。聞こえるようなら、きっともっと好きになるでしょうに」

 ちょっぴり残念そうな面持ちを作りながらも、どこか得意げな表情のようにも見えた。

「そうなんですか…ちょっぴり、残念です。…でも、素敵な旋律には違いありませんよ♪」

「ほんとう、そうですわね♪ 私も幼い頃より何度も聴いていますが、いつ聴いても素敵♪」

 心からウットリとした表情で、眠っているのでは? そう思うくらい、穏やかな表情だった。

「この街の…、いいえ、どの種族であっても、この唄だけは、好まれる気がします……」

「確かに。俺もこんな唄なら、いつまででも聴いていたい、優しい、旋律ですよね……」

 そう言って、奏でられ続けるその旋律を、心から堪能するユピテルとラケシス。

 この聴こえる唄は、確かに“暖かく心に響き渡り、心に残る…”そんな旋律に思えた。

 今まで全く音楽に興味が無かったユピテルだったが、この旋律だけは、特別に思えていた。

 …そんな心地よさに浸りながら、ぼぉーっとしていると、突然、背後ろから声をかけらる。

「本日の料理のお味はどうですかい、お客人のだんな?」

 初めてみる人だった。

 だが、格好から察すると、どうやら料理を作る側の人のようだ。

「とても美味しく頂いてます♪ 初めて口にするものも、どの料理も最高に美味しいです!」 

「おぉっ! ちょいと心配でしたが、お客人から、格別なご歓迎を頂いてしまいましたな♪」

 そういって喜びながら周囲に拍手を求める。

 …おおぉーーーっ! バッカス最高っ!!…

 …ひゅぅひゅぅ! 料理長、最高っす!!…

 あちこちから、怒号のような、野次のような声が飛ぶ。

「さぁさぁ、まだまだありますから、どんどん食べてやって下さいよ! おっ、そうだぜお客人!」

「……はい?」

 薦められた料理を頬張りつつ、何ごとかな? と、その程度でその人を見る。

 すると、何やら“…向こうを見ろ!”と、思えるような仕草でアピールしている。

「そうです、お客人が持ってきたもの、それもモチロンありますぜぃ! …ほらっ、そこです!」

「!!!!!」

 指差された先では、自分が取り付かれていたであろう食肉植物が、ウネウネ踊っていた。

 そう、それはまさしく、“鉄板の上”で踊っていたのだ!

 そんな光景に驚きながら、嫌な汗を拭きながら、ちょっとだけその光景について尋ねてみる。

「あっ、あれは一体……」

「そうです、お客人が狩ってきた獲物でさぁ。いやぁ~本当にお目が高いってなモンですよ!」

 そういいながら説明されたそれは、単なる“踊り食い”という、見たまんまのモノだった。

「ありゃ半生で食べるのが、また美味なんですわ。旦那も一つどうです、最高にいけますよ♪」

「あ…、いえ、あ、あの。お、お気持ちだけ頂いておききます、です。……はい。」

「そうですかぁ? めったに食えるモンじゃないですし、一番のオススメなんですがねぇ……」

 物凄く残念そうにそう返答される。…しかし、流石にあれだけは食す気にはなれなかった。

 “…まぁ旦那がそうおっしゃるなら”と、諦めてもらうまでは、必死の問答を繰り広げた。

 そうして、何とか、その場を切り抜けるユピテル。

 『いくら何でもあれは…』と、そうツッコミを入れたくなる代物を横目でみながら考える。

 『あぁ世界は広い…』と、美味しそうに食べるシルフ達を尊敬の眼差しで見つめるのだった。

 そんな心の声を聞かれたのか、突然、背後から声が来る。

「そうだ、申し送れましたが、あっしは、『バッカス』と申します。この街の料理長をやってます♪」

「…は、はい」

 “も、もしや、この人は俺の心が読めるのか!” …と想像しながら、びくついて返答する。

「客人の希望があれば、気兼ねなく言って下さいよ! もう魂込めた料理を作りやすから♪」

「…あっ、は、はい。その時はよろしくです、バッカスさん」

「へい、もちろん♪ では、あっしは追加料理を作ってきますので、ひとまずこの辺で……」

 そう言い残し、後ろ手を振りながら、厨房小屋らしき場所に歩いていく。

 まさしく、料理の鉄人! …そんな存在感を感じさせる、鬼気迫る迫力の持ち主だった。

「…お、恐るべし、バッカス料理長」

 誰にも聞こえないような小声で、そう自分へ忠告するように呟いておくユピテルだった。

 そうして、そのまま宴は延々と続いていった。

 いろんな人が、次々に訪れては挨拶を交わし、問答する。一人終わっては、また一人。

 終えては始り。始まって終わり。

 そうしたことを街中の人としたのではないのか? …と思えるくらいこなし続ける。

 そんな事が落ち着いてきた頃には、もう夜もかなり更け、朝方近くになっていた。

 “ふぅ、やれやれ”と、ため息をついていると、『おつかれ♪』と、ダイアナが寄ってくる。

「…っほい、冷たい果汁ドリンクや。これ飲んどくと、絶対、二日酔いにはならへんのやでぇ♪」

 そういって、冷たく冷えた飲み物を手渡す。“…っお、サンキュ!”と、手を振りお礼をする。

「この街。みんな、ええやつばかりやろ……」

「ああぁ、そうだな。みんな良い人ばかりだ……」

 飲み潰れる人、後片付けをする人、まだ飲み続ける人。様々な人を眺めながらそう呟く。

 “みんな何かを期待する…、そんな眼差しに見えた…”と、ユピテルが考えていると、

「みんな、お前が好きやねん♪ 嫌いなモンには、そないして自ら寄ってけぇ~へんもんやで♪」

「…あぁ、そうだな。俺も、街の人として、認められた気分がするよ」

「そやそや。そういうこっちゃ。せやから、難しいこと、一人で抱え込むな。わしら皆が……」

 ダイアナが飲み終わったカップを力の限り、遠くへ投げ飛ばす。

「……街の皆が、…お前の、家族なんやでっ!!!」

 そういうダイアナが振り向いた時、ちょうど朝日が昇ってくる。

 それまで無かった街の影が、後光のようにしてにじみ出る。

「そうだな。…ほんと、まぶしい街や、…なっ、……この街は!」

 ユピテルは、飲み干したカップをダイアナに投げつける。

「せやせや、眩しい、眩しい街なんや、…でぇ、しっかりせい、ユピこぅ!!」 

 投げられたカップをしっかり受け取り、ユピテルに投げ返す。

「さぁ! 今日も一日、はじまりや!!!」 

 ダイアナのすがすがしいまでのその一言を聞きながら、“いっちょやるか!”と気合を入れる。

 一睡もしていない二人だが、今から寝る気になれないため、目覚まし代わりと走り出す。

「あそこに先に着いた方が、今夜の掃除当番や! …ほな、レッツ、ごぉ~~~~やっ!」

「…あっ、きったねぇ。ちょ、ま、待ちやがれぇ~~~こらぁ~卑怯者ぉ~~~…!!!」

 そんな二人のやり取りで目を覚ましたラケシスが“あらあら…”と、微笑みながら目を覚ます。

 そうして、今日という日がまた始まり、まだ見ぬ世界の刻も一緒に動き始めた。



 夜が明け、まぶしい太陽が、ほぼ真上に見えるかといった頃。

 朝食を済ませ、掃除などを手伝った後、何もすることが無かったのでお昼寝をするユピテル。

 そんな寝姿を発見し、ソロリ、ソロリ、と近づく小さな黒い影。

「このぉ~、根性なしがぁ~~~~♪ そぉりゃ、うりうりうりぃ~~~♪」

「…ん? がぁーーーっ! い、痛い、いたたたたたっ、痛い、痛いってっ! だ、誰だ!?」

「ようぉ、ねぼすけ君♪ 昼間っから寝てると、牛になるでぇ~牛にぃ~♪」

「…ダ、ダイアナかぁ~…・、こ、こらぁ~~~~っ! …ま、待ちやがれ、このっ!!」

「お前みたいなノロマな奴には、ぜったい捕まることないわい、…んっ、べぇーーーっ!…」

「!!!!!。…ほ、本気でむかつくぅ~~!! まてぇ~こら、逃げんな、こ、このぉ!」

「あはははははっ、…ここやここっ! …そう~れ、きてみい、ほっらこっこやっやでぇ~♪」

 流石は風の妖精シルフとまで言われる種族である。

 小型の身体を自在に舞い躍らせて、必死に襲い掛かるユピテルをひょいひょい交していく。

 どうやらシルフにとっては、地上も空も区別がないようだ。


 ────十分後。

「…はぁはぁはぁ」

「…ぜぃぜぃぜぃ」

 両者一歩も譲らぬ息の乱れようである。

 結局、一回も捕まることなく、ユピテルを交わし続けたダイアナ。

 触れることさえできず、体力負けしたユピテル。…完全敗北である。

 そう凹み気分を味わいながら回復を図っていると、見慣れた優しい笑顔が尋ねてきた。

「…あらあらあら、相変わらず仲が良いですね、二人とも♪」

 心の中では“…断じて仲良しではない!”と、大きく抗議するユピテル。

 心の中では“…そうや、その通りや!”と、グッ! と、親指を立てるダイアナ。

 互いに勝手な事を心の内で叫びつつ、ラケシスに『俺達に何か用があるの?』と、訴える。

「ユピテル、それにダイアナ。二人とも、この後に何か予定はありますか?」

 互いに見つめあい、俺には無い! 私にも無い! と、視線で言葉を交わす二人。

 そんな二人のやり取りをみて、

「では、ユピテルのお話を聞きたいので、落ち着いたら、広場の宴席に着てちょうだいね♪」

「…な、何の話をするつもりやねん、ラ、ラケシス?」

 ぜぃぜぃと息をきらしながらも、何とかそう問いかけるダイアナ。

「ん~…さぁ? それは、始まってみないと判らないかな、…たぶん、ユピテルの事ね♪」

「…りょ、りょうかい。…す、すぐ向かいます……」

 はぁはぁと息を整えながら、何とか呼応するユピテル。

 “それじゃ、私は先に向かいますね♪”と、そういい残し、ラケシスがその場を後にする。

 両者、互いに見つめあいながら、同時に一言だけ何とか叫ぶ!

「…つ、続きは、また今度っ!!!」

 両者一歩も譲らず。また、両者とも、一歩も進歩せず。…やれやれ、である。

 そんな中、ユピテルが悪夢を思い返すように考える。

 “…そうだ! とにかく、今ある状況を詳しく確認し、この先の事を決めなければ!”と。

 ここにきてからも、状況は何一つ進んでいないのだ! …そう改めて思い出すのだった。



「お、遅くなりました……はぁはぁ」

 ラケシスが、“…あらっ、もう来ちゃったの?”と、言いたげな顔をユピテルに向ける。

 ダイアナは、ユピテルより後に来たはずなのに『最初からそこに居たように』既に座っていた。

 『あ、あの野郎、汚ねぇ~っ!』と、女性に対して野郎! と胸の内で罵るユピテル。

 そう思っていたその直後、長老を初めとする、残りの代表者らしき人たちも集まってくる。

 …椅子の埋まり具合から察するに、どうやらこれで全員そろったようだ。

「では、これより、此度の客人『ユピテル』と、街の代表者による代表問診会を始める!」

 そう声高々に宣言をするバッカス。…それに従うかのように頷く面々。

 今回、ここに集められたユピテルを除く参加者は、次の通りだった。

 『長老:クレイオ』。

 『料理長:バッカス』。

 『呪術師:ラケシス』。

 『狩猟戦士;ダイアナ』。

 『見張り番:ソムヌス』。以上5名。

 メンバーの中に『調理長』と『見張り番』という人が加わっていたことには、正直、少し驚いた。

 だが、ラケシスいわく、街を代表する人という意味なら、これが最も無難な人選なのだと言う。

 まぁ、話を進める中で、どこかで絡んでくるんだろう…と、とりあえず、この場はそう思っておく。


「本来なれば、先にユピテルから話しを聞くのじゃが、今回だけはわしらから話をしたい……」

 そういって、ユピテルに向かい“…それでも構わんか?”と、尋ねてくる。

「はい、私は構いません」 と、ユピテルは即答する。

「すまぬ。じゃが、その方が、お主にも話が理解し易かろうと思うての事。悪くは思わんでくれ」

 そんな言葉を聞き、ユピテルは『…もちろんです!』と、言葉に出しながら、大きく頷く。

 長老には絶対の信頼を持っているのか、長老が発する通りにこの場が進行していく。

「では、わしから、こちらがユピテルに対して話せることから、まずは話していこう……」

 そういって長老が、ゆっくりしっかりと、助け出すまでの経緯や、この先の事を語り始める。

 長老が言うには、こうだった。


 この街は、長老世代の人達が、世界中を流浪した上で、ようやく見つけた場所で、『シルフ達の安住の地』を目指して起こされたものであること。

 それは約百年前のことで、そのキッカケは、自分のような『誰かは判らない声に導かれし者』と、供に旅をした故に成しえた事実があるということ。

 そして、今回は、その事象に酷似しており、恐らく、『ユピテルは、何かを成すべく為にこの世界に使わされた者』だとと感じ、考えているということ。

 この先の事は全く判らないが、『ユピテルの思う通り、信じた通り。己の気持ちを疑わずに真っ直ぐ歩む事で、先の道が開ける』と思っていること。

 …そんな話だった。


「以上じゃ。また、この話は、街の最年長のわしを含む、街の者、全員の意見でもある!」

 “…ふむ”と、ユピテルは、聞かされた内容を反芻するように思い返す。

「後は、お主から質問を受け、可能な限り、わしらが問いに答える。出来るのはそれだけじゃ」

「……………………。」


 話を聞き終えた今、正直に言うならば、その場で即座に返す言葉は何も無かった。

 いや、正しくは、即座に聞き返したいことが、沢山ありすぎた。

 また、沢山ありすぎた故に、どれからどう聞けば良いのか…と、そんな状況だった。

 話を聞き終えてから、尚も、無言で考え、悩み続けるユピテル。

 長老からの話から何かを掴めたか? …と言われれば、掴めた事は沢山ある。

 しかし、あまりにも話が不透明すぎて、肝心な所が良く見えないし、要領を得られない。

 だが、話の中で出てきた『過去の人』という部分。

 そこだけは、何か、自分が今後目指すべく、道しるべのようなモノになる気がした。

 そして、今後、自分が歩まされる道となるそうな、…そんな予感を感じていた。


「…長老さま。いくつか質問してもよろしいでしょうか?」

「構わん! 遠慮せず、何でも問うてみなされ。お答えできる限り、わしがお答え致そう!」

 周囲も同意するかのように相槌を打ちながら、長老の言葉に賛同する。

 それを見て、ユピテルが、次の3つの問いを投げかける。


 一つ。『過去に現れた似たような者』とは、具体的にどんな者だったのか?

 二つ。『何かを成すべき為に現れた』とは、どういう意味を込めているのか?

 三つ。『思う通りに歩めばよい』とは、何も決まっていないということなのか?


「以上、今の私が、急ぎお聞きするとすれば、その3つです。宜しいでしょうか、長老さま?」

「うむ、わしの方では問題は無い。では話を────」


 本当は、他にもいろいろ聞きたいことはあった。だが、沢山ありすぎて、きりがない。

 実際、未だに生きているのか、死んでいるのか。それすらも確信が持てていないのだ。

 現実か夢かの理解も出来ないこの現状。聞きたい事が山積しているのは当然である。

 もしかしたら、今、こうして会話している事も、自分の夢でしかないのかもしれないのだ。

 そんな不安を抱えつつ、最低限、知っておく事として、とりあえず、述べてみたのだ。

 “…さぁ、この後、どういった答えが返ってくるのか?”

 不安と緊張を入り混じらせ、息苦しく、心が磨り減っていくような面持ちで返答を待つ。


「まず、一つ目から順にお答えしていこう……」

 そういって長老が、ゆっくりと自分の問いへの答えを語り始める。


 一つ目。『過去に現れた似たような者』とは、

 年齢は、今のユピテルと同じくらい。性別は女性であり、世界中を流浪している途中だった。

 仲間が、『託す者の訪れを告知』された。その導き通りに仲間として招き入れ、旅を続けた。

 その者は、今まで見たことも無いような衣装を纏っていた。ユピテルと同じ雰囲気の者だった。

 この街で、その者の名を覚えている者は、もういない。長老自身も、忘れてしまったという。

 旅を続け、ようやくここに定住する事でほぼ決まった頃。その方は、消えるように居なくなった。

 当時、その方と近き者の語りでは、『自分の世界に帰る』と、そんな会話をしたと聞いている。

 一つ目については、以上だった。


「……!?」

 語られた『自分の世界に帰る』の話を聞き、『…はっ!』と、目が覚める想いのユピテル。

 その話が事実なら、間違いなく、今の自分は生きている。…そう状態だということに繋がる。

 理屈までは判らないが、自分が違世界に来た。そう考える方が、現状に合致するからだ。


「そ、その人は、『自分の世界に帰る』。確かにそんな事を言ったのですね、長老さま!?」

「うむ。違う土地に行く、という意味では無かったそうじゃ。それ以上の話までは判らんがのぉ」

「いえ、それだけでも、今の自分には十分です。少し未来に希望が見えてきましたからっ!」

 長老が“力不足で申し負けない…“と、弱気な言葉を発したので、即座に否定を入れる。

 笑顔で胸を張り、“既に十分、良くして貰っています!”と、長老に向かってユピテルが語る。

 そんなユピテルに向け“…すまぬ”と、一言だけ言葉を返し、次の問へ移るかを聞いてくる。


「はい、一つ目については、私からは、もう何もありません。2つ目の返答をお願いします!」 

 ハッキリとした物言いで、ユピテルが長老に向かって言う。

「うむ。では、次いで、二つ目に答えよう……」

 そういって長老が、ゆっくりと自分の問いへの答えを語り始める。


 二つ目。『私が何かを成すべき為に現れた』とは、

 結果的に、異世界からの訪問者は、放浪の旅に付き合うことで、世界中の街々を訪れた。

 行く先々では、必ずトラブルに巻き込まれるが、同時に、必ず最後は、問題を解決していた。

 当時、流浪の旅で訪れた街々は、次の4つ、

 『土の精霊街』、『巨人族の要塞』、『水の精霊国』、『火の精霊国』。…以上4つである。

 土の精霊街は、今ではもう廃墟となっている。理由は、取引国との戦に巻き込まれたため。

 戦後、生き残ったノーム達は、家族単位で静かな場所へ移住し、今も暮らしているという。

 残る他の国や街は、現在の内情までは判らないが、依然として健在。今も昔と変わらない。

 二つ目については、以上だった。


「…………。」

 とにかく、その関係する場所を巡る事で、何かが見えてくる…と、何となくそんな事は感じた。

 だが、他種族の街や国に、自分がすんなり入れるものなのか? …正直、不安に思った。


「他種族の街や国へは、私のような異邦者でも、入ることが可能なのでしょうか、長老さま?」

「それは何とも言えんの、既に百年前の話じゃ。時と共に何かが変わっていても可笑しく無い」

 確かに長老の言う通りである。

 だが、“何の情報も聞けないのでは、今後の比較が出来ない…”と、考えるユピテル。

「では質問を変えます。昔のその街々では、どうだったのですか? 問題なく入れたのですか?」

 何か聞き出そうと必死なユピテルに気後れしたのか、戸惑いながら長老が当時を振り返る。

「当時はどこも酷い状態、行く先々が戦禍であるか墓場じゃった。それもある故、答えられぬ」

 そう語る長老の表情は、かなり曇っていた。

 旅の中では、よほど悲惨な光景を目にしながら旅をしていたのだろう。

 当時を知らぬユピテルにも、想像する光景の中を旅していく事の辛さは、安易に感じとれた。

 戦禍の最中、屍を超え、廃墟を巡る旅、……それはとても辛い旅に思えた。


「じゃが、先に語った通り、わしらがそこを後にする頃には、何故か、平穏が訪れておった……」

「争いが終わった? いや、争いを終わらせる立役者になっていた、そういう事なのでしょうか?」

「うむ。詳細までは判らんが、そうなるじゃろう。実際、わしらが旅立つ頃には、戦禍は止んでおる」

「…………。」

「不思議なもので、到着した時は、必ず戦禍じゃが、立ち去る頃には、必ず戦禍が止むのじゃ」

「…………。」

 正直、どう関係したのかすら、全く想像が付かなかった。

 どんなマジックを使ったんだ? …そう思ってしまうくらいだ。

「その人には、何か特殊な能力でもあったのですか?」

「いや、その方は、現れた当初、何もできなんだ……」

「……は?」 

 思わず自分の耳を疑った。

 ここまでの話を聞くだけでも、かなりの事をやってのけている気がする。

 そんな凄い人のはずなのに、それをやってのけたのは、ただの普通の人間だという。

 『…そ、そんな馬鹿な!』と、正直、そう思う。

 何の特殊な能力も持っていない、ただの一般人だなんて、想像すらできなかった。

「現れた当時は、何も知らず、出来ず。単純に申せば、ただの厄介者。その程度のお方じゃった」

「…そ、それが本当なら、今の自分と、全く同じレベルの能力しか無かったという事ですよね?」

「うむ。その例で申すならそうだろう。じゃが、その方は女性である故、身体能力はお主が勝ろう」 

「…へ? そ、それじゃ、行く先々の解決どころか、戦禍の中を旅していく事も危険なのでは?」 

「そうじゃ、わしも当時は、そう思うておった。しかし、その方は、日増しに何かを習得されていった」

「…習得? それは、どんなモノなのでしょうか? 自分にもそれは習得可能なのでしょうか?」

「うむ。それについてはじゃな────」

 長老はそう言って、その方の成長具合について、知りうる限りを話してくれた。


 導きでわしらと出会ったその方は、ほんの数日たらずで、簡単な風の術が使えるようになった。

 そして数週間後には、その当時の長老たち以上、稀に見る、風の術の使い手になっていた。

 他精霊の街や国を巡るたび、その方は、その土地に固有とされる精霊術を身につけていった。

 旅の終末。シルフの街を作ろうとした頃には、四大精霊、全ての術が使えるようになっていた。

 それまで、他の精霊の術を使える者(種族)は、この世界には、誰一人として存在しなかった。

 そうした、四大精霊術を全て使いこなせた人は、後にも先にも、その方だけだと言われている。

 例外では、四大精霊を統べる王が、この世界のどこかにいる、との噂が、昔から存在するのみ。

 その方についての成長概略は、以上だった。


「…………。」

 正直、尋常ではない習得力の持ち主のように思う。

 元々、何らかの素質か、それを補うような何か。

 仮にそのどちらかを持っていたとしても、今の自分には、その流れが当てはまる気がしなかった。

 話に出てきた『精霊術』というのが、少し気になる。…何か聞き覚えがある、そんな気がした。


「その『精霊術』とは、どんなモノでしょうか? 何か、どこかで聞いた気がするのですが……」

 話でひっかかったその言葉の意味するものを聞いてみる。

「そうじゃの、確かにその方も、当初は『精霊』の意味すら知らないと申されておった気がするの」

 そういうと、“それは、こういったモノじゃ!”と、気合を入れた掛け声を、頭上に投げかける。

「……ほぉっ!」。 直後、ユピテルの頭上から小枝がたくさん降ってきた。

「あ、あたたたたたたっ、…いてっいたたたたっ。…な、何なんですか、これ?」

「ほほほっ、まぁ、そのまま上をじっくり見ておれ、もう一度やるでの、……ほぉっ!」

 またさっきと同じような掛け声のような叫びが聞こえる。…と、ほぼそれと同時に、

 …ヒュ、ビューーーーンッ…

 最近、どこかで聞いたような大気を切り裂くような音が聞こえ、その直後、

 …バシュッ!…

 と何かが、いや、多くの木の枝が、『…バッサリ!』と切断され、自分の頭上に落ちてくる。

「…あ、あててててて、…いてっ、痛いですってばぁ。…ちょ、な、何なんですか、これは?」

「わはははははっ、歳がいもなく、ちょっとやりすぎたかの。わははははははっ、すまんすまん!!」

 そういって、驚いているように見えるユピテルの仕草を見ながら笑い出す。

 どうせ、今のお主には、これは出来ないじゃろ、と、何だかそんな事を思われている気がした。

 …そっちがその気なら…。

 右手を長老の上にある木の枝を指差すようにかざす。

「わはははははっ。流石にお主には、まだ無理じゃろう! その方でも数日はかかったもんじゃ!」

 余裕を持った声と態度で、そう笑い続ける長老。しかし、そんな会話を無視しながら、

 言葉の説明より、こっちが早い! とばかりに、ユピテルが右手の指を…パチッ! と弾く。

 …パッヒュンッ…。

 ……パァーン! ……ガ、ガサガサガサッ!

「な、なに? …う、うがぁ~~~~あたたたたたっ…」

「…ちょ、長老さま!!!」。 周囲にいた者が、慌てて長老の側に駆け寄り、小枝を払う。 

 “…へへん! どうだ、見たか!”と、してやったり。と言わんがのごとく、長老を見ていると、

「あ、あたたたたっ、お主の今のは、な、何なんじゃ? 一見、風の術の用ではあったが……」

 どううやら、この指輪で起こした行為には、かなりの驚きがあったらしい。

 長老に駆け寄ったほぼ全ての者が、動揺したような面持ちでユピテルを見つめる。

 皆が皆、『…あんな術の発動のさせ方は、見たことも聞いたこともない!』 といった表情。

「…お、お主、いったい、何者じゃ!? …い、いま、ここで何をしおった!?」

 驚きのあまりなのか、とたんに長老の表情が険しくなる。よほど、予想外だったのだろう。

 だが、自分が居た世界では、装備として製品化され、幼児でも同じことができてしまう。

 まぁ、使用者の能力値によって、威力の違いは多少は違ってはくるのだが……。

「長老さま、すみません! 説明より、直に見せた方が、てっとり早いかな? と思って……」

 そういって、ユピテルが右手にはめた指輪を皆に見せながら、その装備の説明を始める。

 話を聞くうちに長老が、『ちょっと使わせてみてくれんか?』と言い出すので、仕方なく預ける。

 長老が、待ってたとばかりにそれをはめ、こっちの頭上を指差し、…パチッ! と指を弾いた。

 …パッヒュンッ…。

 ……パァーン! ……ガ、ガサガサガサッ!

「ちょ、長老ぉ~~、あ、あたたたたたっ…、くっ、これがしたかったのか…、いててててっ!」

 どうやら、たださっきの仕返しをしたかっただけのようだ。

 最年長という程の歳の割には大人気ないなぁ…、と、そんな事を思うユピテル。

 わが身に降り落ちてきた木の葉などを払いのけながら、長老に語りかける。

「でも、言葉で説明するよりは、十二分にご理解は頂けたようですね♪」

 ニッコリ微笑みを返すユピテルに“…うん、うん”と、相槌を打ちながら、喜んでいる長老。

「ほほぉ~~~、これはこれは、なかなかの……、うむ、まこと、可笑しなモノであるな♪」

 よほどその装備がお気に召したのか、新しいオモチャを買って貰った子供のようになっていた。

 でも、まぁとりあえず、直接で使用してもらった事で、より深い理解はしてもらえたようだ。

「元の世界では、それは身近な道具の一つで、誰にでも使用できるように作られています!」

 自分がこの世界に来た時には、たまたまそれを装備した状態だったので、今ここにある。

 そして、それは4大制御と呼ばれる名前で生活の中に深く根付く仕組みの一つでもある。

 今、指輪が示した効果は、長老がやって見せた物と同種か、似たものだと、私は感じます。

 私が置かれている現状を端的に説明するなら、そういう事になります。

 …と、ユピテルの世界観、元の世界での常識などを絡めて、自分の意見と背景を話す。


「ふむ、なるほどのぉ……」

 長老がおもむろにそう呟く。

 どうやらその指輪は、“風の術”を発動しているのは、ほぼ間違いないとの事だった。

 原理や仕組みは判らないが、術を発動する際に感じる波動は、確かにそれだと言う。

 手に持つ“エアシュータの指輪”に何かを感じるのか、長老が難しい表情を繰り返していた。

 あと少し、…思い出しそうで、…思い出せない。

 そんな表情をずっと繰り返していた。

「もしもし。…長老? …長老様? ……長老さまぁ~~~っ!!!!」

 …!!!!!…。

 な、何ごとじゃ! と、そんな表情でユピテルに向き直す長老。

「う、うおぉ! な、何じゃそんな近くで大声だしおって。老人は労わるもんじゃ、ユピテル!」

 逆切れされた気分になりながら、“そうです、その通りです…”と、その場をやり過ごす。

 確認する事が無くなったのか、しばらくして指輪を返される。

 戻ってきた指輪を自分の指にはめ直し、適当に試し打ちをして、装着の微調整をする。

 “よし、異常なし!”と、再装着時のズレが無いかを確かめ終えたユピテルが質問する。


「長老さま、もしかしてこの指輪。…これに何か、感じられたのですか?」

 つい先ほどの長考が気になったので、何気にそう聞いてみる。

「う、うむ。指輪を使用した際、気のせいだと思うが、あの方の気配に似た気を感じたのじゃ」

「!!!!!」

 気のせいだと思う、…そう長老は言っていたが、それでも少し気にかかる。

 元の世界では、約百年ほど前に、突然現れた女性が、四大制御の基礎を作ったと聞く。

 恐らくその人こそ、昔、この世界に現れた人のような気がした。

 …って、っちょっとまて! それってつまり。

 『お、俺のばあちゃんなのかぁ~!?』

 突然、驚いたように席を立つユピテルに、周囲の皆が驚く。

「どうした、ユピテルよ?」

「…い、いえ。何でもありません。…ははは、はい、何でもない……」

 正直、何でもありまくりである。

 俺ってば、もしかしたらその人の孫? …何かの因縁でもあるのか?

 既に不思議ワールドに飛ばされているユピテルである。

 祖母には一度も会ったことはないが、どこかの場所で静かに暮らしていると聞いている。

 実の母には、自分ほどの能力は備わっていなかった。

 孫である自分が、血族の中では、一番高い能力を受け継いでいた。

 『隔世遺伝』。そう呼ばれるような、遺伝の伝達が、自分にはあるような、そんな気がした。

 そう考えると、自分が備える身体や四大制御の能力については、かなり納得できるのだ。

 祖母の名くらいは知っている。確か、『ヘラ』と言う名前のはずだ。

 恐る恐るながら、…試しに長老に尋ねてみる。

「長老様、……もしかしたら、その昔のその方の名は、『ヘラ』と言いませんでしたか?」

「ん? ヘラ、…ヘラか。…うむ、そう言われれば、そんな名じゃったような気がするのぉ」

 と言いながら、『…何故、お主が知っておる?』と、当然ながら聞いてくる。最もである。

 少し戸惑いながらも、“実は…”と、自分が思う筋書きを語り出すのだった。



「な、なんじゃとぉーーーーーーーーっ!!!」

「うわぁ~~、すげぇじゃんかーーーっ!!!」

「偶然というか、因縁と言いましょうか……」

「お、驚きの事実でありますな、確かに……」

「……ぱ、ぱくぱくっ(声にならない)……」

 驚くとは思ったが、皆それぞれのリアクションを取ってくれたのには驚いた。

 人それぞれ、…まさに、その言葉通りである。

「俺の元の世界で、『風土火水』の力を制御できるようになったのが、約百年前……」

「そして、この世界を変えたその方が消えたのも、約百年前……、そういうことじゃったか」

 ユピテルの語りに対して、長老がそう答える。

 どうやら何の繋がりもなく、ユピテルがこの世界に来た訳では、無かったようである。

 半分安心しながらも、しかし、…と言うことは、と。自らの両足を眺め見る。

 恐らくは、『この両足の制御アンクレットが致命傷だろうな…』と、考えるユピテル。

 仕方が無い! と、意を決して、期待に胸を躍らせつつある周囲の者へ語りかける。

「これを見て欲しいのですが、……」

「……?」

 皆が一同に介して、ユピテルの両足に目を向ける。

「…ふむ。一見、何も変わったモノには見えないその足が、どうかしたのか、ユピテルよ?」

 長老のそんな問いに周囲の皆も“…うんうん!”と、同意する。

 そんな皆の視線を誘導するように、両足に付けているアンクレットを指差す。

「この両足にあるアンクレットは、元の世界では、四大制御の力を封じる装備です……」

「……な、なぬっ!?」

 さっきとはうってかわり、皆が別の意味で驚愕する。

 …が、次の瞬間。

 あぁ、それなら取り外せばいいじゃないか! とのダイアナの一声に、皆が一同、安堵する。

 しかし、間髪いれずにユピテルが、その案を取り下げた。

「このアンクレットは、簡単に取り外せない代物なんです。…この世界では、まず外せないと」

 そこまでを語る途中、わいに任せろ! と、ばかりにダイアナが、無理に取り外そうとする。

 …が、あえなく撃沈。続き、力自慢のバッカスも挑戦するが、先に同じく、早々と撃沈する。

 ラケシスは、構造を確かめるようにそれを確かめながら、“…無理そうですわ”と、首を振る。

「…な、なんやねん! この堅物わぁ!!!」

「元の世界の特殊金属と、技術の粋を集めて作られたんだ。専用の鍵がないと外せないよ」

 なだめるようにユピテルが語る。

 長老もラケシス同様、構造を確認するかのように観察し、“…確かに”と、小声で呟く。

「ご覧の通り、これはこの世界で外せない、…そう思ってもらうべきだと思います。ですので」

 今の自分は、この指輪の力位しか使えず、習得も何も、期待ができないと事情を話す。

 それを聞いた長老が、皆の意見を求めるように眺め見て、皆同意見であると確認する。

「ふむ。ノ-ムの熟練工でも可能かどうかは判らんが、可能性があるとすれば、そんな所か」

 そう長老が語る。それを聞いたラケシスが、即座にそれに切り返す。

「ですが、この街で、ノームと繋がりを持つ者は、一人もおりません。どこにいるかすら……」

「そうであったな。問題はそこになるようじゃが、……流石にどうにも手がないのぉ」

 再び沈黙がおとづれる。

 ユピテルがそうしたやり取りを見る限り、手段はありそうだが、そこにたどり着く方法がない。

 故に、この件は、この場ではこれ以上進展はしていかない、…そう感じていた。

「私も今すぐ旅に出る訳ではありませんから、とりあえず今は、状況確認を優先させて下さい」

「うむ。確かに、今はそちらを優先すべきじゃな。…では、話を元に戻すとしよう」

 そういうと、他に何か聞きたいことはあるか? と、ユピテルに語りかけてくる。

 ユピテルは少し考える。…が、特に聞きたくなるような事は、その時点では何もなかった。

 


「はい、二つ目についても、私からは、もう何もありません。三つ目の返答をお願いします!」 

 ハッキリとした物言いで、ユピテルが長老に向かって言う。

「うむ。では、次いで、三つ目に答えよう……」

 そういって長老が、ゆっくりと自分の問いへの答えを語り始める。


 三つ目。『私が思う通りに歩めばよい』とは、

 つい先程まで、“その方”と呼んでいた、ユピテルの祖母と思われるヘラという人物の場合、

 心のまま、信じる信念の通りに行動する事で、自らの道を切り開いていた感がするという。

 その為、ユピテルも、そうしていくべきだと感じるという。道しるべは無く、自ら探せということだ。

 また、道中、旅の終わり頃には、神竜と呼ばれる古代竜との盟約にも成功していたらしい。 

 それは、この世界の管理者とも言われる程の存在で、絶対なる強大な力を持つ者だとか。

 このシルフの街は、ヘラと、その古代竜の助けを借りて作られたようなものだと言えるという。

 ヘラが元の世界に戻るの頃に合わせて、同じ頃に姿を消した。今はどこにいるかも判らない。

 三つ目については、以上だった。


「…古代竜。それも、神竜と呼ばれる程の竜と盟約ですか。簡単そうには思えませんねぇ」

 どこまでも、とんでもない祖母だった。いったい、何をどうしたら、そんな話になっていくのか。

 出来ることなら、今までに確認した話の半分以上は、冗談であって欲しい。…そう思う。

 しかし、長老がここまで詳しく話す以上、どうやら冗談や噂の類では、まず無さそうである。

 この先のどこかでは、腹をくくって、出会わなければいけない存在である事は、感じ取れた。

 半ば諦めの念を抱えながら、その竜の姿が、自分の知る姿と同一なのかを確認してみる。


「ちなみに、その竜という生物の姿は、巨大トカゲのような姿だと思えば良いのでしょうか?」

「うぬ、巨大トカゲ? はて、聞いた事がないの。トカゲとは、どんな姿の生き物なんじゃ?」

 これまでに聞いたことも無い生物の名前が飛び出し、少し頭を悩める長老。

 しかし、何か想像がつく例えのモノがあれば、それでいいのだ! …ということに気がつく。

 周囲一辺を見回して、竜に例えられる似たようなものがないものか? …と辺りを見る。

 すると……、

「…おぉ、あれじゃあれ。あのような姿の生物が、数十倍の大きさで存在すると思えば良い」

 そう言われ、目にする先には、今夜の夕食に使われるのだろうか? 

 何とも言えない姿となって、炎の上でぐるぐる回されながら、グリルされている爬虫類がいた。

 確かにそれは羽のある巨大トカゲの子供。でも、トカゲというには、根本的にどこかが違う。

 どちらかと言えば、自分が想像していたドラゴンという姿のミニチュアのような生物だった。

「あっ、あれですね、…は、ははは。な、納得です、…は、はい」

 今夜の夕食が、ああいったモノになると判り、少し気分が悪くなるユピテル。

 そんな消沈もあり、竜の話は、また今度だな…と、その話は、この辺で終えることにする。

 そんな心情を知ってか、知らずか、長老が、念のための確認だ! というように聞いてくる。


「ちなみに、…ユピテルよ……」

「はい、なんでしょう、長老さま?」

 少し戸惑う素振りを見せつつも、聞かねば先に進めない、との面持ちで問いかける。

「もし、お主に足輪がなければ、わしら同様、指輪に頼らず術を使えると思うて良いのか?」

 “やはり、そうきたか…”と、ちょっと返答に困るユピテル。

 実際、今まで一度も意識をして四大制御を使ったことは、一度も無い。

 身につける装備品が、勝手に装備者の能力を引き出し、身体能力を補正するのである。

 それ故、常にそんな生活しか送らなかったユピテルには、正直、どちらとも言えなかった。

「正直、難しい質問です。意識して使用したことは、今まで一度も無いので────」

「…うむ、そうか。そうじゃろうな」

 それだけ言うと、長老は黙り込む。ユピテル自身、それ以上は語ることが無い。

 一度も装備品なしで、四大制御を使用した事がなく、また、使った人を見たことも無い。

 元の世界での確証が一つも無い以上、期待させかねない言葉は、安易に吐けないのだ。

 それでも一つだけはっきり言えることがあった。

 自分の両足に装着されたアンクレット。これは、間違いなく自分の足枷となる、そう感じた。

 実際に足に嵌めているモノだけに、…足枷というアンクレット。言葉通り、嫌な感じである。

 精霊術と呼ばれる、この世界における生活の核となるモノが、全く使えないという事実。

 それは、この世界を旅することが、不可能である! そう言われている状況にも近かった。


「経験がない故、術が使えるのか使えないのか。それすら判らんし、想像もつかんか……」

 “お主が言いたいのはそういう事じゃな?”と、ユピテルに念を入れるように長老が確認する。

「……はい、その通りです」

 返答に少し躊躇したが、現状を正しく表現するなら、ユピテルには、それしか言えなかった。

 この世界でこれを外すことができるなら、何とかして外したい、そう強く思った。

 しかし、同じくらい『自分には精霊術が使えるのか?』という不安も持っていた。

 そんなどっちとも言えない煮え切らない考えを巡らせていると、長老が語りかける。


「さて、わしから語ることは、これで何もない。…ユピテルの方はどうじゃ? 何かあるかの?」

「……いいえ。私からも、これ以上は特に何もありません」

 これも後回しか、…と、思いながら、現状の進展の無さと、自分の無力感を感じていた。

 先行き怪しい自分の未来を落ち込みながら考えていると、ふいに誰かが問いかけ出した。


「長老、…例の件ですが、ユピテルには話さないんですかい?」

「……う、うむ。そ、そうじゃな」

 語りかけたのは、バッカスだった。声には出していないが、見張り番の人も同意見のようだ。

「うむ、判った。せっかくなので、ユピテルにもこの場を借りて、話しておこう────」

 その言葉を聴き、バッカスと見張り番の人は顔を見合わせ、安堵した様子になる。

 聞かされた話は、最近の街の状況についてだった。


 この街の周辺は、どの種族も定住しておらず、争いや危険の少ない、平和な場所だった。

 しかし、ある時、…およそ、半月程前をを境にして、他種族の夜襲を受けるようになった。

 輩の数は、十数人。バッカスの目撃を元にすれば、おそらく土の種族であるコボルト族だ。

 数ではこちらが圧倒的に優勢だが、夜目の聞かぬシルフには、夜襲には全く手が出せない。

 シルフは遠距離戦が得意で、近接戦は不得手であるが、奴等は、その真逆を得意とする。

 夜襲で近づかれる以上、シルフであるこの街の者では、発見が困難であり手も足も出ない。

 襲われるのは、決まって街の倉庫。見張りも立てたいが、返って危険なため、置いていない。

 つい先日、バッカスが、自分の家から飛び出すコボルトを発見したのが、最初の目撃例だ。

 バッカスが来た時、既に家は炎の海で、家族は、運悪くも、炎にまかれ亡くなってしまった。

 街での死者はそれが初めてとなるが、これ以上の犠牲は、誰一人として、出したくはない。

 …そんなお話だった。


 そう語り終えると、長老が、気まずそうにバッカスの方を眺め見る。

 それに気づくバッカスが“お気遣い無く…”と、顔を横に振りながら否定の素振りを見せる。

 どうやら、見張り番の人は、その結果に責任を感じている人であり、

 このバッカスは、街の最初の犠牲者! と、そんな構図になっているようだった。 


「何とかその輩を対処したいので、何か知恵があれば、協力してほしい、そんな所ですね?」

 ユピテルは、その場の者に確認するように視線を送る。

 皆がそろって相槌を打つ。…もちろん、バッカスと見張り番の人も同様であった。

「うむ。だいたいは、そんな所じゃ。お主の話を聞く限りでは、ちと難しいかもしれんが……」

 そういって、本当に申し訳無さそうに頭を垂れる長老。

 それに同調するかのように、周りの皆まで同じように頭を垂れて行く。

 だが、昨夜の宴の際、集まる皆の目には、何かを期待するかのような視線を感じていた。

 自分の存在は、街の皆にとって、ただの珍客。…それだけでの理由ではなかったのだ。

 流石にユピテルも深く真剣に考える。…自分に何かできるなら、最大限の事をしたい!

 しかし、どんなに考えても、今の自分に出来ることは少ない。皆無と一緒とも言い切れる。

 何か特殊な能力がある訳でもない、何かに精通した知恵がある訳でもない。

 何を想像してみても、これといった、皆の期待に答えられそうなものが、見当たらないのだ。


「…………。」

 無言で何かを考えるユピテル。

 そんな姿を想像していなかったのか、ダイアナが珍しくうろたえながら、語り出す。

「お、おいユピこぅ。…ほ、ほら、な、何だ、そ、そのぉ…っ、……」

 かなりの動揺っぷりである。

 期待していない! というような目をしながらも、でも、心では何かを期待していたのだ。

「お前の世界の知識とか、何か役立つ物の一つや二つ、そないなもんが、何かあるやろ?」

 そんな軽口をいいながらも、そうとう動揺しているダイアナ。

 “…なぁ、もったいぶらずに何か言えよぉ~…♪”と、そんな突っ込みもいれてくる。

 彼女なりに、何とか場を盛り上げ、皆のテンションを上げよう! と努力しているのだろう。

 ダイアナがそういう人だと言うことは、昨日今日の間柄であっても、即座に感じ取れた。

 だが、今ここで自分が何かを言うと、それは軽い気持ちで返した言葉にならない気がした。

 ここで返事をすることは、それは、街の皆に多大な期待を与える事に直結する……。

 そんな状況が、既にこの街には出来上がっているように思えて仕方がないのだ。

 そんな中で、…今の自分が出来ること。

 何かないのかと、それを必死に考える。…考える。……考える。………考える。

 そして、そのうち何を思いつく訳でもなく、ユピテルが、往生したように皆に語り始める。


「──ごめんなさいっ!! どう考えても、今の俺には、何もできません!!!!」

「…………。」

 当然のように沈黙が返ってくる。

 さっきまで場を盛り上げようとしていたダイアナ自身も、悔しそうに目を瞑っている位だ。

 だが、言葉はそこで止まらない。

「でも、俺に出来ること、…精一杯のこと。それはだけは、俺にもやらせて下さい!!」

「…………!」

 先ほどとは違った沈黙が、皆の視線と共に返ってくる。

 ダイアナも含め、全ての人の表が上がっていた。

「今の俺は、何もできないし、何の能力もない。ただの非力な厄介ものに過ぎません!」

 皆の視線が語るユピテルに集中する。

 そんな視線を浴びながら、尚も語りを続けていく。

「でも、俺は皆の為に何かをしたい! だから、────」

 そういって、ユピテルは、正直に胸の内を語っていく。

 今の自分には、恐らくたいしたことはできないだろう! と、改めて正直に打ち明ける。

 もてる知識においても、精霊の力ほど、効果的なものは、出てこないだろうということ。

 そして、自分の発言や行動が、この街の人々に影響を与える気がしているということ。

 ほんの軽い冗談でも、それは、大きな期待の渦へと変わりかねない、と思っていること。

 不安も不満も全てを込めた正直な思い。

 …それを包み隠さず、有りのまま打ち明けた。

 それを全て伝えたその上で、ハッキリとたった一言だけ、宣言する!

「俺に、────皆さんの力を貸しください!!!!」

 最後は、まるで命乞いでもしているかのような、そんな叫びにすら聞こえてしまう言葉。

 それを声に出しながら、地面に頭を擦りつけるように、深々と頭を下げ、願い申し出る。


 予想通りの展開の部分、予想に反する展開の部分。

 どちらがより驚きを出したかは判らない。

 だが、確実に皆の気持ちに伝わる何かが、ユピテルから投げられた気がした。

 その投げられた何かを最初に受け取ったのは、やはりこの人だった。


「そ、そうやでみんな! 出来ることを皆で精一杯やる! それが一番必要なんや!」

 自分に言い聞かせるように、そう、周りに叫ぶダイアナ。

 そんなダイアナの開口をキッカケにして、皆が口々に叫びながら立ち上がる。

「おうよ! 客人の言う通り! そういう気概が一番必要ってもんだ、こんちくしょう!!」

「そ、そうです! 見張り番も、やる時はやるんです! うん、そうだ、…そうだとも!!」

「ユピテルの言う通りです。しかし、こんな気持ちは、本当に久しぶりですね、長老様♪」

「…うむ。久しく忘れておった気がするの。長生きすると、どうも消極的でいかんのぉ!」

 何がそんなに可笑しいのか、突然“…わはははははっ!”と、豪快に笑い出す長老。

 そんな皆の意気込みを見上げるように眺め見て、ユピテルが皆に一言だけ口にする。

「みんな、────ありがとう!」

 その場はそのままのテンションで盛り上がり、お互いに強気な発言をしながら散会する。

 そのまま自然解散したかのように、いつの間にか、その場はお開きとなっていった。

 後に残ったのは、長老とユピテルの二人だけ。

 “わしもそろそろ…”と、長老がゆっくり起き上がりながら、ユピテルに語りかける。

「これも、お主の持つ能力じゃ────」

 そんな言葉を言い残し、その場は、ユピテルだけになる。

 “俺の持つ能力…”

 そんな今まで、一度だって考えたこともない話。

 普通に考えてみれば、ただの一人の人間でしかない、そんな普通の一般人。

 それも、『たぶん、まだ生きている!』と、その程度の認識しか持たない、民間人。

 漠然としたリアル感を感じるだけで、今ある現実の多くは、未だ何も変わらない。

 この世界を知れば知るほど、何か大きなモノに巻き込まれていく……。

 そんな恐れに似た感情を抱く方が、日増しに強いくなっていく。そんな程度のただの人。

 『…誰かが困っているなら助けたい! 不幸なんて大嫌い!!』 

 そうした本能ともいうべき基本思念! そんな、どうやっても直せない生まれ持った性格。

 それらが、今のユピテルを勇気付け、自らを奮い立たせてくれている。

 見えない何かに『負けるな、頑張れ!』と、どこか後押ししてくれている、そんな気がした。

「よし、それじゃ…、とりあえず、まずは現状視察からだっ!」

 そういって、一番見晴らしのいい場所……。

 『ますはここから…』と、心の中で呟いて、見張り台のある方へ向かっていった。



 ────ここか。

 そう呟いた場所は、見張り台に利用されている、街一番の大木の根元だった。

「お~い、ソムヌス~! 俺がそこへ上がるには、どうすればいい?」

「あっ、ユピテルさん……」

 先ほどの場で、じっと何かに耐えるように座っていた少年がいた。

 客観的に見た感じでは、シルフの幼い子供、のようにも見える、そんな童顔青年である。

「ソムヌスぅ、あぁ~その、『…さん』は、出来れば付けずに呼び捨てで呼んで~♪」

「あっ、は、はい。ユピテルさん。…あっ、いえ、…ユ、ユピテルゥ!!っ」

 かなりの緊張っぷりである。

 “自分は怖い人に見えるのか?”と、訝しげに考えていると、上から縄梯子が降りてくる。

「すみませ~ん、今、はしごを降ろしましたぁ! …小さいですが、これでも昇れそうですか?」

「サンキュ、全く持って問題なぁ~し! ちょっとこれを借りて、今からそっちに上がっていくね♪」

「は、はい。手足元にお気をつけて昇ってきてくださいねぇ~♪」

「ほいさっ、りょ~かいっ!」

 ソムヌスの緊張は、その後、一言二言と話していくうち、次第に慣れて、解けていく。

 数分も側にいつと、平常心になれたのか、気軽に話しかけてくれるようになっていった。

「…ふ、ふぅ。なんてでっかい木なんだよ、これはっ!!」

「あはははっは、自分達は飛んで昇るので気になりませんが、身体を使うと大変そうですね♪」

「…はぁ、洒落になってない高さだってば、コレ!」

 そういいながら、下を眺める。

 “…うっ!”と、思わず声を詰まらせるほどの、……そんな高さである。

「しかし、えらく高い場所に見張り台がたってるんだなぁ~…ほんと」

「そうですね~見晴らしが良いおかげで、日中なら、あの辺りの小石までハッキリみえますよ♪」

「…ど、どこだよ?」

「ほら、あそこに見える、三本の大木の根っこにあるじゃないですか! ほら、あれです、あれ!」

「ど、どこだよぉ…そんな先なんて見えないって、俺には……」

 そういって、指差す先には、遠く離れた場所……数キロ先に思える場所だった。

 シルフは、夜目が聞かない分、日中であれば、双眼鏡を使う場所程度は、肉眼で見えるようだ。

 ちなみに、さっきからソムヌスが指差す場所は、そうした距離の平原に大木が並ぶ場所だった。

「だ、ダメ…。俺には、大木がある位しか判らん。本当にあんなトコの小石まで、見えるもんなの?」

「ん~、普通に見てて、そのくらいでしょうか。…あっ、でも、他の人たちは、もっと見えなくて……」

 そういって指差した場所は、その場所とあまり変わらない位置だった。

 少なくとも、ユピテルの目には、その距離の違いは判らない。

「あっ、あの辺りまでなら、シルフなら皆が見えると思います、ほらっ、そこにある小石とか♪」

「そ、そうなんだ。…りょ、了解……(どんだけ遠くが見えるんだよ、まったく!)」

 常人離れした視力の程に“…もう好きにしてくれ!”と、言いたいユピテル。

 恐らく、自分と同じ人間がここで同じように説明を聞いた場合、間違いなく同じ反応をするだろう。

 しかし、それ程に視力が良いにも関わらず、夜襲を受けるって? いくら夜目といってもねぇ……。

 “…はて? それにはどんなカラクリがあるのか?”と、正直、不思議でならなかった。

「先日の夜襲の際、ソムヌスさんが、ここから監視をしてたんですよね? 何も見なかったんですか?」

「…は、はい。…わ、私がもっとしっかり見えていれば、バッコスさんのご家族も…、くっ……」

 どうやら、バッコスさんの家族を失ったことに、酷く責任を感じているようだ。

 だが、これだけ遠くまでハッキリ見えているのに、全く気づけないというのもおかしい。

 いくらカモフラージュしてみたところで、静止物から、動くものを見つけるのは、そう難しくないはずだ。

「どうして前回は、発見できなかったのですか? それだけ見えていれば、見えそうな気が……」

 思うまま、ありのままの疑問をぶつけてみる。

 だが、返ってくる答えは、すごく単純な答えだった。

「…はい。言い訳になりますが、シルフの目は、昼間しか良く見えないのです。日が落ちると……」

 そういって夜になった時に自分が見えるであろう境界地点を指差す。

「────そうですね、その辺りまでになります。正直、光がないと、何も見えないのと同じです」

 指を差された境界地点は、ユピテルが見えるであろう距離よりも、もっと手前の近い場所だった。

「ま、マジですか?」

「あ、え、えぇ、シルフならみんなその程度です。たいまつのスグ側なら判りますが、それ以外は……」

「────ふむっ。状況は理解できました。…うん、ありがとう、ソムヌス!」

「どう致しまして。こんな所でよければ、また来て下さい。一人で見張り番していると、退屈ですから♪」

 ニッコリ微笑みながらソムヌスが言う。

 “わかった! 気が向いたらまた来るよ♪”と、思ってもいないセリフを吐きながら後にする。

 内心では、“もうこんな高い場所には二度とこねぇーっ!”と、叫び散らしているユピテルだった。



 ────次に訪れたところは、バッカスがいる、厨房母屋だった。

「すみませ~ん。こちらにバッカスさん、いらっしゃいますか~?」

「…ん? おう、お客人じゃないですかい、どうしたんですか、こんな所まで?」

「先ほどのお話のことで、ちょっと────」

 そういうと、辺りの空気が僅かに変わる。

 どうやら、先の事件以降、ご家族の話は、バッカスの前では、タブーとなっているようだ。

「あ、そうなんですか。…~ん、もう十分程だけ待ってて頂けますか?」

 そう言いながら、夕食の準備の手が止まっていない辺りはさすがである。

 それを見て、“キリの良いところまで済ませて下さい♪”と、ユピテルが提案をする。

「そうですか、そう言ってもらえると、あっしも助かりやす、お客人♪」

 どうやら、根っからの職人のようだ。

 絶対に、中途半端な料理はださねぇ! 作らねぇ! そんな信念を持っているようだった。

「あ、それじゃ、自分は、広場にある、さっきの場所で待ってますね!」

「へい、かしこまりやしたぁ!」 

 威勢のいい掛け声と共に、辺りの者へ檄が飛ぶ!

 “てめぇら、気合入れて仕上げにかかるぞ!”と、叫ぶバッカスに呼応して、

 …おおおぉぉーーーーー!!!

 という、雄たけびのような声が、厨房にこだました。

 『流石は料理長っ…』と、妙な所で感心しつつ、約束した場所で、バッカスが来るのを待つ。

 実際、話といっても、ちょっと会話するのが気まずいだけで、難しいことは、何も無い。

 あったままの事、みたままの事、…それらを話せる限り、話してもらうだけなんだから。

 …と、自分に言い聞かせるようにしているところへ、ちょうどバッカスが現れる。

「お待たせしやした。…で、どういった事を話せばいいんですかい? 大体察しはつきやすが……」

「では、この間の事件のことの詳細と、これまでの夜襲のことを含めて、状況説明をお願いします」

 そういって、街で唯一ハッキリと輩を視認したバッカスから、ありのままの情報を引き出そうとする。

 快く、知っていること、想像できること、客観的、個人的に。…いろんな目線を交えて話してくれた。

 

 バッカスから聞いた話を要約すると、およそ次の通りだ。

 半月ほど前から、コボルトと思われる十数人の集団の奴らに襲われるようになった。アジトは不明。

 多くの場合、街へは、一人で来ている。最初は、悲鳴をあげると、一目散に逃げ帰る感じだった。

 だが、二度、三度と、街へ現れる度、奴らは、段々逃げ帰らなくなり、逆に倉庫を襲うようになった。

 最近は、街の倉庫にあるもので、特に目に付くような品を片っ端から強奪していくようになっている。

 そんな調子で、最低、週に数回の頻度で夜襲されている。前回の襲撃でちょうど十回目だった。

 前回のその日、バッカスが帰宅すると、家が業火に包まれており、家の中で、妻が焼死していた。

 火事原因は不明だが、奴らの放火ではないか、と、街で噂されているが、誰も目撃はしていない。

 バッカスが、火の海となっている家に入ろうした時、中から飛び出す形で、1人のコボルトが現れた。

 奴の方も、バッカスの姿に驚いていたが、その驚いているスキを付くように、そいつは逃げていった。

 この件で、死者が出たのは、バッカスの家族が始めてで、今後も続いてしまう事を皆は恐れている。

 目撃した奴は、せいぜいユピテル程度の背丈で、か細い身体をしており、異常な程、素早かった。

 …と、そんな内容だった。


「…ふむっ」

 一通りの話を聞き終え、思った感想。

 『こいつらは、一体この街で何をしたいんだ?』と、いうこと。

 第三者的な視点で聞く限り、強奪は別として、そいつらに何も害は無いようにも思える。

 だが、被害が無いのは、倉庫の見張り役を危険回避のために置いていないせいでもある。

 しかし、決まって襲うのは、夜だという。

 犯罪を犯す時、人が少ない時刻を狙う、…まぁ、最低限度の常套手段ではある。

 そんな事をいろいろ考えていると、バッカスが聞いてくる。

「何か役立つ話はありやしたかい? あっしは、もう二度と同じ目にあう奴を出したかねぇ……」

 そういって、ユピテルの両足に涙声になりながら、すがりつくようにしがみつくバッカス。

 バッカスの気持ちは痛いほど良くわかる。

 突然、家族を失ったんだ。…その心の痛み、苦しみは、誰にも想像がつかないくらいだろう。

 そうした私情を挟んで考えながらも、どうしても、何か腑に落ちない気がした。

 悲しみに浸りきるバッカスをなだめ、火災当日の事をもう少し詳しく聞いてみる。

「バッカスさん。飛び出してきた奴は、どんな身なりでしたか? もしかして、汚れてませんでした?」 

 そう聞くと、『身なりは忘れたが、全身、煤で真っ黒になって出てきた!』と、バッカスはいう。

 『…それがどうかしたんですかい?』と、バッカスは怪訝な眼差しで聞いてくる。

 率直な意見として、思った事をバッカスに打ち明ける。

「お気持ちを乱すようでしたら恐縮ですが、本当に火を放ったのがそいつらだったのかな? と思って」

「──はぁ?」。 バッカスは、呆れ顔になりながら、そう言った。だが、ユピテルは続ける。 

「私の予想ですが、恐らく、そいつが飛び出してきた時、手ぶらじゃなかったですか? 違います?」

「ま、まぁ、確かに何も持ってはいなかったですが……」

「そして、また私の予想ですが、この街の中で、倉庫以上に略奪に向いている家はありますか?」

「そ、それは。あっしの家を含め、倉庫以上に何かを蓄えている家は無いように……」

「では、何故、バッカスさんの家から出てきたと思われますか?」

「そ、そりゃ、放火をする為に家の中……、ん~……不自然な感じですなぁ、確かに」

「はい、火を放つだけなら、外からで十分。そして、真っ黒になるまで、火中に潜む必要は無いはず」

「──た、確かに」

「そして、民家の中で、バッカスさんの家にしなければいけなかった理由は、…特に何もないはず」

「確かに……そうだ」

 そこまでの返しを受けて、バッカス自身が、奴らに襲われて殺されたのではないかもしれない、と。

 そう思うようになったようだ。

 実際、普通に考えれば、何の意味も無い、おかしな点が多すぎるのだ。

「…正直、バッカスさんの心中はお察しします。ただ────」

「ただ、なんですかい、お客人?」

「ただ、コボルト達が、火を放ち、家族を殺した、…その点については、どうも違うのではないかと」

「…………。」

「すみません、これは、あくまでも可能性です。可能性だけの話なのですが……」

「…………。 へい、確かに話をしてて、あっし自身も、何か違う気はしてますが……」

 どうやら、不本意ながらも、言いたい事は理解されたようだ。

 そこで、質問もかねて、バッカスに一つの提案を出してみる。

「もし、そいつの顔や声を覚えているのなら、捕縛して、真実を確認してみたくありませんか?」

「へっ!? …ほ、捕縛ですかい!?」

「そうです、捕縛です────」 

 そういって、ユピテルは、バッカスにある提案を持ちかけていった。 



 ────それからしばらくして、最後に訪れたのは、長老の部屋だった。

 部屋の中を覗き込むように顔を出し、まずは長老に挨拶をする。

「長老さま、ちょっとお話をいいでしょうか?」

「…ん? どうしたユピテルや」

「コボルトにお詳しいと聞いたので、できればその件について、少し聞きたいのですが……」

「…うむ。では────」

 即座に話しを始めようとする長老に素早く待った! を入れる。

 何分にも、ここは自分の身体には、狭すぎるのである。

 よって、ジェスチャーで、“できれば、さっきの場所でお話を…”と、主張する。

 すると長老からも、“わかった”と、ジェスチャーで頷いてくれたので、場所を移動する。


「──で、何を聞きたい、ユピテルよ」。 …では、と一つ咳払いをした後、ユピテルが語る。

「最低でも、コボルトの歴史、特性、実態などでしょうか。他にも何かあればお願いします!」

「うむ。そうじゃのぉ。では、順に追って話すこととしよう────」

 そういって、長老は昔を振り返るように、記憶を手繰り寄せながら、ユピテルに語ってくれた。


 元々コボルト共は、土の精霊の一種で、ノームと共に、土の精霊の街で暮らしていた。

 だが、戦争に巻き込まれ、街は滅ぶ。街に住んでいた者は、例外なく外へ飛び出していく。

 家族や少人数で行動し、流浪を続けるか、静かな場所に落ち着いて暮らしているらしい。

 今回の輩も、その背景で生まれた、流浪一派の一つだろう、というのが、長老の見解だった。

 コボルトの身体は、精霊の力で加護を受けており、同じ体格なら、最低でも数倍は上回る。

 身の丈は2~3m。オスは筋力に、メスは俊敏さに長けている。稀にどちらも備える者がいる。

 奴らは、素手で木々をなぎ倒せるが、その代償として、精霊術の類は一切使えないという。

 だが、昼夜を問わない良い視力を持つため、夜目が効かぬ者が相手なら、敵無だとのこと。

 また、身体能力は、見た目の大小に関係が無く、対峙してみるまでは、未知数だともいう。



「──どうやら、一筋縄ではいかない相手のようですね」

「うむ。夜襲だけ繰り返す点を考えれば、奴らの中に、それなりの知恵者がおるとも言えるの」

「徒党の中に頭の良い仲間がいる、…という事ですよね?」

「うむ。あまり考えたくはないが、…まぁ、そんな所じゃのぉ」

 シルフvsコボルトでは、数の優劣だけで、対抗できる相手ではなさそうな事を再確認できた。

 だからこそ、どうにも腑に落ちない点が多いのだ。

 それだけの能力がありながら、街の人が、未だ誰一人として、直接危害を受けていない点。

 バッカスの件にしても、焼死が原因であり、裂傷などは特に見当たらなかったとも聞いている。

 住人に気配りつつ、倉庫を物色している。普通に考えれば、それが最も近い状況に思えた。


「どうじゃ、こんな程度の話でも、何かの役に立ったのかの?」

「はい。十分理解できました。非常に判りやすいご説明、どうもありがとうございました!!」

 そういって、長老に対して、深々と頭を下げ、お辞儀をするユピテル。

 そんな姿を確認したのか、ラケシスが、直後に声をかけてきた。

「お話が終わったのでしたら、お食事にしましょう。もう準備はできているようですから♪」

 そういうと、にっこり微笑むラケシス。

 相変わらず、どこか…ホッ!…とする笑顔を向けてくる人である。

 これが同じ身体のサイズの人ならどんなに、と、妙に残念な気持ちになるユピテルだった。



 ────皆と楽しく談笑しながら食事を終え、一息入れた頃。

 昼間に話をしていた面々に向かい、ユピテルが見つけ次第、順に声をかけていく。

「あ、あのぉ~、ちょっとだけ集まってもらっていいですか?」

「…………?」

 皆がそろって“なんだなんだ…”と、呼ばれた者達が集まってくる。

 昼間の話に関係がある! と、場の空気を読んだ人から順に真面目な顔になっていく。

 誰が何も言わずとも、昼間と同じ要領で陣取り、着席していく。

 皆がそろったのを確認した長老が尋ねる。

「何か、良い案でも浮かんだのか、ユピテルよ?」

「──はい」

 長老の問いかけに少し躊躇しながらも、自分が考えたプランを語り出す。

 だが、語りの前にこれだけは! と、ユピテルが叫ぶ。


「この先、失言や無礼な表現が出てきます! 話の前に、まず、その覚悟をして下さい!」

 そう強く言い切ったユピテルが、その場にいる全員、全ての視線を順に確認していく。

 長老から始り、目が合った者から順に、“…わかった!”と、ばかりに頷いていく。

「うむ!」

「わかっとるがな!」

「わかりましたわ!」

「わかっておりやす!」

「…は、はいっ!!」


 最後にもう一度長老に確認し、全員が腹を決めた事を認めさせてから、語り始める。

「────結論を先に述べます!」。

 そういい切るユピテルは、真顔のままこう続けた。

「この街、……私達は、コボルト種族との共存を目指しましょう!!」

 …は?…。

その場に集まる、ユピテル以外の全員が、発せられたその言葉に耳を疑った。

「…う、うぬぅ」

「…ちょいまて、なんでそうなるねん!」

「…一体どういうことなのでしょうか?」

「…な、何をいいだすんですかい、お客人?」

「…え、えっ?」

 それぞれが、口々に想いを語り出す。

 基本的には、反対だ! と、そういう語りがその中心にあるのは言うまでも無い。

「まだ、話は全て終えていません! 言いたい事は、終わった後に発言して下さい!!」

 ユピテルは、ここれまでで一番強い口調で、そう言い切る。

 それを受け、動揺を隠せないまま、しぶしぶその真意を確認しようと、皆が腹を決める。

「もう一度だけ、お尋ねします。最後まで聞く、心の準備は、よろしいですよね、皆さん?」

 ユピテル以外の全ての者が、長老を伺うような素振りを見せながら、キョロキョロする。

 そんな動揺した姿に呆れたのか、皆の落ち着きを待つユピテルに対し、長老が叫ぶ!

「その通りじゃ! ユピテルが巡らせたその想い! この場にいる皆に聞かせてもらおう!!」

 長老がハッキリと発言した事により、その場は即座に沈静化する。

 もう一度、皆を見渡すような仕草で眺め見た後、ユピテルが口を開き、語りを再開する。


「では、話の詳細に入ります────」

 ユピテルはそういって、昨夜からずっと考えを巡らせてきた想いと考えを語っていった。


 …10分。……20分。

 ────そして、それからさらに30分経過。


「…………。」

 結局、約一時間の時間をかけて、ユピテルが説明を終える。

 話を終えてからも、皆の表情は全く変わらず、なお沈黙が続いていた。

 そして、代表者として質問するかのように、長老が、ユピテルに語りかけてくる。

「ユピテルよ、お主は最初、『…共存を目指す!』と、そう申したな?」

「──はい!」

「わしら風のシルフと、奴ら土のコボルトが、共に暮らす事を提案しておるのじゃな?」

「──はい、その通りです!」

 躊躇なく即答される。

 自信のこもったユピテルの返答に、僅かだが戸惑う長老。

 その僅かな戸惑いを吹き飛ばさんとするべく、答えを求める。 


「ユピテルよ、なれば、いま一つ、お主の答えを問おうぞ!!!」

 そういうと、長老は、戸惑いの種と想われる、想いのたけを語り出す。


「異なる精霊種族は、文化も生活様式も全てが違う。それでも共に歩めると申すか?」

「──はい、歩めます!」

 即答するユピテルの問いに、尚も真意がつかめぬ、と、苦い顔をする長老。

 いかに実直に見つめても、微動だにせず、見つめ返してくる程の意見のようである。

 だが、今までの経験上、他の種精霊種族との共存生活など、聞いたこともない。

 だからこそ、成功するなど、到底、理解できないのだ。しかし、……。 


「なれば、その根拠を述べよ! わしには、それが判らん。故に、考えを述べてみよ!!」

「──では、お答えとして、私も質問させて頂きます。共に歩めない理由は何ですか?」

 な、何を聞いておるのじゃ! と、長老が狼狽する。

 質問に答えるといいながら、質問を返してくる。

 こ、こやつは、わしを馬鹿にしておるのか、…そんな事も考えてしまう。

「ば、ばかもの! 先にわしが問うておるのじゃ、そのわしへ、お前は問い返すと申すか?」

「──はい。問い返します!」

 尚も変わらず、真っ直ぐと見つめてくるその両目。

 長老は、そんな姿から、間違いが無いと断言するかのような決意の強さを感じとる。


「何故じゃ? 何をそこに見い出す為に、わしに問いを投げかけるのじゃ?」

「──はい。『本当の真実』を、しかと見て、その上でご決断して頂きたいが為です!」

 真実を知らぬ? 真実を見ておらぬ? …こやつは、わしにそう申しておるのか?

 自分はユピテルより遥かに長く生きており、この世の理もよく熟知しておるつもりじゃ。

 じゃが、そのわしが、真実を見ておらん! と、こやつは言い切る。

 怪訝な感情を抱きつつ、尚もユピテルに問いかける。

「わしが真意を見ておらぬ、正しい判断をしておらぬ、そのように申すのじゃな?」

「──はい。今ある知識や常識を元とした根拠のない返答をされた。…と、感じます!」

 確かにそうである。何も前例が無い。同種族であってでさえ、争い絶えぬことも多い。

 それを、違う種族との間で、争い無く暮らせるのだ! と、そのような物言いをする。 

 一理ある。その通りと思える事でもある。…しかし、


「お主のいう『共存を目指す!』の真意は、そこにあると申すか? 常識に囚われるなと」

「──はい、左様です! 反対する絶対的な根拠が無いため。それが先の答えです!」

「…………。」

 流石にその返答に長老も言葉を失う。

 まだ、この世界をよく知らぬ、『若輩者で未熟者』、恐らく心のどこかでそう思っていた。

 実際、今のユピテルの実力と知識は、その程度のモノしかない。

 だが、それが語る言葉は、過去に見聞きしたどの言葉より、事実より、重く感じた。

 間違いかもしれない。でも、正しいかもしれない。…そんな事をいっているのだ。


「──長老様は、知らない事を知っている、既に決まっている。そう考えられたはずです!」

「!!!!!!。」

 長老は驚いた。不覚にも、ユピテルには、長老の思考が読めているらしいのだ。

 どのような人格の持ち主であっても、他人に言われなければ、気付けぬ事は多い。

 そうした気付きのポイントを的確に、正確に、こやつは、わしに提示してきたのだ!

 表には出さないが、内心、驚愕に値する事を提示するユピテルに驚き戸惑っていた。 

「──何事も、知らない事は、知りません。判らない事も、判りません。それと道理です!」

「…………。」

 もう返す言葉はなかった。

 ユピテルの考えの一つ一つが、長老の心に深く大きく突き刺さる。

 そして、それは、その場にいるもの全てにおいても同様だった。

 ユピテルの口から語られる、その一言一言が、何よりも重く、のしかかってくるのだ。

 その後は、ただ、ユピテルが語る言葉、その胸の内。

 誰も何も言わずとも、語りつくされるまで、これは聞くべき話だ、と、皆がそう思っていた。


「何事も、行動前に結果は出ません。行動した後、初めて何かの結果が出ます!」

「ならば、『共に生きる』が出来るか出来ないのか。それは、行動の後に生まれます!」

「成否は、その道に繋がるよう、成るように、互いにそう努める、心がけ次第でしょう!」

「行動すらせず、結果を決める行為。それは、絶対に可笑しき行為だと思います!」

「共存提案する理由の一つは、その心がけを持つ勇気を皆に持って欲しいからです!」

「互いを認め、違いを理解し、不足を補いあう暮らしこそ、目指す理想だと考えます!」

「弱肉強食ではなく、弱点を補いあう関係。それが、互いの繁栄に繋がるはずです!」

「────私から言えることは、以上であり、これらが、本件への提案の理由です!」

「…………。」

 恐らくは、その場に居た一同が、この時点で、異を唱えることを諦めていた。

 異を唱えるよりも、これに賛同するべきような、そんな気持ちに変わっていた。

 それは、皆が、どんな事にも失敗はある。そして、絶対の成功などは存在しない。

 だが、始めずして、失敗することはありえない。何かをするから、結果がでる。

 そして、合否は、結果が出るまで、誰にも判らない。それを皆が知っているからだ。

 ユピテルが提示したこの話は、己が学んできたもの全てを否定するものも含まれた。

 しかし、それだけの期待と意味が伴う、試す価値のある提案としては、十分だった。


 ──そのまま、各自が沈黙しながら、己と会話し続け、約半時が過ぎた頃。


「わしが、皆を代表して答えようと思う────」

 長老はそういいながら、街としての見解を付き返そうとしてくる。

 しかし、その際、『もし何らかの異があれば、遠慮なく申し出よ』、と、付け加えた。

 一同は、おそらく同様な見解に至ったと確信するかのように頷きあう。

 それを見渡し終えた長路が、ユピテルに対して、答えを返す。


「万事、承知した! これ以降、本件における全決定権をユピテルに委ねる!!」

 答えはそれだけだった。

 周囲一同、皆が同意するかのように頷き、賛同の意を表す。

 ユピテルが語った提案は、場違いで検討違いだ、と、言われ兼ねない話だった。

 結果が出るまで、どちらに転ぶか判らないのだ。だが、期待するだけの価値はある!

 そう、皆が認めてくれた。…正直、嬉しさと同じくらいの不安を感じるユピテル。

 それでも、共に歩み共に暮らすことは、どの世界でも良いはずだ! と、そう思う。


「────ありがとうございます!」

 ユピテルはそう答え、そして、それを実行するためのプランの話し合いが始まった。

 話し合いは、翌朝までかかった。

 そこで固まった捕縛プランの実行は、その当日中から、早速、始める事となる。

 そうした場を取りまとめている最中、ユピテルは密かに心に誓いを立てていた。

 『誰一人として、絶対に不幸にはしない!』…そう、心に誓うユピテルだった!



「よ~し! たぶん、こんなんでええやろ! …どや、ユピこう?」

「ん~もうちょっい欲しい、最低あと十mは欲しいな。もちろん上下左右、全部にね♪」

「えぇ~~、もうこんなンでええんとちゃうかぁ? どんな奴でもこれで十分やでぇ……」

「はいはい、つべこべいわず、手を動かす! …ほら、早く早く!! 時間が無いよ?」

「う~、あとで覚えときぃ~、ぜぇ~ったい、泣かしたる~! よう覚えときぃ!!」

「はいはい。忘れると思うけど、今は覚えとくね♪ ほら、また手が止まる、休まない!」

「びえぇ~ん、はよ帰してくれぇ~、ラケシスどこやぁ。そこおんのやろぉ、白状ものぉ!!」

「あら、何やら私すごい言われようですね。…もう一息ですよ、頑張れぇ~ダイアナぁ♪」 

 蚊の鳴くような小声で、見えない場所からそう囁くラケシス。

 そんな声も聞こえずに必死に穴掘りをするダイアナ。

 両者共にまったくもって、息のあった名コンビぶりであった。

「しかし、お客人よう。こんな事してたら、奴らにバレバレじゃないですかい?」

「…はははは、実は少しそこを心配しています。でも、日のあるうちは大丈夫かなぁ~と」

 毎回、夜しか襲ってこない所を見ると、日中に監視されていたりする事はないだろう。

 そんな想像をしていることをバッカスに告げる。

「いや~ほんと、客人を見ていると、何とかなりそうな気がしてくるから、不思議ですわ!」

「あははははっ、そのお言葉に喜んで良いのやら悪いのやら……」

「そりゃモチロン、ここは喜ぶ所に決まってますよ、お客人♪」

 そういって、肩を組むように抱きついてくるバッカス。

 この周囲で、いま必死に働いているのは、現時点では、ダイアナただ一人だった。

「おんどりゃ! 今そこで見てるだけの奴、全員、後で覚えてろぉ~、うっきぃ~~!!」

 深く掘り進んだ落とし穴の中で、術を駆使して、作業を進めて続けるダイアナ。

 大絶叫しながらも、片時もその手を止めないのは、さすがだった。

「しかし、精霊術が、発動距離で威力が違うって言うのは、少し意外でした……」

 現在、ダイアナが風の術を駆使しながら、他のものと協力して穴掘りをしている。

 最初、遠くからでも出来るのだろうと、簡単に考えていたのだが、そうではないらしい。 

 聞けば、対象から離れるほど、比例して、威力も精度も落ちるとか。

 精霊術の適正範囲は、直接~数mとのことだ。

 それ以上離れてしまうと極端に精度と威力が落ちるらしい。

 今まで気が付かなかったが、エアシューターの指輪も、もしかしたら同様かもしれない。

「ほんと、数m程度でも違いがでるんですね、…・ダイアナ見てて勉強になりました!」

「こらぁ~そこ! そんな勉強する暇あるんやったら、ちゃっちゃと他の準備せんかい!!」

 そう怒鳴りながら、“万一わしより作業が遅かったら、しばき倒す!”と、釘を刺される。

「はいはい、聞こえてま~す。じゃ、ここはダイアナに任せて、他の準備に入りましょう♪」

 そう、周りのご機嫌を取るかのような口調で、皆にも仕事に向かわせる。

「暗くなる前に完了する必要があるので、皆さんも出来るだけ手早くお願いしますね♪」

 すると、歓声のように“…おう!まかせろ!”と、そんな声があちこちから聞こえてくる。

 そんな調子で周りに人が居なくなった頃、ダイアナだけに聞こえる声で一言残していく。

 …ごにょごにょごにょ…。

「────という感じだけど、時間までにできそうか?」

「はんっ! お前は誰に向かって口聞いてる思うとんねん! そんなん楽勝じゃ~!」

「うん、ダイアナなら絶対そう言ってくれると思ってた。…本当ありがとう、ダイアナ♪」

「…な、なんや、急に改まりおってからに、…き、気持ち悪い、やっちゃのぉ~…」

 ぶつぶつと何やら文句とも照れとも取れるセリフを吐きながら、作業を再開する。

 ダイアナのそんな姿を確認して、安心したかのように“…さて!”と、気合を入れる。

 自分がしておくべきことの準備にとりかかる。

 そうして、日が暮れる頃には、全ての準備が整いきった。

 ────が、残念ながら、その日は何事もなく、平穏なまま終わっていった。



 そんな日を何日か過ごして待機していたある夜のこと────。

「おっおぉ、どうやら、やっと敵さんが来なはったみたいやでぇ~♪」

「…しっ! 聞こえてしまいます! …もう、本当に判ってるの、ダイアナ?」

「わ、わるかった。ちょっいと待ちくたびれてたんや、すまんすまん…」

「…ったくもう、仕方がないんだからぁ」

「ははは、堪忍や。…さ、本番や、しっかり頑張れやお二人さんっ!!」

 そういって、ここ数日、ずっと穴の中で待機してたユピテルとバッカスの検討を祈る。

 隣のラケシスも同様に何かを祈るような仕草を取り続けていた。

「そうですわね…、今はただ、二人の無事を祈りましょう……」

 街の見張り番小屋から、姿を確認できないながらも、無事を祈る二人だった。


『お、お客人。どうやら、待望のお客様が、たった今、来なさったようですぜい♪』

『…りょ、りょうかい!』

 種族ごとにしか聞こえない旋律。

 それを利用して、見張り台を始め、倉庫の死角すべてに見張りを立てた。

 その中のどこかで輩を発見次第、『旋律の言葉』で、皆に伝える事になっている。

 今ほど、バッカスが聞いたのは、その旋律で示された言葉から察知したものだ。

 もちろん、他種族にも音として聞こえる為、その点については細心の注意を払う。

 輩に不審がらせない為だけに、ここ数日、唄を奏でっ放しにしてもらっているのだ。

 だから、多少の音の変化があっても、まず疑われる心配は無いと確信していた。

 

 そして、作戦通りの展開になる事を期待しつつ、ワナを発動させる機会を待つ!

 僅かだが、足音らしきものが近づいてくる。…さ、後は、結果を出すだだけだ!

 そうしてバッカスと二人、暗闇の中で、周りから告げられるタイミング計り取る。

『ここらかが勝負所だ、お客人。もうそろそろ来ますぜぃ、…おっ、カウントダウン」

 そういうバッカスは、ユピテルにも判るように、指を折り曲げながら唄を伝える。

 指が一つずつ折り曲げられていく。

 “…3。…2。…1。…”

『…ゼロッ!…』

 その瞬間、二人の天井にあたる地面を取り払う。

 …すると、そらから何かが一人降ってくる。

 …ドサッ!…

 “…よし! まさにドンピシャ!”と、二人してガッツポーズの構えをし合う。


「あたたたったっ…、っふぇぇ~、え、な、なになに、どうなってっ……ん?」

 急に真っ暗な場所に落とされ、いまいち、今の状況が掴めていない様子だ。

 ユピテルとバッカスが、その隙をみて飛び掛るように輩を捕縛する。

 …ガッ、ガシッ!…

「えっ!? な、何なになに、な、何なの、だ、誰っ!?」

 今回のだけのためにダイアナに用意してもらった、特殊な捕縛用の矛である。

 それで完璧に捕縛したため、言葉はおろか、身動き一つまともにさせなかった。

「そこのお前! それ以上動くな!!」 …ユピテルが叫ぶ。

「…も、もごもごっ!!!!」

 落ちてきた輩も、流石にこんな展開になるとは、予想していなかったのだろう。

 “…もごもごっ”と、叫びながら、何とか身体の自由を取り戻そうと暴れている。

「ダイアナ! 急いで明かり、…何か明かりを持ってきてくれ!!」

「…もごもごっ…もごごごもごっ…もももごもごーーーーーっ!?」

「おらぁ、動くなっつってんだ! …まさか、聞こえてねぇのかぁ、あぁん!?」

「!?」

 恐らく、ホンマモンのヤクザになると、こういう感じで脅されるんだろうな……。

 それ程、バッカスの言葉と睨みは強烈だった。隣のユピテルも一緒に怯えしまう。

 しかし、倍以上の身長差の相手をここまで怯えさせるバッカスって一体……。

 バッカスに対して、違う意味で敬意と尊敬の念を抱くユピテルだった。

「おぉ~よくやったでぇ~ユピこぅ! そんで、…ほいっ、明かり、これでええかぁ?」

「ん? いいけど、もうちょっい下に降ろして……、そうそう、はい、スト~ップ!」

 ロープに吊るされる形で、明かりが落とし穴の中に降ろされる。

 明かりの降下と共に、徐々に相手の状況が露になってくる。

 数秒後には、バッカスとユピテルを含む、輩の顔もハッキリ見えるようになった。

「お、女の子? い、いや、コボルトのメスって言うべき? …バッカスどうなん?」

 バッカスは、明かりに照らされたその顔をみるなり、わなわなと震え出していた。

 『──こ、こいつだっ!』。…心の中で、バッカスがそう叫ぶ!

 横で見ているユピテルも、何やらバッカスの様子がおかしい事に気が付いた。

 なぜかバッカスが震えている…、が、どうもそれは、怒りから来る震えに感じた。

 そうユピテルが思った直後、バッカスは、輩に向かって、怒鳴りつけるように叫ぶ!

「──よう、覚えてるかぁ!? 俺はよぉーーーく覚えてるぜ、お前の顔をよぉ!!」

 “…はははは、これは傑作だ!”と、いう態度である。

「あ、あはははははっ、こ、こりゃいい!! …こりゃ傑作ですぜぃ、お客人よぉ♪」

「そ、そうか? ははははは…・(バッカスも十分変だ…)…」と、内心で思う。

 どうも怒が頂点に達しすぎていて、感情制御がうまくできなくなっているらしい。

 今のバッカスが、それ程、怒りで興奮する相手、…それは一人しかいない。

 そう、先日の火事の際、炎で包まれた家から飛び出してきた輩、その当人だ。

 …つまり、その時に目撃された輩は、間違いなく、こいつ、ということになる。

 今回、運良く捕縛した輩がそいつだったのはいいが、興奮が、尋常ではない。

 まるで、今にも襲い掛かりそうな勢いで、バッカスが猛っているのだ。

 万一、今のバッカスが暴走した場合。正直、それを一人で止める自信が無い。

「バ、バッカス! まず、落ち着けっ!! とにかく、落ち着くんだっ!!!!」

 “…大事になる前に、何とかしなければっ!”と、ユピテルは焦っていた。

 だから、スグにバッカスの興奮を抑えようと、“落ち着け!”と、叫んだのだ!

 しかし、その肝心のバッカスは……、

「あはははははっ! いや、あっしはもう、えらく落ち着いてますよ、お客人っ♪」

 そう笑いながら、なお興奮冷めやらぬ様子。とても落ち着く感じの気配は無い。

 ずっとバッカスの顔は微笑みっぱなしなのだが、それは憎しみの笑みのままだ。

 鬼気迫るというべく様子が大気に伝わるのか、先程から肌がピリピリしている。

 そんな緊迫した状況もあり、ユピテルは、助けを求めるように応援を求めた!

「お~いダイアナぁ、ダイアナぁ~っ! そこにいるんだろ、ダイアナ~っ!」

「ほぉ~い、ここにおるでぇ♪ …で、何や、ユピこぅ? わいに用でもあるんか?」

 即座に顔を見せてくれる事に内心、ホッ…とするユピテル。

 そんな安堵もあって、落ち着き払った素振りで、ダイアナに急の仕事を依頼する。

「今、街中で配備されている人達を全員、急いで、安全な場所へ移してくれ!」

 ダイアナが、“…何でや?”と、聞くので、作戦が完了したからだ、と説明する。

 このまま街中に彼らを放置しておくと、逆に危険でしかない、そんな思いがあった。

「およそでいいんだが、全員の非難が完了するまで、どのくらいかかる?」

 “…ん~、そやなぁ~…”と、親指をくわえるポーズを取りながら考える。

「旋律使うて知らせれば、5分もあれば十分やろ? …スグ始めればええんか?」

「うん。できれば、今すぐに頼む!」

 但し、旋律班の人だけは、尋問が終わるまで継続してもらうようお願いしておく。

 聞こえ続けた旋律が、急に鳴り止むのはおかしいだろうからさ、と、付け加えて。

「よっしゃー判ったでぇ! ごっつまかしときぃ~、ほんの十分もあれば、十分や♪」

 そういって飛び出していくダイアナに“…終わったら、また知らせて!”と、告げる。

 “あいよ、判ったでぇ♪”と、気の良い返事を残し、風に乗るように飛んでいった。


 そこまでをひとまず終えて、ようやくユピテルが、捕縛されているモノに語りかける。

「まずは、こんな手段を使った事をお詫びします────」

 そういって、謝罪と非礼の程を最初に申し出る。

 言葉こそ“…もごもごっ”だが、どうやら“…いえこちらこそ”と、言っているようだ。

「重ねて、おとなしくして頂けている事にも感謝致します────」

 そういって、“…できればこれ以上のことはしたくない”と、まず先に伝えて置いた。

 そして、“…いくつかの質問を貴方にしたいだけです”と、こちらの目的も伝える。

「──ここまでは、ご理解いただけましたか?」

 捕縛されたそれは、『ウン、ウン』と、素直に相槌をうつ、…少し怯えながらも。

「ありがとう。では、街の皆が避難を終えるまで、このまま────」

 そうやって、事情と状況を告げるユピテル。

 捕縛されたそれは、またも『ウン、ウン』と、素直に相槌をうつ、…少し怯えながら。

 そんなやり取りを見ているのか、いないのか。終始無言で見つめるバッカス。

「…………。」

 相変わらずず、捕縛されたそれを目で殺すような勢いで睨み続けている。

 『…はぁ』と、ため息をつきながら、ユピテルはバッカスに念を押しておくように叫ぶ!

「彼女は、客人扱いの捕虜。話し合いの為に仕方なく捕縛した。そうですよね!」

「…………。」

 無言を続けた後、“…あ、…あぁ、そう、だ。…そうだとも!”と、苦しそうに呟く。

 言葉にした事で、何かが吹っ切れたのか、次第にバッカスの怒気が、納まっていく。

 “はぁ…ひとまずは、これで安心そうだな…”と、そんな事を思うユピテル。

 そんな状況を経て、捕縛されているモノに向かって、ユピテルが語りかける。

「と、いう訳で…、ん? …もしもし? …もしも~~し? …あ~、こりゃまた」

 どうやら、強かったのは怒気だけではなく、捕縛の矛にも入っていたようだ。

 バッカスの強烈なまでの歓迎でもてなされたそれは、完全に気絶してるようだっだ。

 “…ふぅ”と、また呆れたように呟くユピテル。

 そんな姿を見て、“俺のせいじゃない…”と、動揺しながら、反省するバッカスだった。

 

 ────その数分後。


 ついさっき飛び出していったばかりのダイアナが、もう戻ってきた。

「ユピこぅ、こっちは全員オッケーだよん! …で、まだ他にあるんか?」

 そう聞いてくるダイアナ。

 ちゃんと旋律班だけは除いて、皆を非難させてきたようだ。

 正直、意外なお手並みぶりに、別の意味で関心してしまう。

「あぁ、問題ない。『珍しく』完璧だよ、ダイアナ♪」

 あまりの意外さ故に、思わず、つい、ポロッ…と、本音を口にする。

「ほぉ~められた、ほ~められた~♪ …て? まてまて! いま何か変やったで!」

 どこまで聞こえていたのか、“珍しく”と、付け足した辺りを本能で認識するダイアナ。

 恐るべし、『the 本能!』であった。

「あははっははっ、しっかり聞くところは聞いてるんだね、ダイアナって♪」

「アホぬかせ! わいはいつでも真剣勝負! ただの冷やかし中傷は、お断りやっ!」

 “ふんっ!”と、ちょっとご立腹となるダイアナ。

 そんな彼女をたしなめて、縄梯子で予め作っておいた簡易クレーンを降ろしてもらう。

「お~らい、お~らい! …よし、すと~っぷ!! おっけ~、ありがと、ダイアナ♪」

「…ふ、ふん、こんなもん楽勝やっちゅ~てんねんっ♪」

 どうやら褒められると照れてしまう性分らしい、…顔を真っ赤にし、照れまくっている。

 改めてそんなダイアナを確認し直し、感謝の笑顔でダイアナを見つめ返すユピテル。

「な、なんやねん、そないニヤニヤしくさってからに……」

「いや、ダイアナも可愛いトコがあるんだな、…とおもってさ♪」

 …3、2、1、と、カウントダウンしたかのように、瞬間湯沸かし器の要領で赤くなる。

「…な、何をぬかす~おどれは! か、からかいよんのもたいがいにせいや~……」

 最後は、聞き取れないくらいの小声になりながらも、反論は決してやめないダイアナ。

 そうした精神は、“…お見事!”と、しか言えない。

「さて、お戯れはその辺にして頂やして、お客人、あっしらも、そろそろ昇りやしょうや!」

「あ、そ、そうですね。次の準備もありますし────」

 さっきの怒気は何だったのか、と思うくらい、すっかりいつものバッカスに戻っていた。

 まず先に“捕縛されたモノ”を引き上げてもらい、直ちに手足を縛り、再拘束してもらう。

 そして、予めこちらが用意しておいた人型サイズの小屋に搬入してもらった。

 気絶されてから、未だに目覚める気配もないため、恐縮だが、叩き起こすことになった。

「もしも~し、そろそろ尋問はじめたいんですが────」

 時間もないので、そういいながら、顔をペチペチと叩き、スグ目覚めてもらう。

 さて、この尋問では、いったいどんな話が出てくるのやら……。

 想像できない話にはなりませんよーにっ! と、両手を合わせて、祈るユピテルだった。



 ────そして、約10分後。

 捕縛されたソレへの尋問が始まった。

 とりあえず質問事項は、予め用意してはあったが、状況をみて使用する事としていた。

 この場に限っては、てユピテルに一任する事になっているため、その動向が注目された。

「えーっ、では、今からいくつか質問を行います────」

 そんな調子で尋問を始める。

 首を縦に振るのは、『はい』、首を横に振るのは、『いいえ』として判断することにした。

 万一、どちらも当てはまらない場合は、とにかくジタバタしてもらう。…とも付け加える。

 そうした事前の会話の承諾を聞くと、捕縛されたそれは、怯えながらも素直に頷くいた。

「では、最初に……」

 …ゴクッ!…。

 思わず周囲を囲むもの、全ての人が息を呑む。

「──猿ぐつわを外して、普通にコミュニケーションする事は誓えますか?」

「!!!!!!!!」

 周囲のものが、皆一斉に驚く、…捕縛されている本人も、一緒になって驚いている。

 そんな驚きの中でも、真っ先に食いついてくる奴がいた。…そう、ダイアナである。

「ち、ちょとまたんかい! そんな事したら、叫ばれてしまうやろうが! どないすんねん!」

 相変わらず、酷い言われようである、…だが、最もな言い分でもある。

 しかし、ユピテルが、そうした尋問にしたかったことには、少し理由があった。

「確かにね。もし、大声で叫ばれて、仲間でも呼ばれたら、大変だと思う……、でも」

 そう言いながら、語尾を少し残す。

「…でも、なんやっちゅ~ねんっ!!」

「突然、捕まって、縛られて、猿ぐつわされて、大勢に囲まれて。皆なら、気分が良い?」

「そ、そりゃ、ごっつー気分悪いわ! …そない当たり前な事がどないやちゅうーねん!」

 ダイアナ自身は、自分で言いながら、恐らく、もう気づいているのだろう。

 しかし、あえて質問してくるのは、それを周りに周知させたいがため、…そんな人なのだ。

 助け舟のようなセリフを出してくれたダイアナに『…ありがとう』と、感謝し、続きを語る。

「そう、気分が悪い。それは、この人だって同じだ。俺達は、いじめる為に捕まえたのか?」

 すると周りの皆が、“そういえば、そうではない…”と、首を横に振る。

 本件を任されるにあたって、何よりも皆に徹底して約束してもらったこと。

 それは、『話し合いの場を持つ』ということだった、…捕縛は、その手段でしかないのだ。

「俺達は、話し合いの場を作る目的で、捕縛を強行しただけ! …そうだよな、みんな!」 

 皆が周囲を見渡しながら、同調するように、“確かにその通りだ…”と、頷き始める。

 そんな雰囲気を再確認し、“だから、2択での会話では物足りないんだ!”と、力説する。

「心と心で会話をし、本意を知り、伝える。それが、今回の場で目指す、最大目標だ!」

 辺りからは動揺を含むざわめきとも、どよめきとも取れる声が聞こえる。

 しかし、いくら待てど、異論を唱えてくる者は、一人もいなかった。

 ユピテルは、皆の意思を確認するように、周囲の隅々まで見渡すように見つめていく。

 見ていくそばから視線を外すもの、頷くもの様々だった。

 …だが、それでも、反論するものはいない、出てこなかった。

 そうして時間を無駄に費やしていると、横から長老が現れ、一喝するように一言叫ぶ。

「ユピテルよ! 此度の件、全てお前に任せる! と、以前に命じた事は覚えておるな?」

「──はい、長老さま!」

 周囲がその会話を聞き、見えない何かを納得する。

 それまでの空気が嘘のように消えさり、ユピテルの動向に視線が集まる。

「皆のもの。ユピテルの言葉、行動。その全てが、わしからの言動だと思うてくれ、よいな!」

「──はっ!」

 周囲が一斉に賛同する。

 こうした統率力は、さすが長老である。

 周囲を取り巻く者達の心の変化を確認したユピテルが、再び問い直す。

「言葉と言葉。思う事をお互いに語り合う。…そういう尋問にしたいんだ。…ダメかな?」

 優しい言葉で、にっこりと微笑みながら、暖かな口調でそう問いかける。

 ちょっとだけ涙目になっているが、捕縛されているそれは、ゆっくりと、深く、首を縦に振る。

 まるで、ユピテルに誓いをたてるように見つめ続けながら、ポツリ、ポツリと、…涙しながら。

 周囲の人も涙を見たせいか、どこか安心したような、そんなため息がいくつか聞こえてくる。


 そうして、口に食わえせさせた布を取り、目隠しを取り、手と、足と、…次々と外していく。

 今ほど約束したばかりだが、実際にその通りの扱いを受けることに驚きの表情を向けてくる。

 そんな顔をしながら、束縛されていたソレは、ユピテルを注視し続けた。

 “…この人は、何をしているの?”と、そう言いたげな瞳にも見えた。

 実際、周囲の者は、全て任せるとは言ったが、そんな目でユピテルを見つめる者も多かった。

「さて、これで、ようやく全身全てが自由になった訳だ────」

 “今更だけど、こちらに敵意はない!”と、そう次げながら、現状が理解できたか聞いてみる。

 心配そうな瞳でユピテルを見つめながら、捕縛されていたそれはを答えを返す。

「はい。…正直、驚いています。捕縛された後は、死を覚悟してましたから……」

「随分と怖い想いをさせてしまいました。今更ですが、本当に申し訳ありませんでした……」

 言いながらユピテルが深く頭を下げると、捕縛されていた者も、慌てて同じように頭を下げる。

 “…私は捕まったんだよね?”と、自問自答するかのような表情で、状況に戸惑いながら。

「本当にごめんなさい、言い訳はしませんが、できる事なら、許してもらえると助かります♪」

 ユピテルがにこっと微笑みかけた後、再び深く頭を下げると、また同調するように真似をする。

 捕縛された者にとっては、この状況の方が、よっぽど恐れを感じる程、柔らかな応対だった。

「…い、いえ。とんでもない。私達がこれまでしていた事を考えれば、むしろ悪いのは……」

 そういいながら、どこか悲しげに、申し訳なさげに、頭を垂らしていく。

 だが、そんな表情の中にも“…仕方が無かったんです”と、何かを訴えているようにも思えた。

「まぁ、お互いにいろいろあったようですから、謝罪の件は、次の機会にしましょう!」

 そういって、尋問への方向へ話を持っていく。

 “わかりました!”と、今度は怯えも見せず、リラックスした表情で答えてくれた。

「では自己紹介から─────」

「…あっ、はい!」

 ユピテルから先に名乗り、次いで、彼女の名を聞く。

 名は、『メルポネ』というらしい。

「今夜は、どのような目的でこの街に? …できれば、これまでの事も合わせてお話下さい」

 少し、不安げな眼差しで、ユピテルがメルポネを見つめながら、そう聞いてみる。


「はい、お気遣いに感謝します。今夜の事も、これまでの事も、目的は同じです────」

 彼女は、これまでの事、今夜の目的のこと、この街に関わりそうな事の全てを語り出した。

 メルポネから語られた話はこうだった。


 昔は、『土の精霊街』で暮らしていました。

 そこで、ノームの手伝いをしたり、狩猟をしたりして、日々安心した暮らしを送っていました。

 ですが、戦争で、街は消滅。再建できないほどで、その街で生きる術は、無くなりました。

 私達を含む、生き残った土の民は、街の外、世界へ出て行きました。

 私達の集団は、コボルトの亜種で、本来のコボルト種族ほどの能力は、持っていません。

 ですので、戦闘は不得手でもなく、得意でもないです。なお、私達は、争いを好みません。

 他種族の生活に踏み込まず、踏み込まれず、…そんな配慮をしながら、流浪してました。

 そんな時、この土地に出会いました。自然が多く、獲物も多い。かつ、危険種族も少ない。

 まさに、私達の追い求めていた『理想』そのものでした。

 そこで、『ここを私達の永住地にしよう!』と、お頭を含め、全員一致で、そう決めました。

 そんな話に落ち着いてきた頃、こちらの街を発見しました。


「それで、街へちょくちょく訪れるようになった。……と、簡単に言えば、そういう事ですか?」

「…は、はい。その通りですっ!」

 長老から聞いていた通りの話だった。そして、およそ、予想していた通りの展開となっていた。

 だが、これだけでは、強奪を繰り返していた件と火事の件が、何も進展していかない……。

 ユピテルは、それを何処で触れるべきか、…そう思いあぐねていた。

 その件に触れるのは、メルポネが語りが終えた上で、話の内容が足りなかった場合に行う。

 何故か、それが良い気がした。そして、そのつもりで、この先の話を聞こう、と、心に決める。

 そんな覚悟と思案の折り合いに、何とか決着が付いた頃、更にメルポネは話を語りだした。


 街へ入るや否や。皆様に逃げられました。話しかければ、叫び声を上げて、逃げられました。

 それでも何度も頑張りましたが、いつまで経っても同じでした。

 私達は、土地の先住者へ挨拶をしたかった。そして、許可が必要なら、それが欲しかった。

 ただ、それを求めて訪れていました。ですが、体格差が2倍以上もあるせいか、怯えられて。

 

「…………。(予想はしたが、やはり先入観で怯えられたか、と、ユピテルが思う)」


 そんな折、食肉植物と知らずに近寄った仲間が、その毒素にやられて、病に伏しました。

 視力を失い、また、全身の痺れのような麻痺を受ける、…そんな症状が続いています。

 私達の中には、医者や薬師はいません。

 だから、本当は、そうした方に見て欲しい、…その思いで、その後、何度も訪れました。

 しかし、相変わらず歓迎はされず、姿を見るだけで叫びながら逃げられる始末で……。

 それで、仕方なく、夜間に倉庫に忍び込み、特に滋養のありそうなモノを頂いてました。

 でも、病状は相変わらずで。だから、効果がなければ、また忍び込む、を繰り返しました。

 今夜ここにきたのも、そうした理由と目的です。

 まさか、倉庫の真ん中に落とし穴があるとは思いませんから、気が付いたら落ちてました。

 今夜と、これまでのことは、およそ、以上のお話で、ご理解頂けるかと思います。

 

 話を終えると、“本当に、本当にすみませんでした!”と、自ら罪を認め、深く謝罪する。


「で、でも、私達も仲間を…、何とか治療してあげたかった。だから、だから、…・うぅぅっ」

 最後の方では、とうとう泣き出してしまう始末だった、…思い入れの深さと強さを感じる。

 しかもどうやら、その病人となっている人は、まだその容態が完全回復していないらしい。

 それもあって、メルポネは、この後。街にどう接していけばよいのか、どうするべきなのか。

 そうした想いで頭が一杯になり、まとまらない考えが、グルグル巡り混乱しているようだった。


「はい、大体の事情は判りました。…これで、あなたが知っている事は、全てですか?」

「…う、うぅぅぅ、は、はい。私が皆さんに話せる事は、たぶん、これで全部です、…うぅぅ」

 “何か質問されれば、お答えできるかもしれません…”とだけ、付け加え、泣き崩れる。

 その言葉を“…待ってました!”と、ばかりにバッカスが歩み出て、胸倉を掴み上げる。

「…おい。メルポネとかいったお前!」

「は、はぃ…」

 泣きじゃくっていたせいか、怒りに満ちたバッカスの表情が良く見えないらしい。

 平然と顔を向けるメルポネに更に怒りを増したのか、怒鳴りつける要領で大きく叫ぶ。

「俺の事、見覚えはないか? 俺はよぉーーーく、お前の顔を覚えているぞぉーーーっ!」

 “…おい、どうなんだこら!!!”と、脅迫にも似た行為で問いただす。

 もう周りが見えていないのか、“…やめとけ!”と、いう声にも反応していないようだった。

「お、おい、バッカス。落ち着け、落ち着いてくれ。それは、この後に確認するつもりだ!」

 叫び声に“…今から確認するんだ!”と、そう聞こえたからか、バッカスの手元が緩む。

 メルポネは、そのまま、…ドスンッ!…と、地べたに落とされる。

「そ、そうだ、とにかく落ち着いて! 気持ちは判る、判るから。頼むよ、バッカス……」

「…………。」

 ユピテルの必死の応対に何かを感じてくれたのか、その手を完全に手放した。

 そうして、“…あぁ、やっちまったか”と、自らを卑下するように表情をゆがめ、謝罪する。

「わりぃ、あんたの顔にドロつけちまった、本当にすまねぇ。俺はあんたを信じてるってのに」

 そう言いながら、“…虫のいい話だが、今の事は忘れてくれ!”と、メルポネにも謝る。

 バッカスは、本当に、心の底から、ユピテルに全てを託し、全信頼を向けているのだ。

 だが、感情が、…心が抑えきれない! と、そんな状況に思えた。

 そんなバッカスの態度と言葉に戸惑いながらも、メルポネが呟く……。


「もしかして、あの、…先日の火事。その件に関係のある方なのですね、きっと……」

 浮かない表情でそう語りだすメルポネに対し、“…正解だ”と、答えるユピテル。

 諭すように、責めないように気を配りながら、その話の本題に触れていく。

「…その時の火災で、この人は、最愛の妻を、…亡くしたんだ。意味は判る…ね?」

 ユピテルの穏やかな表情に対して“もちろんです!”と、メルポネが応える。

 そして、とても複雑な、…心苦しげな表情で、その時のことを詳細に語り始める。


「信じてもらえるかどうかは判りませんが────」

 そう切り出した話の内容は、予想通りでもあり、予想外だったとも言える。

 彼女は断言する。

「結論から言えば、私が街に来た時には、既に火が家屋全体に周っていました……」

「…………!!! …な、なんだと!!!」

 驚きを隠せないバッカス。


 だが、ここで取り乱したりすれば、先ほどと同じだ、と、自分に言い聞かせ、落ち着かせる。

 しばらくして、落ち着きを取り戻すと、“構わず続けてくれ…”と、話の続きを促す。

 バッカスは、とても苦しげな表情で、瞼を閉じて、…グッ!…と奥歯を噛み締めていた。

 メルポネが語る話が生み出す情景を想像するように、話の一語、一文字に集中していた。

 そんなバッカスの姿を見ながら、メルポネが、悲壮な表情を浮かべて、語りを再開する。


「その時も、私は、この倉庫に忍び込む目的できました────」

 語りだした内容は、こうだった。


 街へ来た理由は、先の通り。街に入り、倉庫の付近に近づくと、何かが焼ける匂いがした。

 ちょうど風向きが変わり、風下になった頃、それが、“…火事の匂いだ!”と、気がついた。

 街への干渉は控えていた為、手を出さず、誰かが来るのを待っていたが、誰も来なかった。

 そんな時、窓の隙間のから中に人がいるのを確認した。迷う暇すら無かったので飛び込んだ。

 だが、火の回りが速く、奥まで行けなかった。…その時、足元で倒れている人を発見した。

 助けようとしたが、屋根基礎材の下敷きだったのもあり、ほんの僅かでさえ動かせなかった。

 その時ですが、朦朧とされる意識の中で、その方に、…これを手渡されました。


 そういって、ポケットから、その時に渡されたという、『風のルビー石』を取り出した。

 それは、ネックレスに加工してあったのか、チェーンを通すような穴が上部についていた。

 この場に出されたのは、鎖のついていない、宝石の部分だけだった。


「──バ、バッカス。これに見覚えはあるか?」

「…………。」

 そこに写る表情は何も無く、ただ、手渡されたそれを呆然と見つめるバッカス。


「残念ながら、見覚えのある品だ。まず、彼女のものに間違いはない……」

 バッカスが結婚する時、彼女へ送った婚約用ネックレスの宝飾部分らしい。

 とても珍しい品で、宝石部分だけでも、すぐにそれと判るといっていた。

 予期せぬ遺品と出会い、戸惑っている姿を見て、メルポネが思い出したように語った。


 ────私の勘違いかもしれませんが。


「発見時、既に話す事も難しい状態で、はっきり聞き取れた言葉は、一つだけでした」

「…………。」

「私を誰と勘違いしたかは判りませんが、『指輪にできなかったね』と、そう言われました」 

「!!!!!!。」

 突然バッカスが、何かに驚き、飛び跳ねるような動きをした。

 “ビクッ!”と、その身を硬直させたかと思うと、そのままの姿勢で、固まってしまう。

 そして、彼女が語る全ての言葉に集中するためのように、メルポネ側へ顔を向けた。


「私は、これからいつでも作れますよ、と、お声をかけましたが、既に息はなく……」

 顔を伏せ、申し訳ないと言いたげな表情で、一言だけ最後に語った。


 ────その時の私には、何も出来なかった、ごめんなさい! と。


 まるで自分を責めるように、己の非力さを呪うように、心を吐き出すように、語った。

「そうか────」

 そこまでの話を聞き終えたバッカスは、それだけを語った。

 そして、後悔に押し潰される様に“俺はそれすらしてやれなかった…”と、そう呟く。


 落ち着きを取り戻したバッカスをたしなめつつ、ユピテルが、その他の話を聞いていく。

 話を詳しく聞けば、人を発見した時点で、普通の人は立ち入れない状況だったという。

 それでも中に入れたのは、コボルトの身体能力が、常人より優れているからだといった。

 命からがら、表にむかって飛び出した際に、街の誰かにぶつかった気がするともいっており、

 たぶん、そのぶつかった人は、バッカスだったのだろう、と、そういう見解を含め話してくれた。


 そんな内容の話をしばらく続けていると、急にメルポネが下を向きはじめる。

「…………うっ、ぅぅぅ」

 しばらくすると、一つ…。二つ…と、溢れる何かが、涙となって落ちていく。

 そんな様子のメルポネに気付き、突然バッカスが立ち上がる。

 そのまま真っ直ぐ、メルポネの側まで歩いて来て、そっと、彼女に肩に手を置いた。


「すまなかった、恨む相手ではなく、感謝しなければいけない相手だった────」

「!!!!!!。」

「ありがとう、君のおかげで、妻は、僅かでも心から救われた。本当に感謝している!」

「………ひっくっ、…ううぅぅぅ、………何も、…何もできなかったぁ……」


 何もかもを悟りきったような表情で、バッカスが、『…ありがとう!』の言葉を繰り返す。

 “あんたは何も悪くない。悪くないんだ”と、ただそれを繰り返しメルポネに言い続ける。

 “最後を見取った事、バッカスが駆けつけてくれたと思わせてくれた事”に感謝すら表して。


「あんたが居たから、妻は安らかに眠れたんだ! ありがとう、…ありがとう……」

 そう何度も何度も、そんな言葉を、自らの発言に誇りを持って、大声で叫ぶ!!

 自分自身に、メルポネに、そして何より、……天に召された最愛の妻に対して。


 お互いがお互いに、“もっと強ければ”と、後悔し、『ごめんなさい』と、懺悔を繰り返す。

 …バッカスが、メルポネに対して礼を言い、後悔を語り、懺悔をする。

 …メルポネも、バッカスに対して礼を言い、後悔を語り、懺悔をした。

 それは、何度も、何度も、延々といつまでも続いていった。

 そう、いつまでも終わることなく、延々と続いていく、…そんな光景にも思えるものだった。


 

「──うむ。どうやら、良い方向で決着がつきそうだのぉ」

 長老が何気にそう呟く。

 周りの者も同じように相槌を打つかのように賛同の意を表していく。

 なんとか無事、この件は片付きそうだな、……やれやれ。

 そんなため息をつきかけた頃、何やら急に表が騒がしくなっていた。

「ん? …何か外の様子が、…外の方が騒がしくありませんか?」

 最初に外の騒々しい雰囲気を感じ取ったユピテルが、何気にそう呟く。

 そこへ、見張り台に戻され、監視をしていたソムヌスが、慌てて駆け込んでくる。

「ちょ、長老様大変でございます! …ド、ドラゴンが。…翼竜らしきものがっ!!」

 慌てながらも、今の外の状況を鮮明に説明していく。

 つい先ほど気付いたらしいが、この街の物凄い上空を飛びまわり続けているというのだ。

「…な、なんじゃと!? 翼竜が滞空しておるというのか、このような場所に!?」

 それだけ叫ぶと、更なる詳細な状況報告を求め出す。

 “…数は? …今の状況は?”と、かなりの慌てぶりだ。

 ユピレルが、ここに来て初めて見るような形相と慌てぶりの長老だった。

 その話に出てくる、翼竜? ドラゴン? その言葉の意味する事が、まだ判らなかった。

「数はまだ未確認ですが────」

 未確認と言いながらも、かなり具体的な証言をソムヌスが報告する。

 数は、2~3匹。

 今の状況は、次第に街に降下するかのように高度を下げてきている。

 あと、数時間もすれば、街の中に下りてくる程のペースで降下している、と叫ぶように言う。

「な、なんと言う事じゃ────」

 それだけを発すると、長老はそのまま無言になる。

 “…なぜこのような土地にドラゴンが来る?”と、そんな想いを巡らせる長老。

 “…奴らの餌場にしては無意味な場所じゃ”と、その目的を不思議がる長老。

「この街に、…やつらは何の目的があるというのじゃ?」

 長老の言葉と仕草、…何より、それらをただ呆然と聞いている周囲の者達。

 何やら大事なの事件だとは感じるが、ユピテルには、それ以上の状況が判らなかった。

「──あ、あのぅ、街に翼竜が降りてくると、何かまずい事でもあるんですか?」

 思うままの事を尋ねてみた。

 周囲のもの一同が、目を見開いてユピテルを指すように見る。

 “…お主は知らぬから仕方ない”と、言いたげな素振りで、長老が答える。

「詳しい説明は無しじゃが、翼竜の多くは肉食獣、わしらは皆、奴らの餌になり得る!」

「!!!!!。」

「地上に降りるということは、眠るか、狩りか。奴らが取る行動は、そのどちらかじゃ!!」

 それだけをユピテルに語り、また、長考を始める。

 そこまで聞けば、流石のユピテルも、おおよそ想像はつけられた。

 “…そりゃたしかにやばい!”と、自分でもそう思い、即座に納得するユピテル。

 しかしそんな中、ただ一人、平気な顔のフリをして、顔面蒼白になっている者がいた。

 その人の名は、ダイアナ! …いつも無茶するその人だ!

 いつもと違う不自然さを不穏に感じたユピテルが、さりげなく問いかけてみる。

「まさかとは思うが、ダイアナ。…お前、何か知ってるだろ?」

「…い、いや。わ、わしは、な、な~んも、し、知らん、…よ」

 明らかにおかしい、…明らかに挙動不審である。

 そんなダイアナをみて、号泣していたバッカスが、思い出したかのように語り出す。

「そういやぁ先日の夕食。…あれって翼竜の子供みたいではありやせんでしたか?」

「──あっ!?」

 その場にいた多くの者が、嫌なものを感じ、冷たい汗をかき始める。

 ユピテルが竜を見た事がないと言った時、似たものを例えにするために指刺された先には、

 『竜に似たモノ』、確かに竜の子供らしき生き物が、炎の上でこんがりとグリルされていた。

 そうした光景を皆が何も言わずとも思い出す。

 “…も、もしや?”と、皆が、その思い人の方へ詰め寄るように集まっていく。

「ダイアナ~~~~~~~っ!!!!!」 

「そ、そんなぁ~~、あの時、美味しそうに食べてたやんか、今更の虐めは酷いやんっ!」

 否定することなく、言い訳を詳細に語りだすダイアナ、…その話は、こんなオチだった。


 前日、山岳の方に行った時、ちょうど飛ぶ獲物がおったんで、術で狩った獲物がある。

 それを確かに持ち帰って来たけど、あれが翼竜の子供やったとは思わなかった。

 でも、帰り道では、どこかで必ず翼竜の鳴き声みたいなのが聞こえた気がする。

 今、この街の上空で飛んでいる、『・・そう、こんな声で!』と、あっけらかんと語りきる。


「────ダ、ダイアナぁ~~っ」 

 もう呆れて文句をいう人もいないようだ。

 捕虜であるメルポネも話を聞いていたが、どこまで理解していたのか、平然としていた。 

 ダイアナに至っては、かなりの動揺というか、パニックになっていた。

 泣きべそをかきながらも、必死に“…わいは無実やぁ!”と、それだけを主張している。

 端から見ていると、その叫び散らす姿には、もう悲壮感しか感じとれない程だ。

 とにかく、情報を再確認しよう、と、ユピテルが、料理長であるバッコスに問いかけ直す。

 バッカスも、自論と主張を言い切った。

「あっしの場合、…いや、あっしからお話をするならば────」

 確かに食材の目利きは出来る、…それが食せるかどうかという意味で。

 あれは確かに食べられるもので、肉質は上質。

 獲物が何ででも、美味しく調理するのが、あっしの仕事です! と、胸を張って答えた。

 つまり、バッカス自身、あれは確かにドラゴンだったかもしれない! そう言っているのだ。

 呆れながらも、とりあえず、一番正しい判断をできそうな長老に尋ねてみる。

「う、うむ。まさか、翼竜であるとは思わんだが、思い返してみれば、確かにあれは……」

「あれは・・・・・・、な、なんですか、長老さまっ!!!」

「間違いなく、翼竜の子供じゃろう! あれに似た他の生き物は、まず、見た事がない!」

「…………、つまり?」

 もう確信に近かったが、それでも最後の望みを託すべく、そう尋ねてみる。 

「──そう、あれはドラゴンじゃ! あの時わしらは、翼竜の子供を食べていたのじゃ!!」

 あぁ…、何を力説しやがる、このボケ老人! …とうとう最後には、開き直りやがった。

 サーカー選手が、得点を決めた時のように、両手を天かざし、大声で叫ぶ長老だった。

 仕方ない、と、諦め顔で、状況の整理をするべく、皆に向かって、ユピテルが問いかける。

「とにかく、翼竜の仲間、もしくは、その親だと思われるものが、街の上空で滞空している!」

 皆に視線を回すようように“…それで良いんですよね?”と、ユピテルが問いかけた。

 その問いかけに、原因の元となったであろうダイアナが答える。

「恐らくその通りや! 帰る途中、何度もこの声を聞いたさかい、つけられたんやな、たぶん」

「ダ、ダイアナ、…お前のその開き直りっぷり、さ、…さすがだよ……」

 既に帰す気力もないのか、それ以上の言葉を吐くものは、この場にはもう誰もいなかった。

 途中から話を聞いていたラケシスも、こんな実態がある以上、特に何もいえないようだった。

 重く暗い雰囲気で、皆が口々に“…どうしよう”と、後ろ向きになって、硬直している。

 “ダメだ、このままでは…”と、そう思ったユピテルは、長老の代弁だ! とばかりに叫んだ。


「まずは、今あるこの状況を何とか乗り切ろう!────」

 ユピテルがそう叫ぶと、皆の目に光がともったような気がした、…それを確信し、さらに続ける。

「各自、戦う装備を整え、この場に集合! 同時に、街の人を安全な場所に避難さよう!」

「…………!」

 そこまでを叫ぶと、ユピテルは、長老に向かって、“…それで良いですね?”と、確認を促す。

 しばしの沈黙を続けた後、長老が意を決した面持ちで皆に叫ぶ。

「皆の者、今語られた通りじゃ! 己の準備が整った者から集まり、他の者は、避難させる!」

 気持ちの程を示すような視線で周囲を見回し、“…では、ひとまず解散!”と、そう叫ぶ。

 …おおおおおおぃぃーーーー!!!!!

 そんな雄たけびをあげて、今まで硬直していた者まで、ハチの子を散らすように消えていく。

 その話に一切加わっていない為、不安を募らせるメルポネ。

 『私はどうしたら…』と、動揺していると、バッカスが、『ここに隠れていなさい!』と、言い切る。

 まるで自分が守ってやる、…そういう気概でメルポネを見つめているのが、良く判った。

 どうやら、この二人についてと、コボルト達との一軒は、もう決着が付いたも同様なようである。

 そんな様子に安心もしながら、ユピテル自身も、この後に備え、身の回りの装備を準備する。

 『こんな装備じゃ、手も足も出ない気もするけど、何も無いよりマシだろう…』と、思いながら。

 そういって、手ごろなサイズの狩猟用装備の中から、一番大きな剣をいくつか手に取っていく。

 “よし、後は、どうこまでできるかだな…”と、ドアの隙間から見える翼竜の姿を観察していた。



 ────その後、およそ10分も経過した頃。

「よし! 戦えるものは、ここに全員おるようじゃの!」

「──ははっ!」

 街の強者とそれに見合う一同が、息のあった返事を一斉に返す。

 翼竜の事など何も知らないユピテルが、長老へ、この戦に関する率直な疑問を投げかけた。

「長老様。…私達が、翼竜に勝てる見込みは、どのくらいありそうなのですか?」

「…………。」

 既に問答している時間は、ほとんど無い! それ故、ユピテルは単刀直入に聞いてみたのだ。

 周囲にいるものも、一同にして、聞き耳を立てるように突き刺すような視線で長老を見つめる。

「わしらが、あやつらに勝つ見込みは────」

「…勝つ見込みは?」

 一同が、息を殺しながら、唾を飲む。

 …ゴクッ!…

 皆のそんな音が聞こえる中、その先の言葉を長老が、深いため息をしながら語った。

「まず、皆が無事では済まん。そして、やつらに勝つ事はおろか、撤退もさせる事も無理じゃろう」

「…………。」

 痛いほどの空気が場に張り詰める。

 ユピテル以外の者は、ある程度の予想をしていたのだろう、…同様の様は、特に感じない。

 長老が、話を続けるように語る。

「奴らは街に降りることなく、上空から炎を吐き、街ごとわしらを焼き尽くすつもりじゃろう……」

「…………。」

 皆の沈黙が、肌にピリピリと刺激を与えるように痛い。

「仮に街に降りたとて、わしらには、奴らの皮膚を貫き、殺傷する程の力は、何もない……」

「…………。」

 変わらぬ沈黙が、肌に痛みを感じさせる。

 長老は、上空でも、地上でも、奴らを仕留める程の手段は、この街にはない、と宣言している。

 つまり、最初から、一つも勝ち目がない! そう宣言しているのだ。

 だが、それを知らぬは、戦いを申しでたユピテルただ一人、…皆は、恐らく知っていたのだ。

 ユピテルは、自分が発した言葉の愚かさを呪うと共に、己の無力さを恨みながら、長老に言う。

「それでは、どちらにしても勝ち目は無い、…そう、おっしゃるのですか、長老さまは?」

「…………。」

「──長老! 長老さま!!!」

 ユピテルは、何か手はあるはずだ、…と、信じていた。

 そして、今のこの状況を帰る手段は、きっと自分なら見つけられる、…そんな気もしていた。

 だからなのか、諦めきった表情の皆とは違い、ユピテルの目には、消えぬ闘志が宿って見えた。

 長老は、そんなユピテルに突き動かされるようにして、言葉を発した。

「わしらに出来ることは、羽を傷つけ、地面に落とす事くらいじゃ、…それ以上は、何もない!」 

 はっきりと、しかし、集まっている皆の力で、最大限出来ることを語ってくれた。

 奴らを倒せない、…でも、地上に落とすことまではできる! 確かにそれは言い切った。

 “ならば…”と、仮に地面に落とせたとして、その時、その後、一体何が出来るか、を考える。

 ただひたすら、考える。…考える。……考える。………考える。…………。

 しばしの間、ユピテルは想いを巡らせた、…しかし、それに見合う答えは、何も出なかった。

 “…く、くそっ!”と、ユピテルは、己の無力さに打ち震え、悔しさを噛み締める。

 すると、意外なところから声が出てきた。


「…あ、あのぉ~、失礼でなければ、私が、少しお話をしてもよろしいでしょうか?」

 意外な声を発したのは、捕縛され捕まられていたコボルトのメルポネだった。

 ユピテルは、何かをその先に見つけたかのように、素早く振り返る。

 長老は、もう後が無い、…と諦めているのか、何の躊躇も無く、話す事を認める。

「うむ。何か思う事があるようなら、話してみよ。急がねば、お主を解放する時すら失う……」

 長老は、既にメルポネを安全な今のうちに開放し、犠牲は、街の者だけにする気のようだった。 

 そんな配慮を感じたのか、メルポネは、自信のある口調で、長老に、…いや、全員に言った。


「お話の通りなら、私達、…いえ、私以外の者なら、その程度の輩は倒せると思います!」

「!!!!!!。」

 …ぉおおおおおーーーーーーーっ!!!!

 一瞬の驚愕による沈黙の後、驚きと歓喜の混ざったような声が轟く。

「…ま、誠か? お主たちであれば、あの表皮を破り、打ち倒す事が、可能だと申すのか?」

「──はい、恐らくはっ!!」

 自信を込めた返事が返ってくる。

 皆の目には、みるみると生気が戻り、活気とやる気に満ちたものへ変わっていった。

「ただ、私以外の者である必要があり為、実現できるかどうかは、まだ何とも────」

 メルポネは、自分達の力の程度と、メンバーの能力など、特徴を交えて話していった。

 メスのメルポネは、俊敏性にこそ優れているが、パワーでは、皆とそれ程違わないという。

 竜の討伐を目的とするなら、パワーに優れるオスの協力が、絶対に必要になるといった。

 だが、存在するオスは、お頭である父親ただ一人で、説得できるかは、不明だという。

「──ふむっ」

 話を聞きながら、長老が質問をした。

「最低でも硬質岩を貫く程の威力が必要なのじゃが、その程度は、オスなら持っていると?」

「──はい、恐らくは」

「…………。」

 そのまま長老は、長考を始める。

 もう一時の猶予も、僅かな予断さえも許さない状況で、まだ何かに不安が残るらしい。

 ユピテルは、そんな様子の長老をよそにして、自分の思う質問をぶつけてみる。

「一つ質問なんだけど、その『恐らく』…というのは、できないかもしれない、という意味?」

「はい、確実な事ではないという意味です。素手で戦うなら、無理である事も考えられます」

「──じゃあ、何かの武器があれば、楽勝で戦えると?」

「いいえ、どんな武器を手にしても、楽勝とは成らないでしょう。竜族とは、それ程の奴です」

 ユピテルは、その言葉を聞き、即座に“…そうか、これだ!”と、長老の考えを理解した。

 楽勝ではない、…どうも、この部分こそ、長老が、長考する程に気にしている点のようだ。

 例え武器を手にして戦っても、楽勝ではない、…つまり、身の危険が伴うということだ。

 現時点では、“何の繋がりもない関係”、というのが現実で、それを思うと躊躇するのだ。


「では、武器を手にしたとして、その武器は────」

 そう語りかけながら、身近にあったシルフの街での各種装備を手渡し、直に見てもらう。

 じっくり舐めるように装備を確認していく、そして、“…無理です”と、首を横に振る。

「この装備では、奴らの皮膚どころか、薄皮を一枚はぐ程度になると思います……」

「────や、やっぱり、そうなのか」

 ユピテルの予想通りだった、…ここにある装備のほとんどは、狩猟用に作られているもの。

 毛皮などになりそうな獲物が中心であり、それ程、しっかりと作られた装備ではないのだ。

 つまり、硬い鱗の生き物、…そう、成竜が相手では、まるで意味が無い装備なのだ。

 そんな消沈する気配を察してか、メルポネが、顔を曇らせながらもこう言った。

「ですが、私達には、討伐用の武具も持っています、…昔は、よく戦に参加しましたから」 

 昔の戦争に参加していた時の記憶を呼び戻さないよう、気を配りながら、語ってくれた。

 それでもユピテルが目にするその表情は、とても暗く、伏せるものに思えた。 

「──その武具は、戦に参加していない今でも持っていると?」 

「──はい」

 そこまでの話を聞き、ユピテルは、長老に再確認するように質問をしてみた。

「長老、…長老さま、……長老様!!!」

「──ん? …な、なんじゃユピテルよ?」 

 どうも、長考のまま深く考えすぎて、周りの声など聞こえていなかったようだ。

「先ほど、翼竜を地面に落とせる! と、おっしゃいましたが、それは確実な事ですか?」

「…風の術ならば、いかなる相手でも、羽を傷つける事は可能じゃ。故に落とせよう!」

「それは、羽を傷つけなければ、落ちてこない、…そういう事でしょうか?」

「うむ、そういうことじゃが、…それがどうしたのじゃ?」

 “なぜ、ここでそんな事を聞く?”と、そういいたげな目で、ユピテルを見つめてくる。

 ユピテルは、返された答えを受け、しばらく考えた後、…再び、質問を浴びせた。

「では、街に落とさないように、降りてこないように、牽制し続ける事は、可能でしょうか?」

「────ふむっ、恐らく、…いや、確実とは言えぬが、可能な事ではあるだろうな!」

「わかりました。少し、考えさせてください────」

 


 ────ユピテルが黙り込んでから、数分が経過した頃。

「長老さま、一つご相談、────いや、私達には、もうこの手段しかないと思います!」

 ユピテルは、突然、そんな声をあげる。

 もう打てる手段は、これだけだと、…最終手段なのだと、そう叫び声を上げた。

 そんな意気込みと決意を見た長老が、その話を口にする事を許可する。

 そして、ユピテルは、それにより展開されるだろう予想も含め、考えた案の説明を始めた。



「う、うむ。確かに、最も確実な案だとはいえよう────」

「そやなぁ、確かに、わしもそう思う、…せやけど────」

「…………。」

 長老、ダイアナ、他の人達。

 それぞれのリアクションを取りながら、賛成はしてくれたようだ。

 しかし、同時に不安もある、…そう、口々に返される結果ともなった。

 ユピテルは、そんな状況も踏まえ、念を押すように、覚悟を迫るように、皆に想いを伝える。

「この案が、成功するかしないかは、皆の覚悟と、そして────」

 振り返るように、メルポネを見つめる。

「メルポネ、…君の行動力、それに伴い期待される結果が、絶対に必要だっ!!!!」

 一瞬の戸惑い、…そして、刹那の決意。

 そんな表情を作りながら、メルポネが返事をする。

「────はい、わかりましたっ!!!!」

 強い決意を表すように叫び答えるメルポネ。

 “…必ずお頭を説得して見せます!!”と、心の底から訴える眼差しが見えた気がした。

 そんな眼差しを最後に残し、メルポネは、消えるように仲間の元に走り去っていった。



 ────今回、ユピテルが提案したものは、コボルトの応援を前提にした案だった。

 それは、次の手はずとされた。 


 まず、街の外に戦場とするべき場所を作り、そこで戦うことにする。

 その際は、牽制を目的とし、近づけず、傷つけず、その上で、応援がくるまで持ちこたえる。

 応援が確認出来次第、翼竜を地面へ落とす。 

 落ちた翼竜に、応援で駆けつけた者が、トドメを刺す。

 …予定された手はずとしては、そんな所だった。


 だが、応援が到着するまで何時間かかるのか、…それは、神のみぞ知る答えだった。

 最悪、そんな応援が来ないかもしれない、そして、それまで持たないかもしれないのだ。

 この場に居る、全ての人が不安にかられていた、…本当にあの翼竜に勝てるのか、と。

 しかし、もう打つ手は決めた、…ユピテルが考え、皆で選び取った。

 後は、信じて、行動と結果に繋げるのみ、皆がそう思い、そう決意していた。

 そんな姿を痛いほど感じたユピテルは、気休め程度だが、ある手段の準備をしておく。


「ダイアナ、…ダイアナはいるか~~っ?」

「…ん? なんや、うちに何か用でもあるんかいな?」

「できれば、ちょっとだけ頼まれて欲しいんだが、…ダメかな?」 

 何気にちょっと汚い言い方である。

 他人に“ダメかな?”と聞かれて、“ダメだ!”とは、なかなか答えにくいものだ。

 ユピテルは、知ってか知らずか、そうした話術を、知らぬ間に身に付けているようだった。

「ま、まぁ、事と次第によりけりやけど、何してほしいっちゅ~ねん、とにかく言ってみ?」

「ありがとう、ダイアナ。それじゃ言うけど────」

 頼んでいるそれは、ある手段を実行するための小道具のような品だった。

 そして、もしかしたら、翼竜を倒せるかもしれない、少しそう期待するものでもあった。

「──ん~まぁ、そんなモンやったら、半時もあれば出来ると思うけど、それでええか?」

「もちろん。少しでも早ければ嬉しいけど、それで十分だよ、…頼んだよ、ダイアナ♪」

「ふ、ふんっ、…ま、まかされて、や、やるっ、ちゅ、ちゅ~ねん……ぼそぼそ……」

 どうも、信頼されるかたちで頼られると、妙に照れてしまうようだった。

 意識してそうしていた訳ではないが、まぁ、良い方向に向かう効果なので、良しとしよう。


 小道具の準備をしてもらっている間に、行動者を班分けし、作戦内容の検討を始める。

 少数ながら、今回行った班分けは、次の通りだ。

 A班 : 牽制、攻撃

 B班 : 牽制、攻撃

 C班 : 物資・傷病者搬送、攻撃・牽制補助

 D班 : 傷病者の治療、街の住民の避難誘導

 これらの各班には、それぞれ二十名ずつ割り当てを行った。

 可能な限り、絶え間なく作業できるよう、十名ずつ交代して、継続実行させるためだ。

 各班へ、作業内容の再確認と、想定外の事態における行動例を説明する。

 作成行動班の全ての人が、十分に理解できたと思われた頃、ダイアナが戻ってきた。


「ま、まぁ、…ちょっと、余計目に作ってしもたけど、…たぶん、多い方がええんやろ?」

 照れたように自慢げに報告するダイアナ。

 しかし、その後ろには、荷車に詰まれた、…山のように積みあがった小道具があった。

「…こ、これ、こんな短時間で用意したの?」

「ま、…まぁ、な、…なんて事ない作業やったしなぁ~っ♪」

 そういう割には、結構疲れているように見えたが、それは突っ込まずにいた。

 それだけの量が、目の前にあるのだ、…恐れ入りました! と、感服してしまう位に。

「──で、この後やけど、わいは他にどうしたらええねん、何してたらいいんや?」 

「ダイアナには、俺と行動を共にして、臨機応変に対応して欲しいと思っているんだ!」

「…えっ!? う、うちが、…か?」

「うん、そうだよ、…他に推薦したい誰かでもいるの?」

 “ブン、ブン、ブン”と、頭を大きく左右に振りながら、アピールするダイアナ。

 どうやら、何か嬉しかったようだ。

 なにやら鼻歌まで歌い始めるダイアナだったが、釘を刺すように一言入れておく。

「これは遊びじゃないから、…ダイアナ、頼りにしてるよ、期待してるからねっ!!」

 そういって、ウインクしながら念を入れる。

 たちまち真っ赤になって、その場にへたるダイアナ。

 “…あれっ?”と、何で逆に力が抜けているのだろう、…と不思議がるユピテル。

 そんなユピテルに横から一声、語りかける人がいた。

「あらあら、…ユピテルも、ダイアナの扱いに慣れてきましたわねぇ♪ うふふふふっ♪」

 何がそんなに楽しいのか、…いや、嬉しいのか判らないが、そう語るラケシス。

 ラケシスのそんな様子に気付いたのか、“何、笑ってんねん”と、突っ込みを入れていた。

 そんな二人やりとりに、今までの緊張をとかれたユピテルは、“ありがとう”と、小さく呟く。

 聞こえたのか聞こえなかったのかは知らないが、途端、こちらを振り向く二人。

 二人して軽くユピテルに微笑みながら、また、ドタバタを再開していくのだった。 



「ユピテル! そろそろ奴らが射程圏内に入ります、策があるならお急ぎ下さい!!」

 慌てて駆け寄ってきたソムヌスが、そう叫ぶ。

 途端、皆の顔色が、一瞬で真剣なものへ一変する。

 ユピテルは、その場にいる全員に向かって、大声で叫んだ。

「この場にいる誰一人、死ぬことは許しません! 絶対に生きぬいて下さい!!」

 …おおおおおおぉぉーーーーーーーーーっ!!!!

 気持ちのこもった強い決意の雄たけびが、上空遥か高くまで轟くように鳴り響く。

 これから決死の場へと赴く戦士の気概として、申し分ない状況が、生まれていた。 

 さぁ、これからが本番だ、…ユピテル自身も決意を新たに、決戦の場へと赴いた。

 少し離れたその場所では、ユピテルのそんな背中をじっと見つめる長老がいた。

 幼き頃、共に旅をしていたヘラの背とユピテルの背が、今、重なるように思えていた。

 


「C班は、周囲一帯、木々の下半分だけを残すようにして、なぎ倒して下さい!」

「──はい!」

「A、B班は、東西に分かれて挟み込み、術で挑発し続け、足止めして下さい!」

「──は、はい!」

「──は、はい!」

 現状では、まだ何も仕掛けない、…今からするのは、下準備と足止めだけ。

 翼竜を深追いするつもりもなければ、それから逃げるつもりも、まったく無い。

 ただひたすら、現状を維持しつつ、決戦場の製作を済ませる、…それだけだ。

「C班は、なぎ倒す際、出来るだけ、切り口が斜めになるよう切り倒して下さい!」

「──はい!」

 硬質岩を貫く程の威力が無ければ、皮膚を貫けない、そう長老は言っていた。

 いま、木々の根元を斜めに伐採したエリア、…ここに最終的には奴らを落とす。

 貫くことは無理だとしても、自重による多少の殴打くらいは、期待していた。

 “…運良が良ければ”と、少し期待しながら、決戦場が仕上がるのを待つ。


「…てりゃぁ~~っ!!! …どりゃぁ~っ!! …うぉりゃぁ~~っ!!」

 ユピテルの横では、渾身の力を込めた術を繰り出し続けるダイアナがいた。

「ダイアナ、…最後の大事な部分が、ダイアナにかかっている事忘れないでね!」

「わ、…わかっとるわ、…そない、な事く、…らいは! …ど、どりゃぁ~っ!!」

 いや、その時に疲れ果ててもらっていると困るんだが、…と、困り顔のユピテル。

 そんなユピテルに“大丈夫ですよ、体力ありますから♪”と、ラケシスが囁いていく。

 ラケシスには、薬師としてのスキルを活かすべく、D班を請け負ってもらっている。

 住民の避難誘導も担当の一つの為、近況報告を度々行いに来てくれていた。

「街の皆の避難はどう、…順調に進んでる?」

「はい、そちらはご安心を♪ もう、ほとんどの人は、避難が完了していますから♪」

「それを聞いて、安心しました、ありがとう、ラケシス♪」

「はい。でも、お礼は皆に言ってあげて下さいね、私だけの力ではありませんから♪」

「もちろん! 終わったら、皆にはちゃんとお礼をいうさ、ありがとう、ラケシス♪」

「あらあら、だから私だけに言うのは──」

「──そ、そうだったね、ごめんごめんっ!」

 最後には、“くすっ!”と、微笑を残し、その場を去っていく。

 その仕草や動作は、ゆっくりに見えるが、物凄く手際が良く、いつも助けられる。

 ダイアナとラケシス、二人には、本当に感謝ばかりだな、と、ユピテルは思っていた。



「C班、作業の約半分を完了しました! 補正の指示があればお願いします!!」

「お疲れ様です! …で、どの位の範囲を準備できました?」

「そうですね、およそ────」

 この時点で、準備してもらえた広さは、約20㎡とのことだった。

 “翼竜の体長を考えると…”と、そう思案していると、声をかけられる。

「──ですが、コツは掴みましたので、もう十分もあれば、今の倍に広げられます!」

「よし、それじゃ、最低でも今の倍! …できれば、四倍くらいあると安心です!」

「──了解です、…でしたら、今の四倍を目処に作業続行します、…ではっ!」

 そういい残し、風のように去っていく。

 コツを掴むと、ほんの10分程度の時間で倍にできる、…流石の手並みである。

 四倍を目指してもらったとして、早くて半時か、…中々の長期戦の予感がする。

 


「ダイアナ! ダイアナどこだぁ~!? お~い、…ダイア…・、あっ、いたいた♪」

「なんやユピこぅ? ここにおるぞ~、…ん~で、今度はわしに何しろっちゅーねん?」

 翼竜の吐く業火と、決戦場を作るための術と、それによる木々の倒壊音。

 それらが、あまりにも大きいため、ダイアナの声すら聞こえない状況だった。

 幸い、ダイアナは、視覚に入らない場所にいても、必ず近くに居てくれていた。

 ユピテルは、ちょっとした質問をダイアナにしてみる。


「出来るかどうかを聞きたいんだけど、…いいかな?」

「だから何やねんて、聞かな出来るかどうかも判らんちゅ~のっ! …で、なに?」

「理想的な希望を言うとだね────」 

 ユピテルは、ダイアナに多本の矢を一斉発射する事が可能かどうかを聞いてみた。

 もしも可能なら、沢山の火の矢を、一斉に同時発射する行動がしたかったのだ。

 正直、期待はしていなかった、そんな弓は見たこともないし、技術も想像できない。

 …が、思いとは別にして、言ってみるものだな♪ と、この時ばかりは、そう思った。


「なんや、そんなことかい、ん~っ最大で、そやなぁ、…15本までなら可能や!」

「──へっ!? ま、マジで?」

「なんやお前、わいをからかってんのかいな、…これやこれ! よう見てみぃ!!」

 そういって、背中から取り出したのは、『…弓?』と、疑問を持つような品だった。

 目に移るそれは、確かに多本の矢を同時に発射できそうな造りになっていた。

 平たくいえば、アーチェリーの弓のようなものが、5連層で、各3本ずつ装填できる。

 そんな代物だった、…正直、『あ、あほか、これ作ったやつ!』と、呆れてしまう。


「これを使うなら、15本を一斉に発射できる! …でも、命中は適当やからな!」

 そういうと、それを使用した時に起こるであろう、弓の軌跡を説明しだした。

 一組で、少し上、真ん中、少し下に発射される弓が、5段に連なっているという。

 そして、その段は、3組目の真ん中の弓を基点に少しずつ左右に広がっている。

 よって、一斉発射した場合、狙った獲物の周辺一帯に弓が飛ぶ、との事だった。

 まぁ、銃で例えるなら、『散弾銃のような軌跡になる…』といったところだろう。

 よくもまぁ、こんな代物を思いついたものである、…職人技に拍手! であった。


「こ、こりゃすげぇーーーっ!!!」

「──へっ!?」

 思わず、ダイアナの両手を握り締めてしまう。

 突然、自分の両手が、相手の両手に包まれた、ダイアナ本人は驚いていた。

 “…な、な、な、な”と、かなりの動揺っぷりだったが、説明をすると落ち着いた。


「ふむ、つまり、当てるのが目的やなくて、周辺に飛ばすのが目的ちゅうことやな?」 

「──うん、そういうこと♪」

 また両手を掴もうとユピテルが両手を伸ばすと、今度は逃げるように交わされる。

「ん~…何がしたいのかは判らんけど、使い時になったら、いつでも呼んでや♪」

「──ありがとう、…そのときは、頼りにしてます♪」

 “その時は、って何やねん”と、限定的な頼り方に不満を述べつつ定位置に戻る。

 使わなくて済むなら、それが一番だけど、…と、どこか不安げなユピテルだった。



「C班は、A、B班の待機メンバーで、負傷しているメンバーを搬送してください!」

「──はい!」

「D班は、申し訳ありませんが、待機メンバーも総動員で対処にあたって下さい!」

「──は、はい!」

 もうかなりの時間がたっていた。

 メルポネが飛び出してから、もう二時間は経とうとしていた。

 戦闘が、そのしばらく後から始まったとはいえ、一時間以上は交戦し続けている。

 疲労からだろうが、負傷者も続出するようになり、救護が間に合わなくなっていた。

「…くっ!」

 ユピテルは、ただ待つしか出来なかった。

 エアシューターを使い、戦いに加勢してるとはいえ、術に比べれば気休め程度だ。

 各班の行動力と根気強さに助けられ、何とかここまで持ちこたえている。

 しかし、流石にそれも限界が近づいていた。

「──ま、まだか! …メルポネ……」

 悲鳴のような声が辺りから聞こえ始めてきた。

 そんな情景の効果も有り、ユピテルの心中は、決して穏やかなものではなかった。

 “…もし、メルポネがこのまま来なかったら”と、最悪のケースを想像してしまう。

「──く、来る! …メルポネは、絶対に来るんだっ!!……」

 その度に、“…いや、遅れているだけで、絶対に来る!”と、自分を励まし続ける。

 そんな表情を伺わせる度に、隣のダイアナが、“大丈夫!”と、励ましを入れてくる。

 最初からずっと応戦し続けているダイアナ、…どう考えても、誰よりも疲れている。

 ユピテルは、そんな彼女に励まされ、それのおかげで今を持ちこたえているのである。

 “…俺って、情けねぇ”と、心の底からそう思いながら、グッ…と、その時を待つ。

 “必ず!”と、心の決意を見せ、走り去ったメルポネを信じ、今をただ耐え続けていた。



 ────そんな状況になっている頃の少し前。


 メルポネは、必死になって、お頭に頼み込んで、…いや、すがりつき続けていた。

「お願いです! 私達が行かなければ、街の人たちが、…お頭、どうか、どうか!!」

「…………。」

 親子という前に、集団での掟が存在する、…それは、血の絆より時に重いもの。

「その人と約束したんです、…絶対に私達が駆けつける! そう約束したんです!!」

「…………。」

 今、メルポネが戦っているのは、そうした血の繋がり、集団の掟との戦いでもあった。

「何の根拠も無いのに、そんな私を信じてくれているんです…だ、だから、お頭……」

「…………。」

「どうか一緒、一緒に、…どうか、どうか、……うっ、ひっくっ、……ううぅぅ……」

「…………。」

 突然居なくなったのは気付いていたが、またどこかで迷子になっていると思っていた。

 しかし、聞けば、街へ勝手に出向いた結果、捕縛され、尋問されていたという。

 だが、それは尋問ではなく、会話だっととぬかしやがる、あげく、開放されてきやがった。

 普通に考えれば、まったくもって、さっぱり意味が判らない、…不可解な話だった。

「だいだいよぉ、メルポネ……」

「…ひ、ひゃいっ、……ひ、ひっくっ、……」

 しかし、確かな事として判っているのは、今その街が、翼竜共に襲われているという事。

 街にしてみりゃ、最後の希望を託した、…そういう気持ちがあるのは判る、理解する。

 だが、俺達にとっちゃ、その要請に応える義理も意味もねぇ、…と言いたい所だが、

「まぁ、もし仮に俺達がそこに出向き、倒したとしよう。…で、俺達には何の意味がある?」

「…そ、それは、…ひ、ひっくっ、……うっ、うぅぅ」

「そうだ、普通に考えれば意味はねぇ! 何の義理もねぇし、実際は、忌み嫌われている」

「…うっ、うぅぅ、…そ、そうですけど、…で、でも……」

「俺の睡眠、…いや、それは別いい。危険を冒してまで、駆けつける理由はどこにある?」

「…う、うぅぅ……」

「俺を夜更けに叩き起こすくらいだ。何かはあるんだとは思う。だが、俺にそれは判らねぇ!」

「…うぅぅ……」

「今から単純な質問で、一度だけお前を問う。『はい』か、『いいえ』のどちらかで答えろ!」

 メルポネの頭をさすりながら、“それくらいは、できるな?”と、念を押しながら問いかける。

 恐らく、この返事の結果で、全てが決められる、…そう感じたメルポネは、強く深く頷く。

「──はい」

 “よぉ~し、いい子だ!”と、軽くいなした後、重い口調で、最後の問いを吐こうとする。

 メルポネは、目を見開き、真っ直ぐにお頭の顔を見つめる、…睨みつけるかの様相で。

 生まれて初めて見た姿に“よし、いい覚悟だ!”と、称賛を浴びせながら、問いただす。

「お前の身命にかけて、誓って答えろ────」

「──はいっ!!!!」

 そして、お頭とメルポネで、街の応援要請に対する、最初で最後の問答が、行われる。

「では、お前に問う────」

 そういって、脅迫するかのように語り出すお頭。

 最初で最後の一度のチャンスといえるその瞬間、それを今、迎えるメルポネだった。




「…う、うわぁ~~~~っ、…う、くっ、ま、まだまだっ! でぇ~~~い、く、くそっ!!」

「そこっ、絶対に無理はするな! 深追い無用だ! 奴らの射程にだけは絶対入るな!」

「…し、承知! …う、うくっ!」

「何とか、何とかもうしばらくだけ、持ちこたえてくれっ! …メルポネ、ま、まだなのか!?」

 もう開戦してから、優に二時間以上は経過していた。

 こちらでできる準備は全て整い、ダイアナも含め、前線は、もう総出で事にあたっている。

 既に総力戦、そういってもいいが、実際は、一方的にこっちが逃げ回っているだけである。

 何の手傷も負わせてないのは当然としても、時が経つにつれ、こっちの被害が多くなる。

 翼竜を地面に落とさず、空中戦の状態に保たせたまま、ただひたすらに防衛を続ける。

 こんな長時間もの間、耐え忍び頑張ってくれた皆の努力は、決して無駄にしたくなかった。


「──あっ、あぶない!」

 翼竜が羽ばたく際に起こす羽風で、思わず空中で体性を崩した一人のシルフ。

 それ目掛けて、側にいた別の翼竜が炎を吐こうと深く呼吸を吸い込んだのが目に見えた。

 ユピテルは、叫び声と同時に、そいつへ目掛け、右手の指を…パチッ! と弾く。

 …パッヒュンッ…。

 ……パァーン! ……『ギュゥグギャァッァァァ!!!』

 翼竜の口内にエア・シューター弾をぶち込んだ。

 “…よし!”と、思わずガッツポーズを取るユピテル。

「──す、すみません」

「こんな時にお礼の言い合いは無し無し! ほら余所見しない、…あっ、また来ます!!」

 口内に弾をぶち込まれた翼竜が、横を通り抜け、ユピテル目掛けて突進してくる。

「…えっ!? …お、俺なのかよ!?」

 次の瞬間、ユピテルの眼前とも言える目の前で、翼竜に業火を吐き出される。

 『…これまでか!』と、そう思った瞬間、目の前を風の突風が吹きぬけた。

「で、でりゃぁ~~~っ!! この、どアホっ、余所見せんと、はよそこから逃げんかい!!」

「──お、おう! 助かった、ダイアナ!」

「へんっ、今頃わしの有りがたさに気が付いても遅いわぁ!!」

 そう言いながら、ユピテルが交わしきった後、素早くその場を離脱し、元の位置で応戦する。

 狩猟戦士として、街の食料調達を任されているだけあり、戦闘での動きには、無駄が無い。

 また、その行動の一つ一つが、効果的な結果になるように行動を取ってくれているようだった。

 実際、攻守共にダイアナが参戦した地点は、被害は激減し、より大きな成果を出していた。

 そんなダイアナが、そうした動きのまま敵を牽制しつつ、語りかけてくる。

「もうあれから二時間はたっとる、…流石にそろそろ、わしも含め、限界は近いでぇ……」

「それは俺も感じている、…でも、メルポネが、もうスグ来てくれる、そう信じたいんだっ!!」

 ユピテルが語るまでもなく、ダイアナも同じ気持ちだろう。

 しかし、そう言わずにはいられない、それ程まで、もう限界が近い、もしくは、超えているのだ。

 ユピテルは、今一度、現状を冷静に見つめ直し、目に映る現状を再確認していった。

 そして、ある程度の諦めと覚悟が付いたのか、作戦の進行を提案する。

「最悪の場合は────」

「…最悪は、なんやねん?」

「一番体格のある俺が、何とかするさ─────」

「あ、アホぬかせ、おどれ程度の筋力で、どうにかできる皮膚やないわっ、まだ判らんのか!」

「確かにね。…でも、やらなければ、結局は、皆がやられるだけだ────」

「…………。」

 それを聞いてしまうと、それ以上は、何も言えなくなるダイアナ。

 戦いの場における、そうした意気込みや決意。

 正式な戦士ではないとはいえ、戦場経験のあるダイアナには、胸のうちが痛いほど判った。

「…ま、そんときは、お供したるわ! そないな瞬間が、この後、無いこと祈るがなっ♪」

「───そうだな、その時は、頼むとするよっ♪」

 そう言って、穏やかではないが、互いに微笑を返しあう二人だった。



「もう皆、限界だな、…だが、ダイアナだけは、まだまだ行ける気がするのは何故だろう?」

 心にもない言葉で、ダイアナをおだてるユピテル。

 “これくらい準備運動にもならんわ!”と、そういいながら強がりを言い続けるダイアナ。

 しかし、流石にその先に続く言葉は、予想した通り、同調するものだった。

「せやなぁ、前線におるもんは、もう全員が、限界を超えとると思うて、ええわ……」

 改めてダイアナが指摘する事は、随分前から、自分自身も感じていた事だった。

 だからこそ、この場面で発せられたダイアナの言葉で、ユピテルは、覚悟を迫られる。

 『流石にそろそろ、覚悟を決めるべきだな…』、最終決戦に入るか否か。

 飛び出すタイミングを見計らうかのようにそんな事だけを考え始める。

 それを当然のように察していたダイアナが、ユピテルに笑顔で語りかけてくる。

「タイミングは、ユピこぅに任せる! それが来るまでは、死んでも現状維持しとったるぅ!」

 そう叫びながら、ダイアナが、縦横無尽に戦場を駆け回る。

 開始してからずっと続けられている、広範囲にわたる攻防と、そのサポート。

 いったい一人で何人分の働きをするつもりなのか、…そう思わせる活躍っぷりだった。

「せやさかい、チャ、チャンスがあれば、…・くっ、…す、スグ行くでぇ、ええな、ユピこぅ!」

「────わかった。いつもすまない、…ダイアナ」

 今は頼るしかできない非力な自分を卑下しながら、それでも感謝の意を込めそう答える。

 そんなユピテルをみて、ニヤッ…としながら、さも当然の事のように言い切った。

「でおうた時から、変な出会い方やっ! 今更なにが起きても、たいして驚く事ないわっ!」

 強がりも含めた返事を返しながら、周囲の者へ、変わらず的確に指示を出していく。

「おい、そこのやつ! ほら、…そっちいったでぇ! …よし、今度はこっちや!!!!」

 そんな姿を見つめながら、“流石だよ、ダイアナ…”と、素直にそう呟くユピテルだった。



 ────時だけが無残に過ぎて行く。


 結局、シルフの街では、今も変わらず攻防を続けていた。

 流石にもう限界をとうに何度も超え、気力だけで動いている奇跡のような状況だった。

 いつ、ぷつりと事切れてもおかしくない、…そんな戦禍が、今の正直な姿なのだ。

 最も期待していた待ち人、…・メルポネの応援部隊は、未だ訪れる気配すらない。

 我々にはもう、他の何かに期待をしながら戦い続けるだけの、心の余裕は無くなった。


 だが、幸いにして、今こうしている場所は、最終決戦場と決めていた場所である。

 『木々の上部だけを取り払い、根元から半分が残った場所』での攻防になっていた。

 背水の陣で戦う気概で、『俺が何とかする!』と、ユピテルがこの先の行動を決意する。


「では、まず、C班の人たち!!」

「──はい、お呼びでしょうか?」

 ダイアナに事前に準備してもらっていた小道具類は、もう目の前に準備済みである。

 もうかなり前から、後は、実行に移すのみになっていた、だが、実行に踏み切れなかった。

 この最後の一手に踏み込むには、コボルトによる決定的な殺傷力が、不可欠なのだ。

 しかし、もう待つだけの余力が無い、…故に、万に一つの可能性に賭ける事にしたのだ。

「この中には、乾燥した微分な木屑が詰め込まれている────」

 恐らく、理屈が理解できないと思われたため、ユピテルは、この攻撃の概要だけを語る。

 “この後の攻撃は、大爆発・大爆音による、一時的な気絶状態を期待していること”。

 “この地点で使用することで、墜落時に奴らの自重で、多少の手傷を見込めること”。

 また、“万に一つだが、もしかしたら、殲滅できるかもしれない”、という事を伝えておいた。

「──り、理屈は判りません、…でも、凄いことに繋がる事は、良く理解できましたっ!!」

 C班の代表者が、驚きと興奮、…僅かな期待を乗せて、そうハッキリと応える。

 ユピテルは、“気休めの時間稼ぎだ…”と、期待を持たせすぎないよう念を入れた。

 そして、木屑袋を可能な限り抱え、少し離れた上空で待機してて欲しい、そう伝える。

「──はい、了解です!」

 少しばかり元気を取り戻した口調で、はっきりと応答してくれる。

 ただ、全量を上空で持ち続けるには、一班だけでは、身体能力的に無理があるという。

 そこで、“他班と協力し、可能な限り持ち出してくれ”と、付け加え、何とか承諾させる。

 結果、数袋が手元に残っただけで、残り全て、約二十袋は、順に空へ運ばれていった。


「まぁ、二十袋も大空にぶち撒ければ、いくらなんでも、着火するだろう……」

 大空に運ばれていく木屑の袋を見つめながら、ユピテルが何気に呟く。

 そんな上空を見上げながら呟いているユピテルに、背後から質問が飛んできた。

 振り返ると、そこには、先ほどのC班の代表者が待っていた。

「質問なのですが、この木屑の袋は、どのタイミングで撒けば────」

 思い出したかのような口調ではあるが、当たり前のようにC班の代表者に質問される。

 確かにまだその説明はしていない、…そこで、現在、予想している展開を説明した。

 “一本目の火の矢の後、地上から風術を放ち、翼竜をそれで、地面に叩き落とす!”。

 ”C班は、翼竜が地面に落ちたのを確認した直後、全ての木屑を奴らにぶちまける!”。

 “C班は、木屑を撒き散らした直後、全速力で、少しでも早く、遠くへ、…逃げろ!”。

 ──そう命令するように伝える。


「…………? 木屑を大空にばら撒いた直後、すぐに遠くへ逃げろ、…ですか?」

「そうだ、約数十秒、時間はあると思うが、もたもたしていると、爆発に巻き込まれる!!」

「!!!!!!。」

 言葉通りの結果が待っているのだが、それでも何が起きるのかを想像できないらしい。

 この先に起こる結果、それに繋がるこの行動に、未知の不安を感じているように感じる。

 そこで、もう一言、危険回避の意味と、作戦をより確実にする意味で、説明をし直す。

「これは、C班の人達の身を守る意味でも、絶対に理解していて欲しい────」

 そういいながら、次の二つを『教えられる最後の説明』として、その代表者へ告げる。

 “二本目の火の矢が飛んだ直後、木屑地点一帯が、一瞬で大爆発になる!”。

 “それは、自分の耳元で、打ち上げ花火が、爆発する程の規模だ!”と、伝える。

「!!!!!!。」

 この例え話が良かったのか、即座に怯えるように“ウン、ウン…”と、首を縦に振る。

 流石、風の精霊だ、…爆発音と爆風イメージは、例えがあれば、容易らしかった。

 ただ、想像できたからか、説明直後から、何か酷く怯え始めた、…そんな気はした。

「──しぃ、C班、万事承知致しましたっ!!」

 ちょっと怯えるような姿勢になってしまったのには参ったが、知らないよりはマシである。

 そんな様子のまま“…何もなければ、私はこれで班へ戻りますが?”と、聞いてくる。

 言い忘れが無かったか、…しばらく考え、大きな漏れはないと悟り、言葉を返す。

「あぁ、これでひとまずは、何もない、…この後は、何も打つ手がなくなるからね!!」

「…………。」

 途端に表情が暗く落ち込んでいく。

 “…ま、マズイ!”と、そう直感したユピテルは、罰が悪い顔をしながらも続きを語る。

「…で、でも、きっと何とかなる、してみせる、…だから、その為にもよろしく頼む!!」

「──は、はいっ!!」

 “…ピッ!”と、敬礼を一つ入れ、踵を返し、自分の班へ戻っていく。

 “…はぁ”と、深いため息をつき、弱気発言を口にしてしまう自分に、改めて落胆する。

 自分だって、指揮される人が弱気なら、心細くなるにちがいない、…皆、同じなんだ。

 そんな判りきった事を反芻しながら、この先の結果が、どうか良い方向になる事を祈る。

 そんな姿を見て、ふいに思いついたかのように、その代表者が振り返り、こう言った。


「ユピテルさま、ダイアナさん、…どうか、ご武運を!」

「あ、ありがとう、君達の方こそ、…ご武運を!!」

「こっちはまかせぃ、そっちこそ、…武運を祈る!」

 お互いに、最後の別れの挨拶でもするかのように、そう礼儀正しく語りを交わす。

 さぁ、これでもう後には引けなくなった、…ただ、思うまま、相手へぶつかるだけである。

「…よしっ!! これで、何とか準備は整った────」

 ここまできて、まだメルポネの応援が来ないか、と、未練がましく考えてしまうユピテル。

 そんなユピテルを見て、“…最後まで、一緒やで♪”と、ウインクして微笑むダイアナ。

 いつもながら、ダイアナにはかなわないなぁ、…と思うユピテルだった。

 “…サンキュ!”と、微笑み返すと、そのまま最終局面へ向かう準備に入っていった。



「ダイアナ、一本目は、ただの合図だ。二本目は、例のヤツで、ど~んと、派手に頼む!」

「よっしゃぁ~っ、まかしときぃ!! …で、────」

 “二本目発射まで、時間的余裕はどんだけや?”と、聞くので、数十秒と即答する。

 かなり複雑な難しい面持ちになりながらも“…何とかやってみる”と、応じてくれる。

 実際は、どれだけ微粒な木屑なのか? で、かなりその余裕時間は違ってくるはず。

 流石にこればかりは、もう、その仕上がり具合に期待するしか方法がなかった。

 ユピテルが、そんな心配をしていると、

「…うっし、なら、こっちの準備は、もうええでぇ~っ♪」

「──は、はやっ!?」

 そんな心配事をしていた自分がアホらしく思うほど、矢の発射準備は早かった。

 二本目の弓も、後は着火して、放つだけ、…そんな状態で脇に置いてある位だ。

 “着火は、俺がするから!”と、ダイアナに伝えると、“当たり前や!”と、怒鳴られる。

 どうやら、最初から構えて狙うだけと決めていたらしい、…まぁ、結果オーライである。

 “ふぅ、…じゃ、そろそろいきますか”と、覚悟を決めた直後、優しい声をかけられた。


「ユピテル、こちらでしたか────」


「──ラケシス、…か」

 ダイアナは既に集中しているらしく、ラケシスの声には気付いていなかった。

 次いで、ラケシスに続く言葉をかけられる。

「この先の勝算は、おありなのですか?」

「…………。」

 覚悟を決めた直後、きつい質問である。

 だが、ラケシスの表情は、とても穏やかで、そして、優しいものだった。

「幸い、まだ死者は出ておりません。ここで辞めても、誰も貴方をせめないでしょう」

「…………。」

 そういうラケシスの表情は、優しいままだが、陰りが見えるものだった。

 “…それでも、どうしても行くのですか?”と、そんな目で見つめてくる。

 正直、返す言葉がなかった、…でも、覚悟を決めている事は、変わらなかった。

「…やはり、どんなにここで引き止めても、…行く覚悟が、おありなのですね?」

「──はい。…どんな結果になろうとも、これは、俺が決めた、魂の決意です!」

 正直、本当は、恐ろしくて恐ろしくて、怖くてたまらない気持ちのユピテルだった。

 でも、俺の覚悟に賛同してくれた皆の気持ちは、絶対に無駄にしたくなかった。

 皆の気持ちを奴らにぶつけなければ、仮に生き残っても、死ぬ以上に辛く感じる。

 そう確信が持てるほど、どこか自信に似たような感情を、心の奥底に感じていた。


「わかりました。…あなたの覚悟、このラケシスが、しかと、…見届けましたっ!!」

 叫ぶような口調で、ゆっくり瞼をつむりながら、柄にも無い大声で宣言したラケシス。

 まるでそれは、己に言い聞かせるために必要な儀式、…そんな行為にも感じた。

 そして、そっと近づき、“貴方の思うまま、存分に戦って下さい”と、祈るように呟く。

 そのまま更に近づき、『ご武運を…』と、言いながら、ユピテルの頬にキスをする。

 “…あっ”と、照れるユピテルの姿を、いつからか、“じぃーっ”と、見つめるダイアナ。

 次の瞬間、突撃してくる…と、思ったら、もう片方の頬に優しくキスをしてきた。

 “…えっ”と、またも照れるユピテルの姿を満足げに眺め、定位置に戻っていく。

 途中、振り返りながら、“…べぇ~っ!”と、舌をだし、そのまま知らん顔をする。


「あ、あの子ったらぁ、…本当に素直なんだか、素直じゃないんだか────」

 思わぬダイアナの行動に驚くのは、ラケシスも一緒のようだった。

 そんな姿を安心した面持ちで眺めつつ、ラケシスとダイアナに、優しく声をかける。

「素直ですよ、ダイアナも、そして……、ラケシスも…、ね♪」

 そう言って、にっこり微笑み、二人を見渡すユピテル。

 “…降参です!”と、ばかりに、両手をあげて、照れ笑いするラケシス。

 “…わしは知らん!”と、ばかりに、知らん顔のまま、顔を赤らめるダイアナ。

 そんな優しい空気を払拭し、決戦に赴こうとするべく、その場の別れを口にする。 


「では、避難させる街の人達は、ラケシスにお任せします。…よろしいですよね?」

 何も言わず、“…じっ”と、ユピテルの目を見つめ、下を向くラケシス。

 ゆっくり目を瞑り、自らを落ち着かせるように、ゆっくり瞼を開き、ユピテルに答える。

「はい。そちらはお任せを。…この先は、ご自身とその周り、それだけお考え下さい!」

 変わらぬ優しいその眼差しを受け、心から優しい気持ちに包まれる。

 “…これが最後じゃない!”と、そう心に激を入れながら、ユピテルが返す。

「──はいっ!! …また逢える、逢えるから、…今は、…行ってきますっ!!」

 深い謝辞とお辞儀をラケシスへ贈り、優しさだけを残して、戦禍の方へと歩き出す。

 揺れる炎に向かって、ゆっくり歩み行くユピテルの姿を見つめる、多くの人達がいた。

 『──あの人は、ユピテル様は、…絶対に、…何かを成し遂げて下さるっ!!』

 見つめる人々の多くが、何の根拠もないそんな想いを抱き、それぞれに願い想う。

 人々は、歩むユピテルの背中を名残惜しそうに、見えなくなっても見つめ続けていた。


 

 多くの者が負傷し、既に戦えるものは、半分近くになろうとしていた────。

 戦の叫びがこだまする。

 …グギャァァァーーッ、…グゥーー、フ、フゥ、グルルルゥーーーッ…


「…ちっ! んのやろー…どぉりゃぁーーーーっ!! …くっ、…っ!!!!!!」

 …グゥーー、フゥ、ググゥーーグガァーーーッ…


「…くっ、くそっ、……あっ、がぁっ!! …ま、まだまだぁーーーっ!!!!!!」

 …ブフゥーッ、ググゥーーガァーーーッ…


 舞台は既に決戦場、その最終局面に入っていた。

「A・B班は、この水袋で満遍なく身体を濡らし、引き続き牽制を続けていて下さい!」

「──はい!」

「C班は、その場でもうしばらく待機っ!!」

「──は、はいっ!!」

 戦況は見る見る悪い方へ傾いていく。

 翼竜の羽を傷つけないようにしながら、近づかないよう、逃げられないように牽制する。

 口にすれば簡単だが、実際にそれをやってのけるには、想像以上の困難があった。

 “…もう少し、もう少しだけ、踏ん張ってくれ”と、ユピテルが、心で祈るように願い乞う。

 そうしていると脇の方から、A・B班の準備は全て終わった、との報告が入ってきた。

「──よしっ、ここからだっ!! …ダイアナッ、君もひとまずこっちへ!!」

「お、おう!」

 ユピテル、ダイアナも含んだ前衛班は、全身を濡らし、物陰に隠れるように身を潜める。

 そんな体制をとりつつ、一瞬とて牽制を止めないよう、手際よく連携を取る事も忘れない。

「よ、よしっ! わしもずぶ濡れ状態やっ! これでもう飛べへんけど、作戦のうちやろな?」

「──ま、そんなとこだ、…そっちの火の矢の準備は、もうできてる?」

「ん、…も、もうちょっい、んっしょ、さぁ~っと、よっこらせぃっ、…よし、準備OKやぁ!!」

「了解っ! 合図したら、出来るだけ高く、奴らの中央付近に頼むっ! …できそうか?」

「誰にもの言うとんねん、おどれわっ! …奴らの頭上、…その先まで飛ばしたるぅ!!」

「──心強いっ!!」

「おおうよ、まかせぃ!!」

 周囲を見渡し、近くにいた旋律班の一人へ、作成開始直前! との合図を唄ってもらう。

 地上待機班は、各自が隣接する者へ、伝言ゲームの要領で、開始のサインを送りあう。

 ぐるりと一周するよう視線を回し、自らに戻ってきた頃、最終的な指示を出していった。

 “…よし! いっちょ行ったるかっ!!”

 そう自らに気合を入れ、ダイアナに一本目の火の矢を放ってもらうよう指示をする。

「──頼む、ダイアナッ!!」

「…ん、まっか、…せぃ! てやっ!!!!」

 …ピッ、ヒュゥーーーーーンッ…

 闇夜の中、飛び交う翼竜の中央を抜けるように火の矢が昇り駆け抜けていく。

 その矢が落ちて見えなくなった次の瞬間、今までのウップンを晴らすかのように指示を叫ぶ。

「──A班、B班、…今だ、思いっきり、…いっ、けーーーーーーっ!!!!!!」

 A班、B班、…そして、救護中だった者、全ての動ける者達が、それに向かって打ち放つ。

「…だぁーーーりゃーーーーーーーーーっ!!!!!!」

「…でぃーーーりゃーーーーーーーーーっ!!!!!!」

「…どぉーーーりゃーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 みんながみんな、今まで、よっぽど悔しかったのだろう……。

 ここまでに見せなかったような、数が、威力が、…風きり音となり、怒風となって飛んでいく。

 次々と風の術で羽を切りつける、…いくつもの術が術と重なって、それは勢いを増していく。

 …・ブッ、ヒュゥーーッ、ゴゥォォォォ~~~~~~~~~~~ブゥンッ!!!!!…・ 

 竜巻のような旋風に飲み込まれる翼竜達が、身を躍らせながら、上空高くへ舞い昇る。

 翼竜の羽は、瞬く間にボロボロになっていく、…苦痛の叫びを上げながら、…昇っていく。

 地上からは、決して見えない高さに到達したと思える頃には、既に羽は、飾りと化していた。

 そんな姿の翼竜達が、…風きり音を鳴らしたて、…そのまま地上へ、…・落ちてくる。

 三体の翼竜が、地上の底に、…決戦場のその地面、……そこに急転直下で激突する。

 …ゴッ、ゴンゥ、ボゴッ、ドゴッ、ゴンゥッ、ゴッ、ドゥォォォ~~~~ンッ!!!!!!…・ 

 …ドガガガガガ、ドゥーーーーーーンッ!!!!!!!…

 つい先程まで、上空で猛っていた全ての翼竜が、ほぼ同時と言えるタイミングで、落ちてきた。

 それを上空から確認したC班が、『ここだ!』と、言わんばかりの意気込みで、号令を上げる。

 猛りの怒号を発し、上空で待機していたC班全員が、手に持つ木屑を一斉にぶちまける!

 瞬間、下から見るその光景、それは闇夜の光を遮る程に、そして、濃霧のように舞い散った。

 黒煙のようにも見える、そんな景色の中心に翼竜が横たわっている事を確認、…できたっ!

 完全にそれを確認し尽くしたその瞬間、『…今だっ!!』と、ありったけの力で叫び込む!


「──ダイアナッ!!!!!!」

「──まかせとけっ、…い、いっーーーーけぇーーーーーーーーーーーっ!!!!!!」

 …パパパパパシューーーーンッ…。

 …バッン、ババババッバババッガァーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!!!

 その光景は、まるで火の矢の散弾銃のようだった。

 同じ方向、同じ地点。放たれ通過していく軌跡を基点にするように爆発する。

 弾け飛ぶそれは、一瞬で辺り一面を覆いつくし、広がりをみせ、消し飛ぶように爆発した。

 それはとにかく、『めちゃくちゃド派手!』の一言で、断末魔のような大轟音となり、轟いた。

 辺り一帯消し飛ばすかのように、…想像以上、出来すぎなくらいに大爆発してくれていた。


「よぉーし! 想像以上だ!!!」と、思わず両肘を引きつけ、ガッツポースを決めるユピテル。

 いま目にするこの状況を控えめに考えてみても、木々が根付く大地が震える程の威力である。

 いくら屈強な翼竜であっても、これにはかなりダメージを受けたはず! そう安易に想像できた。

「…な、な、な、……なんやねん、あ、あの大爆発は?」と、半狂乱になっているダイアナ。

「──ただの、粉塵爆発さっ!!」

「…フ、フンジン?」 こいつはどんな術を使ったんだ? と言いたげな視線で見つめるダイアナ。

「細かい事はあとあと。…さぁ、奴らの姿が、そろそろ見えてくるぞっ!!」

 そう言って、目をこらしながら、回避できる唯一の場所である上空を見てみる……。

 見上げたその上空には、……そこには、何もしない。

 “…よし!”と、心の中で、またも何かを確信したかのようにガッツポーズを作るユピテル。

 今度は真下にあたる、自分達の目前を覗き込む、…決戦場としていた仕込んだ大地だ。

 しばらくして、煙や砂塵がおちつき、視界が開けてくると、そこには、希望の光が映っていた。

 いま目に映るのは、ぐったりと倒れ込む姿で、地面に横たわる三匹の翼竜の姿、それだった。

「──や、やった!? こ、これで、…い、いけたのか!?」

 正直、これでダメなら、もう手がないのだ。

 何の効果も期待できない無意味な直接攻撃を行う、…もうそれしか、ここには残ってない。

「ユ、ユピこぅ、…あ、あれ、…も、もう死んどんのとちゃうか? …な、なぁ、あれや、あれ」

 必死な形相で、求めるように“…そ、そうやろ? そやよな!?”と、聞いてくるダイアナ。

 ダイアナが、自分の目を疑うかのように、眼前でぐったり横たわる翼竜たちを見つめ続ける。

 そのうち、“…こ、これは夢や幻ではない!”…と判ったからか、大声を上げて叫び出した。

「──や、やった、…うちらだけで、…翼竜共を、…や、やったんやでーーーっ!!!!」 

 突然あたりにそんな叫びが響き渡る。

 “…これは誰の声だ?”と、聞こえた全ての人が、そんな表情を作り出す。

 そして、“…ダイアナの声だ!”と、気付いた者から、次々とその叫びに呼応する!

 あっというまに他の者も、我も続く、と叫び出す、…あっというまに、歓声の声に成り代わる。


 …おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!


 森に身を潜めていた者達が、勝利を確信したとばかりに猛りを上げて、声高々に叫びだす。

「──お、終わったのか? …ははは、こんな上手くいくとは、…思わ、…な、…かった」

 腰を抜かしながらユピテルが、“…やってみるもんだな♪”と、苦いながらも微笑み声にする。

 皆の雄たけびのような歓声を聞き、…急に腰が抜けたユピテルは、実感もなく、へたり込む。

 ずっと張り詰めていた、緊張の糸が切れたのか、腰から下に何も力が入らないくなっていた。

 そんなユピテルを見て、“…だらしないやっちゃ♪”と、罵るダイアナもほぼ同様だった。

 ただ、笑っているのか、泣いているのか判らない表情で、歓喜しながら、大声で泣いていた。

 その中で、自分の隣にいたのがユピテルだった事を思い出し、急に力いっぱい抱きついてくる。

「──わ、わいらやったんやなっ! ほんまに、やったんやな! 凄い、凄いであんた、あんたは」

 ユピテルの頭を泣きじゃくり、“…ほんま最高や!!”と、言いながら叩いてくるダイアナ。

「あ、あたたたったっ、痛い、痛いってば、ダイアナっ! …もうちょっと、優しく…あたたたたっ」

「アホぉ~、こん時くらい好きに抱きつか…せ? …な、な? ちょ、ちょい待て、待てってば」

 突然顔面の表情が固まり、ユピテルの背後を指差すように叫ぶダイアナ。

 “…あ、あれは何や、…なんなんよ!”と、まるで、世界の終わりが来たような驚きようだ。

「ん? どうしたダイアナ? 何をそんな、…な、…なるほどな。…何だろうな、…あっ!」

 二人が目にする先には、倒したと思っていた翼竜の一匹が、いま起き上がろうとしていた。

 そして、よく見れば、残りの二匹の翼竜もピクピクと痙攣するように動いている。

 そう、つまりは、全ての翼竜は、──まだ、確実に生きているのだっ!!!!


「ま、まずい────」

 周囲は既に勝利したと喜んで、周りの声など聞こえていない。

 喜びあって、抱き合って、…中にはお酒を飲んで、祝い始めているものまでいた。

 “…みんな、翼竜はまだ生きてる、生きている!!”と、必死に声に出して叫ぶユピテル。

 だが、その声は、みなの歓喜の声にかき消され、誰の耳にも、…数える程しか届かない。

 “…今はただ気絶していただけだ! ま、また来るぞ!!”と、必死に叫ぶユピテル。

 そんな時、急に辺りに静寂が訪れる、…その静寂の中心には、長老が杖を掲げていた。

 その長老の指差す先、…そう、ユピテルが叫んだ言葉を、その仕草一つで皆に伝えきった。

 途端に辺りからは、先ほどの雄たけびが何処にいったのか判らないくらい、静寂に包まれる。

 そのまま呆然と立ち尽くす皆の目の前は、次第に雲が晴れるように大気が透き通っていく。

 大気に舞ったいろんな塵が地に落ちて、翼竜の姿をハッキリ確認できるようになってくる。

 “…ごくっ”と、どこからともなく生唾を飲み込む音が聞こえる、…己の音かももう判らない。

 じっくり奴らを見てみれば、飾りと化した羽以外、奴らには何の手傷も無かった。

「──や、やっぱり爆発には、た、…耐えるのか、…ある程度、覚悟してたけど、でもさぁ」

 “…ははははっ、奴ら、ほぼ無傷じゃん”と、自分を卑下するように罵るユピテル。

 その表情は、もう喜びのカケラも見当たらなかった。

「──ユ、ユピこぅ……」

 ユピテルと同じような表情なのだろう、…そんな顔のダイアナが、何を言う訳でもなく呟く。

 これは、覚悟していた、…そう、最初からこれは、想像していた。

 だが、自分の弱さに、…周囲の喜びに、…確証の無い安心を、…喜びを抱いていた。

 その喜びは、今の自分達にとって、もう絶望へのスイッチとなっていた、…天国から地獄。

 甘くない相手と判っていた、皆も知っていた、誰のせいでもない、自分が至らなかっただけ。

 目の前に起きているその現実の光景、…それは、ユピテルに最後の後押しを迫る。

 この場に残る最後の手段、…そう、『直接戦闘による、眉間への攻撃』…それである。

 実行するなら、『それは今しかない!』…そう感じたユピテルが、低い声でダイアナ呟く。


「──俺がやってくる、これを逃したら、もうチャンスは無い。出来るかどうかは関係ないんだ」


 “…やるしか、…ない”と、ただそれだけを繰り返し呟き、剣を拾い集めながら、歩み出す。

 時間を経るにつれ、他の翼竜も、目覚めつつあるかのように、徐々に体が動き始めている。

 もう用意した手は打ちつくした。既に出来ることは全部やった。

 その上で一番やりたくない、…避けたかった、…・自分達には、一番意味の無い戦術。

 全く見込みが無いと判っている近接戦、…それを今、…それに今から挑もうとしていた。

 一本、また一本。…と、道すがら散らばる剣を拾いながら、まだ眠る翼竜に近づいていく。

 どんなに手頃な剣を集めても、…どれも軽く、脆そうだ、…所詮はシルフの装備である。

 いくら鋭く切れようと、翼竜の皮膚も切れないような装備では、何もできる気がしなかった。

 でも、…それでもやるしかない、…残された手段は、もうそれしか、…これしかないのだ。

 悟りきった聖者のような面持ちで、拾えるだけ剣を拾い集め、ゆっくりと翼竜に立ち向かう。


「お、おい、ユピこぅ! お前なにしようとしてんねん! そんな武器じゃ皮膚も破れんやろ!」

 “…お前が一番判るやろう!”と、罵る叫びで声に出す、…だが、ユピテルは止まらない。

 ダイアナは、言葉を変え、言い方を変え、何度も何度も呼びかける。

 しかし、何度呼びかけ叫んでも、“…それは無駄だ!”と、歩みを止めようとはしてくれない。


「判ってる、でも眠っている今しかそのチャンスは、…ない! もう、時間が無い…んだ…」

 一旦、緊張の糸が切れた今、奮い立ち向かえる者は、この場には、もう一人も居なかった。

 誰もが、この現実を前にに力尽き、もう、気持ちが真っ白なのだ、…リセット出来ないのだ。

 ユピテル自身、ゆっくり歩み近づいている今でさえ、近づくたび、身体が拒否している…・・。

 そんな心境の者、…それ以下の状態の者、…今はそんな者しか、この場には存在しない。

 ここで気持ちを緩めれば、…一瞬でも、気を抜けば、…もう二度と、一歩も動けなくなる。

 今は、かろうじて、その身を動かせる、ユピテルが、他の者と違うのは、ただ、それだけだった。

 だからこそ、…それだからこそ、動ける自分が、行動できる今の自分だけでも、と前へ出る。

「ま、待っとれ。今わしが手伝ったる! …ちょ、ちょっと腰抜かしただけや、スグ動くから、な!」

 “…せやからそこで待っとれ!”と、叫びながら、震える膝を抱え、上体を起こそうとしていた。

 だが、ユピテルは、そんな求めには応じない、…応じる余裕が、…もう、ない。

「…………。」

「待てっちゅーとんやろ! 聞こえとんやろ、今行く、わし手伝う! …スグ動くいうてるやんか!」

 “…まてやこらぁ”と、涙交じりの声に代わってくる、…何かを叫んでいる声すら、かすみだす。

 しかし、ユピテルは、歩みを止めない、…立ち止まらない、…立ち止まれない。

 とにかく前へ、…前へ、……一歩でも、………少しでも前へ!!!!

 もうその精神力だけで、歩み続けた、…その瞳に、今何が見えるのか、何を写しているのか。

 それすらも確認出来ないほど、ダイアナはもう、…泣き崩れ、…奮い立とうと足掻いていた。

「…………。」

 再三の静止の言葉を無視するかのように、ユピテルは、ただ前へ真っ直ぐ歩いていく。

 重い身体を引きずりながら、心の重さに耐えながら、そんな恐怖に怯えながら、前へ歩いていく。

 一歩一歩、…前へ前へと歩いていく。

 そうして、ゆっくり歩きながら、…これが最後! とでも言うように、背にしたダイアナへ命を下す。


「動けるようなら、何より先に、皆を安全な場所へ先導してくれ。それが出来るのは、ダイアナ…」

 “お前だけだ!”と、そんなセリフを吐きながら、背を向けたまま、ダイアナに想いを託し歩いていく。

「それ何や、それは逃げろっちゅーことか、…ここまでさせて、後は一人で全部やるっちゅーんか!」

「──そうだ」

「やめろ、…もう、これ以上は無理なんや、…から、せやからさぁ、行かんでええんやって、なぁ!」

「──大丈夫、…俺は死なない! …絶対に何とかするから、だから、…後は頼んだ、…ぞ」

「どこにそんな保障あんねん! 何を格好つけとるんや! はよ、こっちに戻ってこんかい……」

 “戻ってこんかい…”と、何度も起き上がろうと、歩き出そうとしながら、ダイアナが叫び続ける。


「──誰も死なせない! …誰もこれ以上は、傷つけさせない! …苦しめたくないんだ!!」

「あほぉ~…、それには、お前も含まれるやろうがぁ! ちゃんと、…ちゃんと判って、判って…・」

 “…判っとんのか、あほぉーーーーっ!!”と、大声で叫びながら、ようやく、何とか立ち上がる。

 立ち上がった、…今行く、……今からわしもそこに行く、…そう思いながら、身体を引きずる。

「───あぁそうだ、俺も含むよ、…だから死なない、絶対何とかする、…全員、生き残る!!」

 そうして会話をしているうちに、気絶している翼竜の一匹の元へ、ユピテルがたどり着く。

 拾い集めた剣を何本も重ねるように握り締め、切っ先を揃えるようにして、大きく振りかぶる。

「──ははははっ、よぉーし、そのまま寝てろよっ! 今、楽にしてやるからさ……」

 そういうや否や、ユピテルは、まだ気絶している翼竜の眉間めがけ、力の限り、振り下ろす。


 “うおおぉぉぉぉーーーーーーーーっ!!!!!”


 ありったけの力を込めんとし、ユピテルが、力の限り叫び込む!

 しかし、そんな気持ちとは裏腹に、微かな声すら聞こえない、…僅かな声も絞り出ていない。

 ここで叫ぶその声は、全て心の中での叫び声、…声にして、大声で叫んでいるつもりだった。


 …ガキン、キンッ、…キンッ、カキンッ、…カッ、…パキンッ…。

 一つの剣が、見事に折れた。

 …ガッ、ガキッ、キッ、カンッ、…カキンッ、カン、カッ、…カッ、…ピッ、…パキンッ…。

 二つ目の剣も、見事に折れた。

 …ガガン、キンッ、…カンッ、カキンッ…、…ガッ、…パキンッ…。

 三つ目の剣が、見事に折れた。

 …キッ、カカンッ、キンッ、カンッ、…ガカッ、ガン、キンッ、…カキッ、ピッ、…パキッ…。

 四本目の剣も、見事に折れた。


「…ちっ、ちくしょうぉーーっ! …ちくちょーーーーっ!! …ちくしょーーーーーーっ!!!」

 叫びながら、何度も何度も、まだ目覚める前の翼竜の眉間めがけ、手にした剣を突き立てる。

 しかし、何本、……いや、何十本と試しても、その表皮に薄い傷が付く、……その程度。

 まるで話しにならない、それこそ『分厚い鉄板を、木の割ばし』で、突き破ろうとしている気分だ。


 そんな事を諦めずに続けていると、先に目覚めていた翼竜が、ユピテルに気付き、近づいてくる。

 かすむ視界の中で、翼竜の動きに気付いたダイアナが、気付かせようと、力の限り声に出す!

「──ユピこぅっ!! 後ろっ!!!!」

「えっ!?」

 ダイアナの声に気付いた時には、既に翼竜が、ユピテルを頭から噛み付かんとしていた時だった。

「──し、しまっ」

 思わず目を瞑るダイアナ、…その後は、当然のように既に辺りは静寂が訪れている。

 恐る恐る目を開けて、ユピテルの姿を必死に探す、…探す、……探す、………探す。

 しかし、どこを見ても、ユピテルはいない、…見えるのは、襲い掛かっていた翼竜の後ろ姿だけ。

 そして、ユピテルに襲いかかっていた翼竜は、そのままの位置で静止するように、口を閉じていた。

 さっきまで開かれていたその口は、今はしっかり閉じらている、…そう、翼竜の口は、閉じている。

 ダイアナは、そんな、想像もしない、…見たくも、考えたくすらない光景を目の当たりにしていた。

「──ユ、ユピこぅぉーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」

 そんな悲痛な叫び声が、辺り一面に響き渡る、遠く、遥か遠くまで聞こえるほどに、響き渡った。

 もう何も見えない、…何もいない!! そう心が訴えるかのように、目を瞑り天に叫ぶダイアナ。

 そんな大声を聞きつけて、遠くで民を誘導していたラケシスが、何事だろうと駆けつける。

 辺り一辺を見渡して、あらかたの事の事態を把握する。

「──大変だったね、ダイアナ」

「ラ、ラケシスぅ……うぅぅ…・・あぁぁぁーーーーーーーーっ……」

 泣きじゃくるダイアナ、それを慰めるラケシス。

 そして、そんな二人に声をかけるために近寄ってくる人がいた。

「…なっ、そんなに泣くなよ、ダイアナ。…ほら、これで涙を拭けって、ほらっ!」

「んっ、あ、ありがと、ユピこぅ、ん? …ユピこぅ? え、えっ、…い、今、あんた死んだじゃん!!」

 目をパッチリと開き、白黒させながら見つめるダイアナ、“ええぇ!?”と、叫んだまま硬直していた。

 死んだと思った人が居る、…しかも、何事もなかったかのように笑ってる。

 全て終わったかのように、そんな表情で笑ってる、『…え、なに?』、事態を掴み切れないダイアナ。

 それを見たラケシスが、『…ほら、あそこ!』と、指差す先では、メルポネが、大きく手を振っていた。 

「メ、メルポネ? 間に合ったの? …仲間連れて来よるんが、間に合ったん? え? そうなん?」

「そうですよ、ちょっとだけ説得と準備に手間取られたようですが、結果的に、ギリギリ・セーフです♪」

 そういうラケシスが見つめる先には、ユピテルがいた、…まるで何事も無かったかのように笑ってる。

 “…お、俺ですか?”と、自分を指差し、何の事か判らないでいるとサラッと小言を呟かれてしまう。

「──ほんと、…運のお強い方ですね、ユピテルは♪」

「はははは、…ま、まぁ、結果オーライ! ということで。 はははは、……はぁ、マジで怖かったぁ」

 確かに笑えない状況だった。

 あの瞬間、『もう駄目だ!』と、そう思ったとき、既に眉間に剣が刺さっていたのだ。

 自分の目の前で、口を閉じて息絶えていた。

 ダイアナ側から見ていれば、いかにも噛まれたように見えただろう。

 その差、ほんの数十センチ、…そんな位置での静止であり、もう本当に奇跡に近い距離だった。

 その直後、素早く他の数体にトドメを刺す手並みから察するに、間違いなく、お仲間のようだった。

「あぁ、ごめんごめん。実際、俺も死んだ! と、思ったけど、本当に間一髪で、助けて貰ったんだ!」

「そ、それはえかったやんなぁ、…あぁ、……よう判らん、…なにが、何がどうなってるんや……」

 もう、放心状態のダイアナ。

 生死という真逆の事実を連続して目の当たりにしたため、心が、プッツン! としてしまったようだ。

 無用にいじり倒す必要もないので、仕方なく、ダイアナは、しばらくそのまま放置しておくことにした。


 そして、メルポネを手招きして呼び込むと、グッっと肩を抱くように引き寄せ、その場の皆に紹介した。

「改めて紹介! ちょっと到着は遅れたが、彼女こそ、俺達が希望を託したその人、メルポネさんだ!」

 …おおおおおおぉぉーーーーーーーーーっ!!!!

 何だよ、お前ら叫ぶ元気あるじゃねぇか! と、ちょっと凹みながらも、皆が無事だった事に安堵する。

 そんなユピテルの気持ちなど露とも知らず、身近の人も、遠くにいる人も、口々に何かを叫んでいた。

 …待ってたぜぃ、こんちくしょーーーっ!…。

 …遅かったじゃねぇか、このやろうっ!…。

 …ありがとう、貴方を信じてよかった!…。

 …これで一安心なのかな? 疲れた…。

 …コボルト種族も、信用できるじゃん…。

 口々に想いのたけをぶつけている、…それだけ、駆けつけてくれた事実が、皆に好感を与えたのだ。

 ちょっとばかり、いや、かなり大遅刻だった気もするが、結果的に間に合ったので、気にしない事とした。

 ただ、遅れた理由くらいは聞かなければ、命を張って頑張ったかいが無いと、不満を込めて質問する。


「──予定していたより、随分と遅れた気がするけど、そちらで何か、モメゴトでもあったんですか?」

 そうユピテルが、聞いてみる、…実際、返答次第では、少し殴ってやろうかとも思っていた。

 だが、返ってきた言葉は、意外なもの、…いや、考えてみれば、想像できたモノだったともいえた。

 そんな目で見られているとは知らないメルポネが、気まずそうな表情をしながらも、事実を語り出す。

「遅れてごめんなさい。説得は、まだ良かったのですが、装備の手入れが────」

 チラッと目を向けるその先には、身の丈の2倍以上ある大剣を軽々と携えている大男が立っていた。

 “大剣の手入に大きく手間取っていて…”と、それで納得できるほど、巨大で年季を感じる代物だ。

 長期間放置されていたため、剣としての有効性が無くなる程、錆付いていたのだろうと感じ取れた。

「言われて見れば確かにそうだ。こんな硬い皮膚を貫き通すには、それなりの強度と切れ味が必要だ」

 そういって、完全に仕留められた3体の翼竜の屍を見渡す、…見事な位の切り口、切り跡だった。

 大男が携える大剣、…もしかしたら十mはあると思う程の代物を使って、やってのけたのである。

 そんな驚きと賞賛するような仕草で、状況観察していると、その大剣を携えた大男が近づいてきた。

「──失礼ですが、あんたが、メルポネを信じて開放したって人ですかい?」

「あっ、はい。たぶんそうだと思います。私の名は、『ユピテル』と言います。…そういう、あなた様は?」

「すまねぇ、紹介が遅れたな。俺は、頭の『プルト』ってもんだ! ちなみにメルポネの父親でもある!」

「…えっ!?」

 そういえば、事前にお頭であり実の父親、…確かにそうは聞いていたが、…こんなに大きいとは。

 その背丈は、優に3mは軽く超えていた。メルポネ比較で、2倍だが、シルフならば、3倍以上だろう。

 “…確かにこれなら力は強そうだ”と、妙に感心していると、落ち込み気味のプルトに突っ込まれる。

「そんな驚かれると、ちょっぴりショックだぜ、ユピテルさんよ。…ん? あぁ、そういや、こいつが……」

「お初です。私は、“こんな奴”の妻をしている『エラト』と申します。娘が大変お世話になりましたぁ♪」

 そういって、エラトが妖しくお辞儀する。釣られるようにユピテルや、周囲の人たちもお辞儀をしだす。

 しかし、何故か、ユピテルに向かって、他人に気付かれないようにしながら、ウインクしてくるのだった。

 “…ん?”と、少しその意味を考えていると、横から、肘で“話を進めて”と、ラケシスにせかされる。

 “…りょ、りょうかい!”と、目で返答をしたあと、話を戻し、続けていく。

「いえいえ、こちらこそ手段が無かったとはいえ、メルポネさんに怖い想いをさせてしまいました────」

 そういいながら、“…こちらこそ、申し訳ありませんでした”と、深くお辞儀をして謝罪するユピテル。

 それに釣られ、プルトや、その仲間たちもお辞儀をしだす、…何だか気の良い人達に思えてくる。

 お互いに礼を尽くし、笑顔で会話したせいか、張り詰めてい空気は、その後、徐々に消えていく。

 そのまま下らない談笑に花を咲かせていた矢先、ユピテルが、何気に大剣の話題を切り出した。

「しかし、見事な大剣ですね、……私には、とても扱えそうにはありませんね、大きすぎて……」

 そういって、ユピテルが、おもむろにプルトの持つ大剣について尋ねる。

 そんな質問に対して、プルトが驚いたような、怪訝な顔をしたあと、“ポン!”と手を叩き、軽く答える。

「そうでもねぇ。試しにお前さん、持ってみな! …っほれ!」、…そういって、大剣を投げつけてくる。

「ちょ、ちょっと、…うわっ! …あ、あぶないですってば! 洒落になりませんって、これは……」

 動揺した素振りを見せながら、ユピテルが反論する。

 しかし、そんな言葉を一蹴するかのように、また軽い調子で、先ほどの言葉を繰り返した。

「…まっ、つべこべ言わず、持ってみるんんだなっ!!」

「わ、判りました。…でも、こんな大剣、流石に持てる訳がな…・・、あ、あれっ? …持てる!」

「だろ? そいつはそういう代物だ! 見た目に騙されちゃいけねぇ、そういう装備もあるってことだ!」

「これは、どういう理屈なんですか? 金属の種類? 土精霊による何かの術の力なのですか?」

 意外な手ごたえだったことに驚きを隠せないユピテル。

 その問いに対して、当たり前である! と、言いたげな表情でにプルトが答える。

「これに限って言えば、金属の種類だ。こいつは、ミスリルティンという鉱石を元に作られているからな」

「ミスリルティン? 確かにそれが、何か特殊な金属なのは判りますが、珍しい鉱石なのですか?」

「珍しいといえばそうだが、そうでないとも言える。これは、ノーム種族が生み出す精霊鉱石だからな」

「精霊鉱石?」

 初めて聞く名である、…名前からすれば、まぁ、精霊の力が及ぶ鉱石、そのままの意味だろう。

 この世界に来て、いろいろなものに出会っているが、また、妙なものが、…と、心では思っていた。

 しかし、これもこの世界の勉強かな、…と思い、とりあえずその続きを語られるままに聞いておく。

「そうだ、ノームの鍛冶能力の中にある術だ。こればかりは、ノーム種族でなければ生み出せねぇ!」

「家族単位で点在するノームに接触できなければ珍しいものになる、…そういう事なのですね?」

「おお、こりゃ随分と頭の切れる……。ま、そういうことだ。お前さんもこういう装備が欲しいのかい?」

 “…欲しいか?”と、言われれば、それは欲しいに決まっている。

 しかし、いまさっき、珍しい品で、…と、そう聞いた以上、無一文の自分に返事は無理だった。

「いえ、今の私には必要ありませんが、いずれ各地を旅するつもりなので、その時は必要かも……」

 正直な気持ちである。

 実際、祖母が歩んだであろう道筋を追う以外、元の世界へ戻る方法の検討すら思いつかないのだ。

 ある程度の知識と実力、旅を継続できるだけの各種要素が揃ったなら、すぐでも出発したい位だ。

 そんなユピテルの気持ちをしらないプルトは、

「こりゃまた、偉くでっかい夢を────。…はぁ、…いや、気に入った! あんた良いよ、うん!」

 何が気に入られたのかは判らないが、必要以上に身体をぺたぺた触られる。

 ダイアナである程度は慣れてきているとはいえ、流石に同姓にされるのはきついものがあった。

 しかも、2倍も背丈の差がある人に触られまくるのは、益々もって、あまり気持ちの良いものではない。

 そんな事を思っていると、診断結果がでた、…とでも言うように、ユピテルの身体程度を語りだした。

「ふむ、俺達ほど筋力は無いようだな。すると、旅の時には、やっぱりこいつのようなモノが必要だろう!」

 そういって、さっき手にした大剣をみせつける。

 確かに、見せ付けられるたびに惹かれるような気分にはなっていた、…不思議なものである。

 そんな心境を察してか、妻のメルトが、横槍を入れる形で、提案のような強要を吐き出してきた。

「だったら、今度、連れて行ってあげればいいじゃない。あんたが一緒なら、相手にしてくれるだろう?」

「…………?」

 俺をどこに連れて行く? …何をしに行くんだ? 正直、良い予感と、悪い予感の二つがした。

 この世界で何かの行動を起こすと、必ず問題に関わってしまう、…そんな気がしていたのだ。

 昔の祖母の時も、争いに入っていったというより、争いを起こしたのでは? とも疑いたくなるくらいだ。

「まぁ、たぶん大丈夫だと思うが、あまり問題持ち込みたくねぇんだよな、…あの爺さん、怖ぇんだわ」

「ったく、それでも男かい! そんな事もできないなら、今後一切の伽は無しだからね、あんたっ!!」

 伽? …夜のお話のことかな、…と、妙な方向で想像を膨らませていると、頭を殴られる。

 “…あたっ!”と、誰だよ、…と、振り返ると、ラケシスとダイアナの二人がいた、…まさか、2発?

 そんな事を考えているうちに、話は先に進んでいく。

「ちょ、ちょっとまて! そりゃねぇだろうぉ~。…わかった、わかったから。許してくれや、なっ! なっ!」

「──もちろん、ちゃんと、ユピテルさんの分の話もつけるんだよ! わかってるんだろうねぇ、あぁ!?」

「わ、判ったよ。判りました! 何とかするから、そこは手打ちに、…な、エラト、それで手打ち、なっ!」

「──結果は、お客人に直接聞くから、嘘ついてたりしたら、…判ってるだろうねぇ……あんたぁ?」

「…お、おう。そこは俺も男だ! 俺の名誉にかけて、何とかしてくらぁ! それだけは任せ解け!!」

「なら、…まぁ、それで、手打ちにしとくかね。ったく、本当に情けない男だよ……ぶつぶつ……」

 どうやら、この夫婦間では、旦那も形無しの状況が根底にあるようだ。…くわばらくわばら。

 そう唱えていると、また、後ろの方から、さほど痛くない程度に殴られる。

 “…だから何だよ?”と、振り返ると、にっこり微笑む二人組、…どうやら、常習犯決定である。

「という訳だ、ユピテルさん。今度、こいつに随伴するといい。さっきのような代物を入手できるはずさ♪」 

 そういって、旦那に見えないように、ユピテルに対してウインクしてみせる。

 “…はは、こりゃどうも”と、目で合図したそのの直後、スグ振り返れば、大きく腕を掲げる二人組。

 “にっこり♪”と、スマイルしたかと思うと、二人で柔軟体操を始め出す、…間違いない、常習だ。

 そんな会話を終えた頃、…ふと周りを見てみると、メルポネがあちこち縦横無尽に走り回っていた。

 どうやらお痛を楽しんでいるラケシスに、到着直後に何かの医療補助などを指示されていたようだ。

 こうした補助というか、誰かのサポートは、その俊敏性を活かして、かなりの活躍ぶりにみえた。

 そんなメルポネの姿を微笑ましくながめていたユピテルが、お世辞をいうようにプルト達に語りかける。

「メルポネが、すっかり街の人に馴染んでますねぇ。…不思議な空気を持たれてますよね、娘さん♪」

 すると、想像していた、…というか、そういうキャラだと最初から思っているような表情で頷く。

 妻のメルトも微笑を浮かべながら、そんなメルポネを見つめ、眺めていた。

「あいつの特技みたいなもんだな。うちも、あいつのドジっぷりで救われる面も多いしよぉ、な、エラト♪」

「そうだねぇ、我が娘ながら頼りない面は情けなく思うが、愛嬌っぷりは、流石に憎めないんだ……」

「──皆さんに愛されているんですね……、メルポネって」

 そういうユピテルの言葉に賛同するかのように、プルトとエラトが相槌を打つ。

 そんな会話をしていたせいか、この二人に目を取られ、すっかり忘れられていた人が一人残っていた。

 気まずくなりながらも、失礼を承知で聞いてみる。


「気付くのが遅くなりましたが、後ろの方は……」

「おお!そうだそうだ、いけねぇいけねぇ、こいつを頼みにきたんだ。……ほら、前に出て挨拶しろ!」

 そう言うと…ホレッ! と、その人の背中を押す形で、皆の前に歩み出そうとせっつく。

 エラトがそんな強引な手引きに呆れながら、手を取り、手引きする要領で、ゆっくりと歩み出させる。

 見た感じでは、身長も含め、体格は自分と同じくらい。

 そんな感じの清楚さがにじみでるような印象を受ける人だった。

「は、初めまして。私は『ウラニア』と言います。今は見ての通り、一人で満足に行動できません……」

 そういう彼女は、やはり目がしっかり見えないのか、視線がうまく定まらない。

 “…たぶん、こっちかな”と、それらしき人物がいるであろう方向を向きながら、語りを続ける。

「もし、こちらにお医者様がいらっしゃるようでしたら、何とか私の様態を観て頂きたいのですが……」

 不安げな表情で語りかけてくるウラニア。

 そんな彼女にユピテルが、諭すように優しく返事を返す。

「はい、もちろん大丈夫です。…ラケシス! ラケシスは、近くにいますか?」

「──はい、側にいますよ♪」

 そういいながら、“…貴方の後ろにずっといましたけど”と、ちょっと、ジト目で睨むようにみる。

 隣のダイアナも調子に乗って、“…そやそや!”と、なにやらはやし立てる、…全くこの二人は。

 そう呆れることも感じながら、現状の医療状況を勘案し、街としての優先順序を選定する。

「できる事なら、なるだけ早くこの人の様態を観てあげてほしいんだが、……駄目かな?」

「──あら、変なご質問ですわね。…もしかして観てさしあげない方がよろしいのですか?」

 悪戯っぽい口調で、そうユピテルを冷やかす、…まぁ、予想通りである。

 しかし、プルトやエルト、そしてウラニアにとっては、洒落にならないセリフに聞こえるようにも思えた。

 ちょっとした焦りも感じながら、おねだりするように、ラケシスに頼み込む。

「ま、まさか! 個人的には、是非とも観てあげて欲しい、一日でも早く良くしてあげてたいくらいだ!」

 いつものような悪戯口調に過ぎない事を理解しつつも、ラケシスにお辞儀して頼み込むユピテル。

 そんな普段と変わらぬ態度に、何かを安心したような微笑みをかえすラケシス。

 ダイアナも隣で、“…そやそや”と、言いたげな表情で、大きく何度も頷いている。

「はい。私自身としても、そうしたいと思ってます♪ ただ、恐らく即座に完治とはいきません────」

「──うん。その辺りはラケシスに任せる。とにかく、早く観てあげて欲しい。優先で扱ってくれるかな?」

 そうユピテルが口にした途端、割ってはいるようにウラニアが、叫んだ。

 言いたい事が聞かずとも理解できているその周囲の人たちは、微笑みながら、それを聞いていた。 

「あっ、す、すみませんが、街のお仲間の手当てを優先して下さい。私は一番最後で────」

 全く持って、予想通りである。

 ユピテル、ダイアナ、ラケシスの三人が顔を見合わせ、“…クスッ”と、少しだけ笑いを漏らす。

 そんな気配も感じるのか、ウラニアが心配そうに何度もそれをお願いしてくる。

 実際にラケシスに劣らぬ、優しい面持ちの女性だが、それに違わぬ心の持ち主でもあるようだ。

「はい、お気持ちは確かに。…ですが、街の患者ランクで言えば、ウラニアさんが一番ですね♪」

「──えっ!?」

「ここにいる以上、あなた方は街の人。その中で一番重症なのは誰かというと、…貴方ですね♪」

 目の見えない状態のウラニアにも伝わりそうなほど、屈託の無い笑顔で言い返すラケシス。

 “…納得頂けましたか?”と、念を押すように、諭すように語り掛けている。 

「──い、いや、し、…しかし、その……」

「ラケシスがそう言う以上、それにしたがって下さい。街の医療は、ラケシスが全権を握っています♪」

 そういって、ユピテルが、ウラニアに反論の余地を与えないかのように釘をさす。

 そんな様子をプルトとエルトが見つめていた。

 “…この街の奴らって?”と、何か変わったものでも見たように、お互いに戸惑っていた。

 どうやら、これまでの訪問時に歓迎されていなかった頃の空気と比べているらしい、…最もである。

 そんな様々な想いが交錯するなか、諦めたように、ウラニアが決意した気持ちを言葉にした。

「──は、はい。ありがとうございますっ!!」

「はい。では、一緒にあちらにむかいましょう♪」

 ラケシスに手を引かれ、ウラニアは、治療小屋の方へ案内されていく、…少し涙目になって。

 それを見つめるプルトとエラト、…二人からは、とても温かい眼差しが周囲に向けられていた。

 促されるまま、治療小屋に向かうウラニアは、手を引かれながら、街の暖かさを感じていた。

 それは、団員からのそれとは違う、…穏やかな何かを感じ、とても優しい気持ちになっていた。



 そんな景色を、少し離れた位置から観察するような遠い眼差しで、ずっと見ていた長老だった。

「月日は流れ、時代が変わる……。その一つが、今あるこの景色なのかもしれんのぉ……」

 珍しく的を得たようなセリフを吐く長老。

 “…いったい今度はどうしたんだ?”と、妙に感心しながら聞き耳を立てているユピテル。

 すると、その先に続く、心の奥にあった真意を語り出す。

「この先、何が待っておるかはしらんが、皆にボケるネタだけは、当分困りそうにないのぉ……」

 “…ホッホッホッ”と、そう笑いながら、何かの駄洒落でも創作しているご様子の長老さま。

 “いかなる時もボケるタイミングとネタを探し続けるその生き様”、ほんと、あんた立派だよ、長老。

 長老から遠ざかるように歩いていたユピテルが、近くの知らない誰かに同意を求めるように呟いた。

 『恐るべき、シルフの街の天然ボケ老人────』

 “あれでも長老ですから”と、困り顔でそう答えてくる、…皆はもう、諦めているという事である。

 この街の人は、本当に優しい、…こんな長老までも、暖かく受け入れてしまう。

 街の特徴とも言える、のんびりのほほんとした空気、それをより強く、再確認した気がしていた。


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