生か死か
「…ん、…あ、あれ? ここは?」
気がつくと、そこは知らないプレイ・ステージ。見渡す景色を直視するユピテル。
どうみても、ここが先ほどまでプレイしていた世界だとは、到底思えない。
そんな今おかれている自分の状況が理解できないながらも想う事はあった。
『自分がプレイしていたエリアとは全く違う…』と。
ここは、根本的に何かが違う、……恐らく自分は、全く違う場所にいる。
…その知らない世界に存在している。そう確信できような場所だった。
「ここは……一体?」
ユピテルは、何故か大木の上にいた。
正確には、地上から数十メートルはあろうかという樹齢何百年かすら想像つかないほど、巨大で立派な大木の頂上付近の枝に、引っかかる形で座り込んでいる。
「何だかしらないけど……すげぇ~~っ!」
見渡す限りのジャングルというべきか。歴史にある、太古の時代でも、ここまでの大自然は無かったと思わせるほどの、広大で、深く濃い大自然がそこにある。
「しかし、何で俺はこんなところにいるんだ? …夢? いや、その割には、痛みも感じ、匂いも手触りも。目にする世界そのものが生なましすぎる……」
確かにその通りだった。身体のあちこちが打撲のようにアザになり、擦り傷はもちろん、プレイ専用スーツすら、所々破損しているのである。
着ているスーツに関しては、防弾チョッキ程度の代物で、かなり丈夫に作られているのだ。そんな多少の接触や転落ではキズ1つつかなかないような物が、今ではズタボロという表現がピッタリ当てはまるほど、全体的に酷く損傷している。
「ちょっと、有り得ない状況が多すぎるな、訳がわかんねぇや……」
流石に戸惑いを隠せないユピテル。しかし、現状把握が最優先! とばかりに周囲を深く観察しながら、これまでの記憶を可能な限り詳細に振り返ってみる。
「はぁはぁはぁ……流石に生身の身体だけじゃ、疲労の度合いが全く違うな」
当たり前のことだが、普段から空気のように意識せず操っていた四大制御である。ユピテルにとっては、全身に鉛が入ったボディスーツで動き回っている状況に近かった。
恐らく、一般人なら、これほどの能力ダウンをすることもなかったのだろう。それだけ、人並みはずれた身体能力以上に、四大制御の能力補正が大きかったということだ。
「ちっ、仕方ない。ここらで少し休もう。時間はまだ……半分以上ある! 残り30点。一休みしたって、余裕だろう……」
そういって、不意に気を緩めた瞬間だった。
「……ん? …う、うわっ!」
休息を取るためにもたれかかった大木の幹の表皮部分が、木の内側に崩れるように、吸い込まれるように崩れたのだ。
「…くっ、ちょ、……さ、流石に、これは、ま、マズイ…かも……」
運良く右足のアンクレットが、残る表皮の突飛部位に引っかかってくれていた。
だが、正直に言えば、ただ、それだけだ。何の解決にも、解消にもなりはしないし、成り得ない。
「そういや、確か、開始一時間経過しても終了していない場合、管理保安者が、プレイヤー救出に来るんだったよな……」
今まで一度たりとも経験したことのない話ではあるが、いざ、危険にさらされると、このルール設定に少し感心するユピテルだった。
「だ、だが……どうやら、間に合いそうにないな……」
…ピキッ…ピキキキッ……
「くっ、せっかく、これから人生初のデートだっていうのに……これで、終わりかよ、俺」
「あんな格好いいセリフ吐くんじゃなかったかな。……ははははは、まぁ、もう遅いか」
徐々に表皮が内側に崩れてくる。
見えるのは、穴の開いた隙間から覗くプレイ・ステージの屋根と、その先に見える青空だけだった。
「かっちょ悪い終わり方だよな、ほんと。もっと、真剣に生きてみたかったよ……」
「俺にもようやく、…ようやく、心から欲する人に巡りあえたのに! 初めて俺を心から心配してくれる子に出会ったのに!」
「…ちくしょー! ……ちくしょー!! ………ちくしょーーーーっ!!!!」
そう叫んだ所までは、何となく覚えている。その後、確か…、
…ピキッ…ピキキキッ……バキバキバキっ!…
「そ、そうだ! 俺はその後、引っかかっていた表皮が崩れ、それと共に暗闇に沈むように落ちていった……」
「そうだ、俺は、あの高さで……」
絶望に似た想いが全身を包み込む。恐怖に似た想いが身を覆う。
全身が何かに恐怖し、震えだす。
「──頭からまっ逆さまに落ちたんだ!!!」
自然と何かが溢れてくる。『…な、涙!?』。
それは、俺が生まれて見る、自分の心のカケラだった。
ひとつ、…ふたつ、……涙がこぼれ落ちていく。
みっつ、…よっつ、……心の痛みを思い知る。
そして、俺は、……心の底から、涙し続ける。
「…ちくしょ…、ちくしょーーーー!、ちくしょーーーーーーーーーーーー!!!!!」
心の底から叫んで、叫んで、叫びまくる。
涙が枯れて、声が枯れて、もう何も出なくなるまで、その場でずっと、涙した。
そして、いつしか疲れて、…眠りおち、俺はそのままそこで、夜を明かした。
「ぐぅ~~~~ぎゅるるるるるるぅ~~……」
どんなに気が滅入ってても、お腹は空くもんなんだな。
…半分自分に呆れながら、そう蚊の鳴くような声で呟く。
今朝、お腹の泣き声で目覚め、まず最初に思ったこと。
『これは、おそらくは…紛れも無い現実! 確証は持てないが、決して夢や幻何かではない!』という、そんな感覚だった。
昨日、想い巡らせた記憶をたぐり、反芻するように思い出す。
「…泣くってことは、結構、大事な事なのかもしれないな」
泣きつかれて眠って、起きた後。昨日感じた悲しみや後悔が、少しだが、減っているように思えた。
ま、気休めにしかならないか。
…自分の状況を卑下するように呟きながら、全身をくまなく確認していく。
「右手。…よし、全くもって、問題ない!」
「左手。…よし、こっちもOKだ!」
「右足。…若干痛むが、軽い打撲程度だろう、明日には、問題なさそうだ!」
「左足。…こっちは、ちょっと痛むかな? どうやら、少し切ったようだな…。ま、これも数日で、放っておけば直るな」
「胴体は、……くっ、流石にちょっと痛むな。打撲の程度が酷いのか? …骨折の類では無さそうだな。しばらく安静にするべきか」
「頭は、…ま、これだけ考えられるってことは、大丈夫だろう! 何の心配もなさそうだ!」
…と、そこまで確認し終わって、ハタッ! と何かに気づく。
「ちょ、ちょっとまて! ……痛い? ……お腹が空く? ……死んでもそういうものなのか?」
「…ん? ……んん?」
無い頭をフル回転させ、状況生理。……いや、状況を再確認し直していく。
「死んだことはないから、死後のことは判らないが……。生前と思われる状況の継続のような形で今がある。……そんな状況が、今も続いている。……ということは」
も、もしかして、俺はまだ生きているのか?
確証の持てなかった状況を肯定するかのように、そんな疑問がふと浮かんでくる。
否定も肯定もしにくい、どちらも決定打に欠ける。その事実は変わりない。だが……。
つまり、生きている可能性もある!
そういうことでもある。痛みを持ち、食欲もある。
身なりも記憶にある姿のまま! …ということは、
「…つまり、まだ俺は生きている? そう生きている! そうだよ、きっとまだ死んでなどいないんだ!!」
確認するように、自分に語りかける。
もちろん、どこからも返事はない。…それならば、
…“よし!”…と、何かを決意したかのように、それまでの沈んだ顔が、嘘のように消し飛んで、晴れた素顔になっていく。
「まずは、この身を養いながら、それからじっくり考えよう! 生きている可能性があるなら、まずは生き抜くことが最優先だ!!」
一度決めたら、後はもう一直線。それが、ユピテルの良いところでもある。
特に、こういった場面での開き直りが成功した際のそれは、目を見張るものがあった。
身体の痛みなど既に無かったかのような軽やかなステップで、大木を飛び跳ね駆け降りていく。
周囲を眺めている間、近くに川が流れているのを発見していた。
喉の渇きを潤す意味でも、まずは、そこに向かうことにしていた。
「よし! まずは、地面に無地到達だ!」
そういって、足元を確認する。
じめじめした苔に覆われた、いかにも年季が入っていそうな地面だ。
“うっ…”と、心の中で、犬のウンチを踏んでしまったような、心地よくない気分になりつつ、目標とする方向へ歩き出す。
しばらく行くと、水のせせらぎか聞こえてくる。
「よし! もうすぐだ!」
急ぐ気持ちとは裏腹に、身体が言うことを利かなくなっていく。
まるで、何日も飲まず食わずだったかのような、そんな状況に思えた。
“俺が眠っていた時間は、一日じゃないのかもしれないな…”、そう思いながらもまずは渇きを潤そう! と、前へ前へと歩み行く。
そして、目の前に見たことも無いような景色が、海と見間違うほどの広がりを見せる清流が現れた。
「う、うわあぁ~~~~~~……」
正直、声にならない。そういった光景だ。
川の流れが、かなり速いにも関わらず、底までしっかり見える清度があり、中では、魚が素手で採れるのではないか? そう思えるくらい、群れを成して泳いでいる。
しばらくは、そのまま呆然と立ち尽くす格好で、眺め続けてしまう。
そのうち、“はっ!?”と、我に返ったように、喉の渇きを潤すべく、手に取り、少し舐めてみた。
「…ん? こ、こりゃうまい!!!」
適度に甘みがあり、かつ、若干の発泡感もある。
“炭酸交じりの清流というわけか…”。誰に呟くでもなく、自然とそんな事を思う。
喉の渇きが収まった頃、ようやく、自分がかなり疲労していることに改めて気がつく。
「…うっ、こ、こりゃぁ…、ちょっと何か食さないとマズイ感じだな」
リアルに感じる、身体の脱力具合に焦りに似たモノを感じながら、食料調達の手段を思案する。
“川には、魚が多く泳いでいる”。
これを捕らえれば、食すことは可能だろう。だが、火が起こせない…。
生は鮮度が良くても、流石に気が引ける。
“森には、いろんな草木がある”。
見たことがある果実があれば、それを食べることは可能だろう。
だが、見渡す限り、見たことも無い植物ばかりだ。
「さて、どうしたものか…」
八方ふさがりで、王手をかけられた心境だ。
それでも何か手は無いか! と、何度も探り直しているポケットをまさぐり直してみる。
“何でもいい、何でもいいから、とにかく、今使える何かはないのか?”。
後にも先にも、この時ほど必死だったことは無い様に思う。それほどに必死だった。
神に祈る! なんて事は、絶対にした事が無かったが、流石にこの時ばかりは、神でも何でもいいから、助けてくれ! そうした心境だった。
全身くまなく探した結果、確認できたのは、少しの装備と、これまで何度と無く出していたであろう、自分のため息だけだった。
「エア・シューターの指輪」、これは、まぁ、武器としても、狩猟の道具としても使えるだろう。
魚程度なら、飛び跳ねた瞬間のモノを仕留める自信はある。
「ボロボロになったボディスーツ」、これは、裸よりまし! という程度で、表面はボロボロだ。
元々、表皮で保護機能を発揮しており、中はクッション材が詰まっているだけ。
現状では、寒さ対策程度の気休めでしかない。
「外したくても取り外せない、両足の制御アンクル」
これが外せればどんなに楽か、それを強く感じた。
だが、これは手錠と同じ組成と仕組みを持っており、足を切断でもしなければ、まず、解除は不可能な代物だった。
「片方のガラスが割れた、丸い透かし目タイプのヘッドゴーグル」、砂嵐・粉塵の発生時に着用するために常に装備しているものだ。片方が割れた以上、本来の役目は、今後、何一つ果たせそうになかった。
さて、装備は貧弱。荷物らしきものは無い。食料なんて見る影も無い。魚か、果実か。もう、二者択一だった。自らの腹の虫に選択を迫られ、決めようとしていると、魚が…ピシャ…と目の前を飛び跳ねる。
「よし! とにかく魚を採ろう!」
決まってしまえば、あとは早かった。
川の淵辺に石を積み上げ囲いを作り、川の中央から、そこに追い込むように“バシャバシャ”と音を立てながら、追いかける。
川で泳ぐ魚の群れは、自ら進んで囲いの方へ泳いで行き、群れの先頭が、後ろに押される形で、陸に一匹、二匹…と、飛び出していく。
「よし、いいぞ! この調子だぁ!!」
コツを掴んだユピテルは、それを何度か繰り返し、数十匹の川魚を手に入れる。
「よし! あとはこれを、保存が利くようにしておけば…」
何処で教わった訳でもないのに、手馴れた手つきで“魚の腸だけ”を綺麗に取り出していく。
干物でもつくり、保存食として活用するつもりのようだ。
そうして、綺麗に中身を取り除いた後、清流で血を洗い流し、適当な木の枝に刺し、日の当たる風通しの良い場所へ順に干していく。
“ふぅ…”。心の中でため息をつきながら、ひとまずは、下ごしらえ完了! と、一休みする。
「あとは、これをどうやって調理するかだよな……」
そんな事を考え、呆然としている頃、それは真昼の一番日が昇る時間となっていた。
“気持ちいい、お日様だよなぁ~…”。
そんな事を考えながら太陽を眺めていた。そして、ふと、気がつく。
“もしかしたら、太陽で、火がおこせるんじゃないか?”。と、そんな事を考える。
手元には、壊れて使い物に成らなくなったゴーグルがある。
この目の部分は。球状になったガラス部位でもある。
…と、いう訳で、
「とりあえず、レンズ発火させられるかどうか。やってみるだけの価値はありそうだな♪」
希望の光を垣間見たユピテルは、ガムシャラに枯れ木、枯れ草などをかき集め、日当たりの良い場所に石を積み上げた釜戸をつくり、その中に放り込んでいく。
「これで、下準備はOK! あとは、これをこうして……」
そこからは、単純に根気作業だった。残ったレンズに水をためるようにして、そのまま太陽の下でかざし続ける。
…続ける。……続ける。………続ける。
そうして待つこと、約30分。
…ジジジジッ…
「おっ! おお!?」
…ジジジジ……ジジジジっ……ボッ!!!…
…念願の、…願い求めた、…火がついた! その瞬間、ありったけの叫び声を、気が狂ったのか? と思える、裏返った声で叫び散らす!
「いやっほぉ~~~~い! ほほ~~~い!!! ほほほぉ~~~~~~いほぉ~~~~っ!!!!!!」
何とも間抜けな雄たけびである。まるで、ヨーデルの歌声のような、そんな珍妙な叫びだ。
そこからは、しばし、楽しきお食事タ~イム♪
それまでの悲しみや戸惑いが何処へ行ったのか。微塵も感じさせぬ勢いで、保存用と決めていた魚まで全て綺麗に食べていく。
食べる、食べる、食べる。骨まで残さず、頭も残さず。綺麗に丸ごと食べていく……。
「いやぁ~~~~食ったくったぁ~♪ もうこれ以上は、今は食えねぇ~♪」
食うも何も、もう何も残っていないのだが、そんな現実すら気がつけぬほど、満たされた満腹感に幸せ感じつつ、そのままゆっくり…眠りに落ちていくユピテルだった。
「ん?…もう朝か」
…チュンチュンチュン…。
どこかから聞こえてくる、小鳥の囀る鳴き声を聞きながら、ムクリっと素早く上体を起こす。
「…さて、これからどうしたもんかな」
昨日確認していたように、身体の回復状態を再チェックする。
「右手は、…よし、問題ない。左手も、…まぁよし、大丈夫。右足は、…これもまぁよしとしよう。左足の方は、…ん~…ま、よしとするべきかな、この程度なら」
昨日は、全身のあちこちが痛み、身体を動かすたびに痛覚を感じていたが、今朝は、柔軟運動をしていても、それほどの痛みは感じない。恐るべき、回復速度だった。
“何だか、物凄い回復力があるんだな…俺って”。と、半ばあきれ返りながら、そう思う。
生まれてこの方、ケガというケガは、したことが無い男である。
今回の夢か現実か、未だ定かではない今のような状況が無ければ、おそらく一生、ケガなどとは無縁だったかもしれない。
「昨日見渡していた限りでは、川上に高原のような場所が見え、川下には、海か湖のようなものが見えた。川向こうは、相変わらずのジャングルで、こちら側も一緒だな。…さて、どこへ行くべきか」
食料を確保し、生活していくだけなら、この場所のままが、最も安全確実に思える。
しかし、止まっているだけでは、この状況が変わっていくとは思えない。
前後左右……。何処へ向かうにしても、その先には、無限とも思えるような奥行きが感じられた。
「よし、こういう時こそ、神頼みだ!」
そういうと、近くから適当な小枝を拾い上げる。
「これを放り投げ、小枝の先端が向いた方向へ、今日は進むことにする!」
自分に言い聞かせるようにハッキリ口に出し、宣言する。
…そうぅ、れいっ!…
天空高く舞い上がる小枝。それは、ゆっくりスローモーションのように落ちてくるように思えた。
…ヒュ、ビューーーーンッ…
地面に到達するか否か!? そんな瞬間に大きな風が通り過ぎる。
「な、なんだ! 今の風は?」
川沿いとはいえ、密林の中から突風のように吹き付けた風。何がそうした風を起こしたのか。
…正直、不思議に思うユピテル。
「ま、いいか。…で、結果の方は、…っと」
それは、真っ直ぐ川向こうを指し示すかのように、大地に突き刺さる形で方向を指し示していた。
「これだけハッキリ方向を示されちゃ、従うほか、ないわな……」
何だか妙なものに先導されているような気分になりながらも、浅瀬になっている箇所から、何とか川の対岸へと渡りきり、そのまま向こう側へ歩いていく。
昨日歩き回ったところと、まるで違いが無い。見渡す限りが木々と植物の大自然。
自分が知る言葉で言うなら、ジャングルの奥地。…そんな感じの景色が続いていく。
「し、しまった、…飲み水くらいは、確保してくるべきだった」
初めての野外キャンプのように、どこかで肝心な何かを忘れてしまうユピテル。
…と、そう何かを必ずボヤきながらも、着実に前へ前へと歩みを進めていった。
そうして歩き続けること、約半日ほどだろうか。
…どこかから、甘い香り。…蜂蜜のような、そんな香りが漂ってくる。
「…ゴ、ゴクッ!」
思わず生唾を飲み込む。本来、甘いものは苦手なのだが、この時ばかりは、疲れが溜まっていたためか、身体が糖質を欲している! といった具合だった。
「とりあえず、いってみよう! …こっちの方角だな。…くんくんくん」
犬のように鼻を利かせながら、発生源であろう方向へと歩いていく。大木を3つ、4つも越えた頃、そこは、少し開けた広場のようになっていた。
およそ、小中学校の校庭ほどの広さだろうか。そうした開けた場所の中心には、大きな果実と思われる、甘い香りを発する植物が固まるように生えていた。
「お、あれだな♪」
しめしめ。…とでも言いたげな表情で、そこに近づき、匂いの発生源であることを確信する。
「よし、これに間違いないな! さて、後はこれが食べられるかどうかということだが、……」
植物知識など、ユピテルは皆無である。
見る限りでは、二周りほど大きいスイカほどの瓜の実。そんなモノだった。
“見てるだけじゃ始まらないし、とりあえず、一つ採ってみるか……”。
そう思い、果実の付け根部分の部位をエア・シューターで打ち抜き、切断する。
「よぉーし! さて、後は中身を見てみてだな……」
そういって、ソレの群集に背を向ける形で抱え込み、手刀を入れる要領で、バシッ! と割って中を見る。
“ポワポワ~~ンッ…”と、あまぁ~い香りに包まれる。思わず“ゴクッ!”と、唾を飲み込んだ。
……その次の瞬間。
「あ、あれれ……」
目の前が、ぐるんぐるんと、周り始める。
…しゅる、しゅるるるるるっ…
何かが動く音が聞こえる気がする。…刹那、何かが身体を摺り寄せるようにしがみついてきた。
「ん? …な、何だ? くっ、…ちょっと目が回って良く判ら、…な、……い」
最後まで口に出来ないユピテル。
…どこか、気が遠くなるような感覚を持ちながら、記憶の最後で目にしたものは、食虫植物として見た事があるような、洋式便座ような口をもつ、巨大なソレへのご招待だった。
“うそっ、マジかよ! …俺って、つくづく馬鹿だよな。二度も死ぬのか、……俺は”と、そんな事をボンヤリ考えながら、そいつの口であろう部分へ、足から真っ直ぐ放り込まれていった。
「ん? …こ、ここはどこだ?」
真っ暗な中で、甘い香りが漂っている。蜂蜜に似た匂い。
……とても美味しそうに感じる匂いだ。
デザートのおやつでも食しているかのように、ぼぉ~っとそのまま身をゆだね、夢心地気分に浸り続ける。
…ビチョ…ヌルヌルヌルッ…
「!?」
背筋が凍るような、そんなヌメヌメしたものが、背中を這うように駆け抜ける。
「そ、そうだ! さっき、何か変なモンに食われたんじゃねぇかよ、俺は!!」
怒りに震えるユピテル。あまりの自分の馬鹿さ加減に怒っているのだった。
…くっ! …うぐっ!! …う、うくっ!!!
必死にどうにかしようとあがく。
…が、身体にピッタリフィットするかのように、その中は、身体に密着し、思うように力を出せない。布団圧縮袋で、全身を絞られているような感じだ。
…く、くそぉ! …こんなとこで、こんな終わり方してたまるかよ!
そう言って、何とかここから脱出しようと試みる。
せめて、エアシューターを使えれば、……。っと、少し無念に思う。
指を鳴らせない限り、これは使えないのだ。
力づくでもダメ、エアシューターもダメ。…正直、もう出来る事は何もなかった。
「…くっ、なさけねぇ」
誰に伝えられる訳でもないが、そう呟いてしまう。
広い平原のど真ん中。そこにこいつらは群集していた。
いくら叫んでも、誰かに助けられる気はしない。
そもそも、人の存在を感じるものをまだ目にしていない。
故に、今ここでできることは、ゆっくり溶かされ、食べられていくことを待つしかできないのだった。
幸か不幸か、自分が身に着けているプレイ・ブーツが、消化液を受け付けにくい素材であることで、首の皮一枚という状況で、今を生きながらえ続けている。
足元に溜まった消化液が、ブーツの上まで溜まった時。そこからは、この植物の血肉となるべく、食材への道まっしぐらなのだ。
“さすがに万事休すか…”。そう心の中で呟いて、夢なら早く覚めてくれ! そう願いながら、生き残ることを諦めたかのように、ゆっくりまぶたを閉じて眠りに落ちていくのだった。