fragment.1:紫電黎明 伍
思わぬ収入を得た翌日の事。
「“浮遊魔術”……まただめ…。」
「う〜ん、何がアカンのやろ…?」
私はノタリアと共に魔術の練習をしている。
この学校では基礎魔術として習う三つの魔術、“強化魔術”、“浮遊魔術”、“変化魔術”。
ある程度は誰でも扱える魔術らしく、学期末テストにもなっているのだが、ノタリアが随分と苦労しているので一緒に練習する事になっているのだ。
「せや、ノタリアはん。魔術素養テストの結果ってどうでした?」
「えっと、魔術が使えない程の結果じゃなかったよ。
確かに適正は平均よりは低いけど……」
「であれば……自覚が無いだけで“先天魔術”を持っていて他の魔術には適正が無い、若しくは限られている、とかですかね…?」
魔術は生まれ持っての才能が大きく左右する事が多い。
なので大半の魔法学校では入学時に其れを測定し魔力量・魔術耐性・魔術適正の三項目をA〜Eの五段階で評価している。これを魔術素養と呼ぶ。
とは言え、あくまで指標に過ぎず数値に出ていない異常も有り得る訳である。其の可能性の一つとして先ず挙げられるのが先天魔術。これこそ才能の代表例なのだが、端的に言えば生まれつき使える術式である。魔術は基本学問なので知らなければ扱えない物だ。なので、生まれつき本能的に知っている独自の術式とも言えるかもしれない。
其れを何時自覚するかは個人差が有る。切っ掛けも人それぞれである為、ノタリアは其の機会が無かったという可能性が有る。
「そんな力が有れば…ヒーローにでもなれるんだろうなぁ。私には縁が無さそうだけど……。」
そう言って苦笑する彼女の努力が実る事を願っている。
「今度はアリスはん達にも声掛けてみましょか。」
「うん。ちょっと申し訳ないけど……」
「ふふふ、喜んで来てくれはると思いますよ。それに、教える方も得るものが有るんですよ。こう言うのは。」
「そうかな。」
そんな会話をしながら今日はもう遅いからと図書館の出口へ向かっていると壁越しに低い男性の声が聞こえてきた。
気になって壁にくっついて耳をすませる。
「えっどうしたの!?」
ノタリアは気が付いていなかったのだろう。私の突然の行動に驚きの声を上げた。しかし、無言で唇に人差し指を当てる動作をすると困惑しつつも静かに待ってくれた。
声の主は召喚術の教師で間違い無いだろうが、如何せん壁越しだ。内容は断片的にしか聞こえなかった。
(……「われ……“しゅ”」「復活」「校長は…ない」「……なら今日」「裏の森」「れがりあ」……
恐らく「我等が主の復活」、「校長は居ない。実行するなら今日。」「裏の森にある“れがりあ”」って感じか?
相手の声は聞こえんかったし電話しとったんやろ。
人間が“主”と言い表すのは大抵神格やろけどろくでもないもん喚ぶ気や無いやろな?
後は…“れがりあ?”やな。聞いた事無いわ。
一体なんの事やら……
もしこの推測が正しいなら放っとく訳にはいかんやろうけど、今日の今日でどう対処したものか……)
考えていると靴音が去って行くのが聞こえた。
壁から離れるとノタリアが囁くような声出問い掛けてきた。
「どうしたの?」
「いえ、何でも…」
無い。と言おうしてある事を思い付いた。
「ノタリアはん、ちょっと頼み事をしても?」
「うん、良いよ。私に出来ることなら。」
「じゃあ……」
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図書室から出てノタリアと分かれると、私はネヴァに電話を掛けた。
「…おう、どうした?後輩。」
「先輩、今暇してます?」
「アタシが暇人だと思うか?」
「少なくとも電話に出られるくらいには。」
「あっそ。で?要件は?」
「裏の森にあると言うれがりあ?とやらが狙われてます。
しかも今日。」
「はァ?ンなトコにンなモンねェよ。」
「なんでそないな事言い切れるんですか。
…まぁ実際に有るかどうかはええんですよ。
御相手さんが動くってだけで。」
「言いたい事は分かった。んじゃあ集合な。」
「ええ。」
電話を終えて向かうのは秘密基地。
彼女はあえて場所を指定しなかったのだろう。其れで伝わる場所は秘密基地しか無い。
迷いなく例の階段まで歩いていると手摺にもたれかかっているネヴァが見えて来た。彼女は此方に気が付くと片手を挙げる。
「よォ。んじゃあ行くか。」
「なんやえらく早う行こうとしてはるけど、事前に準備でもしてはったんですか?」
「まあな。アタシにも色々あんだよ、ツテってモンがな。」
「嗚呼、はい。もう突込みませんよ。」
そんな会話をしながらネヴァに付いて行くが、目的地は秘密基地では無いらしく動く階段を上がって行く。どうやら現場に直行する様だ。私も其れに倣って上がると、階段は昨日と同様に動き出した。
少し待っていると扉一つしか無い部屋へと繋がり、下りると階段は消えてしまった。
森へ出て暫く迷い無く前を歩いていたネヴァが急に振り返って問い掛けてきた。
「そう言やァお前、アタシに連絡して来たって事は少なくとも今回は利害が一致してるって事で良いんだよなァ?」
「ふふっ今更聞きますか?其れ。と言うか、私に利害とか思惑とかは有りませんよ。必要やから連絡したんです。」
「ハハッぜってェ嘘だ。少なくとも目的は有るだろ。」
「秘密が在るのはお互い様でしょう?」
笑顔を貼り付けサラリと流そうとしたがそうはいかなかった。彼女は勘が鋭い。時折こう言った牽制じみた事をする時が有る。まあ、彼女の立場と敵対する事はそうそう無いだろうが、彼処は疑わざるを得ないのだろう。
そうこうしていると、人の足音と息遣いが耳に入った。
其方に視界を遣れば木々の隙間に小さく人影を捉えられた。ネヴァの方はと言えば人影に気が付いていた様でじっとその様子を伺っている。
不意に彼女は小声で問い掛けてきた。
「お前の方はどうする気だ?」
「其方が良ければ斬りますけど。私は排除を頼まれただけですから。」
「え?出来れば連行したいんだが?」
「ほならそれで。」
方針は固まったので、相手に気付かれぬ様音を殺して近付く。慎重に進み、人影がはっきりと召喚術の教諭のものだと視認出来る程に近付いた所で嫌な予感がしてきた。
(教諭として居れる程の人間が何も仕組んでへん方が可笑しいか。)
杖を取り出し、小さく変化魔術を唱え、杖を刀に変化させる。
「どうした。」
その言葉には応えず振り返ると同時に刀を振るい、雷の塊を斬り裂く。
「成程、雷鳥ですか。ええ趣味してはるわ。」