fragment.1:紫電黎明 肆
魔術協会第05支部。
そう書かれた年季を感じる白亜の建物。
其の前に私達はやって来た。
魔術師を引渡し、エントランスで待っていると封筒を持ったネヴァが戻って来た。
「ほい、報酬。仲介料と運送料で2割くらい貰ったけど構わねェよな?」
「えぇ…
まぁええですけど…。」
ぽんっと渡されたのは少し膨らんだ封筒。
結構な額が入っている事が伺える。
「貴方、サバト狩りはあまり稼げないとか何とか言うてませんでした?」
「あぁ?…あー、まぁ普通はこんな出ねェよ。
今回は運が良かったな。なんせあのウォーロックスだったからなァ。」
「へぇ。」
「無名のサバトは2、3万程度だぜ。大物狙うにしても面倒だわ時間掛るわで食ってくには割に合わねェぜ。
それより、お前良かったな。臨時収入だぜ?」
「ですね。之で洋服が買えます。」
丁度困っていたのだ。外行の洋服が無く、購入しようにもお金もあまり無い。そもそも洋服が必要になったのは一昨日の事だった。
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歴史の授業中に習った単語。
――人神戦争。
曰く、歴史を語るに欠かせない戦争なのだと。
曰く、人々が神々から独立し、人の時代を創った戦争なのだと。
そして、切っ掛けは一柱の神が突如人に害を生した事。
もし、其れが本当だとしたら――
「……ちゃん、ミ……ちゃん、ミタマちゃん!」
「……!ノタリアはん、どないしはった?」
随分と反応が遅れてしまったらしい。ノタリアが心配して顔を覗き込んでいた。
「あっ、良かったぁ、反応してくれた。ミタマちゃん体調悪い?」
「へ?…別にそんな事は無いですけど。」
「ほんとに?ミタマちゃん、声掛けても全然反応してくれないし、すごく険しい顔してたんだもん。フレイヤ達とお昼ご飯行こうと思ったんだけど……大丈夫?」
「大丈夫ですよ。行きましょか。」
笑顔で応対していたつもりだが、ノタリアはまだ心配そうにしていた。しかし、それ以上は何も言わずに一緒に食堂へと足を運んだ。
「ノタ!ミタマ!やっほー、こっちこっち!」
食堂へ着くと既にフレイヤとアリスが席をとっていておいてくれたらしい。
「遅かったわね、2人共。どうしたの?」
「それがね、ミタマちゃんが…」
「私がちょっと寝不足でうとうとしていただけですよ。」
「珍しいね。」
「そうね。」
ふあぁと欠伸をして見せると二人は納得してくれた。
「そうだ!ねえ、せっかくだから四人で遊園地に行かない?」
雑談をしながら昼食を食べていると、フレイヤからそんな提案がされた。
「あっもしかしてエリジウムパーク?」
「エリジウムパーク…!」
「有名なとこなんですか?」
「ま、まあね。でも、その前に期末テストで補習にならない様にしないとね?」
「そ、その話は無しだよ〜」
「せやねぇ、フレイヤはん座学苦手や言うてましたもんね。」
そんな話をした放課後、私は先輩達の秘密基地へと訪れていた。
あの後、知ってしまったものは仕方無いどうせなら道連れだ、という事で此処への入り方を教えて貰っていたのだ。
其れは、動く階段の下にある床の、ある模様をノックすると正面の壁に扉が現れると言うものだった。
一体何が有ったらこんな物を発見出来るのか分からないが、まぁあの先輩だからと納得してしまっている。
「先輩、ちょいと相談事が有るんですけどええですか?」
「よぉ後輩。どうした?」
「おや、こんにちは。
君がホブゴブリンに襲われたって噂の後輩の子?」
「…!」
扉から見て奥側のソファーで脚を組むネヴァは何時もの様に片手を上げて応える。
其の前、つまり手前側のソファーにも二人の男子生徒が居た。
一人は茶髪で中肉中背の柔和な雰囲気のダイヤ寮生。
笑顔で問い掛けて来た。
もう一人は比較的小柄でマスクをした不思議な雰囲気のクラブ寮生。
此方を見た瞬間、驚いた様に目を瞬かせた様に見えた。
恐らく、以前ネヴァが言っていた“此奴ら”とは彼等の事も入っていたのだろう。
「どうもこんにちは。其の噂の後輩とやらは私ですね。
一年の神代珠霊です。」
「俺は三年のフェデーレ・カエサル。
君可愛いね。今晩ディナーとか……痛い!」
パシンッといい音が鳴った。
流れる様に口説こうとする彼の頭をネヴァがすかさず叩いたのだ。
「下級生に何やってんだお前。」
『俺はヴィティ・ヒルツネン。よろしくね。』
そんなやり取りを無視して、メモ用紙をずいっと差し出された。
何かしらの事情で話せないのかと察するには十分だった。
一通りフェデーレをシメ終えたらしいネヴァが態とらしく咳払いをした。
「で?相談とやらはどうした。」
「嗚呼、其れが……」
私は相談事の内容を話した。
先程のフレイヤからの誘い自体は問題無い、寧ろ大いに喜ばしい事だった。
しかし、問題は服装だ。
私は私服と呼べる服を持っていない。正確に言えば着物しか持っていないのだ。
着物と言う部分だけ暈して説明するとネヴァは察しが着いたらしく愉快そうに笑った。
「あぁ〜成程なァ?そんでどうしたいンだ?」
「何か貸して頂けません?」
「おおう、斜め上だったわ。買えよ。明らかにサイズ合わねェだろ。」
「そないなお金有りませんよ。」
『ユルに頼んだら?安くていい物見繕ってくれるよ。』
「そうなんですか?頼んでみよかな…。」
妙に納得出来る情報だった。確かに彼なら何か見繕ってくれそうだ。
「話は聞かせてもらったわ!」
突如聞こえた声に振り向くと、そこにはいつの間にかユルリッシュが仁王立ちしていた。
「夏物だけと言わず、オールシーズン揃えましょ!
いいお店、沢山知ってるから任せて!」
「いや、あの……」
「ラフにパーカーやジーンズもいいけど、やっぱり女の子だもの、可愛らしくワンピースなんてどうかしら?」
「えぇと、お金……」
「大丈夫よ!アタシも出すから!ね!!」
「ダ〜メだこりゃ。完全にスイッチ入ってやがる。」
「助けてくださいよ!御三方!」
「何時行く?来週なんてどうかしら?こんなに可愛らしい後輩をコーディネート出来るなんて嬉しいわ〜!!」
「絶対サイズ感だけで言っているでしょう貴方。もう分かりましたから、来週行きましょう、来週!」
凄まじい剣幕で捲し立てる彼に押され、勢いで約束を了承してしまった。
(話の分かる人って第一印象やったけど……こないな一面があるとは…)
どうやら彼はファッションの話となると人が変わるらしい。
問題は一つ解決したが、別の問題が出てきてしまった。
このままでは彼に代金を支払って貰う事になってしまう。後程お返しすれば良いのだろうがトラブルの元だ。
さて、如何したものか。
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と、そんな訳でお金に困っていたので、思わぬ臨時収入が入ったのは嬉しい事だった。
ほくほくとしているところにネヴァが悪どい笑みを浮かべて話しかけてくる。
「そうだ。彼奴、負け惜しみなのか減刑狙いの取引の算段なのか知らねェけど面白い事言ってやがったぜ?」
「へぇ、何と?」
「スパイの存在を認めた。
具体的に言えば各魔法学校に一人はスパイが居るんだとよ。まぁ真に受けるもんじゃねェけど。」
「へぇ……“各魔法学校”ですか。其れは若しや国外も?」
「そう言ってたな。うちに居んのは確定だが…
魔法学校は協会が各国に一校は必ず建てる様にしてんだ。
流石の奴等も無理が有るだろ。
だから真に受けるもんじゃねェって。」
そう嘲笑う彼女は瞬きをせず此方を見ていた。
一見、敵を見縊り嘲っている様な事を言っているが執拗に“真に受ける事じゃねェ”と繰り返し主張し、じっと此方を見て話している様子は……
(嘘を吐いている…?)
そうだとすれば恐く彼女は本心からWarlocksを侮っている訳では無いのだろう。私を安心させる為に言い聞かせる、若しくは私に侮っているかの様に思わせる事を目的とした嘘。
其の訳までは分からないが、何にせよネヴァの立場ははっきりした。だからこの場では
「せやねぇ。」
と適当な相槌だけ打っておいた。