fragment.1:紫電黎明 参
「はて……どないしよか…。」
放課後、私は一つの扉の前で悩んでいた。
現状、進める場所はこの扉しか無いのだから選択肢も何も無いのだが。
(……嫌な予感しかせんわぁ。)
如何してこんな事になっているかと言えば、ひとりでに動く階段に誤って乗ってしまった結果である。拙いと思った時には遅く、階段は動いてしまっていて辿り着いたのが此処だ。いつの間にか此処迄運んで来た階段は消えており、完全に閉じ込められてしまったのだ。
(一体何の為の罠なのやら…こないな罠が校内に有るなん思わへんやろ。)
苦々しく顔を歪めつつ、見回すが矢張り扉しか無い。
窓も無ければ学内の至る所にある装飾も無い。まるで別の建物の様だと感じる程に質素で、この扉の為に有る様な暗く狭い空間だ。
はぁ、と一呼吸して扉に手をかける。
すると、扉に魔法陣が浮かび上がり眩い光を放つ。
視界が光に包まれ、其れが収まると景色は一変していた。
目に映るのは青々とした木々が群生する深い森。
葉の隙間から見える空は既に夕暮れに染まっていて、間も無く宵が訪れる事を表していた。
「……チッ…。」
思わず舌打ちが漏れる。
誰も居なくて良かった。きっと自分は今、盛大に顔を歪めていただろうから。
夜の森は良くない。この季節だと冷えて体力が奪われる事は無いがどんな魔物が襲って来るか分からない。
それに……
ギュッと拳を握り締める。
大抵の魔物は如何とでもなる。
野宿の経験も有る。
……でも。
此処が何処なのか分からない。
来た道は無いも同然で戻る事は出来ない。
救助は、と考えた所で思い出した。あの時と違って誰かへ連絡が出来るのだと。
早速学校の職員室へと繋がる番号を入力してみる。
――呼び出し中
――呼び出し中
――呼び出し中
…
……
…………
――ERROR
駄目だ。
誰も出ないとは。
救助も望めないらしい。
自分一人で何とかしなければならないのか。
否、寧ろ一人で良かったのでは無いか?
一人なら誰かに庇われる事も、殺される事も無いのだから。
……嗚呼、本当に良くない。
夜の森には嫌な思い出しか無いからか、思考が悪い方へと進みがちになる。
兎も角、完全に日が落ちる前に人里へ降りなくては。
かと言って闇雲に彷徨っても体力を消耗するだけ。
先ずはある程度状況を把握する為にも周りを見渡さなければならない。
目測で一番高そうな木に登る事にした。
するすると木を登り、辺りを見回してみる。
森は広いが、その向こうに見覚えのある城が目に入った。
レヴェリースート魔法学校だ。
つまり、此処はレヴェリースート魔法学校の裏の森。
ホブゴブリンに襲われた際、誘導しようとしていた場所だ。あの後知った事だが、どうやら生徒は原則立入禁止だったらしい。理由としては数十年前から危険な魔物がよく現れる様になったからだとか。
多少危険な場所ではあるものの、現在地も目的地も分かった。ならば問題無いだろう。
日が落ちる前に学校へと戻る為に歩き出した。
なるべく気配を消して学校へと真っ直ぐ進んでいると、僅かながら声が聞こえた。
――……け、て…
声、と言うのは正確ではなかった。
正しく言えば、之は思念だ。
――…す、けて…
か細く、今にも消えてしまいそうな声が、助けを呼んでいる。しかし今は面倒事は避けたい。
――た、すけて…!
…面倒事は、
――誰か…!
……面倒、事、は…
――助けて!
「嗚呼!もう…誰なんですか!?」
必死に訴え続ける声に耐えかねて問いただす。
すると突然、一陣の風が吹き抜けた。
風上を振り向けば、そこには一頭の一角獣が横たわって居た。
腹部から多量の血を流し、角は削り取られている。
何者かに角目当てで襲撃された事は明白だった。
「おやまぁ、酷い事をする人も居たものですねぇ。」
眉を顰めて呟いた。
――助け…て……
「はぁ……ええですよ。」
そう言い、私は一角獣に近くと一枚の人形の紙を取り出した。之は私の国で形代と呼ばれる呪具だ。
穢れや呪い、病気、怪我などの厄を代わりに引き受けてくれる陰陽術の一つだ。
魔術協会では主流では無く、大っぴらに使うとお上さんに目をつけられるらしい。と言うか、どうやら私が扱う術の類は大抵目をつけられる様な代物だとか。
(とは言え、いざと言う時の為に作っておいて正解やったなぁ。まぁ、使う相手は想定外やけど。)
本来は人型のモノに対する類感呪術の応用から生まれた術だが、術式として定着している現在では関係無い。
効果を上げる為に一角獣から流れ出る血液を形代に塗り、唱える。
「形代よ。引き受けよ。」
其の瞬間。
一角獣の傷は治り、代わりに形代の腹部が裂けた。
上手くいった様だ。
一角獣は立ち上がり頬を擦り付けて来た。
「何や何や。あんたはん狙われとるんですよ?早うどっか行きや。」
――ありがとう。優しき魔術師の卵よ。
「どう致しまして。ほな行きや。」
――あぁ、さらばだ。君に幸運が在らん事を。
そう言って駆けて行った。あの様子なら問題無いだろう。
少し寄り道に成ってしまったが、再び校舎に向かって歩き出した。
沈みかけていた日が更に落ち、赤い空に暗い青が混ざっていた。もう時期宵が来る。
そう認識すると、途端に焦りが滲み出す。
あれから一時間程は歩いただろうか。休みながらではあったが、そろそろ校舎の外壁が見えても良い頃だろう。
不意に首を傾けると、目の端を毒々しい緑の光が通り過ぎた。
「はぁ…何もして来な見逃そう思ってたんに。」
数十分前から後をつけられていたのは分かっていた事だ。
態と気が付かないフリをして居たが、向こうから仕掛けて来るのなら仕方無い。
すかさず飛んで来る二発目。
其れも振り返らず最小限の動きで躱す。
先程とは打って変わって白い光弾だった。
「そないな攻撃、どんだけ撃っても当たりまへんで?」
少し煽ってみるとどうやら効いたらしい。
相手は声を荒らげて怒鳴り出した。
「クソッッッ!!ユニコーンをどこへやった!!!
言え!どこだ!!!」
矢張り一角獣を襲った犯人だった。
如何してこんなにも面倒事が重なるのか、と呆れつつ振り返る。全身を何かの紋章があしらわれたローブで覆う魔術師を見据え忠告する。
「私、早う森から出たいんやわぁ。せやから……
手加減出来ひんけど、堪忍な?」
「ヒッ…」
其の瞬間、魔術師は蛇に睨まれた蛙の様に怯え、乱暴に杖を振り始めた。
飛んで来る光弾は明らかに狙いが定まって居ない。
其れを避けながら魔術師に迫る。
「うわああああ!!来るなぁ!!」
(最初のは多分呪いの類やろうけど、もう使われへんのやねぇ。
今使うてるのは基礎魔術言いはった?
殆ど術式組んでへん簡単なやつ。
乱雑過ぎて当たってもええくらいやわぁ。
確かにちょっと語気は強めたけど……そないに怯えられると傷付くわぁ。)
そう思いつつ、重心を一気に前に傾け肉迫する。
唖然とする魔術師の足を掛け、杖を持つ腕捻り上げて取り押さえる。之で身動きは取れないだろう。
魔術師が絶望の表情で懇願して来た。
「やめろ!殺さないでくれ!!」
「そないに怯えんでも良ろしおす。
取うて喰ろう訳でもあらへんのやし、大人しゅうしときや?」
そう言っても尚藻掻く魔術師。
(どないしよかねぇ……
こんだけ喚く元気あるし、解放しても面倒やさかい気絶させたったらええかねぇ?)
決め倦ねていると、突然別の気配を感じた。
ハッとして其の方向に顔を向けると、其処にはネヴァが佇んでいた。
(見られた…?)
顔が引き攣るのを感じた。
「よぉ、後輩。やってんねぇ。」
「え、えぇ…と、どうも。」
彼女は相変わらず悪どい笑を湛えている。
そして何を考えているのか分からないからあまり敵に回したくないのだが…
「なぁにしてんだ?」
「この人が突然襲って来たんです。
正当防衛ですよ。」
「ほ〜〜ん?」
と適当に相槌をうち彼女は魔術師に目を停めた。
ほんほんと意味の無い相槌をうちながらじっと魔術師を、特に其のローブを見つめている彼女に、恐る恐る声を掛ける。
「……あの、ネヴァ先輩?」
「…ほ〜ん…………うん、お手柄だな。後輩。」
と彼女は嗤った。
「はい?」
「此奴アレだ、ウォーロックスだ。
前に話してやったろ?」
「サバトの一大勢力ですね?」
「そう、ソレだ。ローブの紋章が奴等のシンボルだからな。間違いねェ。」
「…で、どないしはるんです。」
「そりゃァ、協会の支部に持ってくに決まってんだろ。
謝礼金貰えんぜ?」
「そうなんですか?」
「おう、行くぞ〜。」
と軽いノリで彼女は転移門を使い門を作った。其の先を覗くと道路と街灯が目に入った。街中に繋がっているらしい。
「流石に支部に直接繋ぐのはマズイからな。ソレ、しっかり持って来いよ。」
「はぁ。」
気の抜けた返事しか出来なかった。
ローブの魔術師は何時の間にか抵抗を諦めていた様だ。
若しくは殺される事は無いと悟ったか。
好都合なので何方でも構わない。
とは言え、逃げられると困るので確りと腕は握っておく。魔術師の腕を引くようにして門を潜り、魔術協会の支部へと向かった。




