fragment.2:Forget-me-not Ⅻ
リーゼロッテPM.12:25
啖呵を切った直後、教祖が指示したのか信者達が迫って来る。それを基礎魔術で退けると今度はルシアが魔法陣を展開する。
「…矢張りか。」
隣の彼が呟いた。私達と合流する前に強襲された相手だという事だろう。改めて気を引き締めて相手を見据える。
彼女がニンマリと笑い、杖を振り翳すと流星が降り注ぐ。
眼前に迫るそれらを着弾の寸前、最小限の擁壁魔術で弾き続ける。魔眼をフル活用してこの場で使われる全ての魔術を検知する。
派手な魔術を目眩ましにして間を縫う様に信者達が基礎魔術を打ち込んで来るがそれも視えている。
「へぇ、やるね~♪さっきまであんなに弱気だったのに。…それとも、演技だったのかな?」
「さあ、どうでしょう。」
あまり会話にリソースを割きたくはない。攻撃を捌くのに必死だから。相手も同じ数の攻撃魔術を操っているというのに余裕を崩さないのはそれだけ熟練した魔術師だからなのだろう。だがそれでも、防御に徹すれば時間は稼げる。
接近しようとする者が居れば基礎魔術で退け、攻撃魔術は擁壁魔術で弾く。そんな攻防を続けてどれだけ経ったのだろう。
限界を感じ始めた時、何処かから美しい歌声が聞こえて来た。
途端に信者達は眠るように気を失い、ルシアはハッと振り返った。
「あ~あ、キミが先に来ちゃうのか~。」
大げさに落胆した声で言う彼女の視線の先には喪服の様な黒い服の少女が立っていた。
「やあやあ、ルシア。今回は引いてくれないかな?ほら、何時までも泥船に乗ってたってなんにも得は無いでしょ?」
態となのかそうでないのか挑発的に笑う。何処の誰なのか分からないがどうやら教団やルシアとは対立しているらしい。そんな彼女は此方の存在に気が付いたようで手を振って来た。
「ちょっと聞いてた話と違うけど…まあ、一般市民の保護を最優先にして欲しいってリクエスト受けちゃったからね。あの子達には危害が加わらない様にしないとなんだよ。」
「それなら結構手遅れだよ♪後、キミ一人で勝てる気でいるの?」
「それはほら、私一人しかいない間に逃げておいた方が良いんじゃない?って話だよ。大分やり手っぽい子達が向かってるからさ。知り合いのよしみで警告してあげようかと思ってね。」
二人はお道化た調子でバチバチと火花を散らしていたが、逡巡した後。
「……そうだね~。教団も思ったより情けなくて面白くなかったし。今回はもう引いておこうかな?ひひっ!」
ルシアが折れた。彼女はそう笑って背を向けて去って行った。それを見送った黒い服の少女は此方へ歩み寄って来た。
「助けて頂きありがとうございます。」
私が頭を下げると彼女は
「気にしなくて良いよ~。友人に頼まれただけだから。さあ、付いて来てくれる?安全な場所を知ってるから。」
と手を差し伸べて笑った。警戒は解けないがその手を取って立ち上がりマユキに声を掛ける。
「動けますか?」
「…うむ、大分ましになった。誠に忝い。」
彼はそう言ってふらつきながら立ち上がった。肩を貸そうと手を差し出したが首を横に振られてしまった。此方が血に触れてしまう可能性を気にしての事だろう。心配ではあるが頷いて手を下ろした。
「嗚呼、ちょっと待ってね。休んでて良いから。依頼主に連絡しないと。」
そう言って彼女は何処かに連絡し始めた。
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珠霊PM.12:32
ノタリアから聞いた足取りと、リーゼロッテからの住宅地付近と言う情報から推測した空き地に向かうと、其処には大勢の眠った人々と電話をしている黒い服の少女、そしてその傍にリーゼロッテと眞詩が居た。彼等に声を掛けようとした時、隣から凍てつく冷気を感じた。それもその筈、遠目に見ても疲弊し怪我もしている様子だから。
「…リーゼに何をした?」
落ち着けと声を掛けようとしたが遅かった。彼は既に黒い服の少女に冰の刃を突き付けていた。
「あら~?結構野蛮なお迎えが来たみたいだね?私はなんにもしてないんだけど…」
「お、お兄様!?彼女は助けて下さっただけで…というかどうして此処に?」
飄々と言葉を返す少女。反対に驚愕に目を見開くリーゼロッテ。これでは収集がつかないと思い、間に入る。
「葬冰はんは一旦落ち着いて。リーゼロッテはん、眞詩、迎えに来ました。言いたい事は色々有るやろけど、先ずは安全な所に行きましょか。…で、あんたはんは?」
「話が通じそうな子が居て助かったよ~。私はメイビス。普段は葬儀屋をやってるんだけど、今は一般人を保護して欲しいって警察隊から依頼されてて此処に来てるんだ。…あっ、丁度いいから依頼主と話してよ。」
依然として刃を突き付けられているにも関わらずお道化た様子の彼女はそう言って携帯をスピーカーモードにして差し出した。そして、そこから聞こえた声に私は少し驚いた。
『もしもし?サーム?』
「…先輩?あんたはんの依頼先ってこの方なんです?」
『お前合流してたのかよ!?そうだよ。…あー、じゃあなんだ。アタシが行って回収した方が早いやつだな。』
「せやね。」
と短く会話し携帯をメイビスに返すと葬冰も矛を収めた。彼もネヴァの事は覚えていたからだろう。一応丸く収まったところで先程から反応を見せない眞詩に歩み寄り様子を伺う。思わず眉を顰めた。顔色は真っ青で左腕からは出血している。極めつけに此方を認識しているのか怪しい反応の鈍さだ。
「眞詩、眞詩。私が分かりますか?」
「………珠霊殿…?」
大分限界らしい。肩を叩いて声を掛けてようやく私の存在に気が付いたようで、目を瞬かせた。
「随分と無茶をしたみたいやね?」
「…あの時に比べれば、このくらいどうってこと無いでごさるよ。」
問い掛けに対して無理に笑う彼に呆れて溜息が出る。
「“あの時”を国を出た時と言っているのなら基準がおかしいですよ。…全く貴方は…」
「おいそこ二人、さっさと来い。」
いつの間にか来ていたネヴァから声が掛かった。其方を見れば一人の男を縄で拘束しているネヴァと、葬冰に支えられながらゲートに入って行くリーゼロッテの姿が有った。眞詩に肩を貸そうと手を差し伸べると、彼はほんの僅かに肩を震わせた後、手を取った。
(成程。そもそもなんでこの子がこんな連中に捕まるようなヘマしたんか疑問やったけど…そういう事ね。)
「忝い。」
「ええんよ。」
彼を支えながらゲートを覗くと其処は喫茶Masqueradeに繋がっていた。中に入るとノタリア達がソファーを空けて心配そうに此方を見ていた。通して貰って眞詩をソファーに寝かせると彼は力なく目を閉じた。
「腕診せてもらうで。心配せんでも其の血は私には効かへんから。」
と言い聞かせながら左腕の袖を捲ると適当に巻かれた真っ赤な包帯が露わになった。
「…包帯とか有りません?」
応急手当をしようにも物が無い事に気が付いて呼び掛けた。無ければ無いで如何にかするしかないが…
「はいよ。使いな。」
とマスターがカウンターの中から一つの箱を取り出して来た。それを開けると包帯やガーゼ、絆創膏から薬品類まで揃っていた。有難く受け取り、包帯を巻き直すフリをしながら形代に傷を移し、袖を戻した。元々、医者が手配出来ない緊急時や彼の様な治療を受けられない人の為に習得した術式ではあるものの、目立たない為には隠れ蓑が欲しかったのだ。あと心配なのは貧血だろうか。休めば回復するだろうが念の為足が心臓より高い位置になるよう肘掛に乗せる形にしておく。ふう、と息を吐き振り返り他に怪我人はいるか見回せば、ノタリアやリヒトは大した怪我はしていない様でリーゼロッテも既に葬冰に手当されていたから問題無いだろう。
「さて、教団の儀式場を知っている方は?教祖と祭壇を如何にか出来れば手っ取り早いんですが…」
「教祖はさっき縛り上げて牢に直行させたぞ。ついでにあそこに寝てた奴等も。」
「儀式場は分かるよ。」
問い掛ければネヴァとノタリアが答えてくれた。
「ほなら場所だけ教えて下さい。祭壇潰してまえば今年はもう手出し出来ひんようなるんで、後はゆっくり残党捕まえればええでしょ。」
「え、の、乗り込むの?」
「大丈夫ですよ。教団は今頃貴女達を探しとるんでほぼ無人のとこに忍び込むだけやし、なんならネヴァはんが送ってくれればリスクはもっと低くなりますんで。ね?」
戸惑うノタリアを言いくるめ、儀式場を教えてもらう。“ほぼ無人”は言い過ぎだが人員が減っている事は事実。戦闘になる事は予想されるものの同時に危険性は低い事も予想できた。相手を侮るわけではないが、手に負えない程でもないから。
「じゃ、行ってきます。」




