fragment.2:Forget-me-not Ⅺ
リーゼロッテAM.11:35
追手の前に姿を現し、ノタリア達に逃げ道を作る為に喧騒から遠ざかる様に奥へ奥へと走る。
私は足が速い方とは言えないから自然とマユキに手を引かれる形になった。お陰で着かず離れずの距離で彼等を誘導する事に成功していた。しかし、妙な事に彼等はリヒトを探す様子を見せず真っ先に私達を追って来た。
(これではまるで…私かマユキ様でも儀式が成り立つようではありませんか。ノタリア様の情報が正しいのならそんなことは無い筈…しかし……
果たして“夢”での時間軸でマユキ様は攫われていたのでしょうか?もし、彼等に生贄となり得る人物を見分ける手段が有るとしたら?)
冷や汗が流れる。もしそうであれば非常に不味い状況なのではないか、と。そう思考を飛ばしたせいか足が縺れた。
「あっ…!」
不味い、と思った時には体は傾いていた。その時、繋いでいた手がぐっと引かれ抱き留められた。
「大丈夫でござるか?」
「すみません。大丈夫ですわ。でも…」
追い付かれた。魔術を使えば攻撃出来る距離だ。それを分かってか、彼等は一斉に基礎魔術を放つ。
咄嗟に擁壁魔術を唱えて二人が入れる大きさの半透明のシールドをドーム状に展開する。しかし、敵の方が数は圧倒的。これで耐え忍ぶ事は難しいだろう。
「本当に申し訳ございません!」
「否、元より応戦の必要は有った。少し早まっただけでござるよ。」
そう言って彼は左手首の包帯を取った。応戦する心算らしいが彼の戦い方は身を犠牲にしているも同然だ。持久戦となる今の状況では成るべく避けたい事だったのだが、仕方がない。こうなったのは私のせいなのだから。
「防御は任せて下さいまし。ある程度威嚇して怯ませれば逃げる隙が生まれる筈ですわ。」
「承知。」
塞がっていない傷口から流れ出る血を操り敵に向ける様子は痛々しく見えた。本人は涼しい顔をしているがまるで傷口を抉っている様に見えるのだ。
そんな彼の血はシールドを避け、人の間を縫う様に縦横無尽に飛び回り当たった者達は頽れた。それを見た他の教団員達が騒めく。動揺が広がり、怯えから攻撃を強める者と腰を抜かして何も出来なくなる者で二分し始める。無理もない。触れただけで人の自由を奪う呪詛が追尾してくるなど恐怖でしか無いのだから。
(これ程とは…正直、敵に回したくないですわね。)
明らかに攻撃の勢いは衰えた。逃げるなら今だろう。無理に逃げ場の無い一本道で戦い続ける意味も無い。
「マユキ様!」
「うむ。」
名前を呼べば意図が伝わったのだろう。彼は踵を返し走り出した。私もそれに続く。射程ギリギリまで擁壁魔術を残し、後ろからの攻撃を防いだ。
少し走って住宅地から外れた草木が茂る空き地へ逃げ込み、茂みに身を隠した。
息を殺して隠れていると追手が探しにやって来た。暫く捜索が続き、もう諦めてくれないかと思えてきた時だった。
ただならぬ気配が漂う男女が現れた。黒地に金糸の豪華な装飾が施されたローブの男と、夜空の様なミニドレスの少女。
「あれ~?まだ捕まえてないのかな?」
「其の様ですね。」
そんな会話が聞こえたのだろう。教団の人達は其方を振り返り、ローブの男に向かって首を垂れた。そしてその内の一人が報告をする。
「申し訳ございません、教祖様。此処では見当たらず…」
その言葉に安堵したが次の少女の言葉で戦慄した。
「へえ~随分目が節穴な子が多いんだね?教祖様♪」
不味い。ニコニコと笑う彼女は確実に此方を見ている。そして、手に持った天球儀を模った杖を向けて来た。
展開される魔法陣。
騒めく周囲の信者達。
スローモーションになる視界が何かに遮られる。
…マユキだ。彼が咄嗟に動けない私を庇う為に茂みから飛び出したのだ。しかし、この目には見えていた。
(違う、これはただの攻撃呪文では無い!)
頭では分かっても体は動かず、発動まで間に合わなかった。刹那_
___________!
耳をつんざく様な轟音が響き渡った。あまりの音に眩暈を覚え、鼓膜に異常をきたしたのか酷い耳鳴りがする。
それは信者達も同じだったのだろう。彼等も耳を押さえて悶えていた。しかし、教祖と少女は違った。
立つ事も儘ならないマユキに追い打ちを掛けようと此方に接近して来る。
(隠れてちゃダメですわ。このままでは彼が捕まってしまう。)
そう自分に言い聞かせて茂みから飛び出して彼の前に立った。
「うわ~凄~い!とっても勇敢だね♪」
「ここまで大事にして、子供を犠牲にしてまでやる程、その儀式には価値が有るんですの?」
少女はただの賑やかしに思えたので無視。教祖の方に揺さぶりを掛ける。普通なら良心の呵責が有るだろう。何せ相手にしているのはこんな子供なのだから。だが、そんなに甘いものでは無かった。
「価値、だと?有る、大いに有るでしょう!寧ろ無価値なお前達の命をあの方に捧げられるのです。そして我が祖先の栄華が、黄金の楽園が蘇るのです!さあ、祈りなさい。讃えなさい。黄金の淵…金色の騎士を!さあ!さあ!!」
両手を掲げ捲し立てる彼の目は血走り私欲に塗れ、信仰に狂っていた。
周囲の信者達もユラユラと立ち上がり口々に“楽園よ”と讃えだす。今まで逃げる事に必死でよく見ていなかったが信者達の目は洗脳でもされている様に何処か虚ろで不気味なものだった。その光景に思わず声が漏れる。
「…狂ってますわ……」
「でっしょ~?も~キミが余計な事言っちゃうから変なスイッチ入っちゃったんだよ?」
いつの間にこんなに近付かれていたのだろうか。その声は間近から聞こえた。驚いて飛退こうとしたが遅かった。
「きゃあっ!………ぅぐっ…」
殆どゼロ距離から放たれた基礎魔術は当然避けられず、擁壁魔術も間に合わなかった。何の防御も出来なかった体は容易く飛ばされ、木に打ち付けられた。
痛い。今まで感じた事が無い程の痛みで気を失いかける。霞む視界の端でマユキが教祖に取り押さえられている姿が見えた。彼には先程の轟音は人の数倍は響いたのだろう。きっと抵抗出来る状態ではない。
(…ここで私が気を失うわけにはいきませんわ。)
そう思って立ち上がろうとした時。
プルルル プルルル
やけに鮮明に聞こえたそれは携帯の着信音だった。何時でも取り出しやすいように上着のポケットに忍ばせていた物。
「お仲間からかな?出てもいいよ。ただし…」
少女は笑みを深める。
「こっちにも聞こえる様にね?」
此方は碌に動けず、杖を突き付けられている状況、従うしかなかった。履歴にも無い相手からの電話。一か八かで通話ボタンを押し、スピーカーモードに切り替えた。
「は、はい。」
『リーゼロッテはん?珠霊です。今、何処に居ますか?』
(…!まさか彼女から連絡が来るとは。私に連絡出来るという事はノタリア様と合流出来たのでしょう。)
彼女の無事に安堵するも、それを悟られる訳にはいかない。
「えっと、住宅地の近くなのは、分かるのですが…っ!」
素直に答えると少女が杖を押し当てて来る。助けに来ないように言えという事だろう。
「私達は大丈夫ですわ。」
『分かりました。其方に向かいます。その前に一点だけ。』
「いえ、来られなくて結構ですわ。」
今度はきっぱりと断る。意図は伝わっているだろうか。
『さいですか。ほなら此方もやる事が有るんで其方を優先します。ただこの一件、彼が捕まってもアウトです。本人も自覚があらへんかも知らんので伝えて下さい。』
平然とした声色に本気でそう言っているのかとひやひやしたがきっとそうではない。此方がパニックにならない様、言葉を選んで助言をくれていた彼女が事の重大性を把握していない筈が無い。付け加えられた忠告が事実ならなおの事。
「分かりましたわ。」
『では、くれぐれも捕まらぬよう気を付けて下さい。御武運を。』
「はい。」
切るフリをしてポケットに仕舞い込んだ。少女は満足そうに嗤う。
「うんうん、良い子だね♪あ!そういえば未だ挨拶してなかったね。あちきは【愚者の庭】所属のルシア=ステア・ドラクレシュティ。キミは?」
「…リーゼロッテ・ツー=ファウストですわ。」
「リーゼロッテちゃんね。キミの事は捕まえない方が面白い事になりそうだから、このまま何もしないなら置いて行ってあげるよ♪」
愉悦に浸りながらそう言うルシア。
「そうですか。それは有難いですわね。ですが…」
自分でも驚く程冷静に思ってもいない事を言った。
杖と突き付けられている自分、取り押さえられ抵抗できないマユキ。この状況では言いなりになるしかない。
…が、それは何の仕掛けも無ければの話だ。そもそも先んじてこの場所に潜伏していたのに何一つ対策をしていない方がおかしいだろう。此方とて最悪の事態は想定しているのだ。茂みに隠して仕組んでいた術式を起動すると同時に擁壁魔術で身を守る。
「彼を連れていかれてしまうと困りますの!」
茂みから放たれた光線は教祖に命中し、マユキから引き離す事に成功する。
私は全身に走る痛みを無視して彼に駆け寄り擁壁魔術の形態を変える。魔眼とリンクさせて検知した魔術に対して最小限の大きさで対応するように。
辛そうに立ち上がろうとするマユキの肩を抑えて言う。
「お任せ下さい。全て防いで見せますわ。何せ、此処で粘れば私達の勝ちですので。」
ここからは本気の持久戦だ。




