fragment.2:Forget-me-not Ⅹ
ノタリアAM.11:45
リーゼロッテとマユキが囮として出て行き、此方は透明になって息をひそめてどれだけ経っただろうか。
足音は遠ざかって行き、聞こえる範囲では物音一つしない静寂が訪れた頃。消音モードにしていた携帯が震えた。何事だろうと思い開けば一件のメッセージ。
ミタマからだった。内容は「警察隊がちょっとしたトラブルで保護出来なくなったそうです。代わりに“喫茶Masquerade”という場所で保護してくれるそうなので其処へ行って下さい。場所は商業エリアの北東、噴水から近い所です。」とのこと。
本当に頼りになる友人だな、と思いつつ「有難う。行ってみるよ。」と返信。
そして周りをよく確認してから小さな声でリヒトに声を掛けた。
「移動するよ。友達が行く宛を教えてくれたから。」
「オッケー。」
透明のままでは逸れてしまう為、付与術を解いて歩き出した。メッセージに有った場所は此処から行くには大通りを二つ越えた先だ。幸い囮の二人が追手を逆方向に誘導してくれたお陰で遠回りせずに済みそうだ。
(…二人共、無事だといいけど……)
周囲を警戒しつつ慎重に路地を抜け、人々が行き交う住宅地と商業エリアの間の大通りの喧騒に身を投じる。
目立たないように人込みに紛れて“喫茶Masquerade”を目指していると後ろから声が掛けられて振り向いた。
「やあ、リヒト。こんな所に居たんだね。心配したんだよ。」
ヒラヒラと手を振る白金の髪の少年にリヒトは目を見開いた。
「…!な、なんでアンタが此処に!?」
「なんでって、君を探しに来たんだよ。目を覚ましたらアニエスが泣いていてね。君が帰って来ないから探して、と。」
「だからってこの時期にアンタが出て来ちゃダメっしょ!弟子の誰かに任せるとかなんかあったでしょ!」
「其れを君が言うのかい?僕は君に人攫いが横行しているから気を付けるように、研究試料を採りに行くなら誰かを連れて行くようにと言った筈なんだけれど…ねぇ?」
「……すみませんでした…」
無機質に思える程表情や声色が淡々としていたが、最後の問い掛けには僅かに怒気が感じらた。リヒトはそれを感じたのかすかさず謝った。此処までの二人のやり取りから親しい仲である事は感じ取れた。しかし、談笑を楽しんでいられる状況ではない為、私は口を挟んだ。
「あの、何方様ですか?」
「嗚呼ごめん。この人はシナバー、俺の師匠?兄?みたいな人。一応、偽物って事は無いと思う。妹の名前出てきてるし…」
と答えて、はっと何かに気が付いた様子を見せた後リヒトは苦々しい顔で言う。
「ってちょい待って。これもしかしたら超面倒い事になったかも。」
「…?」
「え?」
「えーっと…俺に当てはまる条件って大体シナバーにも当てはまる気がするんだよね。」
「まあそうだろうけど…」
「これはシナバーに判断して欲しいんだけど、黄金の淵教団の召喚術式って分かる?」
そう聞かれて少し思案した後答えた。
「黄金の淵…成程ね。確かに僕が来たのは良くなかったかもしれない。」
「デスヨネー。」
何の事かはよく分からないが何時までも此処で立ち話をしているわけにはいかない。
「えっと、私にはよく分からないけど移動しない?この近くの筈だから。」
「そうだね。」
「…僕も付いて行って良いかい?聞きたい事が山積みなんだ。」
「勿論です。付いて来て下さい。」
そう言って私は振り返った先に見える噴水を目指して歩き出す。
そして拍子抜けする程順調に噴水のある広場まで来られた。そこから見える商業エリアを東西に隔てる大通りを越えた先の道まで行けば、遠くにミタマの後ろ姿が見えた。
「ミタマちゃん!」
呼び掛け、駆け寄れば彼女はハッと此方を振り向いて駆け寄って来た。
「ノタリアはん、御無事そうで何よりです。連絡した場所は其処です。」
と彼女はアンティーク調の二階建てのお店を指示した。
「…と、リーゼロッテはんはどうされました?女の子がもう一人いませんでしたっけ。」
「そう、リーゼちゃんともう一人マユキくんって言う男の子が居たんだけど…囮になって私達を逃がしてくれたの。ミタマちゃん、その…お願いがあるんだけど良いかな?」
「ええよ。」
「えっと、二人を探してくれない?」
「分かりました。二人の特徴と何処で別れたか、あと連絡先を教えて下さい。」
驚く程すんなり、淡々とお願いが受け入れられて申し出た此方が戸惑ってしまう。まるで初めからその心算だったようだ。聞かれた通りに二人の容姿とリーゼロッテの連絡先、住宅地で別れた事を言うと彼女は一瞬険しい顔をした後、背後を振り向いた。
「脅しの心算ですか?んな事せんでも聞いての通り、恐らく貴方の目的と同じですよ。葬冰はん。」
「そうみたいだね。ちょっと行方不明の妹の名前が聞こえたからさ。俺が其処に居るのに“駅前の広場に居る”だなんて嘘を吐いて何をしているのかと心配してたんだけど…結構危ない事をしてるみたいだね。」
(びっくりした…全然気付かなかった。)
ライフと呼ばれた路地から現れた青年はミタマの知り合いらしい。そんな彼の事を左程気に留めずに彼女は私に向き直った。
「ほんじゃ、ノタリアはんはそのお二人とお店で待っとって下さい。」
「うん、じゃあまたね。」
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珠霊PM.12:20
ノタリア達を店先まで見送った後、住宅地を目指して歩き出した。
しかし、ノタリアから出て来たマユキと言う名前には驚いた。念の為特徴を聞いたがあの子の事だと確信し、同時に焦りが生じる。
何せ、成功しないだろうと高を括っていた教団の儀式に成功の兆しが見えてしまったのだから。
無意識に速足で歩いていた所を葬冰に呼び止められた。
「リーゼの行先に目星はつくのかい?」
「方角くらいなら。一緒に行きます?」
「おや、良いのかい?」
「少なくとも今は敵ではないので。」
「じゃあ遠慮なく。」
目的が同じなら無理に敵対する必要は無いという事は共通認識だったらしい。以前遊園地で会った時もそうだったが、彼はどうやら仕事とプライベートは切り離しているタイプの様だ。
「ほなら私からリーゼロッテはんに掛けてみますよ。どうやらアンタはんには心配掛けへん様に立ち回りたいみたいなので。」
「そうだね。頼むよ。」
囮役として逃げ回っていると言うのなら此方から連絡しても問題無いだろう。其れに、聞いた話では彼処には彼が居る。何か有ってもある程度は自衛出来る筈だ。そう思ってノタリアから聞いた電話番号に掛ける。
――呼び出し中
――呼び出し中
――呼び出し中
『は、はい。』
「リーゼロッテはん?珠霊です。今、何処に居ますか?」
『えっと、住宅地の近くなのは、分かるのですが…っ!私達は大丈夫ですわ。』
違和感を覚えた。ノイズが多く、彼女の声は異様に緊張していて何処か怯えている様にも聞こえるのだ。よくよく聞いてみればノイズは木々の騒めきだと気が付く。つまり周囲の物音が混じっていると言う事になる。
(スピーカーモード?態々そないな事して何の意図が…否、若しかしたらこれは早く助けに行かなあかんのでは?)
「分かりました。其方に向かいます。その前に一点だけ。」
『いえ、来られなくて結構ですわ。』
きっぱりと断られる。そんな筈は無いだろうに。
(やっぱそういう事か。)
「さいですか。ほなら此方もやる事が有るんで其方を優先します。ただこの一件、彼が捕まってもアウトです。本人も自覚があらへんかも知らんので伝えて下さい。」
『分かりましたわ。』
「では、くれぐれも捕まらぬよう気を付けて下さい。御武運を。」
『はい。』
電話は切らず、此方の音が入らぬようミュートにして葬冰に声を掛けて走り出した。




