fragment.2:Forget-me-not Ⅸ
珠霊AM.12:02
フレイヤの手を引き大通りを通って“魔道具屋Tradescantia”の前までやって来た。二階部分には“喫茶Masquerade”の文字。外階段が有ったのでそこを使って入口まで行くと扉には“CLOSE”と書かれた看板が掛かっていた。開いているわけではないらしいが、どういう事なのだろうと思いつつ扉をノックした。すると、
「いらっしゃい。話は聞いているからどうぞ入って。」
と若い男性の声がした。
「では、失礼しますね。」
と扉を開けて中に入ると其処はアンティーク調の家具で統一された喫茶店で、既にネヴァと見覚えの無いパーカーを着た人が待っていた。奥のカウンターにはエプロンを着けた店員らしき男性の姿もある。ネヴァは警察隊の隊服姿で何時もとは違った雰囲気に見えた。
「来たか。」
「どうも。未だこの子に事情を説明していないので少々お待ちを。」
「ああ、分かった。こっちのソファーでも使いな。」
そう奥のカウンター近くのソファーへ案内された。戸惑っているフレイヤを座らせ、荷物を置いて自分も隣に座る。
「フレイヤはん、吃驚すると思いますけど取り敢えず聞いて下さい。」
「う、うん。」
「先ず、ノタリアはんは事件に巻き込まれているみたいです。で、えーっと…警察隊の支部がちょっとしたトラブルで保護が難しくなってしまったらしく、此処で保護しようという話になったそうです。ね?」
深い所まで話すと警察隊の信用問題になる為、成るべく暈して話をする。これは私なりのネヴァへの気遣いのつもりだ。彼女に目を遣ると彼女は少し困ったような笑顔を張り付けて続けた。
「悪いね、ちょっとしたボヤ騒ぎが有って支部が使えないんだ。」
「か、火事ですか!それは大変だ…」
即席の言い訳だろうが、フレイヤは納得したらしい。
「それで、フレイヤはんには此処でノタリアはんの事を待っていて欲しいんです。で、彼女が此処へ来たら私に連絡をお願いします。」
「え、ミタマは何処行くの?」
「ノタリアはんを探しに…」
「なら私も!」
予想通りではあるが食い付いて来てしまった。
「あかん。」
「なんで!?」
「あのねフレイヤはん。相手がどんだけ危険か分かります?」
「それはミタマも一緒でしょ!!」
「一緒や無いの。ちゃんと聞いて?」
「…」
彼女は不満そうな表情を隠さない。これは確り言い聞かせなければならないだろう。言葉を選び、冷静に危険性を伝える。
「先ず、相手は通報される事も厭わずに白昼堂々人を追いかけ回す様な連中やねん。手段を選ばん。
んでもってフレイヤはんはノタリアはんとよう似とる。彼等からしたら同一人物に見えるくらいや。身に覚え有るでしょ?」
「……うん。」
「せやからね、フレイヤはんが“探しに出る”って言うのが一番危険なんです。逃げ隠れするより人前に出ざるおえないから。」
「…うん。」
「私のが未だマシなんです。それに警察隊の彼女と一緒に行きますから。せやから任せてくれませんか?」
彼女は俯きギュッと拳を握り、絞り出す様に言った。
「…わかった。」
渋々と言った様子だが受け入れてくれたようだ。
「有難う御座います。ノタリアはんが来たら連絡お願いしますね。」
「うん!」
返事を聞いてから席を立ち、カウンターに万札を置いた。彼は驚いた様にえ?と声を漏らした。
「このくらいで足りますかね?」
店員に対してニコリと笑いかけた。
信頼関係を築いていない相手からの“無償”ほど怖い物は無いだろう。何故なら其れは一切の責任を持たないのと同義だからだ。だから友人達の安全を保証して貰う為の金額を提示した。
「少なければ料金を提示して下さい。多いって言うんならその分で彼女達に何か振舞ってあげて下さい。」
「いや、要らないよ。」
「受け取っときな。その方が誠実だ。」
突き返そうとする店員にネヴァがそう言う。店員はその言葉で私の意図に気が付いたのだろう、万札を受け取った。
「分かった。任せてくれ。」
「宜しくお願いします。」
「用が済んだなら行くぞ。」
「ええ。」
ネヴァの呼ぶ声に短く答えて彼女と共に店を出た。パーカーの人も付いて来ていてネヴァに問い掛けていた。
「その子が協力者か?只者じゃないのは分かるが一般人だよな?」
「ああ、アシュリー校長と組んでたからノーカンだよノーカン。な?」
と此方を見るので
「ええ、珠霊と言います。彼女の後輩です。其方は?」
と答え、パーカーの人を見た。
「ごめんごめん、自己紹介がまだだったね。俺はキャルム・コリンズ。万事屋Daybreakの社員だよ。今回はちょっとした依頼と善意で同行してる。こう見えてれっきとした男だから、頼って貰って構わんよ。よろしくね。」
ニコリと笑いかけで来る彼は男性だったらしい。
(ふーん善意で、ねぇ。…まあええか。)
「よろしゅう。ところで私は友人を探せば良えですか?潰すん手伝えとか言うてはったけど。」
「ああ、うん。お前はそれで良いよ。」
「さいですか。ほなら一つ言うておきますけど、御相手はん、恐らく後ろに何か居ますよ。気いつけて下さいね。」
ちょっとした忠告のつもりで言ったのだが、二人は目を丸くして此方を見た。
「ちょっと待て、どうしてそう言える?」
「そりゃ、やろうとしてる事大分無謀ですから。逆に把握してないんですか?」
「してねェよ。知ってる事が有るなら話せ。」
「横暴ですね。まあ良えわ。“黄金の淵”と言う言葉に聞覚えが有りまして…そもそも彼等の崇める“神”は恐らく魔界に封じられている魔物です。そして、其れを此方に喚び込む為には魔界とのゲートを開通させる必要が有ります。つまりは魔界と所縁がある、若しくは魔界の気質が有るモノを生贄に捧げなければならないんですよ。ね?結構無謀でしょう?」
「いや、当然の様に語ってるがまずもって“魔界”って何?」
不意に立ち止まり苦笑いを浮かべながら聞くネヴァに今度は此方が目を丸くした。
「え、其処から?」
「其処から。」
「……マジか。」
あまりの衝撃に思わず零してしまった。唯の学生ならまだしも“警察隊”なんて国家機関に所属する者ならば知っていなければならないだろう知識だから。
「えーっと…あれです。凶悪な魔物が突然出現する現象が在るでしょう?その時に空間に裂け目が出来る。その先に或る所謂異界です。」
「ああ、研究者が調査に行って失踪してるアレね。」
「あ~アレか。」
二人は納得した様子だ。しかし、その口から少しいただけない言葉が聞こえて頭を抱えた。
(研究者が調査に?人間が行って帰って来られる筈あらへんのに人を送り続けて…否、戻って来ないからか。)
これは面倒な事になりかねないなと思いつつも話を戻す。
「そういう事やから、詰まり魔界の情報を持っていてあまつさえ向こうの魔物を信仰してる奴が敵ってわけです。やから気い付けて下さいね。」
「お、おう。」
お前は何者なんだ、と雄弁に語るネヴァの目をあえて無視して背を向けた。
「では、私はノタリアはんに連絡して合流しますので。」
「…頼むわ。」
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リーゼロッテAM.11:30
路地に身を隠すのにも限界があった。四方から聞こえる足音に身動きが取れなくなって数分経ったかどうか分からないが、私達は決断を迫られていた。
逃げる為には戦わなければならない。かと言って戦うには相手の数が多過ぎて捕まるリスクが高い。私とノタリアには戦闘経験は無く、リヒトも有るか分からない。それに彼が捕まってしまっては元も子もないのだ。かくなる上は…
「私も囮役として残りますわ。二人行動なら合流も視野に入れられるでしょう?怪我人であり、一度攫われている貴方を一人には出来ませんもの。」
「…うむ、承知した。しかし、あまり前には出ぬよう。」
マユキは少し逡巡した後、了承してくれた。他の二人は心配そうな顔で、しかし、もうそうするしか無いと分かっているのだろう、コクリと頷いた。
「リヒト様これをお使い下さい。」
「ん、分かった。」
彼に渡したのは隠匿のマント。これで二人それぞれに隠れる手段が出来るだろう。
「それでは参りましょう。」
「二人共気を付けてね。」
「うむ、其方も。」
短く言葉を交わした後、二人が透明になった事を確認してから迫り来る足音の主の前に躍り出た。




