fragment.2:Forget-me-not Ⅶ
リーゼロッテAM.07:50
コンコン
営業時間より幾分か早いかもしれないが、宿の扉を叩いた。少し待つと、扉が開き優しげな従業員の女性が困った顔で出てきた。
「済みません。まだ営業して…ってどうしたの?子供達がこんな早い時間に。」
「無理を言って申し訳ないのですが、一部屋お願い致します。体調を崩している人がいて…」
「あら、それは大変。部屋は空いているからすぐに案内しますね。宿泊手続きなんかは後で良いですから。」
彼女は聞くやいなや交渉の必要も無くテキパキと一室へ案内してくれた。その部屋は二段ベッドが二つと小さな机があるだけのシンプルなゲストハウスといった様相だった。
リヒトとマユキがノタリアをベッドに寝かせている間に私は宿泊手続きをしていた。
「突然の、しかも時間外の訪問にも拘らず対応頂きありがとうございます。」
「そんなに畏まらないで下さい。殆ど家族経営だからあまり怒る人も居ないので。それに、こんな真冬の寒空に子供を放り出すわけには行きませんから。」
「お世話になりますわ。」
部屋に戻ると、包帯と消毒液を手に困った様子のリヒトがいた。
「どうなさいましたの?」
「ああ、リーゼさん。あの人自分で手当するって聞かないんだ。目が見えてないって言ってたのに。」
「拙者の血は少し触れただけでも相手を呪ってしまうのでござるよ。ある程度制御はしているが完全に消す事は出来ぬ故…」
(成程、確かに殺傷能力の高い呪いだとは思っていましたが…完全に制御が出来るわけではなかったのですわね。私の魔眼でも解析しきるのには時間が掛かり過ぎるから直ぐには無力化出来ない、というか可能か否かも分かりませんし…
否、目の方なら直ぐに出来るのでは?)
「マユキ様、少し目を視せて頂けませんか?」
「む?分かった。」
そう言って目を合わせてくれた彼の目を覗き込む。掛けられていた魔術は案外単純なもので物の数秒で解析が出来た。そして相反する術式を即席で組み上げ行使した。
「…!何をしたのでござるか?」
「掛けられていた魔術に相反する術式を使っただけですわ。私、こういった小技が得意でして、如何でしょう?」
「うむ、確り見えておる。忝い。」
驚いた様に数度瞬きをした彼は視力を取り戻せている様だ。リヒトが道具を渡せば直ぐに手当を始めた。
それが終わるのを待ってから合流するまでにあった事を聞くと、彼の前に現れた者は本当に私と瓜二つの容姿だったらしい。あんな反応になったのも頷ける。暗躍している人物が居ることは確定してしまった。
「成程、これは逸れない様に行動した方が良さそうですわね。」
「左様。して、詳しい事情を聞いても良いでござるか?」
「…え?し、知らずに協力して下さっておりましたの?」
「教団の儀式を止めたいと言う旨はノタリア殿から聞いているのでござるが…其れ以外は何も。初めは聞かずとも良いと思っていたのだが、襲われた際気になる事も言われた故、聞いておいた方が良いと判断したのでござるよ。」
「では私からお話しますわね。」
と事情を説明した。
それから、成るべく体力を温存する為に各々休憩しようとなった。有難い事に従業員の方のご厚意で朝食を用意して頂き、食事も採る事が出来た。
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12/25 とある基地にてAM.08:05
黒と赤を基調とした衣装を身に纏い、緑灰色の長い髪を簪で一纏めにしている見目麗しい華奢で小柄な少女が少しふらつきながら廊下を歩いていた。彼女は[傀儡]。Warlocksで代行者の第四席の座に座っている。
そんな彼女に声を掛ける者がいた。
「やぁ傀儡。そんな躯で任務かい?」
「お前には関係無いだろう。葬冰。」
「完遂する前に死ぬぞ。」
「五月蝿い。君は自分の事だけ考えていなよ。万年末席の脳筋くん?」
「……」
傀儡は顔を顰める葬冰に嘲る様に言放つ。
「何?そんな顔しちゃって。まぁ安心しなよ。君達人間と違って僕は木っ端微塵にならない限り死にはしないからさ。」
「…はあ。今日は非番だけどさ。一応君の回収って俺の任務でしょ?場所だけ教えてよ。」
「クリオス王国のレヴェリー地区だよ。お前の手を借りるまでも無いだろうけれどね。」
そう嫌味を言ってスタスタと去って行く小さな背を、葬冰は見送る事しか出来なかった。彼女の性格はよく把握しているつもりだから。
そして、家で待つ妹に思いをはせるのだった。
(今日は謝神祭だ。リーゼはきっとパーティやプレゼントを楽しみにしているんだろうなぁ。早く帰って準備しないと。)
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Day1 珠霊AM.11:00
フレイヤと部屋で待とうと話が纏まった直後、携帯の通知音が鳴った。見てみればネヴァから「今良いか?」のメッセージ。
お手洗いへ行くと理由をつけてフレイヤを部屋に残し、少し離れた廊下で電話を掛けるとワンコールもしない内に彼女は出た。
「進展でもありました?」
『お前のオーダー通り保護は依頼したんだが全ッ然見つかんねェんだとよ。逃亡のプロかなんかか?』
「何ですか、逃亡のプロって。」
『まあ逃げ延びてる指名手配犯とか?』
「私が見とる限りでは彼女、荒事と一切関わり合いのない一般人なんですけど。」
『だろうな。取り合えずこっちで捜索中ではあるから定期的に連絡は入れてやる…と言いたいとこなんだが、真面目にこっち手伝ってくれね?』
「は?何をですか?」
『いや、だから黄金の淵教団消すのを。ちょっと人員確保出来なくてさ。』
「無茶言わんといて下さい。私やって一般人です。」
『それは無理有るだろ。…てかなんでその子等は警察隊に駆け込んでくれねェんだよ。』
「私に言われましても…逃げるんに必死でそこまで頭回ってないって可能性は有りますね。それ以外なら理由聞かなあかん気ぃします。」
『お前連絡出来るんだよな?こっちが動いてる事伝えて保護されに来てくれる様に言っといてくれるか?』
(あんまこっちから連絡したないんよなぁ。通知音だの着信音だので敵にバレるかも知らんし…否、これは伝えとくべきか。)
「分かりました。伝えときましょう。彼女等の安全が確保できれば私もフリーに動けますし。」
『頼んだ。』
そう電話を切って、続けてノタリアへと掛ける。
――呼び出し中
――呼び出し中
『も、もしもしミタマちゃん?どうしたの?』
「良かった。電話に出られるくらいには回復したみたいですね。リーゼロッテはんから少し事情は聞きました。今、大丈夫ですか?」
『そうなんだ。うん、今は大丈夫だよ。』
「では二点程。一つは現在警察隊が貴女達の捜索に動いてくれています。曰く駆け込んでくれれば保護出来るとの事。せやから特別理由が無いのなら警察署行って助け求めて下さい。
二つ目に、分かっているとは思いますが、フレイヤはんもアシュリー校長も凄く心配してます。勿論私も。せやからきちんと無事に帰って来て下さい。貴女が何か理由が有って自発的に動いている事は分かっています。だからその行動を止めはしませんが、此方を頼って下さいね。」
『…うん。分かった。ありがとう。』
「嗚呼せや、今何処にいますか?」
『えっと、商業エリアの端っこにある宿屋さんだよ。私は大丈夫だから心配しないで。』
「……まぁええわ。怪我せんよう気をつけて下さいね。んじゃあまた。」
『うん、またね。』
と電話が切れる。そしてネヴァへメッセージを送ってから自室に戻った。
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リーゼロッテAM.11:05
暫く休憩しているとノタリアに電話が掛かって来た。彼女がそれに出て言葉を数言交わし切った。話の内容から相手はミタマだと推測できた。
「皆、今連絡があったんだけど、友達が警察隊に通報してくれてたみたいで捜索してくれてるみたいなの。だから、頼ってみようと思うんだけど…どうかな?」
「良いんじゃない?」
「そうですわね。この後どうするかと言われればそれしか思い浮かびませんし…」
「同じくでござる。」
そう話していると私の方にも電話が掛かって来た。一体誰だろうと思い見てみればそれは兄からであった。慌てて出てみれば切羽詰まった兄の声が聞こえてきた。
『リーゼ!?今何処に居るんだい?怪我はしていないかい?』
「お、お兄様、落ち着いて下さいませ。私は大丈夫ですわ。今お友達とお出かけしておりますの。」
『そう、怪我が無いなら良かった。今日はパーティーの飾りつけをしようと話していたから、居なくなっていて驚いたよ。それで、何処にいるんだい?』
「…駅前の広場ですわ。」
『そっか、楽しんでおいで。』
(なんとか誤魔化せましたかね…?心配を掛けて申し訳ありませんがお兄様に知られるわけにはいきませんわ。)
『ところでリーゼ、お兄ちゃんのマントを知らないかな?』
「……さぁ?私は存じ上げませんわ。」
『そうか…困ったな……もう少し探してみるよ。そうだ、今丁度駅前に来ているんだけど…』
「…!失礼致しますわ!」
彼の言葉を遮って電話を切った。これ以上話したらボロが出てしまうと判断したから、そしてコンコンと扉をノックする音が聞こえたからだ。




