fragment.2:Forget-me-not Ⅱ
12/25 ??AM.05:31
とある地下牢にて、一人の少年が囚われていた。
月白の髪を持ち柊柄の羽織を纏う異国の少年は、遠くから聞こえた僅かな物音に目を覚ました。
(……此処は、一体何処であろうか…?)
目線のみで周囲を確認すれば、目の前には鉄格子。その向こうには通路が有り両端に上下それぞれへ向かう階段も見える。そして見張り番が一人。
少年が自分の状態はと言えば両手を麻縄で後ろ手に縛られているのみで他に拘束は無い。少し頭がクラクラするのは拐かされた際に使われた薬の影響だろうか。きっと彼等が想定しているよりずっと早く目を覚ましているから。
その証拠に見張り番は少年を見向きもしない。
隙を伺う為にも目を瞑り、耳を澄ます。見張り番は微動だにしないが、階段の上から何者かが下りて来る音がした。
そう言えば先程の物音も階段の上から聞こえたのだった。
ゆっくり、しかし着実に近付いて来る気配は階段を下りきる前に不自然に動きを止めた。不思議に思って目を開き其方を見ると何も無い。確かに其所に居る筈なのに姿が見えない。
(…成程、姿を消して忍び込んで居るのでござるか。と言う事はもしや味方になってくれるやも知れぬ。
何だか困った様子で動けぬのは見張り番が居るからか?ならば……)
「もし、其所の御仁。此処は何処でござるか?」
起き上がって話し掛けると見張り番はバッと此方に振り向き舌打ちをした。
「まさかこんなに早く薬が切れるとはな?まぁ大人しく寝てろ。そうすりゃ痛い思いをせずに済むぜ、僕ちゃん。」
苛立ちを隠しもせず懐から薬瓶を取り出すと牢の中に入って来た。警戒する様子が無い。拘束の緩さから察してはいたが、此方を大したものでは無いと侮っている。
捕まった時の事や物音さえ無ければ目覚めていなかった可能性が高い事を考えれば当然ではある。
が、其れが命取りだ。
相手を正面に見据え、思い切り踏み込んで右脚を振り上げる。蹴りは正確に顎を捉えられた様で見張り番は目を回して倒れ込んだ。その隙に開け放たれた扉から牢の外へ出る事が出来た。
「其所の御仁、動くなら今でござるよ。出来れば拙者の拘束を解いて頂けると有難いのだが…」
そう言うと気配は此方に近付いて来て姿を現した。
意外にも彼女は気弱そうな少女だった。
褐色の肌と勿忘草色の瞳を持つ彼女は恭しく頭を下げ、
「あ、有難うございます。すぐ解きますね。」
と言って縄を解いてくれた。
「忝ない。拙者、姓を柊名を眞詩と申す者。お主は此処ですべき事が在るのであろう?之も何かの縁、共に行こうではないか。」
「えっ、手伝ってくれるんですか?」
「うむ、お主のお陰で拙者も助かったのだ。是非とも手伝わせてくれ。」
そうふわりと笑い掛けると彼女は視線を彷徨わせ、逡巡した後
「ノタリア・アシュリーです。その、ご協力よろしくお願いします。」
と言い再び頭を下げた。
「あまり畏まらなくて良いでござるよ。其れで、これからどうする算段でござるか?」
「うん、分かった。えっと…男の子を探してて、濃い青色の髪の男の子。見てないかな?」
「残念ながら見ておらぬ。」
「…そっか。じゃあこの下かな、もしかしたらまだここに来てないのかも…」
「其の少年はお主にとって余程大切な存在なのでござるな。」
「え?その、ちょっと違くて。私はこの教団の儀式を阻止したいんだ。世界が大変な事になっちゃうか……」
「しー」
上から人の話声が聞こえ咄嗟に話を遮った。
(…「生贄が二人も見つかるなんてラッキーだな。」
「保険なんているのか?」
「用済なら好きにして良いってよ。」
「そりゃ良い。さっさと渡して報酬貰おうぜ。」
……どうやら上が正解であったらしい。)
「ノタリア殿、恐らく上でござるよ。人数は二人、後ろを歩いている方が少年を担いでいる様でござる。」
なるべく声を抑えて伝えると彼女は驚いた表情で
「すごい…私何も聞こえなかった。」
と呟いた。
「拙者は人より少し耳が良いのでござるよ。
して、提案なのだが、壁際で待ち構えて不意打ちをすると言うのは如何か?」
「うん、今はそれしか無いかな。」
そうして二人で壁際に身を潜めた。位置関係からして1番に彼等の目に入るのは未だ目を覚まさない見張り番だろう。一瞬でも其方に気を取られてくれれば十分だ。
話声は着々と近付いて来る。
チラリと隣の少女の様子を伺えば緊張しているのか、怯えているのか。何処か顔色も悪く見える。
(矢張りこの様な荒事には慣れておらぬ様子。この場に来た事が不可解な程でござる。)
そう思いつつ、懐の短刀を抜いた。
「いや〜子供かっさらって来るだけで十万も貰えるなんてな〜。」
「酒飲みに行こうぜ。今日はうんと高いのを。」
「おい、ちょっと待て。あれは…」
「見張りの野郎じゃねぇか!おいおいどうしたよ?」
バタバタと見張り番に駆け寄る二人は隙だらけだった。
先に駆け寄って来た方の後頭部を峰で打ち、すかさずもう一人に詰め寄り同じ様に気絶させた。そしてすぐさま納刀し、男の腕から零れ落ちた少年を抱き留める。
「ノタリア殿、この子で間違い無いでござるか?」
「うん。後は年が明けるまで逃げるだけ…
あの、その子は私が背負って行くよ。あんまり迷惑掛ける訳には行かないし。」
「否、無理はするものではござらんよ。少し見れば分かる。お主、魔術で無理矢理体を動かしているのであろう?
拙者が背負って行く故、早く此処を離れて安全な所で休むべきでござるよ。」
彼の言う事は正しい。
ただでさえ熱で伏せっていた身を魔術で奮い立たせやっとの事で動いているのだ。人を、それも気を失っている人を背負って走る事に不安があるのは事実だった。
申し訳ないと思いながらもノタリアはこくりと頷いた。
すぐさま階段を上り地上を目指すが、すぐ下では生贄が消えたと騒ぎになってしまった様で、続々と追手が出て来た。
互いを気にかけつつ階段を駆け上がり地上へ飛び出すと早朝特有の冷たい風が吹き抜けた。
追手はすぐそこまで迫っている。悩む暇等無く入り組んだ裏路地を駆ける。唯追跡を逃れる為に幾つもの角を曲がり、彼等の視線から完全に外れた所で遠ざかるまで息を殺す。どれだけそうしていたのだろうか。「こっちじゃないな」と声がして追手が遠ざかって行く音が聞こえた。
はぁ、と一息ついてノタリアの様子を伺えば、先程暗がりで見ていた時より明らかに青ざめた顔をしていた。
「ノタリア殿、だいじょ…」
「ゴホッ…うぅ…ゲホッゴホッゴホッ…っはぁ…っはぁ…」
聞き終える前に彼女は大きく咳込んでしまった。
両手で口を押さえ無理矢理咳を止めようとしているのが分かる。しかし咳は酷くなる一方だ。それが聞こえたのか、遠くからは「こっちから何か聞こえるぞ。」と言う声と此方に近付いて来る足音まで聞こえて来た。
(…不味い、このままでは少年もノタリア殿も捕まってしまう。今動けるのは拙者のみ。
ならば、逃げるより迎え撃つ方が良いであろう。)
「ノタリア殿、拙者が時間を稼ぐ故この少年を頼むでござる。幸い薬も抜けてきた。心配無用でござるよ。」
そう言うと蹲るノタリアの横に背負っていた少年を下ろした。そして顔を上げ、目を見開く彼女に構わず
「ではまた。」
とだけ言い残し、短刀を抜き声のする方へと歩を進めた。




