fragment.1:レヴェリースート魔法学校
澄み渡る晴天、青々とした木々。
一体誰が通るのかと言うほど大きな門扉には〈レヴェリースート魔法学校〉の文字。
〈レヴェリースート魔法学校〉
魔術国家クリオス王国にある世界最高峰の名門魔法学校でありながら、どんな生徒でも受け入れるというスタンスの魔法学校。
生徒達はその素養により「スペード」「ハート」「ダイヤ」「クラブ」の四つの寮にそれぞれ振り分けられ、制服のデザインにも反映されている。
その中を行き交う制服姿の男女。
折りしも入学日和である。これ以上無い程には…………
……自分がこんな格好でなければ、そして今日が5月1日でなければ、だが。
改めて自身の服装を見る。
華やかさを抑えた紋入の訪問着に羽織、草履と言う故郷の準礼装である。
(浮いてる。めっちゃ目立つわこれ。
だってこれしか無かってん。
いや、入学が一月遅れになったんはこっちが悪いし、態々制服送るんは面倒やろし、まぁ仕方ない。
うん、仕方ない……。
…やっぱりどっかの服屋でそれっぽい服買うべきやった?
持ち合わせで足りるか知らんけど。)
「はぁ…もう行かな。」
ふと見えた時計にそう呟く。
そうして私、神代 珠霊の学校生活は行き交う生徒の好奇の目に晒されつつ始まるのだった。
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さて、場所は変わってレヴェリースート魔法学校校舎内。高い天井に、より光を取り入れるための大きな窓、凝った装飾の壁。私は地元では見た事の無い意匠に圧倒されつつも、目的地を探して歩き回っていた。
相変わらず好奇の目で見られてはいるが、視線を向けられるだけなので割切る事にした。
(はて……手紙には職員室に来るよう書かれてたけど……)
「おい、そこの新入生。そんな格好で歩き回るなんてどうかしてるぜ?」
ドスの効いた女性の声に呼び止められ振り返ると、背の高い制服姿の少女がいた。他の生徒と違って制服を大分着崩しているらしい。
(…ええんかそれ……。)
青色のスカーフからしてスペード寮の生徒だろう。しかも、マントを着けているという事は学年首席か。
「……えぇと、ご忠告どうも。生憎、持ち合わせがこれしかないもので。」
「あぁ、ホントに新入生なのか。」
「えぇ…?なんやと思ったんですか?」
「不法侵入者?」
「れっきとした新入生ですよ。今年入学の。」
「その格好で言うか?時期も遅いし。
まぁ反応からして嘘ではなさそうだな。
で、何してんだこんなとこで。」
「…職員室探しとるんです。入学手続きとかのために。」
「つまり迷子か。…着いて来な、案内してやるよ。」
「おや、案外親切なんですね。有難う御座います。
…あっ、そう言えば名乗ってませんでしたね。
私、神代珠霊と言います。貴女は?」
「アタシはネヴァ・ウェイベル。3年生だよ。」
そんなこんなでネヴァ先輩が案内してくれる事に。
(……いや、有難いけどええんか?授業は?)
そう思っても当の本人はスタスタと歩いて行ってしまうのでついて行くしかないのだが。
彼女は迷い無く幾つかの教室を通り過ぎ、角の教室の前で止まり、指をさす。その先を辿るとドアの上に“職員室”の表示があった。
「ほれ。」
「有難う御座いました。」
「どーいたしまして。んじゃな。」
ヒラヒラと手を振って去って行くネヴァ先輩。
(結局なんやったんやろうかあの先輩。嵐かなんかやったんかなぁ……まぁええわ。)
コンコン
ノックの音を響かせて声をかける。
「失礼します。本日入学の神代です。」
「入れ。」
厳格な男性の声が返される。
厳しそうな教員やなぁと思いつつ、ドアを開ける。
「失礼します。入学手続きに……」
「やぁやぁ、待っておったよ。カジロ。」
「校長…。」
待っていたのはフレンドリーなお爺ちゃんだった。
その奥に厳しそうな顰めっ面の男性もいた。入る前の声は恐らくこの人だろう。
「君の適正はクラブ寮じゃったのう。じゃからキャンベル君を呼んでおいた。あぁ、儂は校長のオスカー・アシュリー。でこっちが、」
「セオドア・キャンベル。クラブ寮の監督であり、防衛術の担当教師だ。」
「宜しく御願いします。」
「じゃあ後は頼んだぞ、キャンベル君。」
「はぁ、全く貴方という人は……まぁ良い。
カジロ、ついて来い。」
呆れ顔のキャンベル先生に促されるままついて行く事に。
きっと、今までもこんな風に色々押し付けられてるんやろうなぁ。可哀想に。
柄にもなく同情してしまった。
その後、キャンベル先生に校則や学内の制度等の説明を受け、今日は寮で休むよう言われた。正式な入学は明日になるらしい。制服や先んじて送っていた荷物は既に寮の部屋に置いてあるとの事なので敷地内の地図も貰い、お礼を言って職員室を出た。
サラッとアシュリー校長が言っていたが、私の寮はクラブ寮だったらしい。
渡された地図を頼りに寮へと向かう。来た道を戻り、昇降口でスリッパを返して外に出る。
スペード寮なんかは敷地内でも奥まった所に有るらしいので少し身構えてしまったが、クラブ寮は学舎のすぐ近くだったので助かった。
寮に着き、荷物を受け取るとなんだか見えてはいけないシルエットが見えた気がする……手で握りやすいくらいの太さで長く、少し湾曲したシルエット。
そう、よく見た、なんならよく振るっていた物。
……打ち刀である。しかも私が愛用していた「鳴月」だ。
(あれ…?私あないな物荷物に入れといたっけ??
手配してくれはったんは兄上やけど……真逆…ね?)
見つかったらやばいのでは……と動揺しつつ指定された部屋へと歩を進める。若干先程より人目を気にして挙動不審気味になっているのは仕方がない事だと思う。
部屋に着いてから荷解きをすると私が用意していた物だけでなく、新品の着物やお守り、連絡用の魔道具まで入っていたのだから驚いた。それと同時に、これだけ応援されているのだから結果は出さなければと決意したのだった。
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あくる日の放課後。
私は図書室に来ていた。魔術界に関しては全く知識が無い為自習しているのだ。聞くところによると、この学校の図書室は世界でも5本指に入る程の保有数を誇るのだとか。そんな場所を一般常識程の基礎を学ぶ為に使っているのはどうかと思う部分も有るが……まぁ、本棚の配置なんかも覚えておいて損は無いだろう。未来への投資の様なもの。
入学日からネヴァとはよく逢う様になり、その度に色々と教えて頂いてはいるが、こうして自分で知識を得るのも好きでよく通っているのである。
何時も通り本を借りる為にカウンターへ向かっていると、一人の少女がキョロキョロと辺りを見渡していた。
美しい金髪のスペード寮の学年首席……恐らくネヴァの言っていた“アリス・ウェルサイス”だろうと分かった。
先日、彼女から聞いた話によれば私の様な西の貴族出身でない生徒が気をつけるべき人物の筆頭であるらしい。
曰く、貴族主義の家系で人嫌いの天才だと。
ただでさえスペード寮には他の寮を見下し、あまつさえ呪いをかけてくる様な方が多いとの事で、彼女にも関わるべきでは無いのだとか。
(とは言え……あないに露骨に困ってはるとなぁ。)
少し考えたが、何かされたらその時やり返せば良いと結論づけ話し掛けてみる事にした。
「あの、どうかされました?物落としたとか……」
彼女は話し掛けられた事に驚いたのかグルンと勢い良く此方に顔を向け、
「なんでもないわ。貴女には関係ないもの。」
と冷たく突放す。
(なんとまぁ…結構な態度だことで。まあ本人がこう言うとるならええか。)
踵を返してカウンターに向かおうとした時、足元にキラリと光る物が見えた。ペンだろうか。もしやこれを探していたとか…。
拾い上げて彼女に見えるように持ち再度話し掛けてみる。
「お探し物はこれですか?」
「えっ?……それ!」
彼女はハッと目を見開きペンを見つめる。
間違いなくこれが探し物なのだろう。
「どうぞ。」
「ふ、ふん!別に…助かってなんか……。」
そう言うと彼女はそそくさとペンを受け取りしまう。
「ふふっ、見つかった様で良かったです。それでは失礼しますね。」
それだけ言い残して私は今度こそ踵を返した。
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図書室に通っていた事で友人も出来た。
同じ学年のフレイヤ・アシュリーとノタリア・アシュリーである。この辺りでは珍しい褐色の肌に薄い色の髪をしたそっくりな双子だが、性格は正反対とも言える。
また、寮も髪型も違うのでちゃんと知っていれば見分けられる。
フレイヤは明るくパワフルで目立つハート寮生。髪は二つに纏めている。
ノタリアはのんびり屋でおっとりしているクラブ寮生。髪は三つ編みにしている。
たまたま図書室でノタリアと出逢った事で、フレイヤとも知り合う事に。
そして授業時間外はもっぱら3人で行動を共にする程には仲良くなった。
「ミタマちゃん、お昼一緒に行こ。」
「ええ、フレイヤはんも呼び行きましょ。」
「うん!」
基礎学科の教室から出つつ、ノタリアと話していると…。
「ミッタマー!ノター!」
手を振りながら長い髪を靡かせて走って来るフレイヤの姿があった。
「フレイヤはん。今日も元気ですねぇ。」
「うん!今日も元気いっぱいだよ〜!ミタマも元気?」
「ええ、元気ですよ。」
「ノタは?元気?」
「元気だよ。もう、フレイヤったら。寮離れたって大丈夫だよ。」
「えっへへー、あっでも気をつけないとダメだよ?
最近なんか物騒だもん。」
「そうですねぇ。私も先輩にお聞きしました。“サバト”による犯罪……其れも誘拐事件が増えているとか。」
「何かを探してるって噂もあるし、怖いよね…学校の中はよっぽど安全だけど……。」
魔術的犯罪組織、通称“サバト”。魔術を用いた私的な集団行動は一部の例外を除き魔導協会により法律で禁止されているが、その法を犯している者たちをそう呼ぶ。
「暗い話はもうやめー!
私からした話だけど暗くなり過ぎだよ〜。
それより!明後日は寮の交流会だよ!楽しみだなぁ〜。」
「嗚呼、ご馳走が出るんでしたっけ?」
「そうだよ。いつものメニューより豪華だし、ビュッフェ形式なんだって。」
「それはそれは…うふふっ、楽しみですね…!」
私達はほんの少し先の行事を思い、期待に胸を踊らせるのだった。