悪役令嬢の華麗なる策略 ~断罪失敗王子の末路~
「この女の悪事は明白であり国母に相応しくない! よってここに婚約破棄を宣言する!」
この国の第一王子であるこの俺、レオン・キャベンディッシュはそう高らかに宣言する。
今まで幾度となく忠告してきたが、もう我慢の限界であった。
今日は父上や母上も出席する貴族だけが通う学院の卒業パーティー。
そのど真ん中で俺の婚約者である性悪女に悪事の数々を突き付けてやった。
男爵という身分を見下してメイに酷い嫌がらせを続けてきた天罰だ。
メイは俺の腕を掴み、身を隠しながらわずかに震えている。
大丈夫だメイ、これでこいつが君に手出しすることはもうできない。
「それ、本気でおっしゃっていますの?」
何も言わずに俺の発言を見届けていた性悪女が顔を上げぽつりとつぶやく。
「当たり前だ。 この国に身分で差別をするような性悪女はいらない!」
ハァと深いため息をつく性悪女ことアナスタシア・テレーズ。
その長く美しい銀色の髪と透き通った海のように輝く瞳を誰かが女神様のようだと言っていたことがある。
だがこいつは女神様などではない、人を陥れることしかできない悪役令嬢なのだ。
「陛下、婚約破棄だそうですけど、よろしくて?」
呆れた表情のままアナスタシアは父上に向かってそう問いかける。
「そんなこと父上に聞くまでも……」
「す、すまないテレーズ卿。 思いとどまってくれないだろうか。 このバカ息子は少々混乱しているようだ」
俺がそう言いかけたところで父上がそう割り込んでくる。
バカ息子? 俺のことをそう言ったのか?
「事実無根の罪を着せられているのですけど? 名誉棄損もいいところですわ」
「ま、待ってくれ。 どうしたら許してもらえる!?」
「と言われましてもねえ……」
扇子で口元を隠したままチラリと視線だけをこちらに向けるアナスタシア。
「王位継承権の剝奪。 いかがです?」
「わ、わかった。 それを呑もう。 だから婚約破棄だけは……」
「な、なにをおっしゃっているのですか父上は!」
なぜ父上が焦ってアナスタシアに取り繕っているのかわからず呆けた顔で見守っていたが、とんでもない展開になり慌てて制止をかける。
王位継承権の剝奪? 何を言っているんだ?
「な、なによそれ! ゲームと全然内容違うじゃないの!」
今まで静観していたメイが突然声を上げる。
「それじゃあ逆ハーレムエンドになれないじゃない! こんな王位継承権のない王子なんていらない!」
「め、メイ……?」
「触るな無能!」
俺のそばで震えて泣いていたはずの男爵令嬢は、急に声を荒げて俺を突き飛ばす。
何が何だかわからず俺はその場で立ち尽くす。
「そっちの令嬢は国外追放でいいわ」
「くそ! このアバズレが! 勝手にストーリー変えてんじゃねえよ!」
訳のわからないことを叫びながら衛兵に連れ出されていくメイを呆然と見守る。
俺が辛い時、苦しい時、そばにいて寄り添ってくれた、俺を支えられる存在になりたいと言ってくれた……そんな彼女の面影はどこにも見当たらなかった。
メイが連れ出されシンと静まり返った場内で、糸が切れた操り人形のように呆然と立ち尽くす俺のそばにアナスタシアが近づく。
「元王太子殿下、テレーズ家で働きなさい。 いいですわよね、陛下?」
「ああ。 もちろんだ。 そのバカ息子の処遇はテレーズ卿に任せよう。 さあ諸君騒ぎ立ててすまなかった。 パーティーを続けたまえ」
父上のその一言に全員が何事もなかったかのように振る舞い、全員が取り繕った笑顔でパーティーに戻る。
頭が真っ白になり、それから後のことは何も覚えていない。
俺はただ、自身がメイに利用されていたことを理解するだけで精一杯であった。
◇◇◇◇◇
「元王太子殿下はお茶の入れ方もわからないんですの?」
「し、失礼しましたアナスタシア様……」
アナスタシアは横目で俺を見てそう呟く。
その声にティーポットを持つ手元がカタカタと震える。
俺はあれよあれよという間に王位継承権を剥奪されテレーズ家に放りこまれた。
父上も母上も、国家存続のためには仕方ない、バカなことをしたお前が悪いと助けてくれることはなかった。
俺はあの日、愛する人も、王位も、何もかもを一瞬で失ってしまったのだ。
アナスタシアは俺を自身の専属執事とした。
今までお茶などいれたことがない……むしろ誰かに世話をさせてきた俺が、誰かの世話をするなど到底できない話であった。
「アナスタシア様、私には荷が重すぎる業務です。 どうかご慈悲をいただけませんか」
「いやよ。 これはあなたに対する罰ですもの」
そう言ってアナスタシアは手を差し出す。
俺は慌てて跪きその手の甲にキスをする。
これはここに来て一番初めて教えてもらったルール。
アナスタシアは頻繁にこれを俺に要求する。
これをする度俺のプライドは粉々に砕け散るような思いになる。
悔しさと、惨めさで視界が歪む。
「私のかわいいレオン。 まだ許してあげませんのよ」
そう言って細く長い指は俺の金糸の髪を優しくなでるのであった。
◇◇◇◇◇
小さいころ、俺はアナスタシアととても仲がよかった。
第一王子として恥ずべきことがないようしっかりと勉学には励んでいたつもりだったし、不得手な剣術も練習量で実力を補っていた。
でも本当は同年代の子どもたちと遊びたかったし、こんな責任から逃れて誰にも縛られずに自由に暮らしたいと思っていた。
そんな俺のことを理解してそばにいてくれたのはアナスタシアであった。
俺が弱音を吐いたときも、本当は王子なんて立場から逃れて自由に生きていきたいと望んだ時も、私が叶えてあげるからと慰めの言葉をかけてくれた。
そんなアナスタシアが婚約者でいてくれて俺は幸せだった。
アナスタシアのためなら俺は王子として責務を全うすることができるとさえ感じていた。
しかしメイが現れてからアナスタシアの様子がおかしくなった。
メイに対して嫌がらせをするようになってしまったのだ。
メイは平民上がりの男爵令嬢で身分は低かったのかもしれない。
しかし俺に近づいてはいけないと、身分の差でアナスタシアが差別をしたことが信じられなかった。
気づけば辛い時にいつもそばにいるのはメイになっていた。
メイは重圧で苦しんでいた俺に、昔アナスタシアがしてくれたように寄り添ってくれた。
そんなメイのことを好きになるのに時間はかからなかった。
しかしメイが俺のそばにいればいるほど、アナスタシアの嫌がらせはエスカレートしていった。
何度もアナスタシアにメイへの嫌がらせを止めるよう忠告した。
目を覚ましてほしかった。
しかしつい先日、アナスタシアはついにメイを階段から突き落とし、捻挫までさせてしまった。
あの頃の優しいアナスタシアは完全にいなくなってしまったのだ。
こんな性悪女は国母に相応しくない。
そう思い卒業パーティーで断罪をした。
それなのに……
俺はどこで道を誤ってしまったのだろう。
後悔してもしきれない思いを胸に、俺は自室で一人静かに頬を濡らすのだった。
◇◇◇◇◇
「レオン」
―――ガチャンッ!
「す、すみませんっ! い、今片づけます」
急にアナスタシアに呼び止められて驚いた俺は、手に持っていた食器を落としてしまった。
慌てて食器を拾おうとするも手が震えて思うように拾えない。
「何をしているの。 いいからこっちにいらっしゃい」
「あ、でも食器が……」
「レオン」
「っはい」
声を上ずらせながら俺はアナスタシアの元に走り寄る。
「髪を梳いてちょうだい」
「え、それはメイドにやらせたほうが……」
「婚約者だからいいのよ」
「か、かしこまりました」
アナスタシアの綺麗な銀色に光る髪を櫛で梳かしていく。
なれない業務に手元がもたつくが、鏡越しに見えたアナスタシアは満足げにほほ笑んでいた。
この国では女性の髪に男性が触れることは基本的にタブーとされている。
なぜアナスタシアはこんなことを俺にさせるんだ。
あんなことをした俺を恨んでいるのではないのか。
「そういえばメイさんの国外追放とその男爵家の解体が終わったわよ」
「っ、そ、そうですか……」
「まだ未練でも?」
「い、いえ……」
正直、未だに俺はメイのことを信じていたい気持ちがあった。
いや、信じていないと心が壊れてしまいそうな気がしていたからだ。
俺のなんとも言えない複雑そうな表情にハァと小さくアナスタシアはため息。
それにまたビクリと俺の体が跳ねる。
「あのねえ、彼女はあなたの権力目当てで近寄ったに過ぎないのよ。 あなたが私に言った悪事とやらもほとんどが彼女の自作自演。 確かに言ったことはあるわ、私のレオンに近づかないでって。 でもそれって婚約者だから当然のことでしょう?」
そうバッサリと否定をされ、俺は心の拠り所を失ってしまう。
悪事は自作自演。
俺は利用されただけ。
その言葉がなんとか平静を保てていた心を粉々に打ち砕いていく。
アナスタシアに酷いことをしてしまったことへの罪悪感と、真実を見抜くことができなかった自分の愚かさ、そして惨めさ。
縋っていた最後の砦を崩され、我慢しようにも自然と涙があふれ出る。
「すまない……」
震える声で謝罪する俺にアナスタシアは手を差し出す。
俺は跪きその手の甲にキスをする。
「わかってくれたならいいのよ。 その代わり私を傷つけた罰で一つだけ約束して」
「はい」
「ずっと私のそばにいなさい」
アナスタシアの長くて綺麗な指が俺の顎を持ち上げる。
その言葉を紡いだ艶やかな唇が俺の唇を静かに塞いだ。
「メイさんには感謝してるわ。 おかげでこんな簡単にあなたとあなたの望みを手に入れることができたのだから」
「え?」
「なんでもないわ。 私の愛しい婚約者」
妖艶に笑うその顔はまさに
―――悪役令嬢そのものであった。
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