第一話 正月スクランブル
前回のあらすじ:札幌市内から基地までやって来た凪。
世間は正月の真っ最中。そんな中、彼女はアラート待機所へと籠る……
2023年1月3日… 13:21… 千歳基地… アラート待機所…
「雪、積もってるね」
「うん、積もってるね」
「…見慣れたね」
「ね~」
現在、私はスクランブル待機中。
「世間はまだまだお正月ムーブだよね」
「そんな中俺らは待機所で缶詰状態…もうちょっと実家に居たかったです…」
そう零すのは整備員の月島二等兵曹。
「私も居たかった…実家で年越し蕎麦食べて~お雑煮食べたらすぐここ!」
「相変わらず中佐は食べる事ばっかりですねぇ…」
「初詣には行ったもん」
「…何お願いしました?」
「空軍の予算がもっと増えますように―って」
「増えた予算で何をして欲しいですか…?」
「ご飯の量をもっと増やして欲しいなーって」
「…中佐らしいですね…ははは…」
軍隊のご飯って多いイメージがあったけど、全然そんな事無かった。
むしろちょっと少ない位。
皆は『多い』『多い』って言ってるけど…。
「凪ちゃんって沢山食べてるのに太らないよね~」(ツンツン)
「お腹ツンツンしないでよ~」
スクランブルが無い時はこうしてゆったりしている。
基本的にはレーダーで国籍不明機を捕捉し、防空識別圏に入る時間を割り出して、それに合わせて準備が行われる。
でも、たまにレーダーに捕捉されない機体がある。
いきなりレーダーの領空付近に出てくる機体。
予告も無く、いきなり告げられて、ここから格納庫に走らないといけない。
「ホットスクランブル!」
ウウウウウウウウウウ…
スクランブル発進を知らせるサイレンが響く。
サイレンが鳴ると同時に、私と葵。それと整備員たちが一斉に格納庫に向かって駆け出す。
多分、寝てても駆け出すんじゃないかな?
私にとっては起床ラッパよりも、こっちを鳴らされる方が嫌。
格納庫…
格納庫には2機のF-15Jが駐機されている。
爆装もバッチリの状態で。
私はハシゴを駆け上がって機体に飛び乗る。
機体に乗り込むのを確認した整備員がハシゴを外す。
そして、キャノピーを閉める。
エンジンも既に付いていて、格納庫の扉も既に開いている。
全ての作業が同時進行で行われる。
発進準備完了!
キィィィィィン…
誘導員のハンドサインに従って格納庫を出る。
[Fog02、こちら千歳タワー。誘導路W-7を経由し滑走路36Lへタキシングせよ]
「Fog02、了解。誘導路W-7を経由して滑走路36Lへタキシングする」
キィィィィィン…
W-7誘導路を通って滑走路へ向かう。
キャノピーに雪が付いたり、剥がれたりしている。
[Fog02、滑走路36Lからの離陸を許可する。風は方位021から2knot]
「Fog02、了解。滑走路36Lより離陸する」
離陸許可が出た。
まだ誘導路だけど、これで滑走路に入ったらすぐ離陸できる。
「AZUR、準備良い?」
[勿論]
『AZUR』は葵のTACネーム。
戦闘機どおしの通信はほとんどTACネームを使用する。
キィィィィン…
滑走路36Lに入る。
滑走路には雪がほんの少しだけ積もっていた。
滑走路の端っこじゃなくて、少し先の所で停止。
葵の機体は私の少し後ろで停止。
離陸準備完了!
私はスロットルを操作して出力を上げる。
そして、出力を上げると同時にアフターバーナーを炊く。
普通に加速するより加速が早い。
キィィィィィン…!!!!
操縦桿を引いて機体を上げる。
「上がっておいで!」
[OK!]
後ろを見てみると、葵の機体が離陸していた。
このスクランブル発進も誰かに撮られてるのかな。
最近はカメラを構えている人が多いから…。
[Fog02、ディパーチャー管制にコンタクトせよ]
「Fog02、了解。ディパーチャー管制にコンタクトする」
周波数を千歳ディパーチャー管制に合わせる。
「千歳ディパーチャー。こちらFog02。現在高度2000ftを通過、高度20000ftへ上昇中」
[Fog02、こちら千歳ディパーチャー。レーダーで捕捉した。方位そのまま。フライトレベル300まで上昇せよ]
「Fog02、了解。方位そのまま。フライトレベル300まで上昇する」
オホーツク海上空…
そろそろ見えてくるはずだけど…。
[Fog02、目標は前方。方位288。捕捉出来るか?]
「捕捉出来る」
飛んでいたのはロシア軍の機体では無かった。
…プライベートジェットの様だ。
[プライベートジェットじゃん]
「G650かな?まぁ、いつもの位置に付けよう」
[了解]
私は機体をプライベートジェットの左前方に付けた。
葵は右後方に付ける。
…これがいつも通りって何か嫌だな。
「こちらFog02、位置に着いた」
[機種、国籍を報告せよ]
「国籍…ロシア。機種、ガルフストリームG650」
[了解。通告を実施せよ]
「了解。通告を実施する」
通告を実施する。従ってくれたら良いのだけど。
機体を左右に揺らし、航空灯をとにかく点滅させる。
…従ってくれるかな?
「通告1回実施。行動に変化なし」
[了解。再度通告を実施せよ。領空まで6マイル]
もう1度通告を行う。
再度機体を左右に揺らして、航空灯を点滅させる。
このまま領空に入りそうな気がする。
「通告2回実施。行動に変化は見られない」
[了解。再度通告を……目標、領空に侵入。領空侵犯機と認められた。警告を実施]
「了解。警告を実施」
〈ロシア機に告げる。ロシア機に告げる。こちらは日本空軍である。貴機は日本の領空に侵入した。直ちに領空から退去せよ。さもなければ、撃墜も辞さない〉
まずは日本語で警告。次に英語。その次にロシア語。
警告は国際緊急周波数の121.500MHzと234.0000MHzで行われる。
まずは121.500Mhzから。
民間機…民間機かぁ、軍用機よりは扱いやすいのかな。
[そんな固てぇ事言うなよ!]
「!?今の誰!?」
[わ、私じゃないよ!]
[Fog02、DCでもない]
「と言う事は……」
「アイツか!」 [[アイツか!]]
全員ハモった。DCもハモった。
ってか日本語!?ロシア機だよね!?どうなってんの!?
[領空とかさ~どーでもいいじゃん?正月なんだから~]
何コイツ!今すぐ撃ち落としたいんだけど!!!
あまりにも舐め腐った態度に操縦桿を持つ手が震えていた。
「AZUR AZUR!」
[ん?]
「撃ち落として良いよね?」
[待って待って!これでも民間機だよ!]
「だって~!」
と、とにかく。これで警告は日本語だけで良くなったんだ。
[Fog02、さ、再度警告を実施する]
「りょ、了解…]
〈ロシア機に告げる。ロシア機に告げる。こちらは日本空軍である。貴機は日本の領空に侵入した。直ちに領空から退去せよ。さもなければ、撃墜も辞さない〉
「警告を実施…行動に変化は無い…」
[りょ、了解…。警告射撃を実施せよ…]
「Fog02……了解……」
[OK、警告射撃だね]
「AZUR!当てても良いよ!」
[良くない!当てちゃ駄目!まだ警告射撃!]
「チェッ」
[もう…。じゃ、やるよ]
「OK」
[Fog02、警告射撃を実施する]
ダダダダダッ…ダダダダダッ…ダダダダダッ…ダダダダダッ…。
G650の右側を20mm機関砲の弾が霞める。
こ、これで流石のアイツらでも戻るでしょ!
…コイツ強制着陸させたく無い…。
むしろ今すぐエンジントラブルか何かで墜落して欲しい。
アイツ、ホントにパイロット?
信じらんないんだけど。
[オイオイ、冗談通じねぇ奴だな~]
待って、警告射撃されてもこんなんなの!?
[け、警告射撃1回実施…。行動に変化無し…]
[了解。再度警告射撃を実施せよ]
[了解。Fog02、再度警告射撃を実施する]
ダダダダダッ…ダダダダダッ…ダダダダダッ…ダダダダダッ…。
これ効果あるの?
コイツには意味無い気がしてきたんだけど。
[警告射撃を実施。行動に変化無し!]
ほら、意味無い。
強制着陸させるなんて無理なんじゃないの?
[ねぇ、どうするFUJI?」
『FUJI』が私のTACネーム。
私が乗ってるバイクのメーカーから来てる。
「どーするも何も、撃ち続けるしか無いでしょ。墜とす訳にもいかないし…」
[そーだよね…]
「DC!どうすべき?!」
[そのまま警告射撃を継続、検討する。10分待ってくれ]
「Fog02、りょーかい!AZUR!撃て撃て!」
[了解!Fog02、警告射撃を実施する!]
ダダダダダッ…ダダダダダッ…。
[フー!当たりそうだぜ!でも当てれぇねぇよなぁ~!ハッハー!]
国際緊急周波数を何だと思ってるのコイツ!
空軍をこんなにおちょくって…!
こっちは海軍機の偽物を墜とした事もあるんだぞ!
…嘆いても、制度的にまだ墜とせない。
うぅ…ホント何コイツ…。
「…お腹空いた」
[さっきご飯食べたばっかでしょ?]
「そーだけどー…変な奴の対応は疲れるから…」
[それは…そうだけど…」
こんな変な奴は初めてだからいつも以上に疲れる。
あっ、そう言えば今どこ飛んでるんだろう?
もう礼文島とか超えてるかな。
[!目標!東へ変針!]
「!?」
G650が左旋回している!
G650の左旋回に合わせてこちらも左旋回する。
「コイツ何処行く気なの!?」
[分かんないよ…]
コイツは何処目指してるの?
日本?ロシア?
[こちらDC、そのまま監視を続行せよ]
「Fog02、了解。監視を続行する」
車と違って、飛行機はそう簡単には止められない。
「ねぇ、コイツって何でこんな事すると思う?」
[うーん…何か考えてるんじゃない?]
「何かって?」
[なんだろー…]
「…自爆テロ?」
[こんな小型ジェット機で?]
「でも、こんな小型機でも結構影響あるんじゃないの?」
[確かに…それに、積荷が可燃物だったら…]
「…考えたくも無いね」
仮にそうだとしたら、陸上に墜落させると凄く不味い事に…!
うーん、どうしよう。
「…積荷が有毒ガスとかだったら?」
[………。可燃物以上に考えたくないよ、それ]
有毒ガスって事も考えられるから、本当に怖い。
「DC、DC、こちらFog02。積荷を相手に聞いて良いか?」
[構わない]
「了解」
また周波数を国際緊急周波数に切り替えて話しかける。
こんなに使いたくないんだけどな…この周波数。
「ロシア機に告げる。貴機の積荷は何だ?」
[おっ、質問か~。そ~だな~。積んでないって言うのは嘘かな~]
つまり積んでるって事か。
回りくどいね。
[あっ、取扱注意ね]
「取扱注意…?」
少なくとも積荷は普通の物じゃなさそう。
困ったな。
対処を考えていると、G650はまた左旋回し始めた。
私も合わせて左旋回する。
方位…0!
何がしたいの?
「DC、目標変針。真北に進路を取った」
[こちらでも確認出来ている。そのまま監視を続けろ]
[ねぇねぇFUJI]
「何?」
[撃ち落として良い?]
「もし積荷が有毒ガスだったら、お空から名寄辺りにガスを撒き散らしちゃうよ?」
[あっ、そっか…]
「積荷が危ないって分っちゃったから…」
[いや、分かんないのも分かんないで駄目だからね!?]
「そっか…」
あっ!目標が右旋回!
私もそれに合わせて右旋回を行う。
「方位…187!」
急に南に方向転換した。
本当に何なの?
[ん~飽きたから中身言っちゃお]
「は?」
え?飽きたから中身を言う?
何やコイツ!?F-15の翼に括り付けて飛んだろか!!!
[ほら、入ってこーい]
[…人?]
「動物とか…?」
[[[[ウェーイ!]]]]
聞こえて来たのは沢山の『ウェーイ』と言う声だった。
…取扱注意ってどういう事?
[コイツら酒癖悪ィからな~。今も機内の何かぶっ壊してるし~。まっ、そゆ事よ!]
「……」[[……]]
「ロシア機に告げる、これより千歳基地に誘導する。我の誘導に従え」
[いきなり固くなっ……]
「我 ニ 従 エ。イイナ?」
[ハ、ハイ…ワカリマシタ…]
[FUJI怖っ]
16:15… 千歳基地…
基地に戻って来た。
いつものスクランブルより疲れた。
あのG650に乗ってた奴らは全員警察行き。
ざまぁ見ろ。
「あ~!疲れた~!何アイツら!ホントにパイロット?」
「しっかり免許持ってたらしいよ」
「嘘~!信じらんないんだけど!」
「私も!私も!」
やっぱり葵も信じられないみたい。
「免許持ってるーって言われた時さ、5回くらい聞き返したもん!」
「5回!」
私は笑いながらそう返す。
「そういえばさ、アイツら機内で何してたの?」
「なんかパーティーやってたよ」
「ロシアから?日本人が?」
「うん。なんか日本のは高い―って言ってたよ」
「へぇ~。日本人だから領空入っても何も言われないと思ってたのかな」
「多分そうなんじゃない?」
「知識って大事だね~」
「ね~」
私と葵は笑いながら食堂へ向かった…。
今日はご飯大盛にしよ。
お読みいただき、ありがとうございます!
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