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プロジェクト発足

「このプロジェクトは国門(くにかど)さんに任せようと考えているんだ」

「はあ!?」


 食品流通を主業とする株式会社メディフラの総務部長 国門 光太郎はどちらかといえば実直な男だ。どのような指示であれ、まずはどうしたら達成できるだろうかを考える。今年で()()()()になるが、まだまだチャレンジ精神旺盛。そんな男だ。それには先ほど任命を表明した綾城(あやぎ)社長の方針はおおむね間違ったことにならないという信頼も背景にある。

 にも関わらず国門は「はあ!?」という非難の意も含んだ、およそ似つかわしくない声を挙げてしまった。


 メディフラの本社ビルの会議室でミーティングが行われていた。


 参加メンバーの目が国門に集まる。歳を重ねたため目じりが重力に逆らえなくなって、くたびれた顔をしているが昔は割と端正だった面影はあり、シワが刻まれていても実年齢よりは若く見られることが多い。それは幸いなことに植毛のお世話になる必要がなかった――白髪染めのお世話にはなっているが――しっかりとした毛量のある髪をきれいにセットしているおかげも大きい。日頃から体型維持にも身なりにも気を付けて清潔感が感じられ……ていたのはさっきまで。今はどんよりとした陰鬱な空気をまとっている。


 視線が集まったことに気づき国門は少しバツが悪そうな顔をしながら、ふと入口近くの席を見る。

 二人ほど、見たことある気はするのだが誰だか思い出せない。

 ――歳とると嫌だな……

 と、思いかけたが違う違う。この会議は各部署の責任者クラスしか参加していないはずだ。国門は社内の役職者はさすがに全員覚えている。ということは、二人は本来この会議に参加する立場にない者たちだ。

 一人は短髪の若い真面目そうな男だ。自身でも何故この場に呼ばれたのか分かっていないのか緊張している様子が見える。

 もう一人も若い男だが、歳はもう少し上に見える。三十代ぐらいだろうか。芸能界でもなかなかいないのではないかというぐらいの非常に綺麗な顔立ちをしている。ただ何か冷たい印象がある。まるで氷の彫刻のような。こちらは緊張した面持ちはなく冷静さを保っているから余計にそう思えるのかもしれない。

 その男は目が合うと、ニヤリと口角を上げ――

「!」

 瞬間、国門の背中に冷たいものは走った錯覚を覚えた。

 まるでそれは善人を装ったシリアルキラーが獲物を見つけたときのような表情で――

 ……と同時に、力が抜けるような、何だか残念な印象も強く残った。

「??」

 五十八年生きても感じたことのない感覚に国門は戸惑ったが――今は、そんなことよりももっと深刻な問題に――会議室の正面にあるモニターに向き直る。


「どうしたかな」

 少し長めな栗色の髪、そして先ほどの男に負けずとも劣らず整った顔立ちの青年――綾城社長は少し驚いたような、しかし穏やかな表情で問いかけた。

「いや、さすがにこれはですね……」

 綾城社長に目線を少し戻し――

「あまり縦割り組織的なことは言いたくないですが、私の仕事の範疇を超えていると」

「ふふ、国門さん」

 綾木社長は異性であれば多くの人が見惚れてしまうであろう微笑みを浮かべる。といっても、今のこの会議室には魅了される人間はいないし、そもそもメディフラに若い女性社員もいないのだが。

「総務の総はどのような意味のある字かな?」

「そ……」

 国門が何かを答えようとする前に――

「うん、全てという意味だ。国門さんは全て――なんでもできる人だから総務部長なんだ。国門さんなら大丈夫だよ」

 非常に爽やかな顔でそういう綾木社長を見て、国門は小さくため息を吐く。

 過去何度このやりとりでムチャぶりを――これ、総務の仕事じゃないよねという仕事をやらされてきたことか。


 ある二名を除いたこの会議の参加者たちは見慣れたやりとりなので、もう通過儀礼のように苦笑い半分の生暖かい目を向けている。「自分ではなくて良かったー」と思いながら。

 これがパワハラとか、何かの嫌がらせなら、まだ抵抗のしようもあるのだが、同性の良い歳した初老の自分でもちょっと変な気持ちになりそうなぐらいのキラキラした目で、全幅の信頼を寄せて強引に進めてくるものだから、何だかんだで国門は毎回流されてしまう。

 綾木社長は先代の時代に傾きかけたメディフラをV字回復させ、コロナ禍も黒字で乗り切った、雑誌にも特集を組まれるぐらいの優秀な経営者なはずなのだが、何故だか国門に対しては根拠のない――言葉の悪い言い方をするとアホっぽい妄信をする癖があるのだった。

(これさえなければ凄い人なのにな……)

 国門はもう一度深いため息を吐いた。


「もっとも――」

 綾城社長の顔が真面目な表情に戻る。

「どの部署の誰であろうとも、職務の範疇どころか常識の枠を軽く超えたことになるだろうけどね」

 モニターに目を向ける。

 映し出されたスライドには目立つフォントでこう表示されていた。


 魔王討伐プロジェクト PJプロジェクトリーダー 国門 光太郎

 


◇◆◇◆



 二〇二一年七月十三日――

 猛威を振るった新型コロナウイルスが()()()()()、ようやく世間も落ち着きつつあったこの日、速報が流れる。

 某県石帯(いしおび)市、およびそこに隣接する一部地域の一切の連絡、通信が途絶えたという。


 そして、日本中に、いや世界中に衝撃が走る。

 その異変にいち早く気づき、石帯市に近づいた報道のヘリコプターが撃ち落されたのだ。

 人に――ただし、蝙蝠のような羽が生えた異形の姿をした人によって。

 生放送であったため政府が規制する間もなく、その映像は、その情報はリアルタイムで伝播した。


 すぐに政府は情報統制を行いもしたが、すでに多くの人間が視聴していたことによりWeb上で様々な憶測や陰謀論が飛び交った。石帯市には米軍基地がありバイオハザードで生まれた化け物だの、基地を狙ったバイオテロだのと、憶測に更に拍車が掛かる。しかし米軍基地も連絡が途絶えていたことは同様であったため、Webの喧騒とは別に国際問題にも発展しつつあった。


 そのように騒がしくなった頃、再び異形の者は姿を現した。

 石帯市から少し離れた位置に自衛隊が駐屯していた地が突如、炎に包まれる。

 その炎の奥から、ゆったりと現れたのだ。しかも、その数は三――

 更には羽こそ生えていなものの異形の者たちと同質と思われる者が四。

 彼らが手を払うたびに火球が飛ばされ、周囲の装甲車やテントなどが炎上する。あるいは、この暑い夏にも関わらず大きな氷に包まれる。

 自衛隊員たちは小銃を放ち応戦するも、異形の者が手を払えば銃弾は弾かれたのか、途中で失速したのか、彼らに届かない。


 隊員たちは同様しながらも必死で抵抗するが、彼らはただゆったり、ゆったりと何事もないかのように歩を進める。

 ジリジリと後退を余儀なくされ、場所が少し離れてきたところに、隊員でない姿がいくつか見え始める。使命感からか、はたまた無謀な欲か、騒ぎに駆け付けたマスコミの報道員たちだ。


 人が増えたことを頃合いと見たのか、長い白髪を後ろに流した黒衣の男が集団より一歩前に出て――

「この地はすでに我々の領とした!」

 と、叫んでいるわけではないのに力強く、どこまでも通る声を、高らかに発する。

「我が名、魔王エルクラール・ルサ・キーコックのもとに、この地にプルマスネグーロを建国したことを宣言する!」

 先ほどまで車両を覆っていた炎や、氷はいつの間にやら消えていた。

 一瞬の沈黙。そして――


「ま……まおう?」

「けんこく……?」

「ぷる……何だって?」

 動揺。困惑。不可解。隊員たちの様子にはそのような感情が恐怖よりも先に占められていた。

 演劇で、映画で、アニメで、ゲームで数えきれないぐらいに使い倒された「魔王」という陳腐ともいえるワード。しかし日常生活においては通常口にすることもにない、そんな非現実的な単語を叩きつけられても――しかも、このような凄惨な現場では、理解が追い付かないのだ。

 しかも()()()でだ。明らかに異形な姿をしている存在が、普通に日本語で。

 聞き馴染みのあるものと、このような場では相応しくないものとが同時に自分たちの耳に、脳に、突きつけられていた。


 そのような隊員たちを少し不快そうに【魔王】は一瞥して――

 左手を静かに挙げる。

 同時に、控えていた異形の者が後方から三名の人間を押し出す。

 二名の中年の男女、一名の若い男性は、押された勢いで地面に転がる。

 彼らは手を背に縛られていた。しかし彼らは異形の者たちとは違う――明らかに普通の人間だった。

「貴様らが我が国へ不可侵を守るなら、少しずつ先住民を返してやろう」

 【魔王】は転がっている人間に視線を送りながら、静かに言葉を放つ。

 三名の男女は憔悴している様子はあったが、生きているようだった。

「しかし、我らの領を無謀にも侵すならば――」

 空気が一変。

 暗く、昏く、重い、心に沈む声で――本当に声なのかも理解できなくなる――決して大きくはないのに鼓膜よりも先に腹の奥底を掴んでくるような音の振動で続く言葉を刻む。

「貴様らに返すのは破滅と知れ」

 隊員たちの心を占めたのは今度こそ恐怖だった。

 幾度の訓練を重ね、凄惨な現場も見てきて、ときには救えなかった死も経験してきて、どのようなことにも耐えられると自負していた隊員たちは、その言葉と凍てつく視線だけの威圧に一人の例外もなく恐れを感じた。


 この出来事は、石帯の魔王宣言として一ヶ月近くを経過した今でも日本だけでなく、世界のニュースを騒がしている。



 某所――

「人類を救ったあなたの研究が今度も皆を助けてることになりそうですよ」

 明るい色の長い髪をウェーブをかけて綺麗に整えている長身のスーツ姿の女性が穏やかに語りかける。

「人類って――大げさです」

 語りかけられた少女とも思える白衣の年齢の女性は笑いもせず、見ているモニターから目を離さず答える。 

 もともと暗い表情に更に陰を落とし、目を伏せながら続ける。

「今度は平和的な使い方ではないんですよね……」

 最後は消え入りそうな声だった。

「いいえ」

 長身の女性は少し近寄り白衣の肩に優しく手を置く。

「たくさんの人を救うための――平和を作るために使うんですよ」

 女性の声はなおも優しげだった。



 また、別の場所では大きな木に背を持たれかけた長いプラチナブロンドの女性が何かの紙面を見ていた。

「ふーん」

 周囲に誰かがいるわけでもない。自然と声が出てしまったようだ。

(なんか、色々大変そうだな)

 今度は声を出さずに心の中で思う。

 別に心配する義理もないが、自分が決着をつけることができなかった男の姿を思い出す。

 ……思い出そうとしたが――

(あれ? どんな顔だったっけ?)

 思い出せなかった。

「よっと」

 女性は跳躍して大木から離れる。

(思い出せないと気になってくるから、様子を見てくるかな)

 そう気が向いたので歩を進めることにした。そこがすでに滅亡していると知りながら。



 そしてメディフラ本社。

 会議に参加していた――国門が誰だか分らなかった――冷たい、しかしどこまでも整った顔立ちの男が社員のスケジュール表を見ている。

「くくっ」

 静かに、不気味に笑う。

 スケジュール表には明日から出張予定の社員が記載されていた。

 敷矢(しきや)八朔日(ほづみ)。そして、国門と。



 それぞれが何かを見ていた。

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