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第8話 銀の髪、青い目

村に近づくと、畑で作業する村人の姿が見えた。鍔の広い帽子を被り、土からひょっこりのびる青々とした芽を、腰を曲げてひとつずつ点検している。風に乗ってきた土の匂いが鼻をくすぐった。


「マシロ、どのあたりで見たって?」


エルナは走るのをやめ、必死で肩に掴まっていたマシロに声を掛けた。ヴィルフリートもエルナと共に足を止める。


遠目に、住居が密集する一帯が見えてきた。ファーレンの村だ。


エルナの家は、聖なる湖を守るように取り囲むフォーグナーの森の端にある。

彼女の家から村までは徒歩で一刻程あり、最も集落から距離のある場所に位置していた。  

そのため、エルナは村人でありつつも、どこかよそ者のような雰囲気だった。それでも、村人たちのエルナへの態度が冷たいとか、距離を置いているということはなく、同じ村の者として、温かく接してくれていた。特に、唯一の肉親を失ってからというもの、何かと気に掛けてくれている。それに、祖母の時代からだが、アルメン工房のアムシャーは大変評判で、村人のほとんどが買ってくれていた。その質の良さから、大量に仕入れ村の外に売りに行く商人もいる。アムシャーで細々と生計を立てるエルナにとって、村の人々は大切な存在だった。


中には、エルナの〈妖精の瞳〉を恐れるように、彼女に近づかない者もいたが、それはかえって周囲から反感を持たれていた。子供はあからさまな態度をとっても多少目を瞑ってもらえたが、大の大人が分別のない振る舞いをするのは好ましくない。内心はどうであれ、村人たちとエルナは、良好な関係を築いているといえた。


村に着くと、十にも満たぬ子供たちが走り回って遊んでいた。


「あ、エルナ? 今日は、クロミツとチャチャはお留守番?」


走り回っていた子供のうち、一人の少年がエルナに近寄って来た。〈妖精の瞳〉を恐れない、数少ない子供のうちのひとりだ。エルナは彼の前に屈みこんだ。


「そうなの。今日はマシロだけ。ねえ、銀色の髪をした人を見なかった?」


そばかすの下の鼻を指先で搔きながら少年は肩の上のマシロを見つめた。いかにも触りたそうな目をしている。そのあと、エルナと手を繋ぐ見知らぬ黒髪の青年に目をやり、小首を傾げる。


「銀髪……ああ。さっき、肉屋の前で見たよ! 肉まんじゅう買ってた!」


エルナはぱっと目を輝かせ、少年に礼を言うと、急いで肉屋に向かった。


「どうやら間に合ったわね」


マシロがちらっとエルナの顔を見る。


「うん」


十一年前、森で出会った銀髪に瑠璃色の瞳の少年。

エルナを迎えに来ると約束した男の子。


ヴィーに会って、自分の気持ちを確かめたい。そう思ったときから、ヴィーに会いたくて仕方がなくなった。それでも、会う手段がない。たった一度、言葉を交わしたに過ぎない関係だ。どこに住んでいるのかもわからない。だから、待つしかないと思い、ただひたすらに彼が来る日を待っていた。だが、待てども待てどもヴィーは現れなかった。

そのうちに、待っているだけで良いのかという疑問が湧き、何かしなくてはという衝動にかられた。じっとしているのは性に合わない。だから、エルナはできることをはじめたのだ。

ただ、彼女のできることは限られていた。

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唯一できることといえば、村に入って来る銀髪、瑠璃色の目を持つ人間を当たることくらい。

情報は、マシロが小鳥たちから仕入れてくれた。村の小鳥たちと普段から世間話をしているマシロが、彼らに銀髪、青い目の人間が現れたら教えてもらえるようお願いしてくれたのだ。小鳥たちから情報が寄せられるたび、エルナは村に急いだ。行きは胸を高鳴らせ、帰りは落胆して家に戻る。その繰り返し。


銀髪に青い目の人間の大概は老人で、元が金髪や茶色の髪だった人が、年齢を重ねて白髪になったというパターンだった。そうでなかった場合も、銀髪に近い髪色の女性だったことや銀髪で青い目の男性だが、年齢が合わなかったということあった。

村に飛んで行っても、そこにヴィーはいない。そういうことが繰り返された。それでも、諦め切れないのだ。物語の世界のように、運命の相手には必ず会えると信じているから。


「ヴィーに会いたい……」


思わず言葉が(こぼ)れ出た。ヴィルフリートの握る手に籠る力が強くなった気がした。

ヴィーと再会できたとき、全てが変わる。悲しみも苦しみも、全て喜びに変わるのだ。

 


ソーセージをぶら下げた軒先から、肉屋のおかみさんに話を聞くと、村の広場に向かったと教えてくれた。今度は広場を目指す。そこには、ペンキの剥げかけた長椅子に腰を下ろす、銀髪の人物の後ろ姿があった。


(ヴィー?)


エルナははやる胸を押さえながら、ゆっくりと銀髪の男性に近づこうとした。ところが、ヴィルフリートの手がエルナの手を引く。さっと振り返ると、ヴィルフリートが目を細め、眉根を寄せていた。


「あの……」


「僕が行く」


「え?」


なぜかヴィルフリートが足を踏み出し、エルナを引っ張るようにして銀髪の男性の背後に立った。風が吹き、少し長めの銀色の髪がさらりと揺れる。


「すみません、ちょっといいですか?」


何の躊躇もなく、ヴィルフリートが声を掛けた。エルナなら躊躇って何度も深呼吸してからようやく声を掛けられるというのに。銀色の髪をさらり揺らしながら、その人は振り返った。薄い空のような色の瞳を驚いたようにこちらに向けている。


「はい?」


優し気な面立ちの初老の男性だった。エルナの中で膨らんでいた期待が、一気に萎んだ。


「人違いでした。申し訳ない」


ヴィルフリートは表情を変えずにそう言い、頭を下げる。エルナも落胆する気持ちを押し込めて、どうにか頭を下げた。


「いえ、お気になさらず」


老人は目尻を下げると、元の姿勢に戻った。

マシロが嘴でつんつんとエルナの頬をつつく。エルナは名残惜しそうに老人の後ろ姿を見つめた。


「行こうか」


ヴィルフリートに手を引かれ、エルナは老人から離れていく。知らず知らずのうちに小さいため息をついていた。


「気を落とすことないわ。きっと、いつか再会できるわよ」


マシロが慰めるようにそっと頬に寄り添ってくれる。ふわふわで温かいマシロを肌で感じて、エルナの心は少しだけ軽くなった。


「ありがとう」


「じゃあ、湖に戻ろう」


心なしか労わるような声音のヴィルフリートは、エルナの手を優しく包み込む。

二人と一羽は、二匹の妖精動物の待つ湖へとゆっくり歩みを進めた。



湖では水桶の傍で寝そべった二匹が寝息を立てていた。


「全く、見張りも何もあったもんじゃないわね! これだから、男は!」


 マシロは飛び立って、クロミツの背中に下り、つんつんとつつき始める。


「うわ! やめろ!」


クロミツが起きると、今度はチャチャの頭に飛び乗ってつつきだす。チャチャもぱっと顔を上げて、顔を左右に動かした。


「な、何事⁉」


「あなたたちは、見張りの意味をわかってるの⁉ これじゃあ、昼寝しているだけじゃないの!」


マシロが甲高い声で、クロミツとチャチャに小言を言う中、エルナはまだ沈み込む気持ちを持て余していた。ヴィーに会える! という期待が、人違いだったという失望に変わる経験は何度しても慣れない。


「エルナ……大丈夫かい?」


 

明らかに落ち込んでいるエルナを見てか、ヴィルフリートは心配そうに顔を曇らせる。


「すみません……違うかもとは思っていたんですけど、どうしても……期待が膨らむと、そのあとがつらくて」


ヴィルフリートはわずかに目尻を下げた。


「エルナ、良かったら、その男の子の話、聞かせてくれないかい?」


「え?」


「銀髪で青い目の、君の尋ね人の話を」


エルナはしばしヴィルフリートの瑠璃色の瞳を見つめていたが、その瞳にヴィーの瞳が重なった気がして、息をのんだ。


(そうだ、ヴィーの目の色も、ヴィルフリートさんと同じ瑠璃色だ)


小鳥たちに「瑠璃色」などと言ってもわからないだろうと、「青い目」と表現したが、青い目と一口でいっても、青には深い色から明るい色まで様々だ。


「話してくれる?」


少し屈むようにして覗き込まれ、エルナは我に返った。


「は、はい」


そして反射的にそう返答していた。


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