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第4話 黒髪の青年

眩しいほどの光の下、エルナたちはぎゅっと目を瞑った。顔や体には温かな太陽の光が降り注ぎ、森からか小鳥たちの楽し気な声が響いてくる。さわやかな風が髪を揺らす。清々しい空気が心地良くもあるが、急激な変化に体がついていかないのか、若干立ち眩みした。

エルナは薄目を開けて、徐々に目を鳴らす。ようやく明るさに慣れてから、改めて空気を吸い込んだ。目の前に広がる半円形の湖では、水鳥がまだ優雅に泳いでいる。


気配を感じて隣に目を向けると、黒髪の青年がエルナの隣に立っていた。エルナより頭二つ分は背が高く、洞窟で見るよりも逞しいのがわかった。青年は目を細めて、湖やその先の森を眺めていたが、エルナの視線を感じたのか、彼女を見下ろすように見つめた。


エルナはすかさず帽子で目元を隠そうと、額のあたりに手を挙げたが、空を掴む。洞窟にいる間は風船帽を被っていなかったのだ。心にひやっとしたものが忍び寄り、エルナは急いで俯いた。籠の中につぶれた風船帽が目に入る。急いでランタンと籠を地面に置いて、風船帽の形を整えて、目深に被る。


「これから舟で渡ります」


青年に背を向けるようにしながら、エルナは準備を始めた。クロミツとチャチャはいつの間にか小舟に飛び乗っている。ランタンの灯りを消し、籠を持ち上げようとしたとき、エルナの前方に影が落ちた。振り返ると、青年が背後に立っており、その長い腕がエルナの被る風船帽の鍔を摘まみ、そのまま持ち上げた。すぽっと風船帽が取られると、エルナの栗色の髪がさらりと揺れた。深緑色の瞳は大きく見開かれ、それを覗き込む瑠璃色の瞳とばっちり目が合った。突然、帽子を取られたことに驚きながらも、はっとして顔を背ける。すると、今度は反対側の手がさっと伸びてきて、エルナの頬に軽く触れた。ひんやりした手がエルナの顔を正面に向かせる。そして、再び煌めくような瑠璃色の瞳がエルナの深緑色の瞳を捉えた。口を開きかけたエルナに、青年は微笑む。


「君のその美しい瞳が見えないのは寂しい。僕はその深い森のような色が好きだ。どうか、帽子を仕舞っておいてくれないかい?」


 エルナは青年の言い分に閉口した。彼は、〈妖精の瞳〉が怖くないのだろうか。今や、はっきり見えるはずだ。明るい日の光の下、エルナの深緑色の瞳は、その魔力とも思しき力を否応にも発揮しているはず。だのに、青年は一向に目を逸らさない。その瑠璃色の瞳に、恐怖の色を浮かべない。確かに、エルザはエルナの瞳を見ても、恐怖など抱かなかったし、村人の中でも稀にエルナの瞳を間近にしても変わりなく見える者もいた。が、この青年もそうだというのだろうか。


「あの……」


怖くないのかと問おうとしたが、青年の優しい色を湛えた瑠璃色の瞳を見ていたら、言葉が継げなくなった。恐怖など感じ取れない、穏やかな海のような瞳。


「とにかく、向こう岸に渡ります。舟に乗ってください」


どうにかそれだけ言って、エルナは荷物を持って、そそくさと舟に乗り込んだ。水の上の舟はぐらりと傾いたが、エルナはバランスをとることなど考えずに、てきぱきと舟を出す準備をする。その動作はいつも通りだったが、頭の中はひどく混乱していた。


(何だろう。何だかそわそわする)


あらゆる感情が波のように押し寄せてくるが、その全てをまた心の海へ投げ返し、エルナは青年が乗り込んで、座ったことを確認してから舟に置かれた櫂に手をかけた。だが、青年がその手の甲に軽く触れ、首を振った。


「これは男の仕事だ」


そう言うが早いか、青年は櫂を掴むと、水中に落とし、優雅に漕ぎ始めた。彼のさらりとした黒髪が、櫂を漕ぐ度に顔に掛かる。青年の姿を半ば放心したように見つめていると、青年がエルナを見て、ふっと表情を緩めた。


「そうだ。名乗っていなかったね。僕はヴィルフリート」


黒髪の青年——ヴィルフリートは、名を名乗って、にっこりと微笑んだ。


彼の顔を見つめていたことに気が付くと、急激に恥ずかしくなり、エルナはそれをごまかすように傍に居たチャチャを見やり、その背を撫でた。


「えっと……私は、エルナです。エルナ」


「エルナ……」


ヴィルフリートは噛みしめるようにそう呟いたあと、軽く笑った。


「君が来てくれてよかった。君が来てくれなかったら、僕は永遠に茨に抱かれて眠りについていただろう……たったひとりで」


最後の言葉を寂しそうに言ってから、ヴィルフリートは天を仰いだ。


「運が良かった。君の住む、この森に捨てられたのは」


舟が近づいてきたことを感じた水鳥が、空へと飛び立った。

天にはくっきりした白い雲が浮かび、目に痛いほどの青い背景をより一層青く見せた。



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