表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/43

第39話 チャチャ

ヴィルフリートに支えられるようして離宮の広間に戻ると、そこには睨み合うクロミツとチャチャがいた。マシロは椅子の背凭れにとまり、その様子を嘴をつっこもうかと迷いながらも見守っている。どうやら、チャチャが見つかったらしい。エルナはほっと息をつきながらも、いつもとは違う喧嘩の空気に、眉根を寄せた。


「お前、何か隠してるだろ?」


チャチャはびくりと体を揺らし、首をぶんぶんと振った。


「ない! 何も隠してなんかいないよ‼ 僕は何も知らない! 何にもだ‼」

 

いつもの穏やかな彼らしくない剣幕だ。


「おいおい、過剰反応だろう。ますます怪しいぞ」

 

クロミツが半分茶化すように言うと、チャチャは噛みつかんばかりの勢いで、黒猫を睨みつけ、グルルルと歯を剥き出した。


「知らないって言ってるだろ! 怪しいなんて言うな! 馬鹿猫‼」

 

茶色い犬から発される、聞き慣れない暴言に、クロミツははじめ、きょとんとしていたが、やがてその意味が呑み込めると、表情を険しくして、上半身を屈め、爪を立てる。


「お前、おかしいぞ」


「そ、そうよ! どうしたっていうの、チャチャ‼ あなたらしくないわ。馬鹿猫なんて……確かに、クロミツは馬鹿みたいに見えるけど、でもっ」


「マシロは黙っとけ。……おい、チャチャ。オレも正直に話したんだ。お前も隠してることがあんなら、今のうちに吐き出しておけよ?」


緊迫した空気に、エルナは傍観を止め、クロミツとチャチャの間に割って入った。

右手をクロミツの背中に、左手をチャチャの頭の上に置こうとしたが、チャチャはさっと後ずさり、エルナの手から逃れた。行き場を失った左手が空を掴む。それは、初めての拒絶だった。エルナは目を見張り、きゅっと胸が痛むのを感じながら、全方位に敵意を振りまくチャチャに細めた目を向ける。


「チャチャ……どうしたの? 大丈夫だから、怯えないで?」

 再び手を伸ばすが、彼はふいっと顔を背けた。だが、先程までの勢いは既に失われており、耳が垂れ、心なしかしゅんと縮こまっている。


「エルナ……それに、クロミツに、マシロ。ごめん……ボクね、行かなくちゃいけないんだ。だから、お別れなんだ」


「お別れ……?」

 

エルナはチャチャの言葉を反芻するように繰り返す。

チャチャはまっすぐエルナを見つめ、寂しそうに瞬きした。


「帰るんだ、ボクの居場所に」

 

ぽつりと呟いた声音は、どこか空虚で、それでいて喜びも混じっていた。


「君を派遣した、誰かのもとに?」

 

ヴィルフリートがつかつかとエルナの隣にやってきて、チャチャを見下ろした。その眼光はやや冷ややかで、エルナは思わずゾクリとする。


「派遣?」

 

クロミツが冷たい顔のヴィルフリートと、頭を屈めて彼を睨みつけるチャチャを交互に見やり、最後に不穏な空気に怯えるマシロと目を合わせた。


「チャチャくん、君はエルナのことを君の雇い主に伝えに行くつもりなんだろう? 彼女の髪は銀色だったと。銀糸の髪を持ち、翠玉の瞳を持つという伝説の〈翠玉姫〉だったと」

 

ヴィルフリートは、威嚇の姿勢を崩さない茶色い犬に近づいた。チャチャは唸り声をあげるものの、ヴィルフリートの放つ殺気めいた空気に、怯んだのか、後ずさりしている。


「ヴィルフリートさん、どういうことですか?」

 

エルナが問うも、ヴィルフリートは背を向けたまま、手を挙げてそれを制し、


「君は戻るつもりか? エルナを危険にさらすために?」

 

チャチャに問い続ける。


「雇い主なんかじゃない。ボクの家族だ‼」

 

チャチャは怯えながらも、強い調子で吠える。


「大事な家族だ‼」


「エルナは? 君にとって、エルナやマシロさん、クロミツくんは家族じゃないのかい? ずっと一緒に暮らして来たのに?」

 

はっとしたようにチャチャは息を呑みこみ、ややしてから目を細め、喘ぎながら言葉を吐き出す。


「ボクは……ボクはっ……」

 

途方にくれたような目を、マシロ、クロミツに向けた後、最後にエルナを見つめた。その瞳がゆらりと揺れる。


「……家族だよ? 口うるさいマシロも、面倒くさがりのクロミツも……いつも明るくて優しいエルナも、大事な——ボクの家族だ」


ヴィルフリートは片膝をついて屈みこみ、震えるチャチャの背中を優しく撫でた。


「そうだ。君が過ごしてきた長い年月はかけがえのないものだよ。君はエルナを危険な目に遭わせたくないはずだ。そうだろう? 少し時間をくれないか? 僕たちには話し合いが必要だよ。その上で、何が最善の策か考えようじゃないか。君と、君の家族が傷つかずに済む素晴らしい策を」


彼の声音がひどく優しく、安心させるような響きを持っていたので、チャチャは素直に頷いて、銀髪の青年をまっすぐ見上げた。


「わかったよ、ヴィルフリートさん。ボク、あなたの言う通りにする」


「よし、良い子だ」

 

ヴィルフリートは微笑みを浮かべ、チャチャの頭を撫でてから、さっと立ち上がり、振り向いた。


「さて、エルナ。どうやら、また説明しなくてはならないことが増えたみたいだ」

 銀色の頭に手を当て、ヴィルフリートは少しいたずらっぽく笑った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ