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第37話 白の一族

夏を思わせる色とりどりの花々が植えられた庭園と、青と白の離宮が見渡せる東屋の下、エルナは長椅子に腰を下ろし、白い雲がゆるやかに流れる青空を呆然と眺めていた。時折、吹いてくる風が、いたずらにエルナの銀の髪を揺らし、顔面に運んで来る。


(銀色の髪……)


突然の変化に、まだ心が追いついて行かない。

ずっと探し求めていた銀色の髪が、まさかこんな形で現れるとは露ほども考えてはいなかった。


(あのとき、ヴィルフリートさんの魔法が私にも降りかかった。だから、これは……)


女王に真の姿を現せと言われて、彼は黒髪を銀髪へと変化させた。その時使った魔法陣から、青い光の雫が飛び散り、エルナにも降りかかったのだ。栗色の髪が銀色に変化したのは、おそらくあの雫のせいだろう。だが、彼の魔法は、


——清き水よ、全ての邪悪なるものを清め給え。


という詠唱だった。邪悪なるものの意味は分からないが、ヴィルフリートの黒く染めていたであろう黒色が消え去った。それならば、エルナも同じということになる。髪を染めたことなど一度もないが、エルナの栗色もまた、彼の黒色と同じだったのだ。どういう原理なのか全く見当もつかないが。


「エルナ、大丈夫? 突然、真っ白に……もしかして、今回の冒険がエルナの心に酷く負担だったのではないかしら……?」


長椅子の背凭れにちょこんとつかまったマシロが、心配そうに首を傾け、エルナを見上げている。


「でもね、素敵よ! 私、白って大好きなの! ヴィーと同じよね! そうそう、白でなくて、銀ね。銀! 素敵よ、お洒落だわ! だから、気を落とさないでエルナ!」


「うるさいぞ、マシロ。エルナは別にショックでこうなったんじゃねぇ。地毛だ。遺伝だ」

 

エルナの隣でうるさそうに目を眇めるクロミツが、耳をぴくぴくと動かしている。


「何を偉そうに! 地毛ですって? エルナはずっと栗色だったじゃない! 遺伝? 確かにエルザさんは白髪交じりだったけど、元は茶色だったでしょう? 何を言っているのかしら。まさか、操られて、頭がおかしくなったんじゃないでしょうね? ちょっと、大丈夫なの? クロミツ」


マシロは心底心配そうにクロミツを見つめる。


「けっ! 心配してんのか、けなしてるのか、わかんねぇな! お前は。……エルナの父親は〈白の一族〉なんだよ。カスパルは銀髪だ」


「はい⁉ エルナのお父様が〈白の一族〉ですって⁉ やっぱり、どうかしてるわ! クロミツ、横になってた方がいいわよ! 何か良い薬はないかしら……心配だわ‼」


「クロミツ、何か知ってるの?」

 

クロミツの言葉に、エルナは意識が次第にはっきりしてきて、身を乗り出すように隣の黒猫に問う。クロミツは一旦目を瞑り、短く息を吐くと、琥珀色の瞳をエルナに向けた。


「エルナ、落ち着いて聞け。お前の親父、カスパルは今も生きてる。お前が、自分の血を継いでいることを心配していた。オレは何のことだか今までよくわかっちゃあいなかったが、その髪を見てはっきりした。お前も〈白の一族〉だ。〈白の一族〉に関してはヴィルフリートの奴が言ってた通りだ。オレもよく知らないけどな。〈白の一族〉ってだけで、今も何かしら不利なことがあんのかもしれないな」


「お父さんが生きてる……?」

 

にわかには信じられず、エルナは息を呑んだ。

父の名は、母と同じ墓石に刻まれている。祖母からは死んだと聞かされていた。だが、クロミツはどうやらカスパルを知っているようで、その話ぶりは嘘を言っているようには見えない。


「今、どこにいるの?」


「さあな……〈白の一族〉の隠れ里とかなんじゃね?」


「隠れ里……」


エルナが〈白の一族〉について知ったのは、銀髪が珍しいかと尋ね、ヴィルフリートが答えてくれたときだ。それまで〈白の一族〉などという言葉を聞いたことがなかった。だから、彼がもたらしてくれた知識以外、エルナは持ち合わせていないのだ。当然、〈白の一族〉の隠れ里などという場所も、見当をつけることさえできない。

 

だが、父の居場所に心当たりが全くないわけではない。エルナは隠しから、折りたたまれた一枚の紙を取り出し、丁寧に開く。


祖母の書き物机で見つけた大量のメモ書きの中の一枚だ。


≪銀色の髪/白の一族/カスパル・キルシュ・シュバルヒ/ベーゼ村/リンド村≫


メモを見つけたとき、頭に書かれ二単語は、てっきりヴィーのことを指しているのだと思ったのだ。でも今は、ヴィーとは無関係で、見慣れぬ父のフルネームより下の村名が、父に関連したものだと推測できる。


(ベーゼ村にリンド村。ここに、お父さんがいるのかもしれない)

 

ふたつも名前が記されていることは気になるが、父に関連する地名であるのは違いない。祖母が無意味な地名を書き記すとは思えないからだ。エルナはメモから顔を上げ、クロミツを見つめた。


「クロミツはいつ、どこでお父さんと?」

 

クロミツは記憶を探るように宙に視線を投げたあと、


「エルナと会う少し前だ。オレの故郷の近くの森で会った。場所は良く知らねぇ。カスパルに言われるまま進んでいったら、何日かしてからフォーグナーの森に辿り着いたんだ。その教えられた道筋すら、今は覚えてねぇ。あのときはただ必死だったから」

 

それだけ言うと、ふうと力が抜けたように、長椅子の上に寝っ転がった。


「ちょ、ちょっと、クロミツ! なんてお気楽で、いい加減なの! これだから男って‼」


 マシロが非難の声を上げ、クロミツの頭上に下り立って、耳元で捲し立てる。


「ちゃんと、思い出しなさいよ! 大事なことよ⁉」


「ぴーぴーうるせぇな。思い出せないもんはしょうがないだろッ……それに、俺と会った場所に住んでたわけじゃなかった。旅の途中みたいだったからな」


「それと‼ エルナのお父様が生きているなんていう重大事項を、何で今まで黙ってたのよ⁉ 私には、そこが一番の疑問‼ エルザさんが何か言っていたの? 秘密にしろとか? もしそうだとしてもよ! エルザさんが亡くなった時に、言うべきだったと思うわ‼ エルナに頼れるお父様がいるのだって‼」

 

マシロはクロミツの黒い頭をつつき回すと、


「エルナは心細かったのよ⁉ 肉親がいなくなって、たったひとり取り残されて‼」


「うるせぇな! こっちにはこっちの事情があんだよっ‼」

 

クロミツはコバエでも払うように前足で軽く応戦する。

本来なら止めに入るべきなのだが、一羽と一匹の攻防がどこか微笑ましく見え、エルナは傍観しながら、ふとチャチャの姿を探す。

いつもなら、マシロとクロミツの言い合いを不安げに眺めつつ、最後には仲裁に入るのが常だったチャチャの姿がどこにも見えない。視線を巡らせるエルナに気づき、マシロとクロミツは無益な戦いを止めた。


「どうしたの?」


「なんだ?」


「チャチャがいないの。さっきまでいたよね?」


クロミツとマシロも周囲を見回し、チャチャの不在を確認する。


「しょんべんじゃね?」


「そうかしら? それならそうと言って行くと思うけど……」


確かに、律儀なチャチャであれば一言あっても良さそうなものだ。


「探そう? 初めての場所だし、慣れない旅だったし……少し心配だもの」


エルナが立ち上がると、クロミツとマシロも頷いた。


「オレはこっちを探す。マシロはあっち。エルナはそっちを探せ」

 

クロミツが器用に顎でしゃくった方向へ、三手に分かれて捜索を開始した。


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