第28話 連行
城の中は、まるで川の流れる森の中のように清々しい空気で満ちていた。城内には水路が張り巡らされ、常に流水の調べが奏でられる。天井から下がるシャンデリアは、水のうねりのような形をしており、その先についた青い石は、さながら飛び散る水滴のようだった。その水滴は、不思議な青い光を湛え、室内を照らす。廊下には、紺色の絨毯が敷かれ、厳粛な空気が漂っている。
前後左右を甲冑の騎士たちに固められ、エルナは身を小さくしながら歩く。
肩にはふわふわのマシロがおり、隣には大きな手でエルナの手を包み込んでくれているヴィルフリート、後方にはチャチャを抱えたローラントがいる。反逆罪や拘束などという物騒な言葉が飛び交っていたことを考えると、この先に待ち受ける展開は、好ましいものとは言えないだろう。むしろ、かなりまずい状況だというのは、置かれた立場を全く理解できていないエルナにも想像できる。だが、一人ではない。心強い仲間たちがいてくれる。ここにクロミツがいてくれたらもっと安心できたのにと考えると、クロミツの安否が気になった。
(クロミツ、大丈夫かな……)
一匹で牢屋に取り残されたゆえに、逃げ出すこともできずに拘束され、城に連れて来られたのだ。まだ姿を確認できていないが、彼もここに居るはずなのだ。一早く助け出したい。とはいっても、自分たちも相手は違えど同様に拘束されている。
(どうしたらいいんだろう?)
見知らぬ世界の、見知らぬ城の中。本来ならば、心地良く響くであろう流水音も、今は耳障りにすら感じる。青と白を基調とした美しい城内も寒々しい。人間世界からの闖入者を拒絶するような、張り詰めた冷たい空気。エルナの心はとたんに沈み込む。
自分たちの置かれた立場、クロミツの安否——それらの不安が、不意にエルマーの住む水の底を思い起こさせた。
——ただ、王子様が幸せを運んできてくれるのを待っているようなおとぎ話を? 虫唾が走るよ、エルナ。僕はそんな夢物語が大っ嫌いなんだ。待っていたって何も来やしない。何もだ。まして幸せなんてものはね、そう簡単に手に入るものじゃない
何もない水底で、エルマーに投げられた冷ややかな言葉。
(夢物語……)
——君はもう大人でしょう?
エルマーの言葉が蘇り、とたんに胸を締め付けられるような痛みを感じて、エルナは唇を噛んだ。
(私は間違っているの? 夢を見てはいけないの? ヴィーを待っていてはいけないの? ヴィーが、おとぎ話のハッピーエンドを見せてくれると思ってはいけない?)
幼き日、まっすぐに見つめてくれた青い目の少年の顔が目の前に浮かんだ。
(私は間違ってなんかいない……)
エルナは俯いた。なぜだか涙が出そうになり、ぎゅっと目を瞑る。
不意に繋いだ手が強く握られ、エルナはヴィルフリートを見上げた。
ヴィルフリートは眉を下げ、心配そうに、何かを問うようにエルナを見つめている。心配してくれているのだ。黒いフードに阻まれてエルナの表情など見えないはずなのに、彼は確かにエルナが思い悩んでいるのをわかったように、握る手に力を込めた。単に、この状況を不安に思うエルナに対してというのではない。それならば、最初に手を繋いだ時のように微笑むだろう。心配するなと。力づけるように。
もしかしたら、触れると心が見えると言ったエルマーのような力を、彼も持っているのかもしれないと思い、一瞬手を放そうとしたのだが、エルナは思い留まった。
もし、ヴィルフリートに心を読む力があったとしても、彼ならばエルマーのような言動をすることはないだろうと思えた。それならば、繋いだ手を振りほどかなくて良い。知らず知らずのうちに、エルナもまた彼の手を握り返していた。