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第27話 反逆者

光りを受けて輝く、半透明の二頭の馬が駆けていた。

女王の住まう城へと続くなだらかな斜面を、急いで駆け上って行く。両側を雄大に流れる二本の川に挟まれた道は、城の正面へと繋がる唯一の通路だった。

 

水の民の国、ファーミュラーの中央に位置する王城は、満月のような湖の中央に位置する、湖上に燦然と輝く白亜の城。城を守るように、取り囲む湖からは、緩やかな流れの川が二本、鳥の長尾のように垂れ下がり、国中を流れている。


半透明の馬の鬣が後方へ靡く。前を行く、大きな馬に乗るのは、栗色の髪の少女と、少女を外敵から守るようにして馬を操る黒髪の青年だった。青年、ヴィルフリートは瑠璃色の瞳を眇め、前方に見えてきた白亜の城を目に映す。その表情は心なしか堅い。

 

つかず離れずの距離を保ちながら、彼らの後方を走る馬には、彼の従者兼友人のローラントとその彼の背中に楽し気にしがみつく茶色の巻き毛のチャチャだ。


「その体勢、走りにくくないのか?」


ローラントがヴィルフリートの背中に声を張り上げる。


「なんだって?」


風で掻き消されたのか聞こえなかったようだ。ローラントは更に声を張り上げる。


「エルナを前に乗せるより、もう一頭出してやるべきなんじゃないかって言ったんだよ‼」

今度は届いたようで、ヴィルフリートは速度を落とし、ローラントの横に並ぶと、ちらっと視線を投げる。


「この方が良いに決まってる」


「?」


「僕はこの胸にエルナを感じていたいんだ」


至極真剣にそう言われ、ローラントは自らの浅はかさを痛感したのか、友人の睦言めいた台詞を抽斗てしまった己を悔いるような表情を浮かべた。

一方、ヴィルフリートの胸に体を預けるエルナは居た堪れなくなり、俯く。


(もう、こんなことばっかり言って!)


魔法陣から現れた馬を前に戸惑っていると、ヴィルフリートがさっと抱き上げ馬に乗せてくれた。そしてそのまま手慣れた様子でエルナの後ろに飛び乗って、彼女を腕の間にすっぽり収めてしまったのだ。さも当然というような態度で。エルナ自身、それを自然なこととして受け入れ、今こうして彼に抱かれるような形で馬上の人となっているのだが——逞しい腕の間から、隣を走るローラントの背後にいる楽し気なチャチャの姿を見れば、後方に乗った方がまだマシだったかなどと考えてしまう。


(でも、その場合、私がヴィルフリートさんに後ろから抱きつく感じになるんだよね。それはそれで恥ずかしかったかも)


ヴィルフリートの腰に手を回し、体を密着させる自分を想像し、エルナは耳の先まで赤くなる。

 

やがて、白く輝く城が目前に迫って来た。天に突き出す尖塔は、深い海のような青で、明るい空の色とは全く違う趣だ。湖の中央にぽっかり浮かぶような白い城は、さながら天に浮かぶ幻の孤島のようだった。

 

今まで寄り添うように左右を流れていた川の合流地点である湖は、青い水を湛え、美しい水面を揺らしていた。

陸と城とを繋ぐ跳ね橋は既に下ろされており、先客がいたことを物語っている。

 

ヴィルフリートとローラントは馬の速度をわずかに緩め、青い水の上に掛かる橋の上を走っていく。まるで青い石で作り上げたような長い柄の槍を持つ、二人の門番が、跳ね橋の向こう側で警戒したように、向かってくる二頭の馬を見ていた。

が、その馬上の人の姿を認めると、驚いたように目を丸くし、姿勢を正してさっと脇に寄った。


「ご苦労!」


門番を横目に、ローラントが口元に笑みを浮かべ、彼らに聞こえるように声を張り上げる。一方、ヴィルフリートはさっと表情を強張らせた。



「敵だ」


「え?」

 

エルナも不穏な空気を感じ、見える範囲で辺りを確認する。脇に寄った門番の顔にわずかに動揺の色が見えた。人の気配がする。しかも複数人の。

 

ローラントは前後を確認し、目を見開いた。


「どういうことだ⁉ 騎士団か⁉」

 

跳ね橋のほぼ中央にいるヴィルフリートたちの後方から、門番よりも重装備をした鎧の騎士たちがじりじりと近づいて来る。ヴィルフリートは城に向けて馬を動かすが、今度は脇に寄った門番の後方の門から騎士たちが走り出てきて、横一列に並んだので、馬は進めなくなる。


「どういうことだ⁉ こちらは、ヴィルフリート様だぞ!」

 

ローラントが険しい顔をして、騎士たちに叫ぶ。


「ローラント殿、承知しています! しかし、ヴィルフリート様には反逆罪の嫌疑がございます! 見つけ次第、拘束するように承っております!」


横並びの騎士のうちのひとりがやや緊張した声で答える。


「反逆罪だと⁉」

 

ローラントが驚いたように、ヴィルフリートを見やると、彼は自嘲気味に笑っていた。


「そんな馬鹿なことあるか! 誰の指示だ⁉」

 

ヴィルフリートを横目で見ながら、ローラントは憎々し気に問う。


「女王陛下です!」


「なっ!」

 

あまりのことにさすがのローラントも二の句が継げない。

 

女王直々の命とあっては、下手に動けない。


「わかった。大人しく従おう。だが、この者に手荒な真似はしないでくれ」

 

ヴィルフリートはそう言い放ち、おもむろに馬を下り、手を伸ばして、エルナを丁寧に下ろし、乱れたフードの皺を綺麗に伸ばす。ローラントは納得できない顔をしていたが、従者である以上、ヴィルフリートに従うほかない。自分も馬を下り、馬の背中に残されたチャチャを抱き下ろす。二人は、馬に手を当て、口の中で小さく何かを唱えながら、軽く撫でる。すると、水の馬はとたんに分解し、空中で霧散した。


(反逆罪って一体、何の話だろう……?)

 

先程から口を開いていた騎士が進み出てきて、兜の下から覗く浅葱色の瞳でヴィルフリートを見つめた。その瞳には、わずかに怯えの色が見える。まだ若い騎士のようだった。


藍玉(らんぎょく)の間にお通しするよう言付かっております。くれぐれも、王族にふさわしくない行動は慎むようにとのことです」

 

ヴィルフリートが頷くのを確認すると、騎士は「こちらです」と前に立って歩き出した。エルナたち後方には、逃げないようにと騎士たちが張り付いて目を光らせている。半ば追い立てられるようにして、エルナたちは城の中へと歩き出した。

そのとき、ヴィルフリートはエルナの手を取った。目深に被ったフードの下から見上げると、ヴィルフリートがエルナを安心させるように微笑む。


(ヴィルフリートさん……こんな状況なのに)

 

自分を気遣ってくれる優しさと、あくまで手を繋ぎ続けようとするその頑固さに、素直に感動すれば良いのか、呆れれば良いのかわからなくなる。それでも、彼の手の温かさが、この飲み込めない状況下でも、エルナを正気でいさせてくれるような気がして、放そうとは思わなかった。

 

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