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第15話 盗賊団

しばらくは、馬車の揺れに身を委ね、それぞれの物思いに耽っていた。見晴らしの良かった草原の道を超えると、今度はなだらかな丘に差し掛かった。黄緑色の草が生え、初夏を思わせる色とりどりの花が咲き乱れている。花から花へ楽しげに舞う蝶たちがひらひらと飛んでいた。草の香りと、かすかだが花の香りが風に乗って漂っている。


ゆるやかな坂を上れば、丘の上から小さくなったファーレンの村やその後方に横たわるフォーグナーの深緑の森が見えた。


(あんなに小さく見える)


エルナは村から出た。エルナの両親はファーレンの村出身ではないらしく、エルナ自身そこで生まれたわけではない。だから、村の外に出るのが生まれてはじめてというわけではないだろう。けれど、物心がつき、自覚した上で、村の外に出るのはこれがはじめてだ。


(しっかりしなくちゃ)


村の外に出たら、糸の切れた凧になったのと同じだと、昔誰かが言っているのを聞いた。意味は未だによくわかっていないのだが、糸がないということはふわふわとどこかへ飛んで行ってしまうということだ。だから、自分自身でしっかり操縦しないといけない。


(だけど、操縦するといっても、糸の切れた凧には、風に対抗する術がない気がするんだよね……)


どこまでも風に翻弄され、流されていくだけの糸なし凧を想像する。ぞっとして、その考えを追い払うように首を振った。今はとりあえず考えないでおこうと決め、流れゆく景色を目に映した。


丘を下ると、今度は木々の生い茂る森の小道に入った。日差しはこんもりと茂った木々に遮られ、涼しい風が吹いている。小鳥たちの囀りがひっきりなしに聴こえてくる。時折、重なった葉の隙間から眩しいくらいの光が差し込んで来ることがあり、その度に目を細める。


そのとき、一際強い風が吹き、荷馬車の中にも入り込んできて、エルナの風船帽が飛ばされた。

荷馬車の前方に積まれた中身のない木箱もかたかたと揺れる。不意に空気が変わった気がして、エルナは周囲にぐるりと視線を巡らせた。やはり妖精動物たちも何か感じたのか、じっと身を潜めており、ヴィルフリートとローラントは意味深げに視線を交わしている。

馬の嘶く声が響き、御者台に座る初老の商人の「な、なんだ⁉」と怯えたような声が上がった。程なくして荷馬車が止まると、ヴィルフリートは、ローラントが腰に帯びていた一振りの剣を受け取って、さっと荷馬車から飛び降りた。


「一体、何が⁉」


何が起こったのかわからず、慌ててローラントに問うと、


「敵、かな。荷馬車の前に数人。あと、ほら」


ローラントが顎をしゃくった先には、黒いローブに身を包んだ何者かが、数人荷馬車の後方に飛び出してきた。それに対峙するように、ヴィルフリートが鞘に納めたままの剣を構え、荷馬車を守るように立ちはだかっていた。


「敵⁉」


「ざっと十人はいるようだな。取り囲まれた」


こともなげに言う、ローラントにエルナは詰め寄る。


「敵ってなんですか⁉ まさか、エンガリアの⁉」


 聖女候補を探しているというエンガリア王国の使いだろうか。だが、手荒なことはしないとヴィルフリートは言っていなかったか。


——外は危険だから、エルナを守るために、水の神バサエル様がそうなさっているんだよ。


祖母の言葉が思い出され、エルナは唇を噛んだ。


(私が外に出ようなんて思ったから⁉ そうなの⁉)


ローラントはエルナの顔を見ると、目を瞬かせてから、片眉を上げる。


「エンガリア……? 一体どこからそんな話が?」


「ローラントさん、ヴィルフリートさんは大丈夫なんですか⁉ たったひとりで」


 敵は十人いると言う。なぜ、見えない敵の人数まで当てられるのかはわからないが、ローラントの言葉には確証があるようだった。その十人を、たったひとりで相手にしようというのだ。


「ああ、大丈夫、大丈夫。見ていればわかる」


ローラントはおざなりに言って、黒衣の男たちと対峙するヴィルフリートに目を向けた。

黒衣の男が三人、両手を突き出し、何かを唱えようとした瞬間、ヴィルフリートは目にもとまらぬ速さで走り出し、鞘のついたままの剣で三人を次々に跳ね飛ばした。そして、更に駆けつけた黒いローブの者たちを剣の腹の部分で引き飛ばし、刃先で突き上げ、柄の端で後方に吹き飛ばした。いつのまにか取り囲んでいた全ての者たちが完全に伸び切り、気を失って、地面に倒れていた。


「えっ……」


瞬きする間もなく、戦いは終わっていた。ヴィルフリートはたったひとりで、しかもわずかな時間で、突然現れた敵を見事に片づけてしまったのだ。当の本人は、息すら上がっておらず、何食わぬ顔で戻って来て、先程まで敵を圧倒していた剣をローラントに放り投げた。


「ローラント、彼らを木に縛り付けたい。縄はあるか?」


剣を受け取ったローラントは、それを腰に収めてから、さっと荷馬車を下りて、ヴィルフリートの横に並んだ。そして、ローブを捲るようにして腰から縄の束を外す。


「持ってる。さっさと片づけよう」


二人は手際よく黒衣の者たちを森の木々の根元に運び、ぐるぐると木の幹に縛り付けた。そのとき、一人だけフードが取れた者がいた。それは口を開け、目を閉じた青年だった。彼の髪は水浅葱色で短く刈り込まれている。


(あれ……? ローラントさんと同じ色?)


ローラントは青年の顔が露わになったことに気が付いたようで、乱暴にフードを被せる。

それから、埃を払うかのように手を打ち付けて、いそいそと荷馬車に戻って来た。ヴィルフリートも後に続く。


「おじさん、盗賊団は成敗した! 安心して進んでくれ!」


今まで呆然としていた商人は、やっと我に返り、「た、助かったよ」と弱々しく言ってから、馬をゆっくり走らせ始めた。


エルナはまた揺れ始めた荷馬車の中で、涼しい顔をして座っているヴィルフリートの横顔を見つめた。一瞬で十人近い敵を倒してしまった、圧倒的な強さ。しかも、剣を鞘から抜くことなく、敵を全滅させたのだ。はじめて見る、ヴィルフリートの一面に、戸惑いを隠せない。それと同時に、頼もしく思った。その他の追随を許さない神話の英雄のような強さに。 だが、それよりも、エルナの心を占めるのは別のことだ。


「エンガリアの使者なんでしょうか? 聖女候補を探すという」


今の敵はエンガリアの使者だったのではないか。もしそうだとすれば、ヴィルフリートたちを巻き込んだことになる。戦うということは、命を懸けるということだ。ヴィルフリートはエルナの為に命を張ったのだ。それが居た堪れなかった。


「いや、ローラントの言った通り、盗賊団だろう。商人の荷馬車というのは狙われやすいものなんだよ。断じて、エンガリアの手の者ではないし、君をつけ狙った者たちの犯行ではないよ」


安心するようにとヴィルフリートは大きな手をエルナの頭に乗せ、ぽんぽんと軽く触れた。じわっと涙が浮かぶ。


(怖かったのかな、私)


あまりに突然のことで、怖いなどと考える暇もなかったが、今思い返すと、体が震え、涙が滲む。ヴィルフリートは頭に乗せていた手をエルナの右肩に回し、優しく引き寄せた。


「もう怖くない、大丈夫だよ」


ヴィルフリートは優しくそう言って、自分の頬をエルナの頭に寄せた。そして、肩に当てていた手を腰に回し、更に抱き寄せる。エルナは抵抗しなかった。ヴィルフリートの優しさが何だか温かくて、目を閉じて彼に体を預ける。


「何があっても、僕が君を守るよ。誓ったからね」


ヴィルフリートの声が背中を通して伝わってくる。心の奥底から安心した。彼の言葉に嘘はないと感じる。彼は自らが発した言葉の通り、その強さでエルナを守ってくれるだろう。


(だけど、私はこれでいいの?)


ただ守られているだけで良いのだろうか。いくら強いからといって、頼り切って良いのだろうか。


(私には何ができるだろう?)


エルナは目を開けて、流れて行く森の景色を眺めた。


(何ができるか、考えよう)


ふと自分があまりにヴィルフリートに密着していることに気が付き、エルナは急に恥ずかしくなった。腰に回った手、息遣いを感じるほど近い彼の顔、そして背中に当たる彼の逞しい胸。意識すればするほどかーっと体が熱くなる。


視線を感じて壁の隅で蹲るローラントに目を向けると、両膝を立てた格好で、両手で顔を覆っている。耳の先まで赤い。その周囲に目を向ければ、半眼のクロミツ、顔を背けるチャチャ、その頭の上でそわそわするマシロが見えた。


(うわぁ……恥ずかしいっ!)

 

周りの反応で、余計に真っ赤になって、エルナはヴィルフリートの腕から逃れようと身を捩った。


「ヴィルフリートさんっ‼ 人前でこういうことはやめてください‼」


ヴィルフリートは逃すまいと腕に力を込めようとしたようだったが、エルナの言葉を聞いて、腕の力を緩めた。


「人前じゃなければ、いいってことだね」


エルナを見下ろす顔がにこにこと輝く。


「そ、そういうことではなくてですね!」


「今夜はエルバンの街の宿に泊まる予定なんだ。もしよかったら、君と同じ部屋にして、今の続きを」


「わー‼ やめてくださいっ‼」


ヴィルフリートは嬉々として、同化するほど壁に張り付いたローラントに目を向けた。


「ローラント。君と相部屋のつもりだったが、君はその妖精動物くんたちと寝てくれ!」


「だから、わたしはそんなつもりで言ったのでは‼」


「ああ、今夜が楽しみだ」


「もう、聞いてくださいよっ‼」


一向に聞く耳を持たないヴィルフリートを恨みがましい目で見つめ、エルナはうっかり自分の口にした言葉をひどく後悔し、大きなため息をついた。気が付けば、盗賊団に抱いた恐怖はすっかりなりを潜めているのだった。

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