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短編置き場  作者: 細井雪
7/30

思い出と、これからと【聖女と護衛騎士と、二十五年の想い 番外編】

『聖女と護衛騎士と、二十五年の想い』の二人の若い頃と本編後の話です。

蛇足感がありますが、二人の若い頃を書きたかったので、軽く読んで頂ければ幸いです。




「――暗いので足元にお気を付けください」


 その言葉と共に伸ばされた大きな手を、テリーザは緊張を含んだ眼差しで見つめながら、おずおずと自分の手を差し出した。

 手袋越しに手を引かれて、言われた通り薄暗い足元に気を付けつつ、ゆっくりと階段を上りながら、こっそりと視線を上げて先を行く黒髪の後ろ姿を見上げる。

 どうして護衛騎士の彼に連れられて階段を上っているのだろうと、テリーザは心の中で思った。


 テリーザが聖女となったのはひと月ほど前で、王都の神殿へやってきたのが半月前のことだ。

 神殿に着いてすぐに、護衛騎士を紹介された。

 テリーザの前で片膝をついて忠誠を誓ったときのことは、今でもよく覚えている。

 騎士なんてめったに見ることもない小さな農村で生まれ育ったテリーザには、その姿は物語の中の騎士そのものだった。

 末の弟は騎士に憧れていたので、もしその場にいたらきっと大はしゃぎしていたかもしれない。

 けれど、テリーザにとっては近寄りがたかった。

 物語の中から出てきたかのように、背が高くとても端正な顔立ちをした彼は、常に厳しい目で周囲を警戒していて、どこか近寄りがたいそんな存在だった。

 テリーザより十歳も年上の大人だからだろうか、側にいると緊張してしまう。


 そんな彼が突然、屋根に上りませんかと言ってきたのは、夕食前の休憩のときだった。

 急にそんなことを言われて理解が追い付かず、ただ目を点にするばかりのテリーザは、気がつけばめったに使われることのない様子の寂れた階段を上っていた。

 階段内は窓のない石造りのため暗く、護衛騎士が持つ灯りだけが頼りだ。

 テリーザは螺旋状の階段を上りながら、一体どこへ続いているのだろうか、いつまで上るのだろうかということを考えていた。

 そのとき。


「聖女様。着きました」

「え……?」


 ギギ……っと重い音を立てて扉が開き、その隙間から差し込んできたのは、眩しい橙色だった。

 思わず目を細め、再び開いたテリーザの視界に飛び込んだのは、夕焼けに照らされた王都の景色だった。

 王都の特徴的な白壁と屋根瓦の街並みが橙色に染まり、まるで夕日に飲み込まれるような光景に目を見張る。


「ここからは王都が一望できます」


 テリーザが瞬きをすることさえ忘れるほど見入っていると、側から護衛騎士が告げた。

 立っている場所を見回せば、そこは神殿の中でも一番高い建物の屋根の上で、先ほど上ってきた階段が屋根まで繋がっていたことを知った。

 神殿は高台に建っているため、広大な王都を一望することができる。


「すごい……」


 テリーザは独り言のように漏らした。

 美しい王都の街並みが夕日に照らされて輝いている。

 王都に初めて来た日、何て大きくて騒がしいところなのだろうと、田舎だった生まれ故郷しか知らなかったテリーザは少し怖気づいた。

 でも、こうして眺める景色は、故郷で見た夕焼けと同じように照らされてとても美しく、夕日の橙色に染まって温かく感じた。

 テリーザは首を伸ばしてその美しい景色を見渡した。


「あ……! あの川の側の塔は、王都に来た日に見ました……っ」

「橋塔です。地方から来たときに、必ずあの橋を通って王都に入ります」

「そうなんですね……。あっ、向こうに緑の広がる場所が……」

「あそこは中央公園ですね。冬以外は店も多く出ていて、民の憩いの場となっております」


 見えるいくつもの景色を指さして矢継ぎ早に尋ねたテリーザだったが、ややあって自分があまりにも興奮していたことに気づいて慌てて口を押さえた。

 おずおずと隣を見上げれば、護衛騎士の表情はいつもと変わらず、テリーザは余計に自分が興奮していたことに恥ずかしくなった。


「ご、ごめんなさい……」

「何を謝られているのですか?」

「子どもみたいにはしゃいでしまって……」


 テリーザはもう十五歳だ。

 そして聖女だ。

 常に落ち着き、周囲を導く存在でなければならない。

 聖女になったときからそう言われてきた。

 そのことを思い出して俯いたとき――。


「私の前では無理をなさる必要はありません」


 俯いたテリーザの視界に、跪いて目線を近づける護衛騎士の姿が映った。

 夕日に照らされたその顔は、聖女の護衛を担っているときの厳しい表情ではなく、穏やかなものだった。

 その表情はまるで、故郷の両親や兄たちのように温かく見守るような雰囲気を宿していて、そんな懐かしい表情を向けられたテリーザは、心の奥に仕舞い込んでいた懐郷の情が溢れ出した。

 十五歳とはいえ突然故郷から王都へと一人で出てくることになったテリーザは、本当はずっと心の中で故郷の家族が恋しくて仕方がなかった。

 けど、まだ若い聖女に神殿の人たちはみな優しくしてくれたので、だからこそ子どもみたいなことは言えなかった。

 早く一人前の聖女にならなければならない。

 そんな風に気を張り詰めていたテリーザを、常に厳しい目をしていて近寄りがたいと思っていた護衛騎士が、夕焼けの温かな色に染まった顔でまっすぐに見つめた。


「私は常にあなた様のお側におりますから、何でもおっしゃってください」


 周囲を警戒する厳しい目とは正反対の、穏やかに細められた目がテリーザを映した。

 テリーザの心の奥が、じんわりと温かくなる。

 その温もりはテリーザを温めるように指先まで広がっていき、張り詰めていた緊張を解かしていった。


「……ずっと、側にいてくれますか……?」

「ええ。もちろんです」


 テリーザが尋ねると、護衛騎士は穏やかな微笑みを向けた。

 その後、二人で並んで屋根の上に座りながら、テリーザの他愛のないおしゃべりに護衛騎士は相槌を返し、夕日が西の空の向こうに消えゆくまで王都の街並みを眺めた――。




***




 懐かしい思い出だった。

 なぜ思い出したかというと、きっとあのときと同じように手を引かれて階段を上っているせいかもしれない。


「き、騎士様……、少し休憩を……」


 ただ、あのときのように、すいすいとは上れない。

 テリーザは自分の年齢を自覚せずにはいられなかった。

 十五だったあの頃と違って、何段も続く階段は正直足腰に響いて息が切れた。


「抱いて行きましょうか?」

「だ、大丈夫です……っ。歩けますっ……」


 テリーザの手を引く護衛騎士――今は引退したので元護衛騎士は、本気で抱き上げそうなそぶりを見せたので、テリーザは慌てて首を横に振り、自分の足で階段を上った。

 見た目は同じように年齢を重ねてきたはずなのに、少し前まで現役の騎士をしていた彼は、こんな階段なんて大した疲労にもなっていない様子だ。

 前を行く背中を見上げれば、黒かった髪は大分白くなっているけれど、あの頃の思い出と重なって見えた。

 そうして時間をかけてようやく階段を上り終えると、開かれた扉から明るい陽の光が差し込んだ。


「着きましたよ」


 声に誘われて扉をくぐると、そこは少し高い石塀に囲まれていて、テリーザは塀の側まで近づき向こう側を覗き込んだ。

 すぐ下には川が流れ、そこにかかる橋を多くの人や荷馬車が渡っており、その向かう先には王都の美しい街並みが広がっていた。


「綺麗……」


 雲一つない青空の下、王都の統一された白壁と屋根瓦の街並みがよく映えて美しく、橋を行き交う人々からは活気あふれる声が聞こえて、テリーザは自然と頬を緩ませた。

 賑わう様子をもっと見たくて下を覗き込もうとしたとき、隣に人の気配がして肩を引き寄せられた。

 驚いて顔を上げると、元護衛騎士が穏やかな表情でテリーザを見つめていた。


「あまり身を乗り出すと危ないですよ」

「騎士様……」

「もう騎士ではありません。名前でお呼びください」


 肩を抱き寄せる手に力がこめられ、テリーザの頬に赤みが帯びる。

 促す視線を感じながら小さく口を動かした。


「……アラン様……」

「様もいりません。私たちは夫婦で、同じ立場なのですから。私もテリーザと呼びます」

「……アラン……」

「ええ、テリーザ」


 小さな声で言い直せば、元聖女の元護衛騎士はとても嬉しそうに微笑んだ。

 テリーザはまだ彼を名前で呼ぶことは慣れなかった。

 聖女を引退し、同時に初恋の人と夫婦となったのは、つい数日前のことなのだから。

 まだ実感がわかなくて、聖女と護衛騎士という間柄だったころにはなかったこの触れ方も、当分慣れそうにない。

 その気恥ずかしさを隠すようにテリーザは目線を戻した。


「ここが神殿の屋根から見えた橋塔ですか? 上ることもできたのですね」

「ええ。基本的には開いていませんが、長く過ごしてきた王都ですから、最後にここからの景色もお見せしたくて、塔主に立ち入りを頼みました」

「そうだったのですね。ありがとうございます」


 隣に並ぶアランを見上げて礼を告げると、彼は穏やかな表情を浮かべていた。

 今、二人がいるところは、王都の周囲を流れる川にかかる橋に設けられた橋塔の上で、テリーザが初めて王都にやってきた日に通った場所でもあり、二十五年前に神殿の屋根からも見えた場所だ。

 二十五年間過ごした王都だが、神殿とは反対側から見る光景は新鮮で、テリーザは目を輝かしながら見渡した。


「あっ、神殿が見えます。ふふ、つい数日前までいたところなのに何だか懐かしいです」

「そうですね」

「私の故郷はどこでしょうか?」

「向こうの方角ですが……さすがに見えませんね」


 アランは神殿とは反対側の遠くの方角を指しながらも、どこまでも続く山の景色に苦笑いを浮かべた。


「時間はたくさんありますから、ゆっくり向かいましょう。あなたの故郷に行くのが楽しみです」

「村人より羊の方が多いところなので、きっと驚かれると思います」

「それはますます楽しみになってきました。案内してくださいね」

「ええ、任せてください」


 二人は顔を合わせて穏やかに笑い合う。

 これから二人でテリーザの生まれた故郷へ向かう予定だ。

 ゆっくりと、色々なところに立ち寄りながら、これまで共に過ごしてきた日々と同じように、これから続く未来に向けて二人で歩み始めた――。




本編で一度も出ることのなかった護衛騎士の名前はアランでした。

読んで頂きありがとうございました。

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