魔女が拾った子ども
懐かしい魔女集会を思い出して。
拾った子どもが魔女の想定外の成長をして困らせながらも限られた時間を一緒に過ごす、そんな話が好きでした。
家族愛なビターエンドです。
冬の寒い路地裏。
「――おやまぁ、貧相な子どもだねぇ」
魔女はやせ細った人間の子どもを見つけた。
五、六歳くらいの男の子だ。
身にまとっているのはボロ切れのような衣服で、これでは朝を迎える前に凍死してしまうだろう。
親を亡くしたのか。
親に捨てられたのか。
どちらにしても、そんな子どもは世の中にあふれるほどいた。
いちいち足を止めていてはきりがない。
同じ人間たちだって、不幸な子どもに目を向けようともしないのだから。
けれど。
珍しく足を止めてしまったのは、やせ細り体力など残ってもいないだろうに、通りかかった魔女を見上げてまっすぐな視線を向けてきたからだろうか。
魔女をまっすぐに見つめるなんて、いい度胸だ。
そう思って、魔女は赤い唇を笑わせた。
「面白いねぇ。おまえ、魔女についてくるかい?」
子どもは小さく頷いた。
それを見て、魔女は赤い唇をますます笑わせる。
「度胸があるようだし、少しは役に立ちそうだ」
魔女は子どもに手を伸ばして、その細い腕をつかんだ。
永遠の時を生きる中で、たまには人間の子どもを育ててみるのも良い遊びかもしれない。
「おまえ、名前は何て言うんだい?」
「アルフレッド……」
「良い名前だねぇ。それじゃあ、アルって呼ぼうか。私のことはそうだねぇ、お師匠様とでもお呼び」
「お師匠様……?」
「ああ。出来が良かったら弟子にしてやるから、私の手足としてよぉく働くんだよ」
そう言うと、子ども――アルフレッドは小さく頷いた。
魔女はその腕を引いて住処へと連れて帰った。
「さて、まずはその汚い身なりをどうにかして貰おうかね。私の家を汚したらただじゃおかないよ」
「はい、お師匠様」
魔女はまず初めに、アルフレッドを風呂に入らせて体中の汚れを落とさせた。
その間に使い魔に命じて新しい子ども用の服を用意させる。
「次は食事だねぇ。私の手足が力不足では困るから、しっかり食べて体力をつけるんだよ」
「はい、お師匠様。いただきます」
魔女は野菜から毒草まで並ぶ台所に立ち、食事の用意をした。
せっかく雑用でもさせるつもりで拾ったのに、骨と皮だけのような貧相な体では井戸水一つ運べなさそうだから、まずは人並みにさせなければならない。
しかしせっかく肉も魚もふんだんに使って用意した食事も、弱っている体では受け付けなかったのか、少し食べただけで腹を押さえ始めたので、仕方なく味の薄いスープを作り直した。
魔女に食事を作り直させるなんて、何て図々しい人間だろうと思った。
「贅沢に食べたんだから、しっかり勉強もして貰うよ。馬鹿な子どもはいらないからね」
「はい、お師匠様。頑張ります」
魔女は自ら子どもに文字を教えた。
意外にも物覚えは悪くなく、次は数字を教え、計算も教えた。
計算ができれば薬の調合のときにも手伝いをさせられる。
教えればどんどん覚えていくところには、少し感心した。
これは、思いのほか有能な弟子になるかもしれないと、魔女は自分の見る目を自画自賛した。
そうして、魔女と拾われた子どもは共に暮らしながら、月日は流れていった。
***
――十数年後。
「さあ、お師匠様、どちらへ行きますか? 俺はあなたの手足なんですから、どこまでもお運びいたしますよ!」
「……下ろしな。私は自分の足で歩けるよ」
すっかり成長したアルフレッドに横抱きで持ち上げられながら、魔女は呆れの含んだ声で言った。
しかしアルフレッドは満面の笑みを浮かべたまま、腕の中から魔女を下ろそうとしなかった。
「地面を歩いたら靴が汚れてしまいます。大丈夫ですよ、俺がお連れしますから」
「おまえは靴の意味を調べ直してきな」
「魔術の道具も準備しています。ほかに何かご命令があれば、何なりとこの手足である弟子に命じてください」
「人の話を聞きな」
魔女は刺々しい口調で言うものの、アルフレッドの笑顔は絶えることがない。
妙齢の姿のまま永遠の時を生きる魔女と違い、すっかり成長した弟子を見上げる。
拾ったときは貧相だった外見はすっかり背も伸び、青白かった顔も血色を取り戻して溌溂とし、魔女を軽々と持ち上げられるほどに逞しくなった。
だが、畑に薬草を摘みに行こうとしたり、ただ散歩に出ようとするたびに、飛んできて持ち上げようとするほど逞しく育って欲しかったわけではない。
一体どこで育て方を間違えてしまったのだろうかと、魔女は過去の自分を叱責した。
「俺はお師匠様の手足なんですから、どうぞ頼ってください」
「はじめに私が言っておいてなんだが、おまえ献身的すぎてちょっと気持ち悪いよ」
「光栄です」
「嫌味だよ」
物覚えも良く勉強もできたはずなのに、ちっとも話が通じない弟子に、魔女は頭を抱えた。
***
――数十年後。
「お師匠様……。申し訳ありません、今日はちょっと体が動かなくて……」
ベッドに横たわったアルフレッドが、かすれた声で言った。
皺の多くなった肌、赤みのない顔色、袖から出た細い指先を、魔女は静かに見下ろした。
「……人間は脆いな」
「お恥ずかしいです」
アルフレッドが力なく笑う。
魔女は椅子を引っ張ってきて側に腰を下ろした。
人間は脆い。
あっという間に衰える。
拾ったときには小さく貧相だったのに、すぐに成長して逞しくなったと思っていたら、そこからは老いていくだけ。
昔はあんなに魔女を持ち上げてどこへでも連れて行こうとしていたのに、今ではこうしてベッドで横たわっていることの方が多くなった弟子を見ながら、流れる時の違いを感じた。
見た目だけで言えば、とうの昔に魔女を追い越して、アルフレッドの方が年上になってしまった。
「……アル。ほら、薬を飲みな。少しは楽になる」
「お師匠様の手を煩わせてしまい、申し訳ありません……」
か細くなった声で詫びる弟子に、魔女は薬湯を匙ですくった。
「……おまえは私の手足なんだから、私の手もおまえのものだよ」
匙を口元へと運んで飲ませる。
「相変わらず苦いですね……」
薬湯をゆっくりと飲み込んだ口は、苦いと言いながら小さく笑った。
「子どものころ、風邪を引いて薬を飲ませて貰ったとき、あまりにも苦かったので毒を飲まされて殺されるんだと思いました……」
「魔女らしいねぇ」
「毒みたいに苦くて、でも汗を拭いてくれる手は優しくて、あなたになら殺されても良いと思ったんです……」
笑った目元が皺を刻んで、まっすぐに魔女を見上げる。
まるで、初めて出会ったときに、まっすぐ見上げてきたときのよう。
もう何十年も前の、懐かしい思い出。
「お師匠様、あのとき拾ってくださりありがとうございました……」
魔女は思った。
人間の子どもなんて、拾わなければよかったと。
「……都合のいい弟子が欲しかっただけだよ」
「あなたの弟子になることができて、幸せでした……」
「……まぁ、少しは役に立ったね」
「お役に立てて良かったです。……すみません、少し眠くなってきました……」
あのとき拾わなければ、きっと永遠に知ることもなかったのに。
熱に苦しむ姿に、不安を募らせる夜を。
「お師匠様、少し休みますね……」
老いていく姿に、残される寂しさも。
きっと知らずにすんだはずなのに。
ベッドに横たわる姿を見つめながら、知らずにいればよかった感情がこみ上げる。
「……アル」
名前なんて聞かなければ、もう返ってこない返事を永遠に待つこともなかったはず。
魔女を恐れることなく触れてくる手も。
魔女の元へと駆け寄ってくる足も。
あの愛おしい温もりは、もう伝わってこない。
「おまえは一番の弟子だったよ。おやすみ、私のいい子……」
それでも、短くも賑やかだった日々を思い出して、幼子にするように優しく頭を撫でた――。
読んで頂きありがとうございました。




