髭の執事さま
8/8は髭の日だったので、遅刻しましたが髭の執事の話です。
短いです。
「――あら、執事さま。汚れが残っていましたか?」
セルマが客間前の廊下を通りかかったとき、室内に執事のチャールズがいて窓のすぐ側で立ち止まっているのが見えた。
掃除のやり残しがあってはメイドである自分たちの責任なので、中に入って彼の目線の先を覗き込む。
「いえ。綺麗に掃除されているので問題ありません」
しかしチャールズが首を横に振った通り、窓ガラスにも窓枠にも埃一つなかった。
ではなぜ立ち止まっていたのだろうかとセルマが気になっていると、それを察したのかチャールズは少し気まずそうに口を開いた。
「……髭がない方が良いかと考えていました」
「まあ」
どうやらガラスに顔を映して見ていたらしく、チャールズは自身の髭に触れた。
髪と同じ色素の薄い茶色の髭を、上唇の上だけに小ぎれいに蓄えている、そんな髭だ。
「急にどうされたのですか?」
「この間、お嬢さまのお子さまが、私の髭を見て泣いてしまったので……」
「あら、まあ」
お嬢さまと言うのはこの伯爵家の二番目の娘のことで、数年前に嫁ぎ、最近生まれた赤ん坊を見せに帰ってきていた。
どんなときでも動じない執事が赤ん坊に泣かれて密かにショックを受けていたことに、セルマは申し訳なくも笑ってしまった。
「でも、童顔だから髭をお立てになったのではありませんでしたか?」
「……」
先代執事の退職に伴い執事の職に就くこととなったとき、少々若く見える顔立ちに悩んで髭を蓄えたことを覚えているセルマは、そう尋ねた。
するとチャールズは無言になったので、どうやら同じことを懸念していたのだろうと予想がつく。
真面目な執事のチャールズは、ガラス窓に自身の髭を映して、赤ん坊に泣かれたショックと、剃ってしまうと童顔になってしまうことの間で悩んでいたらしい。
セルマは苦笑を浮かべながら、真剣なその顔を覗き込んだ。
「どちらでもよろしいと思いますよ。ただ……」
セルマは真剣な顔の口元へと手を伸ばした。
「髭がなかったら、別のお方と口づけをしているような気持ちになりそうですね」
上唇の上に伸びる髭を指先で撫でる。
するとチャールズは微かに目を見開き、それから何かを思案したあと、遠慮なく髭を触るセルマの指先を握って引き寄せた。
「……それは困りますね。やはり髭をなくすのは止めておきましょう」
弧を描いている愛おしい唇に、髭を蓄えた唇でそっと触れた。
二人は年の差かもしれないし、実は意外と若い執事かもしれないし、童顔なイケオジかもしれないし、どうぞお好きな年齢を想像してくださいませ^^
読んでいただきありがとうございます!




