仔竜と出会った没落令嬢は、年下竜騎士と家族になる
タイトル後半が高速で進みます。
大変な事態に遭遇してしまいました。
いつも通り仕事を終えたあと、今夜は羊肉のスープでも作ろうと思い市場で夕食の材料を購入して帰る途中、木の上にこどもの竜がいるのを見つけてしまったのです。
「竜がどうしてこんなところに……?」
この国には竜が存在しますが、とても珍しく貴重な種族のため国が保護しており、そうそう見ることができるものではありません。
私も二十三年の人生で初めて見ました。
まさか、王都から遠く離れた田舎町の外れにある木の上で目撃するなんて……。
薄い青みを帯びた体をし、小さいながらも立派な羽が生えた仔竜です。
大きな成竜でしたら驚くだけだったかもしれませんが、こどもの竜だけというのはやはり気になってしまいます。
近くに親竜の姿もなく、まるで鳥が羽を休めるように木の上にいますが、どこか元気がないようにも見えます。
そう思っていたそのときです。
「ピ~……」
「まあ! 危ない……!」
木の枝にもたれかかっていた仔竜が、元気のない声と共に落ちてきたのです。
とっさに両手を伸ばして、落ちてきた仔竜を受け止めます。
抱えた拍子に尻もちをついてしまいましたが、芝生が広がっていて良かったです。
仔竜は私の腕でも十分に抱えきれる大きさで、尾を下げたまま大人しくしていました。
「どうしましょう……。ひとまず、領主様のお屋敷か、もしくは騎士団に連絡した方がいいのかしら……」
「ピー! ピー!!」
「えっ、嫌なの?」
大人しかった仔竜が突然怒った様子で鳴き出したので驚きました。
しかし、仔竜は次の瞬間には急に力をなくして、私の腕の中で弱々しくなってしまいました。
「ど、どうしたの……っ?」
「ピー……」
ピーという鳴き声に続いて聞こえてきたのは、グーとお腹の鳴る音でした。
いいえ、私のお腹からではありません。
となると、仔竜のお腹が鳴った音でしょう。
「もしかして、お腹が空いているの?」
「ピ、ピ」
「さっき買った羊肉しかないけれど、竜って羊肉を食べるのかしら?」
仔竜は空腹だったようで、目をうるうるとさせて見上げてくるものですから、先ほど買ったばかりの羊肉をあげることにしました。
竜の食べる物が何かはよく分かりませんでしたが、羊肉は問題なかったようで勢いよく食べていきます。
相当お腹が空いていたのでしょうか、すぐに羊肉は跡形もなくなってしまいました。
「お腹いっぱいになったかしら?」
「ピピッ、ピ」
私の夕食が野菜だけのスープになってしまいましたが、お腹を満たして元気になった仔竜がご機嫌な声で鳴きながら、前足で私の手を握ってくる仕草が可愛かったので良しとします。
「じゃあ、町に……」
「ピピー!」
お腹を満たしたことなので町に連れて行こうとしたら、やはり怒られてしまいました。
仔竜の鳴き声は可愛らしいものでしたが、態度には本気で嫌がっている様子が伺えます。
国に保護されるべき貴重な竜なので、町へ連れていき領主様か騎士団に取り次いで頂いた方が良いと思いましたが、あまりにも嫌がるため取り合えず家に連れて帰ることにしました。
私は一人暮らしなので、仔竜が一匹増えるくらいは問題ありません。
自宅は町から外れたところにありますが、毎日町の中央へ行くので仔竜を探している話があればきっと聞こえてくるでしょうし。
竜を隠していると罪に問われないことを願うばかりです。
「さあ、ここが我が家よ」
「ピー!」
「飛ぶのが上手ね」
家に連れて帰り仔竜の様子を再確認してみると、特に怪我をしている様子もなく、ただお腹が空いて元気がなかっただけのようで、自由に家の中を飛び回りました。
ひとしきり飛び回ると、ゆっくりと降りてきて上手に私の肩に着地します。
名前がないと呼びづらいので、ピーと鳴くためピーちゃんと呼ぶことにしました。
「私はフィオナよ。よろしくね、ピーちゃん」
「ピー」
気に入ってくれたのか、ピーちゃんは元気よく鳴きました。
***
そんな風にピーちゃんとの生活が始まり、家の中は一気に賑やかになりました。
「ピーちゃん、あまり飛び回ってはダメよ」
「ピー、ピー!」
格安で譲って貰った家は、以前は物置小屋だったところで、仔竜とはいえ羽を広げて飛び回るには少々手狭です。
実は屋根も傷んでいるところが多いので、ピーちゃんがくるくると飛ぶたびに、家が壊れてしまうのではと内心ヒヤヒヤしています。
私は、元は貴族の家に生まれましたが、子爵位を持っていた父が数年前に詐欺に遭い、財産も爵位も失い没落してしまいました。
父は人を疑わないお人好しな性格だったので、甘い話には気を付けるよう散々言っていましたのに。
そのあと両親も亡くなってしまい、田舎の外れで一人暮らしをしていたところです。
少々寂しい気持ちもあったので、ピーちゃんとの暮らしは正直嬉しくもありました。
言葉は通じずとも誰かと一緒に食べる食事は美味しいですし、夜は時々寝ぼけたピーちゃんが無意識に羽を動かして浮かんでいる姿なんて、もうとても可愛いのです。
ただ、やはり家の中を飛び回られると大変です。
「あっ、危ない!」
「ピピー!」
「もうっ、だから言ったでしょう?」
「ピ~……」
羽を広げて勢いよく飛ぶものですから危うく天井に激突しそうになり、直前で何とか止まることができて、ゆっくりと降りてきました。
私が語気を少し強めて叱ると、ピーちゃんは元気をなくした声で鳴いてきます。
しかしうるうると目を潤ませながら見上げられると、私もそれ以上強くは言えません。
ピーちゃんに甘い自覚はありますが、そもそも人間でいえばまだ小さな子どもにあたるくらいだと思うので、きっと狭い家の中は窮屈なのでしょう。
竜ですから、もっと広いところを羽ばたきたいのだと思います。
「……仕方がないわね。少しだけ外に行きましょうか」
「ピー!」
夜が更けるのを待ってから、ピーちゃんと一緒にこっそり外へ出ることにしました。
今夜は月明かりのない新月なので、誰かに見つかる心配もありません。
「ピー、ピー!」
ピーちゃんは楽しそうに鳴きながら、真っ暗な夜空を自由に飛び回りました。
やはり狭い家の中より気持ち良さそうです。
私は近くにあった岩の上に腰を下ろし、夜空を飛ぶピーちゃんを見上げながら、これからのことを考えました。
ピーちゃんとの生活は大変なこともありますが、とても楽しい日々です。
けれど、いつまで続いてくれるのでしょうか。
ピーちゃんはきっと大きな竜に成長するはずです。
そうなれば狭い我が家に入らなくなるでしょうし、このまま貴重な竜を隠し続けるわけにはいきません。
ピーちゃんが町へ行くのを頑なに拒むことにも、何か理由があるのかもしれません。
「ピピピー」
夜空に楽しそうな鳴き声が響きました。
***
「隣の領地に竜騎士様が現れたそうよ」
仕事で町に行ったとき、そんな話を聞きました。
「まあ、竜騎士様ですか」
「こんな王都から離れたところでは竜騎士様を見る機会なんてめったにないから、若い娘たちは着飾って隣の領地まで行きたがっているらしいわ」
町で一番大きな商家の奥様がそうおっしゃいます。
こちらの奥様は、ご結婚前は貴族のご令嬢として王都で暮らし、社交界の花と呼ばれていましたが、商家の若き主と大恋愛に落ちて、貴族の身分も名声も手放してご結婚されたという経緯をお持ちの方なのです。
けれど社交界の花として最先端のドレスを着こなし流行を引っ張っていた腕を婚家でも発揮され、嫁ぎ先の商家をさらに大きくさせたことでも有名です。
父が爵位を失い没落したあと、私も働かなければならず仕事を探していたときに、貴族令嬢として学んだ刺繍の腕を見込まれて奥様に雇って頂きました。
他にも、町の若い娘さんたちに礼儀作法を教えて欲しいと言われたりして時おり家庭教師をしたりと、奥様にはとてもお世話になっています。
「竜騎士様は若い女性の憧れの的ですものね」
奥様のおっしゃっていた竜騎士様とは、その名の通り竜を使役する騎士様のことです。
大きな竜に乗って空を飛ぶ姿は勇ましく、特に小さな子どもや若い女性からはとても人気があります。
「フィオナさん、あなたは興味ないの?」
「私はもう若い娘ではありませんから」
笑ってそう言いましたが、奥様は額に手を当てられて、それからいつもより声音を強めました。
「フィオナさん。あなたこのままで良いの?」
「このまま……とは?」
「結婚よ!」
「まあ、奥様。結婚だなんて、私はもう二十三歳ですから関係ありませんわ」
「フィオナさん!」
とうとう奥様の声が大きくなってしまいました。
しかしこの国では、女性は成人の十八歳頃からどんどん結婚の準備を始め、二十歳頃には半分以上の女性が結婚していると言われ、遅くても二十二歳までにはと口酸っぱく言われるものです。
なので、二十三歳の私は嫁き遅れと言われる年齢なのです。
ちょうど成人する頃に家が没落してしまい、当然結婚を考える余裕なんてありませんでした。
けれど、私はそのことをあまり気にしていません。
「奥様。ご心配くださりありがとうございます。でも、私は自分の手で稼いで、のんびり過ごす今の生活を充分幸せに思っています」
そう伝えると、奥様はまだ何か言いたげではありましたが、「何か困ったことがあれば遠慮なく言いなさい」と親切にしてくださり、私はお礼述べて帰ることにしました。
奥様の言うことも分かっています。
この国では女性が働くことは一般的ではなく、結婚して家に入ることが多いので、特に私はもう身寄りがないので心配してくださってのことだと。
確かに暮らしは楽ではありませんが、父が詐欺に遭ったときに、自分と結婚したら助けてやるなんて迫る男性たちもいて、もちろん父にも母にも大反対されて断りましたが、あまり結婚に夢を持っていないのも事実なのです。
素敵な方がいらっしゃれば別ですが、適齢期を過ぎた私にそんな良い話があるわけもないですし。
それに、今うちにはピーちゃんがいるので、幸せなのは事実です。
しかし、先ほど奥様がおっしゃっていた、隣の領地に現れた竜騎士様とは、ピーちゃんと何か関係があるのでしょうか……。
***
そんなことを考えながら家に着くと、玄関前に騎士服姿の見知らぬ男性が立っていました。
「――ここにエウトロピアスがいるだろう?」
騎士服には竜の刺繡がされております。
竜の刺繍が施された騎士服――それは竜騎士の証明です。
これはもしかして、奥様がおっしゃっていた隣の領地に現れたという竜騎士様でしょうか。
見た目からすると私より年下の若い騎士様のようですが、とても整ったお顔立ちをしており、若い女性に人気がありそうです。
しかし、腰には立派な剣を携えて、厳しい表情でこちらをまっすぐに見ており、空気がぴりっと張りつめています。
「エウ……?」
「この辺りからエウトロピアスの気を感じる。素直に白状すれば、こちらも手荒なことはしない」
エウトロピアス……とはいったい何のことでしょうか。
聞き慣れない言葉に訳が分からずにいましたが、家の中から耳に馴染んだ声が聞こえてきました。
「ピー!」
「エウトロピアス!」
「えっ、ピーちゃん?」
バンっと扉を開けて飛び出してきたピーちゃんは、勢いよく竜騎士様に飛びつきました。
領主様や騎士団のことを口にすると拒否感を示していたピーちゃんでしたが、こちらの竜騎士様には好意的なようです。
竜騎士様はさきほどまでの厳しい表情から一転して、とても優しい眼差しでピーちゃんを見つめているので、問題はないお方だと分かりました。
ただいつまでも玄関前にいるわけにもいきません。
とりあえず家の中へ案内して、これまでの経緯を説明すると、竜騎士様は勢いよく頭を下げられました。
「私は王国竜騎士団に所属する、バートランドと申します。エウトロピアスを守ってくださった恩人に無礼な態度を取り、申し訳ございませんでした」
「いいえ、お顔を上げてください。申し遅れました、私はフィオナと申します」
上位の地位である竜騎士様に頭を下げられてしまっては、むしろこちらが困ってしまいます。
竜騎士様は顔を上げると、「エウトロピアス」と言いながらピーちゃんの頭を優しく撫でました。
エウトロピアスとは、ピーちゃんの名前のようです。
こんなに立派な名前なのに、私はピーちゃんと呼んでいたことが少し恥ずかしいです。
あら、でも偶然とはいえピの文字が入っていますわね。
「実は、エウトロピアスは、ひと月前に浚われたんです。これはできれば内密にして貰いたいのですが……犯人は騎士団の関係者でして、調べたところエウトロピアスが途中で犯人から逃げ出したことが分かり、気配をたどってようやく見つけることができました」
「それでピーちゃんは騎士団の名を出すと怒っていたのですね……」
「ピーちゃん……? あ、あぁ、エウトロピアスのことですか」
つい癖でピーちゃんと呼んでしまい、竜騎士様を戸惑わせてしまいました。
けれどピーちゃんは「ピ、ピー」と鼻歌のように鳴いているので、この呼び方を嫌がってはいないようです。
でしたら、もう少しだけピーちゃんと呼びたいです。
だって、竜騎士様がピーちゃんを探しにきたということは、ピーちゃんが帰ってしまうということですから。
いつかこんな日が来ると思っていましたが、予想よりずっと早かったためか、それとも本当はこんな日が来てほしくないと私が願っていたのか、寂しくなってしまいました。
けれどピーちゃんは竜騎士様の元で、きっと立派な竜になるでしょう。
こんな狭い部屋の中で窮屈に飛び回ることはもうないのです。
笑顔で見送らなければなりません。
「このお礼は必ず致します。エウトロピアス、さぁ帰ろう……え……えっ?」
「ピッ、ピッ!」
竜騎士様はそう言って、帰ろうとピーちゃんを促しました。
しかし、ピーちゃんが怒ったように鳴きだしました。
その鳴き声に竜騎士様が耳を傾けます。
どうやら、竜騎士様はピーちゃんと会話ができるようで、しばらく話しをされていましたが、突然驚いた様子で私とピーちゃんを交互に見ました。
それから気まずそうに口を開きます。
「あの……エウトロピアスがあなたのことを母親だと……」
「まぁ」
ひと月という短い期間でしたが、母親と思ってくれるほど懐いて貰えて嬉しい気持ちになりました。
でも、ピーちゃんは竜騎士様と本来の場所へ帰らないといけないので、余計に寂しくなってしまいます。
いつものように前足で私の手を取ってくれるのを、これが最後と思い握り返しました。
「ピーちゃん、ありがとう。元気でね……って、あら、あら……?」
「ピッピッピ」
「エウトロピアス?」
するとピーちゃんは、もう片方の前足で竜騎士様の手を取りました。
ピーちゃんを真ん中に挟んで私と竜騎士様が並ぶ格好です。
「まあ、家族みたいね」
小さなピーちゃんを真ん中に挟んで立っていると、私がまだ小さな子どもだったときに両親と手をつないでいた頃を思い出して懐かしくなってしまいました。
ピーちゃんはまだ何か鳴いていて、それを聞いた竜騎士様のお顔がなぜか赤く染まっていきます。
竜騎士様はピーちゃんの言葉が分かるようで羨ましいですわ。
しばらくして、竜騎士様は顔を赤くしたままこちらを横目で見ました。
「その……エウトロピアスが俺のことは……父親……だと」
つまり、私が母親で、竜騎士様は父親で、ピーちゃんは子どもということですね。
では……私と竜騎士様は夫婦ということになるのでしょうか。
竜騎士様と目が合い、なぜか竜騎士様のお顔がさらに真っ赤になってしまいました。
そんな私たちの間で、ピーちゃんは手を放そうとせず、どこか楽しそうに鳴いています。
このとき、私はまだ知らなかったのです。
このあとピーちゃんが頑なに私の手を放そうとせず、通訳してくださる竜騎士様曰く「離れたくない」と駄々をこねて大変なことになることを。
そんなピーちゃんに負けてしまい、私も王都へ行くこととなり、ピーちゃんと竜騎士様と一緒に暮らすことになって、それから色々あることも。
そうして、竜騎士様と本当の夫婦になり、ピーちゃんとも家族になるのは――もう少し先の話。
仔竜の鳴き声は「ピー」で良いのかなと思いつつ可愛いので良しとしました。
読んでくださりありがとうございます!




