表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
短編置き場  作者: 細井雪
27/30

寒い日には

冷え性な内気女性社員と明るい男性社員の、最強寒波の日の一コマ。




 私、上村加絵(うえむらかえ)は寒いのが大の苦手だ。


 それなのに、ニュースで今季最強寒波と何度も繰り返されていた通り、今日はぐんと気温が下がって凍えるような寒さとなった。

 中継されていた北国の背丈を超すような雪は降らないけれど、道行く人たちは普段以上の厚着をして足早に通り過ぎている。

 会社に着けば暖房が効いているので一安心――と思いきや、予想外のことが起きた。


「寒い……」


 思わず口から零れ落ちた言葉が、人気のない資料室に空しく響いた。

 この最強寒波の日に、仕事で昔の資料が必要になったため、暖房の効いていない資料室まで行くことになってしまった。

 あまりに寒すぎて震えてしまう。

 せっかく暖房の効いた職場についたのに、すっかり冷えてしまった手をこすり合わせた。

 昔から冷え性で、手足はすぐに冷たくなってしまう。

 冷え性のせいか、顔色もよく青ざめていると言われる。

 でも、実家の母も三つ下の妹も冷え性なので、きっと遺伝なのかもしれない。

 せめてカイロがあれば少しは暖が取れたのに、よりによってこんな日に忘れてしまっていた。


「早く探して戻ろう……あ、一番上にある……」


 探していた資料のファイルは、棚の一番上にあった。

 手を伸ばしても届きそうにない。

 脚立を探してこなければ……と思っていたとき、せめて暖房が入ってこないかなと思って開けたままの扉の向こうから声がした。


「上村さん」

日高(ひだか)くん?」


 聞こえてきた声の主は、三年前に同期入社した日高くんだった。

 私は庶務課、彼は営業と部署は異なるけれど、明るく社交的な性格の日高くんは気さくに声をかけてくれる。


「出張のお土産持って庶務課に行ったら、上村さんが資料室に行ったって聞いて様子を見に来たんだけど、大丈夫?」

「いつもありがとう。実は探していたファイルが一番上にあって、脚立を探していたところなの」

「俺が取るよ。どれ?」


 目当てのファイルを示すと、日高くんはさっと手を伸ばした。

 優しくて行動力の早い彼を、私は入社した日から尊敬していた。

 三年前の入社日、緊張していつも以上に血の気をなくしていた私を、日高くんは心配して声をかけてくれた。

 それ以来、日高くんにはよく助けて貰っている。

 彼は営業部での成績も良く、同期の中では一番早くに出世するだろうと噂されていた。

 きっとそうだと思う。

 気さくで親切な彼は男女問わず頼りにされているし、見た目も爽やかで話しやすいので特に女性社員から人気が高く、私は同期ということで彼に恋人がいないかよく聞かれるけれど、恋人ができたという話はいまだ聞いたことがなかった。


「はい。これで当たってる?」

「うん、ありがとう」


 取って貰った資料のファイルを受け取ろうと手を伸ばした、そのとき。


「わっ、上村さん、手冷たいよ!」


 受け取った瞬間、わずかに指先が触れてしまって、日高くんが驚いた声を上げた。

 思わず急いで手を引っ込める。


「ご、ごめん……!」


 昔から、不意に友人の手に触れた時などよく驚かせてしまった。

 冷たいを通り越して凍っているとまで言われるほど冷え切った手で触ってしまって、きっと日高くんもびっくりしたはず。


「上村さん、こんなに手が冷たいなんて体調でも悪いの? 大丈夫?」

「ううん、違うの。私、冷え性だから、いつも冷たいだけなの」

「冷え性?」

「うん、今日カイロも忘れちゃって……」


 いつもだったら時々カイロを握りしめて手を温めているのに、こんな日に限って忘れてしまい、そのうえ冷たい手で日高くんを驚かせてしまうなんて。

 今さら自分の両手をこすり合わせてみるけれど、それくらいでは温まる気配なんてないくらい冷え切っていた。


「そうなんだ。俺、暑がりだからカイロとか持ってなくて、ごめん」

「日高くんが謝ることじゃないよ。忘れた私が悪いから」

「でも冷え性だとそんなに手が冷たくなるんだ。俺は体温が高くていつも手が熱いくらいだから知らなかった」


 日高くんが両手の平を上に向けながらこちらへと伸ばして見せた。

 大きな手はふっくらとしていて、血色がよく指先まで赤く色づいている。

 太陽のような明るい雰囲気の日高くんは、同じように手も温かそうだった。

 そういえば、室内とはいえ上着を羽織らずワイシャツ姿で、さらに袖をまくっている。

 寒くないのかな……。

 私はといえば、暖かいインナーを着た上に制服を着て、セーターまで着こんでいる。

 体温が高いって羨ましい……と思いながら見上げていると、日高くんはなぜか困ったような表情を浮かべて、目線をさまよわせ始めた。


「日高くん、どうかしたの?」


 いつもまっすぐに相手を見る日高くんにしては珍しい。

 すると手の平を見せたままの状態で、わずかに眉を下げながらこちらをちらりと見た。


「えっと……俺の手は温かいので、握ったら温まると思うけど……どうですか?」


 少しだけ横を向いたままなぜか敬語でこちらを伺う日高くんは、頬がほんのりと赤く染まっていた。

 私はその言葉の意味を考えて、それからこちらに向けて伸ばされた温かそうな両手を見つめて、やっと日高くんが言わんとすることを理解した。

 体温が上昇する。

 冷え性で、いつも血の気がないと言われている私なのに。

 目の前の日高くんと同じように、顔が赤くなるのが自分でも分かった。


 日高くんの手は、とても温かかった。





モテ男に見えて手を握るまでに三年かかる奥手でした。

読んで頂きありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ