執事と家政婦の新婚話【執事と家政婦の休憩話・続編】
https://ncode.syosetu.com/n0967hn/3/の続編になります。
五十代新婚夫婦の話で、引き続き家政婦のゆるい一人語りです。
びっくりすることが起きました。
私、五十歳を過ぎてから結婚いたしました。
お相手はなんと、伯爵家のお屋敷で四十年も一緒に働いてきた、執事のアーヴィングさんなのです。
そう、あのアーヴィングさんなのです!
四十年前に働き始めた当初から優秀で、すぐに出世して、旦那様からも非常に信頼されているあのアーヴィングさんなのでございますよ!
あ、あら、私ったら興奮してしまいお恥ずかしい……。
コホン、そう、結婚したのですよ。
まさかこの歳で結婚するなんて、それも初恋の人と……。
一緒にお茶を飲んでいるときに、つい初恋だったと口を滑らせてしまい、なぜかそのまま旦那様のところへ引っ張って行かれたと思ったら、アーヴィングさんは旦那様に結婚の許可を願い出たのです。
もう私ったら驚いて驚いて……でも旦那様はなぜか笑っているばかりですし、アーヴィングさんは冗談を言っているようには思えないほど真剣な表情をしていて、あれよあれよという間に書類が用意されて、気づけば結婚していたのでございます。
いえいえそんな、嬉しくないわけではありませんのよ。
アーヴィングさんは五十歳を過ぎた今でも変わらず端正な顔立ちをしていますし、年齢を重ねるにつれて威厳にもあふれていますし、何より厳しくも優しい人柄は安心感がありますから。
思い返せば同じころに勤め始めて、楽しいときも大変なときも共に励んできた仕事仲間で、出会った四十年前から憧れの人で、そう……初恋の人で、今でも……心から大好きな方ですもの。
あ、あら! 私ったらまるで恋する少女みたいなことを言ってお恥ずかしい……。
――って、アーヴィングさん、いつからそこに!? えっ、さっきからずっといた!?
わ、私ったら声に出していませんでしたよね……。
――え? あら、もうお屋敷に行く時間ですわね。
居間の扉のところに立っているアーヴィングさんが、壁にかかっている時計を示してくれました。
この壁掛けの鳩時計は、結婚のお祝いに旦那様から頂いたものでございます。
といいますか、この家自体、結婚のお祝いにと敷地の離れにあった別宅をそのまま贈られて、それはもう倒れんばかりに驚いたものです。
四十年お仕えしてきたとはいえ、使用人同士の結婚はあまり歓迎されないものですのに、旦那様のお優しさには感謝してもしきれません。
アーヴィングさんも私も今まで通りお仕えするので、このご恩に報いるためにもより一層気を引き締めなければなりません。
ーーでは、行きましょうか、アーヴィングさん。
結婚休暇を頂いていたので、少し久しぶりのお勤めになります。
離れにあるこの家から出勤するのですが、同じ家からこうして一緒に行くのは、何だか……ちょっと気恥ずかしいものですね。
玄関へ向かい、アーヴィングさんと並んで外套を羽織りながら、ちょっと頬に熱が上がってしまいました。
こんな風に側に並んで身支度をしているなんて、本当に夫婦になったことを実感できて、いえいえ、夫婦だと分かってはいるのですが、夢のようでそわそわしてしまうのです。
側にいるアーヴィングさんは、仕事中と同じように相変わらず冷静で、きっとこんな気持ちなのは私だけなのでしょうけれど。
――アーヴィングさん? 私の顔に何かついていますか?
視線を感じて見上げれば、アーヴィングさんは首を横に振りました。
では何でしょうか、そんなに見つめて……。
――え? 憧れていた? 何にですか?
アーヴィングさんが憧れていたとおっしゃいます。
何に憧れていたのでしょうか。
私は気になって、アーヴィングさんの方へと一歩近づきました。
すると、なぜかアーヴィングさんが顔を寄せてきました。
そんなに近づかなくても、まだまだ耳はちゃんと聞こえますよ。
――朝? いってきますの、キ……。
最後まで聞き終えると同時に、私の唇に温かいものが触れました。
……結婚とは、私が思っていたよりも何倍も、甘い日々のようでございます。
そして、アーヴィングさんは、私が思っていたよりも何十倍も甘い方でした。
熱はいましばらく引きそうにありません。
一番そわそわしている執事です。
二年ぶりの続編ですが、読んで頂きありがとうございます!




