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悪ふざけ  作者: ヒジキ
2/3

 私達三人は恐怖心を和らげる為に悪態を付きながら細い石段を降りた。

既に日は暮れ始めている。


道に出ると街灯も点いていてその周りには小さな虫が沢山集まってきていた。


「やっぱり根暗は根暗だよね〜」


「ノリが悪趣味だよな、明日学校で会ってもシカトしようぜ。天罰天罰」


「あのね……あんた達も悪いんだよ」


そんな事を言い合いながら二人と別れた。

お隣の庭の前を通ると「ワン!」と鳴き声が聞こえ、生け垣の隙間から白い犬がひょっこり顔を出した。


「ただいま、チロ」


クリクリとした黒目とハッハッと舌を出しながら歓迎してくれるチロの尻尾はこちら側からは見えないが、きっと千切れるほど振ってくれているだろう。


 家に入ると母が「おかえり、ご飯できてるよ」と出迎えてくれた。ダイニングテーブルの上には唐揚げの乗った皿がありラップがかけてある。私はそれをレンジに入れて温めながら斎藤佳穂の事を考えていた。


「きっと、帰ったよね……」


「何? 唯、何か言った?」

洗い物をしていた母が顔を出した。


「ううん、唐揚げ早く食べたいって言ったの」


母の声で安心した私。その日の出来事は寝る頃にはすっかり忘れる事が出来た。




しかし

──翌日になっても斎藤佳穂は学校に来なかった。



私は一時限目の休み時間にケータイを取り出し仲間に報告をした。


『斎藤来てない』


直ぐに2件の既読がつく。


『は?マジ?なんで?』


『どうせ嫌がらせで休んだんだろ』


私は返答に困り、適当なスタンプで話を終わらせる。そして昨日の出来事を思い返した。


二人をもっと早く止めていれば……。


さっさと扉を開けて謝れば……。


もし、このまま斎藤佳穂が不登校になってしまったら……私達はイジメの主犯になってしまうだろう。自分の愚かさに後悔した。



そして、午後になると事態はもっと悪い方向に向かうのだった。



 その日の帰りのホームルーム、担任が真剣な顔をして話を始めた。

「昨日、斎藤佳穂と一緒だった人は居ないか?」


クラスは少しだけザワついてキョロキョロと顔を見合わせる。私は反射的に下を向いて体を硬直させた。


何故、担任はこんなにも真剣な声色なのか?


たかが生徒が一人仮病で休んだだけでしょ?


なんで? どうして? 大袈裟でしょ?


下を向いたまま目が泳ぐ。



「斎藤さんがどうかしたんですか?」

クラスメイトの一人が心配を装い好奇心から質問した。


「家族の方から連絡があってな、昨日から帰ってない」


『ええぇー?』

クラスはどよめく。


その反応は当然。斎藤佳穂は真面目を体現したような人物、非行等で家出をするようにはとても思えないからだ。


私の手はカタカタと小さく震えだす。大変な事になった……。一刻も早くこの事を仲間に伝えなくては……。


「斎藤と会ったら連絡をくれ、先生達は夜まで探しているからな。あ、お前達は遅くまで出歩くなよ」

担任はホームルームを強引に終わらせ急ぎ足で教室を出て行く。そして、教室は割れるように騒がしくなった。


私はカバンを持って教室を飛び出すと急いで千聖と渉の元へと向かった。



 校門付近で私を待つ二人の姿が見えた。

クラスが違う二人には斎藤佳穂が行方不明になった事はまだ知らされていないのか、呑気に談笑している。


「遅かったな、唯」


「帰ろ〜」


私は呼吸を整えて、なんとか今の状況を途切れ途切れ二人に伝えた。


「それ、ヤバくね?」


「ねぇ……どうしよう」


「…………もう一回、行くしかない」


「へ?」


「だから……! もう一回あの神社に行くしかない!」


私はかなり苛立ち、思わず二人に怒鳴ってしまった。そもそも、二人のくだらない遊びに付き合ったせいでこんな事になったのだ。


 私達は無言で目的地に真っ直ぐ向かう。茹だる様な暑さの中、やまない蝉の声がやたらと鬱陶しい。昨日と同じ様に細い階段を昇り木陰に入ると少しだけ涼しくなったが、冷静になんてとてもなれなかった。


階段を登りきると社の前には箒が転がったままになっているのが見えた。昨日の出来事は間違いなくあったと言う事だ。


「昨日のままだね……」


「あの中を見ないとな」

渉は視線を社へ向けた。


3人揃って社の前に立つ、そして私は扉に手をかけた。


ギィー……


重い扉を開くとそんな音がして、昨日の斎藤佳穂の叫び声を思い出す。古い木とカビ臭さが混ざったような匂いがする蒸し暑い社の中は、暗さに慣れない私達の目では真っ暗で何も確認する事は出来ない。


渉は携帯を取り出すとライトをつけて辺りを照らし出した。


「居ない……」


斎藤佳穂は居なかった。


でも…………


「このシミって何……?」


私達の足元に床板に広がる黒いシミがある。指先でそれを軽く擦ると僅かに湿り気を感じた。そして、そのまま携帯のライトで指先を照らしてみる。


指先に付いたそれはただの黒色ではなく()()()()をしていた。


「ねぇ、血じゃないよね……? コレ」


迂闊に零した私の言葉は二人をパニックに陥れさせた。


「もうヤダ!! 帰ろうよ!!」


「どうせ何かの動物の血だろ……。 斎藤は居なかった。だから、もういいだろ!?」


千聖と渉に強引に腕を引かれ社を出る。

目の前には転がったままの箒。


「ハンカチあるか!?」


「あるけど、どうするの?」


スカートから取り出したハンカチを差しだすと、渉は私の質問を無視して奪い取り、ハンカチ越しに箒の柄を掴んだ。


「これ、元の所にしまってくる」


「ねぇ、渉……。そこまでしたら、私達が本当に悪い事をしてるみたいじゃん、正直に話に行こう」


「……唯。今はネットで有る事無い事書かれちゃうんだよ、隠したほうが絶対うちらの為になるよ」


「まだ、ただの悪ふざけじゃない! きっと間に合うし許してくれる」


私は真剣に説得しているつもりだった。しかし、二人の視線は冷ややかで私が期待した返答は返ってこなかった。


「あぁ、そうか……。お前は手を出してないもんな……」


「唯はいつも安全な所から楽しんでるだけだもんね……いい子のままでさ〜」


「そんなつもりは………!」



 ─果たして『無い』と言い切れるだろうか……?

あの時、斎藤佳穂を追跡するように仕向けたのは私。

それに二人と仲違いしてしまったら、私の今後の学校生活はどうなってしまうのだろうか?


そんな風に思った瞬間、二人を説得するのを諦めた。


「わかった……、知らなかった事にする」


渉と千聖は「残って社の扉も拭うから」と言って私を先に帰した。



 家に帰るといつもと変わらないトーンで「おかえり」と母の声が聞こえてきた。

私は不安で一杯な感情を母に悟られないように「ただいま」となるべく普段通りに返した。


母に隠し事をしているのが後ろめたい。

耐えきれず顔を見合わせないように急いで自分の部屋に向かう。

しかし、母は急ぐ私の背中に話しかけてきた。


「ねぇ、唯。()()()()()()()()()?」


「………えっ?」


「高橋さん家の『チロ』庭に居なかったでしょ?どこかに逃げちゃったみたいなの」


「そ、そうなんだ……? 知らないよ」


「そう、もし見つけたら連絡してあげて」


「わかった」


私はケータイ片手にベッドに寝転がり、気を紛らわせる為、特に興味の無い芸能人のブログや欲しくも無いアパレルのホームページを次から次へと開いていく。

そうしている内に自然と眠りに落ちていった。


ピコンピコンという連続音と僅かな振動で私は目を覚ました。


目をこすりながら体の下敷きになっていたケータイを引っ張り出した。そして、ホームボタンを押して、時間を確認する。


2:02


ケータイの画面中央には現在の時刻。

どうやら私は帰宅後、夜ご飯もお風呂も済まさず、そのままずっと寝ていたようだ。


ピコン


手に持っていたケータイが鳴った。

ホーム画面には千聖のメッセージ。


『唯!』


そんな通知が目に入り急いでアプリを開く。

私を起こす為に送られたスタンプと短文がずらりと並んでいる。千聖が送ってきた本文を見るために画面を下にスワイプする。


『渉から連絡こない、どうしよう』

1:12


泣き顔のスタンプ

1:17


『唯。早くケータイ見てよ』

1:25


どういう事だろうか?

あの神社に残り痕跡を消すと言って、私を先に帰した。その後、二人に何かあったのだろうか?

直に話を聞いたほうが早いと判断し、通話ボタンを押した。


数回の呼び出し音の後、直ぐに千聖と繋がった。


『唯! 唯! どうしよう……』


「どうしたの? 落ち着いて話して」


『わ、渉のママから連絡があって、まだ帰ってないらしいの!』


「どう言う事? 二人で神社に残ったじゃない?」


『そう……私の家の前まで二人で帰ってきたんだけど……渉が『缶を探すって』戻ったの』


「話がよくわからない」


『ジュース……斎藤さんにあげたじゃん。あれが何処かにあるかもって途中で思い出して……渉だけ神社に戻ったの……それから帰ってないみたい』


「…………」


絶望的な気持ちになって上手く言葉が作れない。逃げ出したい気持ちがどんどん強くなる。


『ねぇ? 唯どうしよう……』


「……渉は男だから、一日位家に帰らなくても大丈夫だと思う……」


『でも!でも!』


「じゃあ、今から二人であの神社に行こうか? それとも全部正直に話しに行く?」


私は卑怯者だ。

何時も他人(ひと)にくっついているだけの千聖が行けるはずがない、言えるはずもない。

そんな事は聞かなくてもわかっている。

だって私にだって出来ない事だから。


『……そ、そうだね。明日土曜日だし、朝になったらすぐ探しに行こう……』



私と千聖は嘘に嘘を重ねていく。

がんじがらめで動けなくなるまで重ねた嘘。

こんなにも隠し事が苦しいとは知らなかった。決して自分からは明かせられない……。


いっその事、だれかとどめを刺してくれないだろうか?

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