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君のとなりで転生

転生した悪役令嬢はろくでもない主人公から攻略対象者たちを守るために前作の悪役令嬢を頼ることにしました

作者: 緋水晶

「断罪イベントに巻き込まれた悪役令嬢は断罪返しができる子でした」の後のお話です。

他国の別主人公で話が繋がっているわけでもないので単体でもお読みいただけると思いますが、興味のある方はそちらもお読みいただけると嬉しいです。


君となシリーズ2作目。

私、アデル・ウィレルは学園の女王である。

と言っても君臨しているわけではない。

単に王太子殿下の婚約者であるがために、私まで女王扱いされているだけだ。

「おはようございます、アデル様」

「今日も一日よろしくお願いいたします」

過ぎ行くクラスメイトが小さく手を振りながら挨拶をしていく様子を見ても、私が恐れられているわけではないことが窺える。

「おはよう2人とも。私の方こそよろしくお願いいたしますわ」

それに挨拶を返せば、彼女らは頬を染めて立ち去っていった。

その様子を見るに、どちらかといえば憧れの的、といったところかもしれない。

しかし私には困ったことがある。

「今の人達、悪役令嬢と仲の良かった2人組に似てる…」

今まではただのクラスメイトでしかなかったはずの人物達が、遠い記憶の中にある、こことは違う世界としか思えない場所で自分が好んでいたとあるゲームのキャラクターに似ていると認識してしまえること。

そして、そのゲームの悪役令嬢が自分だとしか思えないことだ。


私が前世と思しき記憶を思い出したのは、つい3日前のことだ。

きっかけはなんだったのかわからないが、ふとした瞬間に既視感を覚えたのだ。

その既視感の正体を探ろうとした時、自分の奥底にこの世界では見たことのない景色が隠すようにひっそりと存在していることを認識した。

そこでの私は、正直何故この記憶が隠すように存在していたのか理解してしまえるくらい目を覆いたくなる人間だった。

端的に言えば、私はオタクと呼ばれる存在だったのだ。

来る日も来る日も乙女ゲーム。

他にやることないのかと思うほど乙女ゲームをしている記憶しかない。

中でもよく覚えていたのが『君のとなりで』というゲームで、4の途中までプレイしていた記憶がある。

そしてゲームの最中に命を落としたようだ。

理由はキュン死。

一番好きだった近衛騎士のギレンルートでは彼が心を開いたところで初めて笑顔のスチル絵がゲットできるのだが、それがあまりにも尊くて、キュンキュンしてたら心臓発作を起こしたらしい。

精神的から物理的に変わった胸の痛みに気がついた頃には手遅れで。

私の心臓はあっさりと生きることを諦めた。

そして記憶を持ったまま転生したと、そういうことらしい。

我ながらなんとも間抜けな死因だ。

そりゃ前世の記憶持ってても、今世の自分には隠しとくはずだわ。


「アディ、そんなところで何をしているんだい?」

自分の記憶を探っているうちに立ち止まってしまっていたらしい私の耳によく知っている声が届く。

それは私こと悪役令嬢の婚約者であり、攻略対象者でもあるこの国の第一王子ライカ・ジュリアス・クローヴィアのものだった。

「ライカ様、おはようございます」

「ああ、おはよう」

私が慌てて挨拶をすると、彼は鷹揚に頷きながらも怪訝そうな顔でこちらを見た。

「で、何をしていたの?」

ライカ様は先ほどと同じ質問を繰り返す。

それほどまでに私は不審気だったのだろうか。

「何、というほどのことをしていたわけではございませんわ。単に考え事をしていただけですから」

正確には『自身の間抜けな前世を思い出していただけ』だが、そう正直に言うわけにもいかない。

前世という概念のないこの世界でそんなことを言っても頭がおかしいとされるだけだろうから。

「そう。だけど往来の真ん中で立ち止まっているのはいただけないね」

顎に手を当てふむ、と息を吐いたライカ様は私の腰に手を添えると、

「随分と真剣な顔をしていたもの。悩み事なら相談に乗ろうか?」

と言ってどこかへ(ライカ様は生徒会長でもあるので、恐らく生徒会室あたりへ)エスコートする素振りを見せた。

「い、いいいいいえ、大丈夫ですわ。お忙しいライカ様の手を煩わせずとも、このくらい一人で解決してみせますから」

私は慌ててその手から逃れてライカ様に一礼し、その場を足早に去った。

「そう?残念だな…」

そう呟かれたライカ様の声は風に紛れて私には届かなかった。


『悪役令嬢アデル・ウィレル。

王立学園の女王と謳われる第一王子ライカの婚約者で全令嬢の模範となる侯爵令嬢。

いつでも崩れぬ微笑は穏やかな知性を示し、差し出される白魚の如き手は誰かを導き、また違う誰かに差し出される。

国母に相応しい人柄と品位に誰もが彼女に憧れ、尊敬の念を抱かずにはいられない。

しかし学園に主人公が転校してきてから彼女の人生は一変する。

婚約者を奪われた彼女の慈愛に満ちた笑みは嫉妬に狂う般若の笑みに変わり、他者を導いていたはずの手は自らを罪の道へ堕としていったのだった…。』

というのが説明書に載っている彼女の紹介文だった。

これだけを見れば完璧令嬢が婚約者を奪われた嫉妬により悪行に手を染めたように感じるだろう。

だがアデルの人生は決して幸せなものではない

5歳で第一王子の婚約者になってから毎日礼儀作法の稽古や王国史、地理、社会情勢、語学などの様々な勉強をさせられ子供らしいことをほとんどせずに幼少期を過ごした。

そして学園に通うようになってからも全令嬢の模範たれと厳しく自分を律して過ごしてきた。

それが完璧令嬢と言われる所以だろうが、本人が望んだことでもなければ辛くなかったわけでもない。

幸いにも婚約者であるライカ様とは心を通わせていたが、逆に言えばそれだけが彼女の心の支えであったのだ。

『完璧令嬢の仮面を被ったライカに恋する淋しき空虚な令嬢』、それがアデルの本質だった。

そんな人間に転生してしまった私は、これからどうなるのだろう。

とりあえず何が起こるかわからない主人公にはなるべく近づかないでおこうと決めた。

だが往々にしてその決意は理不尽に踏みにじられる。



授業が全て終わった放課後、渡り廊下を歩く私の横にある中庭で既視感のある光景が繰り広げられていた。

「貴女、ご自分の行動を理解していらして!?」

「生徒会の方々は皆様本当にお忙しいんですのよ!」

「それなのに時も弁えずにうろちょろと。少しは迷惑をお考えになったら!?」

大きな木の前に立つストロベリーブロンドの美少女を3人の令嬢が取り囲んでいる光景だ。

「そんな、いつでも頼っていいと言ってくれたのはライカ様です!他の皆も困ったことがあったら頼ってほしいと…」

但し見覚えがあるのは涙ながらにそう訴える美少女からの視点であろう光景だった。

つまり、あの美少女こそ『君とな4』の主人公であるルナだ。

ああ、遭遇は避けようと思っていたのに。

「貴女如きが殿下をお名前で!?不敬にもほどがあります!」

「ご尊名をお呼びできるのは王族の方々と許された諸侯の皆様、そしてご婚約者であるアデル様だけですわ!」

「平民どころか、私たち貴族でさえ分相応に殿下とお呼びするのが礼儀です!」

ルナの言葉に3人の伯爵令嬢、赤髪のカティア・バートレイと金髪のナタリア・フィングスと紺髪のリリアナ・クロムが再び口を開く。

それに対してルナはさらに瞳を潤ませる。

それはゲーム第二章の冒頭、中庭で主人公が悪役令嬢にいじめられているシーンそのものだった。

平民でありながら特待生として学園に通う主人公が第一章で攻略対象である生徒会メンバーと出会い、それぞれの好感度を2へ上げたところで二章へ進み、学園の日常パートを終えたところで悪役令嬢であるアデルとその取り巻き3人に中庭へ連れられ、身分違いを責められるのだ。

ゲームと今に相違があるとすれば私があの輪の中にいないことだけ。

確かこの後、生徒会会長ライカ様と副会長ウォルター・ジェイブ侯爵令息が通りかかる、のだが。

「あれ?アディ、今日はよく会うね」

「ふぇ!?ラ、ライカ様!?」

どうやらゲームの彼らは渡り廊下を歩いている最中に彼女たちを見つけて声を掛けたという設定だったようで、その渡り廊下で同じように彼女たちを見かけて立ち止まっていた私と鉢合わせしてしまった。

「ふぇって、相変わらずアディは可愛いなぁ」

「こんにちはウィレル嬢。何をなさっていたのですか?」

突然のことに慌てる私を見て笑うライカ様と、ふんわりとした陽だまりのような穏やかな笑みで声をかけてくれるリリアナの婚約者でもあるウォルター様。

正に乙女ゲームの攻略対象と言わんばかりの2人に対し、言葉を掛けたのは私ではなかった。

「あ、ライカ様とウォルター様!」

そう言いながらたたたっと小走りで近づいてきたのはルナで、「聞いてくださいよぉ」と涙目で2人に話し掛けた。

「あの3人が私をいじめるんです!私が平民だから、忙しいライカ様達には声を掛けちゃダメだって」

酷いですぅと泣く彼女は確かに可哀想な被害者に見えた。

今この場だけを見れば、カティア達は弱々しい美少女をいじめる悪者だ。

だが彼女の言葉は正しくない。

カティア達の言った言葉の順番を変えて、まるでルナが平民だから虐げられているかのように錯覚させている。

確かに彼女たちの言い方はきつかったが、ルナは至極当然のことしか言われていなかったはずだ。

「お話し中失礼いたします。ルナさん、その言い方では誤解を招くわ。彼女たちの注意は当然のものです。正しく理解して己が身を律しなさい」

だから私は彼女たちを庇うために口を出した。

そう、庇うためだったのは間違いない。

「そう言ってアデル様も私をいじめるんですね!あの人達が友達だから庇うんでしょ!?」

だからそれをそんな風に利用されて、ほんの少しだけ躊躇い、苛立った。

私が好きなのは主人公の目を通して見ていたこのゲームの世界であり登場人物で、目でしかなかった主人公のことなどパッケージや説明書に載っていた外見以外特に覚えてもいなければ意識もしていない。

カティアたち3人やアデルのことも、主人公とは敵対する立場ながら間違ったことは言わない悪役として嫌いではなかった。

むしろ現実となった今では頼れる友人として大好きな3人である。

それをこの女は、自分の行いを棚上げして悪役にしたのだ。

許せるわけがない。

今理解した。

ゲームの『悪役令嬢』というのは主人公にとっての『悪役』であるだけで、他の人にはそうではなかったのだと。

「カティア達が私の大切な友人というのは間違っていないわ。だから庇うというのも。けれど、いじめているというのは大きな間違いよ」

だから私は決めた。

このろくでもない主人公から皆を守らなくては!

「カティア達は貴女がライカ様がお忙しい時でも大したことのない用事で呼び止めること、そして王族でも諸侯でも婚約者でもないのに殿下と呼ぶべき方をライカ様と呼んでいたことを注意した。それは正しいことであり、指摘された貴女はそれを真摯に受け止め改めなければならない。そうは思わなくて?」

私がきっぱりそう言い放てば、ルナは「でもっ」と声を上げようとした。

「そうか。それはバートレイ嬢達が正しいね」

「そうですね。我々も気を遣いすぎていたかもしれません」

しかしそれはライカ様達の言葉に封じられる。

「なっ!?」

声を上げて首がもげそうな勢いでそちらを振り返ったルナは信じられないものを見たように目を見開き、動揺からか小さく震えてさえいた。

何故だとその目が強く訴えているが、2人は駄目だよと諭すように苦笑を浮かべながら首を振る。

「ライカ様…」

安堵からつい彼の名を呼べば、私にはふわりと柔らかな微笑みが向けられる。

それに心が温かくなり、私も自然と微笑んでいた。

前世では近衛騎士のギレンが好きだったが、転生した今はアデルの意志が強いのかライカ様に対して慕わしい感情が胸を占める。

ゲームではわからなかったアデルの気持ちが今は痛いほどよくわかる。

そりゃああんな態度の主人公だったら文句の一つや二つや十や百くらい出てしまっても仕方ないだろう。

まして大好きな婚約者の仕事の邪魔をしているのだ。

腹が立つのは当然だし、嫌味くらい言いたくなっても仕方がないと思う。

それにしても、アデルはもちろんだがライカ様の態度を見ているとどうやら2人は相思相愛のように思える。

ゲームではそんな描写はなかったが、もし以前からそうだったのだとしたら何故ライカ様はルナに心を移したのだろうか。

そう思った時、

「ふざけないで!そんなの、絶対認めない!!」

ぶわりと、ルナの身体からピンク色と紫色が混ざり合った煙のような何かが噴き出した。

「うわっ」

「なに!?」

「きゃあ!」

近くにいた私達3人はもろにそれを喰らい、甘ったるい匂いのするそれを吸い込んでしまった。

げほごほと噎せたものの数秒で晴れたそれがなんなのか、思い至った時にはもう遅かった。

「ライカ様、今のって本当に私が悪いんですかぁ?」

聞こえた声に顔を上げれば、甘えるように自身の腕に縋りつくルナにライカ様は蕩けるような瞳を向けていた。

「ライ…」

信じがたいその光景に思わず彼の名を呼ぼうとすれば、

「いや、やっぱりルナは悪くないよ。悪いのは彼女達だ」

ライカ様はそう言って私を見た。

その目には先ほどまでの温かさなど微塵もなく、底冷えするような冷たさしか存在してはいなかった。

そしてそれはウォルター様も同様で、ちらりと無感情な目で私達を一瞥した後、ライカ様と2人で彼女を守るように支えながらその場を立ち去って行く。

私達4人はそれを黙って見送ることしかできなかった。


私が失念していた君とな主人公の特殊能力。

それは君とな無印の頃から変わらず存在する裏設定で、存在が明かされたのは3の時だった。

歴代主人公は皆無意識にそれを使って攻略対象者達を虜にしていったのだ。

その能力とは『魅了』。

無印の主人公シャーリーも、2の主人公カロンも、3の主人公リーネも、そして当然4の主人公であるルナも持っている能力。

あの時見たピンクと紫の煙のようなものはルナの感情に合わせて可視化した魅了のフェロモンだったのなら2人の急な態度の変化にも説明がつく。

というか先ほどまで想い合ってたはずの婚約者に突然あんな態度取られたらそりゃアデルも悪役令嬢になっちゃうよ。

心変わりの理由もわからないし、自分は悪いことしてないのになんで!?って思うよ。

それでルナを害そうとするならよくないけど、ゲームのアデルはあくまでもさっきのカティア達と同様の口撃(彼女の至らない点を強めの口調で指摘すること)だけで矛を収めていたのだから、むしろ褒められるべきだ。

決して冤罪で追放されるような人間ではない。

ああ、それにしても気がつくのが遅かった。

一度魅了にかかってしまえばそれを解くのは難しい。

術者から引き離し我に返らせればいい、と方法だけ言えば簡単そうに思えるが、そもそも主人公は攻略対象者から離れようとしないだろうし、魅入られている彼らも離れないはずだ。

そして我に返らせるに至っては方法がわからない。

一体何が気付け薬となるのか。

残念ながらゲームは魅了状態を維持することが目的だったのだから、その知識の中にヒントはない。

現状手詰まりだ。

どこかに手がかりが落ちていないものか…。



ライカ様たちがルナの魅了にかかってから1ヶ月。

私はまだ打開策を見つけられず、アデルの心情に引っ張られて鬱々とした日々を過ごしていた。

先日王妃様のお茶会に参加した際にこのままでは婚約破棄もありえるかもしれないと相談したが「あの子は貴女にベタ惚れだもの、心配ないわ」としか言われなかった。

ああ、本当にどうしたらいいのか。

悩める私に転機が訪れたのはそれからさらに1週間が経った頃だった。


「隣国の王太子妃様とのお茶会、ですか」

王妃様に呼び出され告げられたのは、2週間後に結婚報告のためにクローヴィア王城へ訪ねてくる隣国ディアの王太子様と王太子妃様の相手をしてもらいたいという依頼だった。

「そうなの。ライカはまだ立太子されていないけれど、地位的には王太子でしょう?だから婚約者であるアディちゃんと2人を持て成す手伝いをしてほしくて」

にこにこと「お願い」と告げる王妃様は穏やかで品があり、あどけない少女のような雰囲気を持っているので非常に断りづらい。

元より王妃様の依頼を断るなど王子の婚約者に過ぎない一侯爵令嬢にはできない話だ。

「承知いたしました。では当日は当家自慢のフィナンシェと共に参ります」

私は当日王城で用意する予定の茶菓子と被らないように我が家のフィナンシェを持参することを告げる。

チョコとナッツの生地に香り付けでオレンジピールを混ぜ込んだそれは王妃様の好物でもある。

「本当!?嬉しいわ」

王妃様は頬を紅潮させ、全身で嬉しいと表現するようにウキウキし出した。

世界が変わってもスイーツが女性に愛されるのは変わらない。

ライカ様のことは気にかかるが、王太子妃様とのお茶会ならば彼に会うこともないだろう。

彼とまともに会話したのはあの中庭が最後で、もう1ヶ月半も話すどころか会ってすらいない。

それを淋しいとは感じるが、同時に戸惑いも大きい今はどうしようもないので私はこのお茶会に向けて全力で準備に取り掛かろうと思った。

「あ、そうそう、ディアの王太子妃様なんだけれど、以前面白いことをしたと話題だったから是非お話を聞いてみましょう?」

決意も固まりそろそろお暇しようと思っていた私の耳に、未だウキウキと浮かれている王妃様の声が届く。

「ルリアーナ様と仰るんだけど、なんでも元は前王太子の婚約者だったけれど婚約を破棄なさって、でも何かひと悶着あった末にその方が廃嫡されて、第二王子だった今の王太子様と婚約してすぐご結婚なさったらしいわ」

その時の話が広まって劇にまでなってね…と王妃様の話は続いていたが、私はそれどころではなくなった。

今、私は打開策の手がかりを手に入れたかもしれない。

ディア国の王太子妃ルリアーナ。

それは君とな2の悪役令嬢ルリアーナ・バールディ・ダイランドのことかもしれないから。

もしそうなら、断罪され追放されているはずの彼女が何故王太子妃になれたのか。

そこに手がかりがあるはずだ。



そして運命の日が訪れる。

「初めまして。ルリアーナ・バールディ・ロウ・ディアと申します」

現れた赤髪の美女は私の予想通り君とな2の悪役令嬢その人だった。

説明書の挿絵と同じ深紅のウェーブがかった髪、意志の強さを表すような吊り上がり気味の瞳はエメラルドのような鮮やかに透き通る緑、緩く弧を描く薄い唇には髪と同じ色が塗られている。

挿絵よりも大人びて見えるが、間違いなく彼女だ。

「お初にお目にかかります。私はアデル・ウィレルと申します」

カーツィと共に挨拶を述べるが、頭はあることでいっぱいだ。

何故貴女は婚約破棄されながら断罪されず、王太子妃となりえたのか。

もしかして私と同じ転生者で、だからその運命から逃れられたのでは。

この2つの疑問が頭をぐるぐると回っている。

私は何としてでもライカ様達を正気に返らせたい。

だから失礼かもしれないが貴女の正体を探らせてもらいます。

「本日は我が家自慢の焼き菓子を持参いたしました。お口に合えばいいのですが」

そう言いながら王妃様に告げていた通りフィナンシェを同伴の侍女から受け取る。

手ずからそれをサービスすれば、王妃様の顔が輝いた。

「まあまあまあ!相変わらずいい香り…」

うっとりとそれを眺め、口に運ぶ。

「~~~っ!」

幸せ、と呟いた王妃様はじっくり味わうように目を閉じて咀嚼する。

その様子にほっと和み、張り詰めていた心が少し軽くなる。

私はルリアーナ様にもそれを差し出し、「どうぞ」と勧めた。

「ありがとうございます。では、遠慮なく…」

礼を述べた後、じっとそれを見つめてから小さな口へと入れる。

「これは…」

そして口に手を当て絶句しながら目を丸くする。

それが口に合わなかった故でなかったことは、すぐさまふた口目が口に運ばれたことにより証明された。

「美味しいわよねぇ」

「本当に。あまりにも美味しくて驚きました」

ややして落ち着きを取り戻した王妃様とルリアーナ様は満足したように紅茶を飲んだ。

よし、掴みはばっちり。

これで次の手が外れても大惨事は避けられるはずだ。

「お口に合ってなによりでしたわ。実はもう一つ新作のお菓子があるのですが、お召し上がりいただけますか?」

フィナンシェで確かな手応えを感じた私は次なる一手のため、予告していなかったもう一つの土産を侍女から受け取る。

もしルリアーナ様が転生者ならば、これがわかるはず。

パカリとドーム型のカバーを取ったそこにあるのは白い物体。

「アディちゃん、これは?」

王妃様がそっと手に取ると、それはぷにゅりと潰れた。

「え!?柔らか…」と驚いて手を引けばふわりと元に戻る。

初めてのことにおろおろする可愛い王妃様を眺めながら、私はそれの正体を明かす。

「これはマシュマロというお菓子です」

ふわあまで美味しいですよと王妃様に勧めながら、私はちらりと横目でルリアーナ様を見る。

かろうじてゼラチンは存在していたもののマシュマロというお菓子がこの世界に存在していないのは確認済みだ。

だから彼女がマシュマロを知っていれば、それすなわち転生者ということ。

果たして彼女はどんな顔をしているのか。

「……っ」

「ルリアーナ様!?」

「如何なされましたか!?」

彼女はマシュマロを見つめ、声も無く静かに涙を流していた。

お付きの侍従や侍女が慌てて彼女に声を掛ければ「大丈夫です」と小さいながらはっきりとした声で告げる。

「ただ、懐かしかっただけなの」

泣いたりしてごめんなさいと言いながら彼女は涙を拭う。

私は確信した。

やっぱり彼女は転生者だったのだ。


「ルリアーナ様、アデル・ウィレル様がいらっしゃいました」

「お通しして」

お茶会が終わった後、私はルリアーナ様に呼び出された。

私の狙い通りに。

「お茶会の後なのにお呼び立てしてごめんなさい。来てくれて嬉しいわ」

ルリアーナ様は迎えると同時に私を気遣ってくれる。

ゲームでの彼女よりも纏う雰囲気が柔らかく感じるのは、中の人が違うからだろうか。

「いえ、大丈夫です。それでお話しですが、マシュマロのこと、ですよね?」

私は話すことはたくさんあるとすぐに本題を切り出した。

ここで貴族特有の腹の探り合いのような会話をしても意味がないし時間の無駄だから。

「ええ。あのお菓子は一体…」

ルリアーナ様は頷くと私に問いかける。

だが部屋の中に衛士と侍従や侍女が侍るこの部屋でその答えを告げるわけにはいかない。

「それにお答えする前に、人払いをお願いできませんか」

だから私は彼女に2人きりになりたいと申し出る。

「なりません」

しかしすぐさま侍女長と思われる年嵩の侍女に却下された。

ルリアーナ様も流石にそれは不可能だという顔をしている。

私もたかが侯爵令嬢が隣国王太子妃と簡単に2人きりになれるとは思っていなかったので、用意していた切り札を切る。

「ルリアーナ様、君のとなりで、という言葉を聞いても無理ですか?」

瞬間、彼女は立ち上がり、驚きに満ちた表情で私を見つめた。

「貴女、まさか!?」

そんなわけないと、信じられないという顔をする彼女に、私はさらに言葉を足す。

「私は日本人です。ルリアーナ様は?」

それが決め手だった。

彼女はぐっと拳を握ると侍女長を振り返り、

「何があっても私が責任を取ります。今すぐアデル様以外の人間はこの部屋を出なさい」

有無を言わさぬ様子で命令を出した。

「なにを、無理です!貴女は王太子妃なんですよ!?それを…っ」

当然侍女長はそれに反論するが、ルリアーナ様の一睨みで黙り込む。

「重々承知の上です。その上で侍女長ヒルダに命じます。今すぐ彼ら全員を連れてこの部屋から出て行きなさい」

それはゲームの中で見たルリアーナそのものだった。

凛として苛烈、大輪の薔薇のように咲き誇る気高い花。

今この場にはディア国が誇るべき王太子妃が確かに君臨していた。

「しょ、承知いたしました…」

今度は了承を返した侍女長はルリアーナ様に気圧され青褪めたまま、他の侍従らと共に部屋を去って行った。

「さてと、これで遠慮なく話せるね」

そう言ってこちらを振り返った彼女に先ほど垣間見た王太子妃の面影は微塵もなかった。

「まさか私の他にも転生者がいるだなんて思ってもみなかったなぁ。しかも他国に!」

びっくりだよ~と言って笑う彼女は、なんというか、どこにでもいる普通の人にしか見えない。

もしかしたら享年は私とそう変わらないのではなかろうか。

「あ、私も日本人だよ。熱中症で倒れて、そのまま転生したの」

そして同じ日本人であるらしい。

そうとわかると、急に親近感が湧くから不思議だ。

にしてもからからと笑いながら前世の最期を語れる彼女が羨ましかった。

なんせ私の死因は。

「そうなんですね。私は、その、多分、キュン死しました」

そう、キュン死である。

ああ、出来れば言いたくなかった、恥ずかしい。

「きゅ、キュン死?」

しかも彼女にはわかってもらえなかった。

もうやだ、今度は恥ずか死しそう。

「そうです、君とな4のギレンがかっこよすぎて、キュンキュンしてたら、心臓発作を起こしたみたいで…」

かああっと顔に熱が集まり、赤くなるのがわかる。

ほんと、なんでこんな間抜けな死因なんだろ。

とほほ、と肩を落とす私に、彼女は驚きの言葉を向ける。

「え?待って、君となって4まで出たの!?」

マジか~と彼女は天を向いたが、マジかと言いたいのは私である。

「あ、あのー、つかぬ事伺いますが…」

逸る鼓動を宥めながら、私にとって禁断かもしれないその一言を発する。

「もしかしてルリアーナ様は、4をプレイしてはいない…?」

何の疑いもなく自分と同じ時期まで生きていたと思っていたのに。

だから助言を得られるのではと期待していたのに。

嘘だと言ってほしいと思いながら発したその問いは悲しいかなはっきり肯定されてしまった。

「4どころか、2の王子ルートまでしかクリアしてないよ」


一瞬にして心に大ダメージを負った私はしばらく動けなかった。

「大丈夫?」

「はへ~…」

「うん、まだ駄目だね」

ルリアーナ様は窓から庭園を眺めながら手ずから入れた紅茶を啜る。

その様子はとても美しいし、それこそスチルにでもなりそうなほど絵になるが、それでも私のダメージは癒せない。

「ねえアデルちゃん。貴女はもしかして、君とな4の悪役令嬢だったりする?」

紅茶を置いたルリアーナ様はふと思い出したように私に問う。

「そうですぅ」

私はのろのろと顔を上げ、それに答えた。

するとルリアーナ様はふむと頷き、

「ってことはもしかして、もう少しで断罪されちゃうとか?」

と私の最近の悩みにズバリと切り込んだ。

その言葉で最後に見たライカ様の冷たい瞳を思い出してずうんと音がしそうなほどに再び落ち込んでしまう。

「そっか。それなら私、力になれるかも」

「……え?」

あまりにもさり気なく発せられた言葉にバッと顔を上げれば、4のストーリーを知らないなら助力は得られないと完全に諦めていた私にルリアーナ様は優しく微笑んだ。

「なんたって私、断罪返ししてますからね!」

ふふんと得意げに胸を張る彼女が女神に見えた。

「とは言ったけど、私4やってないから私と同じやり方で乗り切れるかはわからないんだけど」

彼女はそう言って頬に手を当て、うーんと唸る。

そう言えば結局お茶会でも彼女がどうやって断罪返しをしたのか聞いていなかった。

「それでもいいです。どうやって断罪返しをしたのか、教えてもらえますか?」

藁にも縋る思いで私は彼女に話を請うた。

今は少しでもヒントがほしい。

「わかった。アデルちゃんは2もクリアしたの?」

彼女は頷くと私を見る。

「はい。主人公のカロンはあまり好きではありませんでしたが、一応全クリしてます」

「じゃあ話はわかるね。カロンが陥れ系ヒロインで、私がカロンをいじめていたとでっち上げられて断罪されることも」

ルリアーナ様がちらりとこちらを見たので、私はこくりと頷く。

「だから私、予め王子と婚約破棄してたの。断罪とか真っ平だし平和に過ごしたかったから。でもね、カロンはどうしても私を断罪したかったらしくて、卒業パーティーの時に私を嵌めようとした。そうなると話は別じゃない?降りかかる火の粉を払うため、私は彼女の主張する『いじめた証拠』とやらを全て潰したの。そして自身の無罪を証明するついでに他の悪役令嬢の無実も証明した。結果、彼女の嘘がみんなにバレたわけ」

やれやれだったわとルリアーナ様は一度紅茶で喉を潤すと、続きを話し始める。

「嘘がバレた後、カロンは処刑されたわ。ゲームでは悪役令嬢ですら処刑されないのにとは思ったけど、国王夫妻が酷くお怒りでね。で、第一王子のジーク様は廃嫡、私はお役御免のはずだったんだけど、なんか第二王子のヴァルト様の婚約者になっちゃって、そのまま結婚したの」

これが私のお話、とルリアーナ様は口を閉じた。

そして紅茶の最後の一口を飲み干すと、

「さ、次はアデルちゃんの番よ。4のストーリーと今の状況を教えてくれる?」

と私に水を向けた。

それに頷き、私も紅茶を一口啜ってから君とな4の概要を話し始める。

「4は無印に近い感じです。王立学園にルナという平民が特待生で入ってきて、生徒会メンバーや騎士と結ばれます。悪役令嬢は私1人で、私は第一王子で生徒会長のライカ様の婚約者です」

私は一度深呼吸をする。

「私が前世を思い出したのは、恐らくゲームスタート直後の時期です。だから私が何の準備もできていない時にライカ様達はルナに会ってしまった。そして私の目の前でルナの魅了にかかってしまった…」

それが2ヶ月前のことですと言うと、「はい」とルリアーナ様が手を上げる。

「魅了にかかってしまったって、どういうこと?」

はて?と彼女が首を傾げたところで、私は気がついた。

「ああ、3で明かされたんですけど、歴代のヒロインは皆無意識ながら魅了の魔法が使えたんだそうですよ」

2の途中までしかプレイしていないルリアーナ様はそのことを知らなかったのだと気がついて私が教えれば、

「はあ?なにそれ、そんな設定あったの?」

自分の力で落としてると思ってたのにショック~と頭に手を当てて項垂れてしまった。

もしかしてこれは教えてはいけないことだったのかと焦れば、ガバリと起き上がった彼女は、

「魔法のお陰ならあんなに苦労して好感度上げる必要ないじゃん!!」

と言ってテーブルを叩いた。

「無印のアサシンルート、何回やり直したと思ってんのよー!!」

その叫びを聞いて全ての事情を察してしまった私はそっと彼女の肩に手を置いた。

アサシンルートとは無印のイベント特典だった隠しルートのことで、名前の通り暗殺者が攻略対象となる。

彼から示される3つの選択肢の内、1つは正解として生き延びことができるが、残り2つのどちらかを選んでしまえば即死亡というハードモード仕様だった。

しかもアサシン相手のため、死亡エンド=ノーマルエンドという扱い。

イベント特典だったためネットの情報も少なく、『流離うメイコ』というユーザーが完全攻略情報を出すまで多くのプレイヤーを苦しめてきたルートだ。

「苦行過ぎてクリア後すぐにネットにクリア方法拡散したったわ!運営ざまあみろ!!」

ひーっひっひっひっ、と魔女のように笑い始めた彼女は何故か運営への悪態をついたがちょっと待て。

クリア方法拡散って、もしかして?

「え?流離うメイコ?」

まさかとは思ったがそう言えば、

「あれ、なんでその名前知ってんの?」

どうやらそのまさかだったようだ。

なんてことだ、生ける伝説に死んでから出会ってしまった。

さておき。

「あのそれで、私はどうしたらいいと思いますか?」

自棄になったように笑い続けていたルリアーナ様はその言葉に笑みを消すと、

「決まってる。何としても、意地でも魅了を解くのよ。解く方法は絶対にある、そうよね?」

そう言って先ほどとは別種の、凄絶ともいえる笑みをその顔に浮かべた。



魅了は術者から離して我に返らせれば解けると教えたら「ふむ、なるほど」と言って考え込んだルリアーナ様に「わかった。詳しい話はまた後日にしましょう」と言われ解散した翌日の昼すぎ。

私はライカ様に呼び出された。

一体どうして?

最近は明確に避けられていることがわかるくらいに会えなかったのに。

不安に思いながらそれでも断ることはできず、私は実に2ヶ月ぶりにライカ様と対面を果たした。

ゆっくりと開く扉の向こうにはライカ様、国王様、王妃様、そして何故かルリアーナ様とヴァルト様が立っていた。

「アディ!!」

私を見たライカ様は第一声で私を呼ぶとすぐに駆け寄って来て私の前で止まり、

「アディごめん!」

お手本のような見事な土下座と共に第二声を発した。

「……へ?」

シーンと静まり返る応接間に私の発した間抜けな声が響く。

状況がわからずに自国と他国の王族達を見れば。

ライカ様を指差して大笑いしているヴァルト様以外の全員が腕を組みうんうんと頷いていた。

「え?あの、すみません、誰か説明を…」

この中で状況が理解できていないのが自分だけだと悟り、比較的聞きやすい王妃様とルリアーナ様を交互に見ながら説明を求める。

というかライカ様、頼むからもう顔を上げてください。

「さっきリアがライカの魅了を解いたんだよ。それで正気になって今までの自分の行いを省みて、君に嫌われたくなくて必死に謝ったってとこ」

なのに「あー、可笑しい」と笑いながら私に説明してくれたのはヴァルト様で、彼は土下座するライカ様の元まで来るとツンツンと頭を突いて遊び出した。

いや、遊んでないで立ち上がらせてくださいよ。

「本当にごめん。まさか自分がそんな風になってるなんて思わなくて、君に酷いことを…」

ライカ様はヴァルト様に突かれながら、その顔を後悔に染め、じっと私を見上げた。

反省して真摯に詫びるその様子に私は胸に迫りくるものがあったが、なんというか。

「ヴァルト様、台無しですわ」

ルリアーナ様の仰る通り、横でツンツンしているヴァルト様のせいで全てが台無しだった。


あの後国王様や王妃様にも謝られて恐縮する私を見かねたルリアーナ様が「続きはお茶を飲みながらでも」と言ってくれたお陰で場所を移した今、この部屋には私とルリアーナ様とライカ様とヴァルト様がいる。

ルリアーナ様とヴァルト様は3人掛けの大きなソファーにピタリと寄り添って座り、新婚らしく仲睦まじいご様子だ。

そして私はと言えば、

「ねぇライカ、いい加減ウィレル嬢を下ろしてあげたら?」

「嫌」

ヴァルト様の言葉に嫌々と首を振るライカ様の膝に乗せられ、後ろからぎゅうと抱きしめられている。

その姿に呆れたような目を向けるヴァルト様のことなど意にも介さず、ライカ様は私を離そうとしない。

あれ、この人こんなキャラだったかな?と思ったが、会えなかった時間の分こうした姿を見ると嬉しくなってしまう私は結局ライカ様のことが大好きなのだから彼を咎めることなどできない。

ちなみに国王夫妻は移動と同時に政務に戻られた。

帰り際に国王様が「わしだってアデルと会うの久々なのに仕事なんて嫌じゃー!」と駄々をこねているところを宰相様が無理やり引っ張って行ったが、国王様ってあんな感じだったかなと思えるあたり、この親子は案外似ているのかもしれなかった。

なお、宰相様はウォルター様の父君のジェイブ侯爵である。

「あの、ルリアーナ様はどうやってルナの魅了を解かれたのですか?」

とりあえず現状一番気になっていることを解決しようと私はルリアーナ様に話しかける。

ライカ様とヴァルト様のやり取りに呆れるでもなくお菓子を摘み紅茶を飲んでいた彼女は「ん?」と呟くと、

「うーん、ぶん殴ったら解けたわよ?」

と、事も無げに他国の王子への暴挙を口にした。

うん、下手したら国際問題ですね。

「あれは爽快だった。ウィレル嬢にも見せてあげたかったよ」

くっくっく、と笑うヴァルト様に、

「うん、あれは、効いたなぁ…」

色んな意味で、と乾いた笑いを浮かべるライカ様。

果たしてその場で何があったというのか。

聞きたいような、聞くのが怖いような。

「で、この後なんだけど」

ライカ様と「文句でも?」「いえ滅相もない」と会話するルリアーナ様を笑いながら見ていたヴァルト様がくるりとこちらを向き、私に笑いかける。

それはライカ様で遊んでいる時のいたずら小僧のような笑みでもルリアーナ様に向けられる些か重苦しい愛の込められた笑みでもない普通の笑みだったが、私の背筋は自然と伸びた。

合わせたようにライカ様とルリアーナ様も口を噤み、ヴァルト様の話を待つ。

多分全員がヴァルト様の放つ支配者然としたオーラを無意識に感じたのだ。

「そのルナという女性のこと、どうするつもりなの?」

個人的にも、国としても。

そして発した言葉も、言外に含ませたものもまた、支配者としてのものだった。

「そうだね…」

それにライカ様は顎に手を当てて思案する。

個人的には「何してくれてんだ」で済ませても心情はどうあれ差し支えないが、国としては危険人物として取り扱いに細心の注意が必要となるだろう。

なにせ彼女がやる気になれば世界征服すらも可能かもしれないのだから。

「能力が危険だからと言って犯罪者でもない女性をどこかに隔離するわけにもいかないし、だからと言って野放しには絶対にできないし…」

どうしたものかと悩むライカ様に、

「あら、簡単よ」

ルリアーナ様が言葉通り何も難しくはないという顔で言った。

ライカ様と私がその発言に注目する中、彼女は楽しそうに言葉を次ぐ。

「とりあえず全員ぶん殴ればいいのよ!」

うふふ、と左手を頬に当てて、右手を力強く握り込んだ。

楽し気に笑うルリアーナ様は可愛い美人で眼福だが、裏腹にその言葉は物騒極まりない。

「えっと、流石にそれは拙いんじゃないかな?」

先ほどまで散々笑い、飄々とした態度を崩さなかったヴァルト様もこの発言には頬を引き攣らせた。

王族が結婚報告に訪れた他国で平民を殴るのはどうなのかと。

だが彼女は「大丈夫よ」と言うと私を見てにっこり笑った。

「だって、転生した悪役令嬢はヒロインに勝てるんだもの」

そして私以外には理解できない言葉を口にしてガッツポーズを決めた。

いや、ヴァルト様の懸念が何一つ解決していませんが。

そう思って彼を見れば、止めるのを諦めて苦笑していた。

その向かいである私の後ろでは、それを見ていたライカ様がため息を吐いていた。

私はどんな表情を浮かべればいいのかわからないまま、その日はお開きとなった。



後日、ルリアーナ様は「有言実行!」と叫びながら魅了されていた攻略対象者達を次々と殴り倒して行った。

生徒会メンバーは当然としても、近衛騎士のギレンまでもが綺麗に宙を舞ったのを見て「え?ルリアーナ様最強?」と呟いた私は多分間違っていない。

そしてルナをも殴り飛ばし「もし次にまた同じことをしたら、私が直々に貴女を殴りに来てあげるわ」と言うと、晴れ晴れとした表情で颯爽とディア国へ帰って行った。

「なんというか、嵐のような人だったね…」

ライカ様は去り行く馬車を眺めながらしみじみと言ったが、

「あの人は嵐より大変ですよ」

と訂正しておいた。

ライカ様はふっと笑って「違いない」と呟くと、私の髪を一掬い取り、そっと唇を落とす。

「君はそうならないでくれると助かるな」

ヴァルトみたいに苦労するのは嫌だからとライカ様は苦笑したが、私は知っている。

ヴァルト様が君とな2の隠しキャラで、監禁ヤンデレ上等の激重キャラだと。

そしてライカ様もそれに負けないくらいドロ甘の激重キャラその2だとも。

ルリアーナ様はそれをご存知ないようだったが、何か地雷を踏み抜きでもしない限り今のところ監禁はなさそうだし大丈夫そうに見えた。

だから、もしかしたらこれから本当に苦労するのは私なのかもしれない。

それでもこうして大好きな人を取り戻せた私は、これからもこの世界で幸せに生きていこうと思った。

見上げた空は旅立ちの日に相応しく、どこまでも高く、青く澄んでいた。

それこそ嵐の後のように。

読了ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 結局、魅了していたヒロインは転生者だったの?そして魅了は故意だったの? ただ、まともな人間なら自分が魅了していたら、おかしいと気づいて、魅了を使わないよう努力するはずだからどちらにしろ…
2021/08/12 21:24 退会済み
管理
[一言] 前作では攻略対象者を知的に論破してたのに、今作では破邪の拳ですか! な、何があったのでしょう、ルリアーナお姉さま。 旦那さまとなられた元第二王子殿下、現王太子殿下との攻防で身につけたのでし…
[一言] いや〜ホント嵐の様な展開でしたねぇ…(笑) 面白かったです! 有り難う御座いました!
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