第一話 夕日と雪
暴力的やグロテスクな表現が、一部ございます。ご了承の上お読みください。
【この世界においては、真実が正しいと限らない】
ここはゼイオンと呼ばれる惑星だ。ゼイオンが存在する宇宙は『幻界』と呼ばれている。この世界には幾つもの平行して進む空間が3つある。いや、3つあった。
それぞれの宇宙と繋がっているゲートが存在する『幻界』。貧しくも自然豊かなセイリエという惑星がある『離界』。高度な魔法文明によって成り立つセベンティズという惑星がある『天界』の3つだ。そして、近年『青界』という魔力がほぼ存在しない世界。つまり、貴方が住んでいる宇宙へのゲートが発見された。
今まさに、ゼイオンのサラ王国にあるサージット平原にて、1人の男が『観察員(新しい世界が発見された時に派遣される斥候)』として青界の地球へ出発しようとしていた。
「諸君、ありがとう。ご苦労であった。」
彼の名はロッソ・バレンタイン。またの名を龍王バハムート。ゼイオンのサラ王国を治める国王だ。
快晴の下、多くの魔人や魔獣達が彼の門出を見送る中、フレアという老人がロッソに話しかけてきた。
「地球への道のりは遠くございます。くれぐれも、お忘れ物なき様、お確かめください。」
「アパートとやらの鍵に、日本の通貨と紙幣。運転メンキョショウ(?)大丈夫だ。」
ロッソは一通り持ち物を確認し終えた。微笑みながら顔を上げると見た事の無い光景が広がっていた。いつも気さくに話しかけてくる民達が不安そうに自分を見ている。言葉が出てこない。出せない。ロッソはそんな自分を恨んだ。そんな空気の中、1人の少年がロッソに駆け寄ってきた。
「龍王さま...。」
少年は言葉を詰まらせてしまったがロッソはわかっていた。
雷が絶え間なく舞う平野、直径30cmの巨大な雹が降る雪山などの過酷な環境下で生活するゼイオンの住人にとって、各国を巡り民達を助けた信頼でゼイオンを統一した自分自身が心の支えになっている事。そして、ロッソと離れ離れになる事を悲しむ少年の気持ちを。
「約束する。私は必ず戻る。」
「うん……。」
少年にとってロッソとの約束が、ゼイオン統一よりも嬉しかったことは確かだ。しかし、その嬉しさよりも不安の方が遥かに大きかった。
「でも……、約束やぶったらブン殴るぞ!」
彼はついに泣き出し、その強き願いをロッソにぶつけた。その言葉はあまりにもシンプルで、あまりにも純粋だった。その姿を見ていた少年の母親が、彼の代わりに謝ってきた。
「コラ!龍王様に向かってなんて事言うの!申し訳ございません。」
ロッソは優しく微笑んだ。ゆっくり膝を付き、少年と同じ目線に合わせた後、泣き噦る彼の肩に手を掛けて語りかけた。
「万が一、約束を破ることがあれば、私にはこの子の拳を避ける資格は無い。」
民達はその言葉と共に再確認した。ロッソが約束を破るはずはないと。かつてゼイオンに散らばっていた国々や、魔獣の巣窟であった山や森さえも統一し、サラという王国を築いた龍王ロッソが自分たちをどれだけ愛しているかという事を。そして次の瞬間、彼等は糸が切れたかの様に一斉に駆け寄ってきた。
「龍王様。おかえりをお待ちしております!」
「貴方様がいないと、不安で…不安で仕方ないのじゃ。」
「信じてます。我らが王の帰還を!」
「りゅうおうさまー!おみやげおねがいね!」
「大丈夫。龍王様は優しいもの!」
民達の熱い声援が送られる中、少年が涙を拭いながら自らの決意を言葉にしてきた。
「待ってる、待ってます!だから…1日でも早く戻ってきて。」
「あぁ。皆の衆、ありがとう。」
少年と話し終えた瞬間。ロッソが真剣な表情に変わった。
「よし!出発だ!」
ついにロッソ含む観察団3人が、日本へ旅立つ時間が来た。
「ふぉっふぉっふぉ〜。ロッソ様。お帰りをお待ちしておりますぞ。」
フレアが掌を左から右へ流し、青白い光が3人を包んだ。これは対象を特定の場所まで安全に送るための魔術だ。空を飛ぶ事も、宇宙空間で呼吸をする事も魔術を用いれば容易にできるが、ロッソ達は地球人に合わせて力を捨ているため、簡単な魔法以外は使えない。
「龍王ロッソ・バレンタイン様御一行に、けいれーい!」
旅立つ彼等に向かってルーイン暗黒騎士団長が叫びんだ。その気持ちを受けロッソは少しだけ淋しさを覚えたが、約束を守るという信念が彼の背中を押した。
(諸君。留守を任せたぞ。)
恒星パイレミリアが地平線に沈みかけ、美しい夕焼けが空一面に広がっていた中、雪国でもないのに雪の様な光が降り注いでいた。
こうしてサラの龍王、ロッソ・バレンタインは自らの力を捨て、2人の付き人と一緒に、観察員として日本にやってきた。
そして、1年の月日が流れた。
2027年1月18日14:11日本千葉県千葉市
「何を考えているんですか!?」
スーツ姿の男が、2人の男に向かって激怒している。ここは千葉市内にあるコールセンター。大手モバイルメーカーから委託を受けている会社でロッソの勤務先だ。彼は黒田龍介という偽名を使い、派遣社員としてこのコールセンターで3ヶ月前から働いている。
「クレームと言えどコールセンターに連絡してきたお客様に対して罵声を浴びせるとは。」
「申し訳ございません。」
派遣会社のマネージャーである龍介の上司が謝罪し頭を下げた。どうやら龍介がクレーマー対応で問題を起こした様だ。
「申し訳ございません…。」
続いて龍介も頭を下げた。だがしかし、その顔は腑に落ちないといった気持ちで満たされた複雑な表情をしている。
「謝って済む話ではないんですよ。この事はお客様の間で広がり、いずれは依頼者様とも契約打ち切りになる可能性もあるんです。」
コールセンターのマネージャーは会議室の外まで聞こえるような大声で龍介を責め立てた。
「君!一体、何を考えているんだ!」
「…。」