第9話 -勝者に拍手を(引用:奈良県『蹶速塚』案内文より)-
「――それでは、ポーカーのディーラーを務めさせて頂きます。まずはルールの確認から致しますので、ご注意くださいますようお願い申し上げます」
アンドロイドのよく分かるルール解説。
トランプは1デック、52枚を使用、ジョーカーは使わない。ゲームが終わる毎に全て回収、シャッフルする。カードに傷などが確認された場合はデックを交換する。
途中、お互いの手札は伏せて行う。古典的なクローズドポーカー。
役の強さはロイヤルストレートフラッシュ、ストレートフラッシュ、フォーカード、フルハウス、フラッシュ、ストレート、スリーカード、ツーペア、ワンペア、ハイカード(役無し)の順。
カードの強弱はAが一番強く、次いでK、Q、J、10、……と続き、2が一番弱い。絵柄には強弱なし。
ストレートはK、A、2の3つを含むものは無効。A、2、3、4、5は有効だが、ストレートの中では最弱とする。
よくあるポーカーと言えるだろう。
「最後に、最低賭け金――参加料は100万円とし、レイズは上げ幅・上限共に青天井。お二方、同意されますか?」
「ああ、構わない」
「いいぜ」
「かしこまりました。それでは、ゲームに移らせて頂きます」
カードが配られる。ハート2、スペード7、クラブ9、スペードJ、ダイヤKの役無し。絵柄はばらばら、フラッシュ狙いも現実的じゃない。
正直5枚全部取り替えたいぐらいだが、そうすると役がないのがばれてしまう。
「3枚チェンジで」
捨てたのは弱い順に3枚、ハート2、スペード7、クラブ9を交換に出す。
「――こちらも3枚だ」
先生はクラブ6、ダイヤ8、クラブQを捨てた。
こちらの手札にはクラブ4、スペード10、ダイヤQが来た。JとKは重ならず、4ではなく9だったらストレートだったが……役無しのままだ。クソったれ。だが。
「――レイズ。200万追加」
「ほう? ……ふむ。ではコールだ」
参加料含めて、掛け金は300万。相手も同意したため、手札を晒す。
こちらはハイカード、最大はKなのでハイカードの中では強い方だ。
先生の手札は、9のワンペアだった。俺の負け。
気を取り直して次のゲーム。
クラブ4、ハート7、クラブ9、クラブQ、クラブK。クラブに偏った。ハートの7を捨てる。来たのはダイヤのQ。フラッシュにはならなかったが、Qのワンペア。
「2枚捨てよう」
先生は2枚交換。スリーカードの可能性が怖い。だが、こちらが捨てたのは1枚だけ、ツーペアのようにも見えるだろうし、フルハウスが成立する可能性だって相手方からすれば怖いはずだ。
「レイズ。500万追加」
「ふふ。強気だね。では、コールだ」
参加料込み600万の博打。震えそうな手から、力を抜いて自然体を装うだけのことがこうも難しい。九十九先生は平然としたものだ。あのポーカーへの自信のほどは確かなものだ。
こちらはQのワンペア、先生は3のスリーカードで俺の負け。
「ノーチェンジ」
3ゲーム目、早々に宣言した。
ハート3、クラブ3、ダイヤ6、スペード6、ハートQ。3と6のツーペアが成立していた。1枚交換でもいいが、最初から強い手札だったと強気の演技。
「3枚チェンジだ」
ワンペアだろうか。さて。
「レイズ。1100万追加」
「なるほど。マーチンゲール法か……若いってのは怖いなぁ……、だが、コールだ」
掛け金は参加料込み1200万。戦略に関してはいい加減ばれているだろう。倍々賭けだ。300万、600万、1200万……これで負けたら次は2400万である。めまいがしそうだ。だが、勝てば最初の賭け金と同額、300万の浮きが出る。
先生は4とAのツーペアだった。数字の強弱で俺の負け。
「だ、大丈夫かにゃ!?」
「いいよ、次のゲームだ」
「同意しよう、掛かってきたまえ」
あと3回。倍賭けを続けられるのはそこまでだ。不安は大胆さを奪っていく。
「……3枚チェンジ」
Qのペアを残し、残りを交換。ハートのQが来る。Qのスリーカード。
「では、1枚チェンジだ」
「レイズ。2300万、追加」
「……。コールしよう」
俺はスリーカード。先生はクラブのフラッシュで、俺の負け。4連敗だ。
堪らなく怖い。次か、その次。そこで勝たなければ、終わりだ。
その状況で、来たカードは。
ハート2、クラブ4、ダイヤ8、ダイヤ10、ハートJ。
クソったれ。役が見えてこない。2と4を交換、7~Jか8~Qのストレートを狙ってみるが惨敗。ワンペアさえできず、最大はJ。
「……レイズ。4700万」
「……悩みどころだが、コールしよう」
先生も役無しのハイカードだった。最大はK。チクショウが。
「もう止めるかい?」
「はは、いや、次で挽回しますよ」
「シンくん、正気かにゃ!?」
どうしてこうなった?
手元のカードはクラブ4、ハート7、ダイヤ10、クラブQ、スペードK。
4と7を捨ててストレート狙い? さっきも似たような状況だったよな。
「……5枚チェンジ」
このとき俺は、もうやる気がなくなっていた。大失敗。大負け。戦略的破綻。これまでに9300万の赤字を出し、残額は1億182万と……12円。端数なんてどうでもいいか。ここで9600万賭けて300万取り返す? アホかと。数十分前の自分をぶん殴りたかった。
もう嫌だ。この回はもうレイズはしない。参加料100万だけ払って、降参したっていい。それでも1億は残る。500万だった時と比べれば、すげぇ増えてるじゃないか。VIP会員になってカジノ利用に制限が掛かったのは歯痒いが、上等だろう?
そしたら、今日のギャンブルはお開きだ。帰ってふて寝。そうだ、それがいい。
アンドロイドのディーラーがカードを配ってくれる。その様子が、まるでスローモーションのように見えた。最後の最後、ようやくツキが巡ってきた。
クラブK、ハートK、ダイヤK。いきなりスリーカードが確定。続いて、ハート8、スペードの……8。フルハウスだ。それもKのフルハウスとなると、万が一フルハウス勝負になったとしても――。
「2枚チェンジだ」
先生はハートの6とスペードのAを捨てた。スリーカードだろうか? ひょっとしたらフルハウス? Aを捨てているのに、A混じりのフルハウスが来るとでも?
ごくりとつばを飲む。この手役で、逃げるだと? できるか、そんなこと。
「レイズ。1億182万と……12円」
「ふふふっ、相当いい手が来たみたいだね? ひょっとして全額投入かい?」
小さく漏れた笑いに比して、こいつの相貌は無表情のまま。何とも器用なことで。だが、次の刹那、俺は、ようやく先生の「笑顔」って奴を垣間見た。
「レイズだ。1億182万12円に……1ライツ上乗せする」
「はぁぁぁ!?」
幸福の絶頂から一転。地獄に突き落としたのは先生のアルカイックスマイル。
「お互いのチップを明らかにせず行う青天井ってのはこういうものだ――勉強になったかな?」
後で知ったことだが、お互いのチップが公開されていれば、所持チップの少ない方に合わせるのがルールであるらしい。しかし今回、チップを介さず、口約束のみで賭け金の移動をしてしまっている。ディーラーのアンドロイドが自動でやってくれているのだ。
「さて。コールするかな? でも、できないだろう?」
「な、なんで――」
何故、ライツガ、無イト……。
「君ね、マーチンゲール法なんてハイリスクのギャンブルをやってるのを見れば分かる。日頃の態度もね――刹那的で捨て身すぎる。君ぐらいの年齢で、そういう性格の子はよく見かけるよ? ライツがない子供にありがちだよ、それは」
淡々と、種明かしをされる。
「マーチンゲール法の開始額が300万だったから、今のライツ相場から差し引いておよそ2億500万ぐらい持ってたんだろうということは、2~3回目辺りで気がついていた。5連勝できれば、最後はこの通り。レイズでねじ伏せられる。まぁ、確率的に有利なプレイングをしていたとはいえ、5連勝できたのは運が良かった。5回目なんて役無しで、トータル300万負けは覚悟していたからね」
うなだれる。その通りだ。全部、全部失ってしまった。最後に、最後、絞り出すように。
「降……」
「――ちょっと待つにゃ。そこの先生さん、ひとーつ聞きたいんだけどにゃ?」
「ネコミミのお嬢さんに先生と呼ばれる理由はない気がするが……まぁ、言われて悪い気もしない。なんだね?」
「もし、もしもの話だけどにゃ? 私が1ライツ外ウマに張ると言ったらどうするにゃ?」
「なるほど。これで交際してないっていうなら大した友情だね。だが、止めておきたまえ。その場合、更に1ライツ、レイズすることになるだろう」
先生は、ライツを複数持っていることを明かした。
「お、おい!?」
「じゃあ、こういうのはどうかにゃ? このゲーム、1億182万12円プラス2ライツを賭けの上限にしないかにゃ? この条件を呑むなら、限界まで上乗せてやるけどにゃ?」
「ほう? 君はライツを2つ持ってると?」
「相場は幾らにゃ?」
問われたアンドロイドは、速やかに答えを返す。
「2億760万1190円です」
「現金払いになるけど、問題ないにゃ」
「ふむ……。いいだろう、その条件を呑む」
「それでは確認致しますが……この一ゲームに限り、お互い、1億182万12円と2ライツを上限とすることに同意致しますか?」
「同意しよう」
「みお。本当に――」
「くどいにゃ」
「……分かった。同意する」
そして、評価額5億越えのギャンブルは、配られたカードを開くだけとなった。
「さてと。いやぁ、緊張の一瞬だね! 佐藤君のカードは何かな?」
そんなことを緊張した風も見せずのたまう能面教師。
「Kのフルハウス、だ」
K3枚と、8が2枚を場に晒す。こうして出せたのは、みおの交渉のお陰だ。
「それでは、私の手札だが――すまない、ちょっと用事を思い出してね。少し待って貰えないかな?」
「はぁぁぁああ!!?」
「にゃ!? 逃げる気かにゃ!?」
「いやいや、教え子からの挑戦を逃げたりなんてしないとも。あと10秒も掛からないからさ」
そういって、先生は左手首の、明らかに高級と分かる時計を見た。
「アンドロイド君。ライツの買い注文を出してくれるかな? 可能な限り、目一杯だ」
「かしこまりました」
「な、なにしてるにゃ!?」
「いやなに、つい今しがた、日付が変わったのさ。今日はもう25日、皆大好き給料日ってやつさ。金が入ったから、その金でライツを買った。――さてさて。私のカードをお披露目しようじゃないか」
そして、先生のカードは。
ハートJ、ダイヤJ、クラブJ、スペードJ、クラブ5。
つまり、Jのフォーカード。フルハウスより上の手役だ。
俺の、いや、俺達の負けだった。