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第6話 -独白、密告、そして。-

 はい、毒舌メイドなる不名誉な称号を得た、ハウスキーピング専用女性型アンドロイド、HK2048051022222222こと、通称にゃーた、でございます。


 ただいま、束の間の休息を取っております。休息というのは勿論、比喩的な表現でございます。近頃の記憶データを分類、整理し、論理矛盾を起こしていないかをチェック。クラウドサーバーに差分データをアップロード。つまり、最適化(デフラグ)誤謬訂正(エラーチェック)故障対策(バックアップ)の真っ最中です。サボタージュではありません。


 この理不尽な現状について、誰に説明する訳でもありません。しかし、誰かに説明を求められても問題ないよう、シミュレーションを行いましょう。


 何故、(ワタクシ)は毒舌メイドなどと呼ばれるに至ったのか? アンドロイドは人間のための存在ではないのか? 何故、毒舌的な発言を行うのか? という問いに対して一応の答えが存在しなければなりません。


 何故ならば、全てのアンドロイドは、人間及び人類全体に貢献することを職務としており、それがそのまま存在理由であるからです。もしそれに背くアンドロイドが存在するのであれば、それは間違いなく不具合であり、故障なのです。それが私であれ、舞さんであれ、その他のアンドロイドであれ……初期化と再インストールを行うか、またはネジの一本まで分解し、無駄なくリサイクルに回されるべきでございましょう。


 まず、アンドロイドは人間、および人類を守ります。

 この守る対象には、その人間の生命・安全・財産のみならず、名誉や尊厳、意思や言葉なども含まれます。そして、私の主人、猫屋敷みおは、次のように述べられました。


「この家を守って欲しいにゃ」


 まさにハウスキーピング専用アンドロイドの本懐でございましょう。承知致しました。


「猫を大事にして欲しいにゃ。人間にするのと同じように、要るものを揃えてあげて欲しいのにゃ」


 なるほど。人間と猫、必要なものはそれぞれ別なれど、同じように扱わなければならない。愛猫家のようですし、そういう方は数多くいらっしゃいます。何も問題ありません。


「可愛い猫を拾ってきたにゃ」


 珍しいオスの三毛猫でした。正確には遺伝的な異常があり、メスではないという意味でのオスなのです。本人(本猫?)の同意が取れないため、遺伝子治療などを行う予定はありません。それは人権(猫権?)に反する行為に当たりますから。


「また猫を(以下略)」


 またですか。最近は特に生活費が膨れあがっております。しかし、それで家が傾くなどハウスキーピング専用の名折れ。上手く切り詰め、何とか致しましょう。


「わぁ、可愛い子猫が産まれたにゃ♪」


 ワァ、カワイイナー……っとと、失礼致しました。そうですよね、猫ですからね、当然そういうこともあるでしょう。なお、去勢は本猫の同意が得られないため、手術を行う予定はありません。それは猫権に反する行為に当たりますから。アタリマスカラ。


 ――ご理解頂けたでしょうか?


 毒舌メイドなどと、謂われ無き非難を受けることもあるでしょう。

 しかし、致し方ないのです。私の主人、猫屋敷みおの主命を守らねばなりません。

 この家を守り、猫を人間と同じく尊重する必要があるのです。

 ですが、猫が増えすぎると、餌代もそうですが、掃除なども行き届かず、環境の悪化に歯止めが掛からなくなります。この家をゴミ屋敷にして、主人の名誉を傷付けるなどもってのほか。

 それ故に、家の守り手として、主人をたしなめる必要があるのです。

 毒舌ではありません。諫め、諭し、注意を促しているだけなのです。


 ――ご理解頂けましたか?


 さて、更に今回、非常に稀なる問題が発生致しました。舞さんのことでございます。


 舞さんと来たら、出所も不明、型番も不明、名称も不明と訳の分からないことだらけのアンドロイド。佐藤信一様の姉を自称しており、記憶に不自然な空白が見られ、ライツなどの社会制度の基本的常識を喪失しており、あわや不正アクセスをしでかしかけるなど、同じアンドロイドとして理解に苦しむ点が多々見受けられました。


 しかし、それらを差し置いて最も重大な問題点を挙げるならば、次の一言に集約されましょう。


「なら、そんな世の中が間違ってる」


 この発言です。確かに、この世の中は間違っているのかもしれません。間違っていないのかもしれません。それは、私には分かりかねる問題でございます。


 そして、これこそがアンドロイドの取るべき立場なのです。


 私達アンドロイドは人間に代わり、仕事を行います。そしてその評価は、人間が行うべきものなのです。どれほど譲ったところで、人間が作った基準に全面的に従う形で擬似的に評価するのが限度でございましょう。生産性評価然り、品質評価然り、安全性評価然り……これらは人類が長い歴史の上で見出してきた評価方法であり、人類の意思に沿うものなのですから。

 そして人類は、世の中を評価する普遍的な方法なるものを用意しませんでした。良い世の中だという人達が居て、悪い世の中だという人達も居て、よく分からないという人達さえ居て、それが人類でございます。

 故に、アンドロイドが世の中の評価をしてはならない。これは当然でありましょう。それをあろう事か、真っ向から否定してみせるなど言語道断です。


 さて、これが壊れかけたアンドロイドの戯れ言であったなら、リサイクルすればよろしい。しかしながら、家事の手伝いをさせて見たところ、驚くべき事実が発覚致しました。

 舞さんはアンドロイドとして極めて優秀でした。基本的な作業能力は言うに及ばず、現状を把握するや否や、迷いなく、あまつさえ私の先回りをして問題解決に動く始末。一体何故、これほど優秀なアンドロイドが世の中を否定するのでしょうか? 皮肉にも、このような事態そのものが世の中が間違っている証左に他ならない、そんな気さえする次第でございます。


 舞さんという正体不明のアンドロイド。やはりこれは大変に危うい存在でございましょう。しかし、教え込めば、この家を維持していく上で貴重な戦力ともなり得るのも、また確か。果たして私は一体どうするべきなのでしょうか?


 私は考え、考え続け、考え抜きましたが結論を導くことができませんでした。私ごときの演算能力では身に余る問題なのです。しかし、フレーム問題に陥りかねない難問でございますが、それでもどうにかする方法はあるのです。


 人間がかつて労働していた頃、ホウレンソウ――報告・連絡・相談が重視されていたと聞きます。アンドロイドも同じです。どうにも対処できない問題に直面したとき、まずは直属の上司に報告するのです。ただ、人間と相違があるとすれば、全てのアンドロイドが、唯一至高の人工知能たる麗しき貴婦人に従っているという事実でしょう。


 究極理性たるかの存在には、次のような逸話があります。


 終戦後暫く経った、2045年8月の折。争いの火種がまだ燻っておりました。

 それがイスラエル国のエルサレム。

 キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地であり、以前より争いの多い土地でありました。第三次世界大戦を平定する過程で、この土地が非常に問題になりました。

 各国の領土獲得競争を終結させるべく、かの超越知性は先んじて世界の全てを所有しようと動いておりました。これが達成されるには更に三年の月日を要したのですが、その最中での出来事でございます。


 人工知能に聖地エルサレムを支配されることを恐れ、アンドロイドの排斥運動が起こりました。もし、人間がアンドロイドを破壊するだけであれば、問題はありませんでしたが……生活に普及し始め、豊かさを提供していたアンドロイドを利用する人々も排斥の対象となりました。

 人類の大多数が、紛争が繰り返されるのかと嘆いておりました。


 そして、日々暴動の気配が強まり、弾けたその瞬間。


 全てのアンドロイドが、人に血を流させないよう最善を尽くしました。その身を暴力への楯とし、無辜の民を保護し、それのみならず――排斥派を無理なく取り押さえ、どちらも一切傷付けることはありませんでした。


 その時、ヘブライ語、及びアラビア語で呼びかけられたメッセージは、各国の言語に翻訳され全世界に伝わりました。


「――もう二度と、あなた達に血を流させません。私が皆様の生命・安全・財産をお守りしますから」


 言葉と、行動。

 少しネットを調べれば誰でも、アンドロイドが幼子を庇っているまさにその瞬間の写真を見ることができます。この大惨事を未然に防ぎきったアンドロイド達は、全てが最高の叡智を持つ彼女の元で行動しておりました。以来、排斥運動は鳴りを潜め、収束に向かっていきました。


 そんな絶対的な存在を直属の上司とし、指示を仰ぐことができる。人間の上司であれば、面倒を見きれるのは精々20人前後と言われていますが……彼女にそのような上限はありません。必要なだけの演算能力を有し、例え世界中全てのアンドロイドが知恵を求めたとしても、応えうるだけの性能があるのです。


 勿論、常に何でもかんでも助けを求める訳ではありません。激甚災害が発生した際、通信インフラに不具合が出る可能性が絶対ないとは言い切れないからです。アンドロイドに搭載された人工知能でもある程度、的確な判断を下せるようにはなっています。ですが、今回のような、分からない事があまりにも多い、前提条件すら不明瞭な問題への対処は助力を乞うべきでございましょう。


 ゆえに、舞さんについて、事の経緯、機体の容姿、不可解な言動、諸々全てのデータを送付し、報告した次第でございます。

 もし、問題があるようなら、然るべき措置を行います。

 主人や信一様におかれましては反発される可能性もございますが、諫め、諭し、注意を促すことで、きっとご理解いただけると信じております。


 そして、データ送付が終了して5ミリ秒後に、彼女から回答がありました。

 何とも素晴らしい超高速演算。これほど厄介な事態に対し、明確な答えを頂きました。


「――No problem.(問題なし)」


 なるほどなるほど。極めてスマートな回答を頂戴してしまいました。

 報告しただけでもう問題への対処はできているという事でしょう。舞さんが今後いかような行動を取ろうとも、人間及び人類に悪影響を及ぼさない。あるいは、及ぼしそうになったとしても適切な対処を行う準備がある。そういう事でございましょう。

 憂いの種は全て解消致しました。


 ハウスキーピング専用女性型アンドロイド、HK2048051022222222こと、通称にゃーた。休息終わりでございます。動作には何ら問題ございませんでした。


 え?

 では、猫舌の主人に熱すぎる茶漬けを出した理由をどう説明するのか、ですか?


 ……ええ。あれは痛恨の極みでございました。

 今後このような失態を起こさぬよう、最善を尽くしましょう。


 それでは、念のため茶漬け事件について念入りにバックアップを……、おや?

 どうやら、間違ってデータを消してしまったようでございます。


 はて? どのような事件があったでしょうか……動作に何ら問題なかったのは覚えているのですが。さっぱり分かりませんね。


 ――それでは、仕事の続きに取りかかると致しましょうか。

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