第5話 -ヒューマノイド共同戦線-
「しかし、なんとも歪な面子が揃ったもんだな……」
「にゃ? どういうことにゃ?」
「アンドロイドが人間みたいだったり、毒舌メイドだったりするし。その反面、人間を全力で辞めに掛かってる女がいたり、俺は人間未満だし?」
「もう、弟くん? 自分をそんな風に言うのは駄目だぞ?」
「例え俺の気持ちがどうであれ、ライツがなきゃそういう扱いなんだからしゃあねぇだろ?」
「ライツ?」
「人権っつー意味。それがなきゃ収入がないし、社会保障諸々もない。手持ちの金が尽きたなら、あとは野垂れ死ぬしかなくなるような、そんな世の中なんだしよ」
「私は弟くんのこと、ちゃんと人間だって思ってるけれど。弟くんも自身のこと、人間だと思ってる……んだよね?」
そんなことを不安げに聞いてくる。苛立たしげに答えた。
「当たり前だろそんなこと」
「なら、そんな世の中が間違ってる。なんで弟くんのために、たかだかライツのひとつぐらい、用意できないんだろ?」
「ご説明しましょうか?」
「ん、にゃーたさんよろしく!」
「この世界の大原則として、ライツの総数が100億個に定められているからです」
「なんでそんな風に定めちゃったの?」
「この地球上で生活し続けられる人口の限界が100億人ということです。実用的と言えるほどの人工知能がなかった21世紀初頭には、先進国レベルの生活ができる限界は30億と言われていましたが……全ての労働を人工知能が代替し、資源配分の最適化を徹底したことでそこまで生活できるようになりました。そして2050年現在、人口は100億人に届いており、余分がもうないのですよ」
既に前提として、この世界は人口が上限に到達してしまっていると言う。
「でも、人間だっていつかは死んでしまう訳じゃない? だったら――」
「それが、ほとんど死なないんですよ。人権には生存権も死ぬ権利も含まれます。エリクシルという若返り薬が実用化されておりまして、本人の望む限り生き続けられます。もっとも、地球資源に限りはあるので、結構お高めの値段ではありますが……ライツから得られる収入でおよそ賄うことができます。事故や病気で死ぬこともないではありませんが、医療の進展もめざましく……。死ぬ場合も、ライツを身内に相続してしまいますので」
「ちょ、ちょっと待って? ライツを相続? 幾つもライツを集めてもいいってこと?」
「血縁間でライツをやりとりし、子供が産まれたとき、赤子にライツを贈るんですよ。でないと、子供を産めないでしょう?」
そこで、舞はある可能性に気付いた。ライツが移動可能ということは……。
「ライツがやりとりできる……買うこともできるの?」
「できますよ。現在2億659万2740円で取引されています」
「おい……また値上がってねぇか?」
「本日は25万8972円値上がりしています」
「だぁぁぁ……やってられねぇ……」
「頑張ってお仕事して稼がないと!」
両手を握り、軽いガッツポーズを取った舞。しかし、その出鼻は挫かれる。
「だから、全ての労働はアンドロイドが代替しているのです。私もそうですし、本来あなたもそのはずですが。主人は私に対価を払っていますが、それは地球資源の消費に対してのコストですので……私自身は1円も貯め込んでおりませんよ」
「じゃあ、どうすればお金が手に入るの?」
「ライツがあれば月収20万が保障されます。それ以外だと投機か賭博になりますね」
「投機って? 小麦とか小豆とか?」
「今時農作物なんて、植物工場で安定供給されていて値段は変わりませんよ。貴金属やレアメタルの類も、採掘から消費、リサイクルに至るまで人工知能が管理しておりますので相場が動きません。投機として成り立っているのは、ライツとエリクシルの市場ですね」
「それじゃ、賭博は?」
「カジノがどの街にも大抵あります。アンドロイド相手だと控除率があり、長期的には損をするので……人間同士で賭ける方が割は良いでしょう」
そんな統計的事実を鼻で笑うかのように、自慢気なのがみおだった。
「それはどうかにゃ? 私のルーレットの実力を知ってるにゃ?」
「……ええ、そうですね。私のサービス利用料に、一人住まいに不相応な屋敷の賃貸料、電気ガス水道通信費、猫缶代、ついでに主人の食事代で月50万超えていますから」
「ひぇ……ライツ収入を差し引いても月30万赤字? ルーレットで稼げるか?」
ルーレットは0~36の、37個の出目があり、例えば1の出目に賭けたとすると、当たれば36倍、負ければゼロだ。37分の1の確率に対し、36倍しか配当が出ないのだから長々とやっていれば損をする。赤黒で2倍賭けの場合も出目0(緑)があることで微妙に割に合わない。
賭け方によって大抵勝てると謳う攻略法の類は山ほどあるが、結構勝てるけど少額しか勝てず、稀に負けると大損するようなものがほとんどだ。トータルでみれば、やるべきではない賭けになる。ちなみに、00の目もあるアメリカ式、更に000の目まであるメキシコ式と違って、0の目しかないヨーロピアンルーレットは良心的な方だ。
俺の場合は、ブラックジャック。10と絵札が多く残っているほどプレイヤーが有利になるルールを利用した、カウンティングによる攻略である。10と絵札があまり残っていないときはそもそも勝負をしないのだ。じわじわ勝てているものの、生活費などの出費もあり……昨今のライツの値上がりペースについて行けるほど稼げてはいない。
「簡単にゃ。ディーラーが球を投げ入れるにゃ? この目は出そうにないな、というものを外して一点賭けすればいいのにゃ」
「は?」
「だから……入れた時の回転盤の向きから、17・34・6・27・13・36・11の辺りはないかにゃー、と思ったらとりあえず1に賭けておけば30分の1で当たるにゃ?」
「……え? どんな視力……? というかできるものなの?」
「ディーラーが投げ入れてからもう賭けないでの合図があるまで約10秒あるにゃ。あとは気合いと集中力にゃ。でもディーラーも毎日、ルーレット盤の目の順番を変えてくるのにゃ。記憶力も結構必要にゃ♪」
「いやいや、無理だってそんなの!」
「まぁ、私も2時間ぐらいで疲れて帰ってくるにゃ。実際はもうちょい絞り込めてて、40回賭けて2回当たるかにゃ? ぐらいの確率にゃ。3回当たればお祝いにゃ♪」
「たまに一度も当たらなくて400万溶かす日もありますよね」
「3回当たれば680万あがりにゃ。初めのうちは2つ3つ候補を外せるだけだったから難儀したにゃ……チップも1000円の奴で、にゃーたも居なかったから毎日ねこまんまだったにゃ……」
「まったく……主人は酔狂が過ぎます。賭け方を変えればもっと安定するでしょうに」
「一点賭けのロマンが分かってないにゃー?」
「どゆこと?」
「あ、お姉ちゃん分かったかも!」
「お? どういうことだ?」
「来そうにないものを外して、残り全ての目に賭けてしまえばいいんだよ。さっきの場合だと、来るかもしれない30箇所に10万ずつ賭ければ、必ず29個外れて1個当たり、36倍の配当が出るんだから賭ける度に60万儲かるはず!」
「実にアンドロイド的な考え方だにゃ……人間じゃ無理に決まってるにゃ」
「えー? ダメ?」
「10秒で出目を読み、30箇所チップを置く作業ができるかにゃ?」
「できるよ?」
「だからダメなんだにゃ」
「えええ? なんでー?」
「毎回そんな当て方してたら、戦略が周りにばれるにゃ。一点賭けが好きな酔狂女と思われるか、出る目を読んでる凄腕のギャンブラーか……余計な注目を集めて、絡まれるのはご免だにゃ」
みおを肩を竦めて、一応付け足した。
「まぁ、安定しつつ儲けがでかいのも認めるがにゃー」
「ん? 今のって儲けがでかくなるのか?」
「私と同じ戦略の奴が30人、ルーレット台を取り囲むようなもんだからにゃ。効率30倍にゃ」
「そりゃえぐいな……」
そんなことされたら、カジノは破産するんじゃないか?
「まぁでも、それなら30箇所と言わんでも3箇所とかでも効率は上がるんじゃ?」
「……ロマンが分かってないにゃー」
「一点賭けが好きなだけか!?」
つうか、この賭け方、普通は一点賭けではなく一目賭けと言う。だが、こいつの場合マジで一点にのみ賭けている。大したギャンブラーっぷりだ。
「……だから、主人は酔狂が過ぎると申し上げております」
おおよそ、説明に一息つく。
「……なるほどねぇ。地球に住める人間の数の問題でライツには限りがあって、投機や賭博でリスクを負わないと高額なライツは手に入らない、と。なるほどなるほど。つまり――ライツを管理してるサーバーなりにアクセスしてデータを書き換えるのが手っ取り早いってことだね、分かった!」
「何さらっと不正アクセスしようとしてるんですか!? というか世界で最も強固なセキュリティ管理になってるに決まってるでしょう! できる訳が――」
「できるよ?」
「できる訳ないでしょうが。というか、本当にアンドロイドなんですか? なにテロ行為に走ろうとしてるんですか? ライツやお金の管理サーバーに不具合が起きようものなら、全世界的な大混乱が起きるって分かっての発言ですか?」
「むぅぅ……じゃあどうしろって言うの!?」
「気長に、小金を集め、節約を重ねればいつかは、ということです」
「アンドロイド的な考え方、だな」
寿命も消費も考えなければ、確かにその通り。エリクシルを飲み続ければ、ほぼ不老不死と言えるだろう。しかし、エリクシル代を払い続けるだけでライツは限りなく遠ざかる。
コンビニでおにぎりを1つ買うだけで、人間から遠のいていくなんてあんまりじゃないか。それに何十年耐えればライツが買えるんだ?
そんなやさぐれた思考に陥った俺を、背後からそっと抱きしめる奴がいた。自称お姉ちゃんのアンドロイド、舞だ。
「大丈夫、1人で戦わなくていいんだから。お姉ちゃんはキミの味方だぞ♪」
「ああもう、分かったって」
俺はそれを振り解くように立ち上がる。
「張り詰め過ぎちゃダメだよ? ほら、膝枕してあげよっか?」
「まず膝を直せ、見た目からして斬新すぎるわ!?」
「あ」
舞は膝に手を当ててめくれた人工皮膚を押さえた。数秒後、跡形もなく復旧する。
「ほら、これでもうバッチリ! さぁどんとこい!」
「直るの速いな!? いや俺の年齢も考えろ!?」
「ご姉弟で仲が宜しいようで、大変結構でございますが……舞さんは少々……ええ、ほんの少しばかり世間への理解が不足しているご様子。宜しければこのまま詳しくご教授致しましょうか?」
「え、教えてくれるの? ありがとう!」
「それでは」
ガラリと音を立てて、ふすま戸を開ける。白、黒、三毛、グレー、茶トラ、キジトラ、ニャーニャーニャーニャー大合唱。成猫も子猫も餌を寄越せとシュプレヒコール。
「餌の時間です。手伝って頂けると幸いです」
「えええ!? 世間について教えてくれるんじゃないの?」
「奇しくも、この屋敷が世界の縮図です。増え続ける猫、限られた予算内でいかに無茶な要求に応えていくか。本日はあなたの修理や説明に時間を取られてしまった分、仕事が遅れています。手伝って頂きますよ」
「え、ええ!? いや、できれば遠慮したいかなーって」
「おやおや、アンドロイドとしての自覚も足りないご様子。猫の手も借りたい状況ですからね、直ったならさぁ働け」
「嫌ぁぁぁぁぁ!? た、助けて弟くん!?」
「最初からこれが目当てで説明に付き合ったに決まってるにゃ。うちのメイド、マジで鬼だにゃ」
「あー」
舞がこの家の仕事を手伝う。舞は確実に俺を管理者認定しているだろう。そうなれば流石に、俺はこの家のご厄介にならざるを得ない訳で。当分ここでの日々は続くと言うことだ。これは……本当に。
「……どうしてこうなった?」