第3話 -ひとりぼっち世界大戦-
「戻してらっしゃい」
「にゃにゃ!? 家主の方針に逆らうのかにゃ!?」
俺を一目見た、アンドロイドの一言がそれ。友人が来たとか恋人ができたとか、その手の確認質問邪推その他は一切無し。拾った、と決めつけた上での結論。それで合ってるのが憎らしい。この猫女――猫屋敷みおの日頃の行いはどうなってるんだ?
「この家に、これ以上生き物を受け入れる余裕はありません。ああ。失念しておりました。家主に出て行って頂けるのでしたら1人分空きができますね」
「し、辛辣すぎないかにゃ!? 夜中に疲れて帰ってきた私に何か他に――」
数瞬で見惚れる笑顔に切り替えると、
「お帰りなさいア・ナ・タ♪ 早く解約届にサインして頂けないかしら?」
「離婚届みたいに言うにゃー!!!」
夜中に騒がしいわ。
出迎えはハウスキーピング専用女性型アンドロイドが行った。メイド服を身に纏い、ホワイトブリムに起動中を示す青色LEDが点灯している。身長は俺よりやや低く……みおより少々高いぐらいか。ハウスキーパー専用型はいわゆるメカっぽさがあまりなく、ちょっとしたワンポイントアクセで人間かアンドロイドかを区別する場合がほとんどだ。人に近い見た目と、高いコミュ力、家事全般に関しては言わずもがな。だが、比較的よく使われているタイプとはいえ、ここまで毒舌を吐くアンドロイドは初めて見た。それ以外にも、気になる付属物はあるのだが……。
「それで、こちらの方は?」
「拾ったにゃ」
「……。いえ、お名前であるとか、そういう――」
「にゃにゃ!? そういえば、名前もまだ聞いてなかったにゃ!? お前なんていうにゃ?」
額に手を当て、頭痛を堪えるようなジェスチャー。本当に痛い訳もあるまいが、苦労してんだな……。そんな仕草をするアンドロイドは以下略。
「佐藤信一だ。お世話に――なれるのか? 不安しかないんだが……」
「失礼致しました。客間を空けますので、そちらにお布団などご用意致しましょう」
小さくお辞儀をした拍子に、頭の上から猫がずり落ちた。1回転した後、綺麗な着地。みれば、膝丈のスカートの下……猫が2匹、アンドロイドの足で爪研ぎをしている。人間だったら確実に怪我してるところだろう。白いソックスが所々ほつれていた。
「お二方とも、お食事はまだでございますか?」
「あ、ああ」
「空きっ腹に酒入れただけにゃ」
腹いっぱいで眠気が襲うような状態でカジノに行く趣味はない。ハングリー精神を喪ってはならないというのが持論だ。これについてはみおも似たようなものらしい。
「……それはそれは。では、お食事をご用意致しますね」
ダイニングに案内された俺達。廊下、リビング……ここに来るまで猫がそこら中に転がっており、10を超えたところで数えるのを諦めた。多くが寝ているようで大人しかった。
そして、テーブルに着き1分後。
俺の手元にはおかかの茶漬け、みおの前には猫缶が置かれていた。
「ちょ、これは酷すぎないかにゃ!?」
「おや、これは失礼致しました」
猫缶回収。そこで、お湯の入ったポットから音が鳴った。
お茶を淹れ直し、おかかのお茶漬けをもう1つ拵え、みおの前に置く。
「お腹空いたにゃ、いっただきますにゃ~♪ 熱っつうううう!?」
……どうやら、さっきの音は再沸騰が終わった音だったらしい。茶は一番煎じを淹れてすぐ、急須は既に暖まっており……そら熱いわ。なお、俺のは適温で食べやすかった。
「私が猫舌だって知ってるにゃー!?」
「ええ、存じ上げております。何か問題でも?」
「問題しかないにゃー!」
「……仕方ありませんね、では氷でも」
「どうせ山のように入れるつもりにゃ!? もういいにゃー!」
涙目で抱きかかえるように茶碗を隠す猫女。吹く息で冷ましながら、少しずつ食べることにしたようだ。
「鰹のダシが効いてて美味かったよ、ごっそさん」
「……流石に、上方落語のネタなんて通じませんか」
「?」
「いえ、何でもありません。それでは、お部屋までご案内致します」
リビングを通り、廊下を挟んで反対側の部屋だ。
「猫の移動を行いますので少々お待ちを」
猫が3匹寝ていたので、抱きかかえて移動させていた。手伝おうかと思ったが、慣れていない人にさせて引っかかれてもいけないと、断られた。
どうやら、大きな客間1つと、その半分の広さの小さい客間が2つ、並んでいるようだ。大きい客間は猫専用……既に20匹ぐらい寝ているとか。猫をどかし、猫の毛を掃き出したのち、畳にスプレーを撒いた。恐らく消臭・殺菌用だろう。とはいえ、普段からこまめに清掃しているらしく、強い臭いも感じなかった。これまでで鼻が慣れている可能性もあるが。そして、押し入れから布団を取り出し、敷いてくれた。
「あと、お手洗いは廊下を出て右、突き当たりをまた少し右に行って頂ければありますので」
「ああ、玄関上がってすぐのとこだよな?」
「そうです。明日は何時頃お目覚めに――」
「ああ、いいや自分で起きる」
「かしこまりました。ああ、あと――」
「ん?」
「先程の突き当たりを逆に左に行くと、左手側に主人の寝室がありますので、くれぐれも立ち入らないようお願い致します」
その言葉に、思わず苦笑いした。
「そりゃそうだろ」
「助かります。これ以上面倒事が増えられると対応に窮しますので」
「分かったって」
「一昨日も子猫が6匹産まれました。そのような事態はご遠慮願います」
まさかの下ネタだった。若干悲壮感漂ってるし。
「分かった、色々疲れたしもう寝るわ……おやすみ」
「はい、おやすみなさいませ」
部屋の明かりを消す。常夜灯の僅かな明かりを残し、ほぼ真っ暗だ。不慣れな枕だろうが問題なく、あっという間に意識が落ちていった。
†
翌日未明。まだ日が昇るかどうかという頃合いに、俺はそっと靴を履き、玄関から音を立てずに――、
「おや、お早いお目覚めですね」
庭の片隅で清掃をしていたアンドロイドに出くわした。
「っ ……そりゃそうだ、眠る必要がそもそもねぇもんな……」
「お出かけですか? それとも――」
「そりゃな、長いことお世話になる訳にもいかないだろ」
「そうですか。まぁ拾ってきて居着かなかった子も沢山いましたから、驚くようなこともございません」
「みおといい、お前といい……ペット扱いしてきやがって……」
最早恨み節というよりは、苦笑でしかないのだが。
「人であれ猫であれ、手の掛かる生き物という点で相違ないと思いますが」
「……それだとお前の主人も猫と変わらなくならないか?」
「アレと猫を比べるのは猫に失礼だと思いませんか?」
返す刀の質問に、思わず笑いが溢れた。
「ん。それじゃな、一宿一飯の恩義を返せてないのが心残りだが」
「いえ、こちらこそ。主人がとんだご迷惑を。……? タクシーをお呼びしましょうか?」
「いや、歩いて帰るわ。平日なら頼んだだろうけど」
幸い、土曜の今日は学校がない。ゆっくり目覚ましがてら歩くことにした。
「かしこまりました。それではお元気で」
「おう」
俺はひらひらと後ろ手を振って別れを告げ、歩き出した。
†
東の空に太陽が見え始めたころ、背を向けた俺は西の街へ。
遠くから眺めた街は笑っちまうほどちっぽけで、それでも近づくにつれ、民家が増え、建物は高度を増していく。人間の理想郷、機械仕掛けの摩天楼が鎌首をもたげている。
そして、人間未満の俺にとってはただの地獄。ロクでもないクソったれな世界だ。
清々するほど1人きり。
それを1人未満だと嘲笑うこの世界に。
「――さぁ、戦争再開だ」
少年は再び足を踏み入れた。