第20話 -こうして、オレの世界は終わりを告げた。-
第1話の伏線回収がようやく……!
突然手錠を掛けられたオレは、大慌てでした。
「ちょ、何するっすか!?」
とは言うものの、二日酔いで身体だるいわ、叫ぶと頭痛がするわで、抵抗する間もなく、ソファの後ろに両手とも固定されてまともに身動きできない感じにされました。不覚っす。
「いや、コーヘイ!? おま、オレ達の中じゃ一番の常識人だったじゃないっすか! なんでこんなことするっすか!?」
「あー。今でも僕は普通の人間だと思うし、そう言ってくれることはとても嬉しいよ。ただ、これは君のためなんだ」
「何? どういうことっすか!?」
「あー、うん、そうだね。落ち着いて、本当に落ち着いて聞いてくれ。これから君に、とても大事な話があるんだ。それを聞いた結果、君は……泣き叫ぶかもしれないし、悪くすれば発狂するかもしれない……。舌を噛まないよう、一応猿轡も用意したんだけど、どうする?」
「いやいやいやいや、マジちょっと何言ってるか分かんないっすよ!?」
「あ、公平君、もう着けちゃって?」モガッ! モガガッ!?
サクラ、マジ許すまじっす。
数分後。
「……大分興奮は収まってきたようなので、説明するわね?」
「モガガー……」
「今からこのテレビで流すのは、リアルタイムの米国の様子よ。覚悟はいいわね?」
流れた映像。
そこに映っていたのは、黄昏時を征く百鬼夜行。
街を破壊する暴徒と、飛び交う火炎瓶、銃声、悲鳴。突き刺す怒号、溢れる憎悪。
これが、アメリカのリアルタイム映像だと?
「次は日本のニュース番組ね」
どのチャンネルも、大騒ぎで臨時ニュースを伝えている。ニュースキャスターさえ困惑を隠せず、日本の同盟国で一体何が、とまるで収拾が付かなくなっている。
「あ、これが一番分かりやすいかもしれないわね?」
こつん、とサクラの細い指先が触れたのは、画面端の、小さな表示――と言っても、元が大画面に過ぎるのでかなり大きいんすけど。
――為替相場:1ドル=0.0082円
一瞬意味が分からなかったっすね。普段なら、1円=0.0082ドルぐらいで、え? ドルと円の表示が逆じゃ? なんて、思いました。
多分、10秒ぐらい掛かったっすね。先程の暴動と、表示のおかしさがようやく繋がって、米ドルが大暴落を起こしたんだ、と。
確かに、ショックでした。オレの祖国が焼けてるんすから。哀しかった。悔しかった。
こんなの狂ってる! どうしてこうなった?
まぁ、言葉にならなかったっすけどね……猿轡噛まされてたんで。
「まぁ、言いたいことは大体分かるわ。残念だけど、こうなった原因の大部分は貴方にあるのよ?」
モガッ!?
「あー。桜、流石にそれは言い過ぎじゃないか?」
「本当にそうかしら? 確かに、引き金を引いたのは彼じゃないわ。でもね? ご立派なライフルを用意し、弾を込め、セーフティを外したまま、しかもそれをほったらかしにした場合。それによって被害が出たのなら、それなりに重大な管理責任ぐらいは問われて然るべきだと思わない?」
「むぅ……」
「まぁそうねぇ……事の責任、その内訳を考えるなら、彼が5割、ベトレー大統領が1割、色々と悪巧みした連中が1割、国柄や時代の流れが3割……ぐらいじゃないかしら?」
「すまない、ケント。友人として、なるべく擁護してあげたいんだけど、無理みたいだ。ですよねーって納得しちゃってる僕がいる……、そろそろ、落ち着いたかい? これから猿轡を外すけど……どうか、僕達の話を最後まで聞いて欲しい。ケント。君の決断次第では、僕達にも力になれることがあるはずだから……」
そして、ようやく話す自由を得たわけっす。
「けほっ、あー、まず、まずっすよ? アメリカが燃えてる? ドルが大暴落? はは、何言ってるんですか、そんなことあるわけないじゃないっすか!」
「そうね、そう思う根拠は?」
「そもそも、ここ10年ぐらい、アメリカの景気は滅茶苦茶良かったっすよ? 株価は軒並み上がる、詳しくは知らないっすけど、失業率だって低かったはずっす! 貧困層だって、以前ほどは居なくなったって言われてて、それで!」
「確かにその通りだわ。そしてその言葉で、貴方が、どの程度事態を理解しているかも分かったつもりよ」
「だから……そう、そうっすよ。だから、そんなことを信じるぐらいなら、ほら、サクラが凄腕の投資家ってのは知ってるっす! オレをビックリさせようと、金に飽かせて特撮映像流したって方がよっぽど現実味があるっすよ。はは、やだな、エイプリルフールまではまだ3週間近くあるっすよ?」
「――そうね、嘘を吐いて良い日には、19日14時間39分48秒早いわね」
スマホの時計を一瞥し、そんなことを淡々と言うサクラ。
「だって……アメリカっすよ? 世界に覇を唱える、超大国の、アメリカっすよ? オレが生まれた国で、自由で、夢があって、それを語り合える気の良い仲間が居て、何だってできて、最高で最強で、オレの大好きな……オレが愛する、祖国っすよ……? だから、んな、馬鹿な、こと……」
それ以上の言葉は嗚咽に代わり、ワンワン泣きましたね。
人前であんなに泣いたのは初めてだったっす。お恥ずかしい話っすけど……。
†
「さて。まぁ、落ち着いたみたいだし、説明するわね?」
「……うす。お願いするっす……」
テレビの画面がプレゼン表示に切り替わりました。ホント用意周到、準備万端だったっすね。
「まず、ケント・クラーク、貴方は紛れもない天才よ。貴方が中心となって興した会社、コグニファイ・マインド社は、人工知能の研究を10年は早めたと言って良いでしょう」
「……? どもっす」
「高校時代に私達も協力した、ユメ・プロジェクト。完成した人工汎用知能――創造性を欠いたものではあったけれど、労働力の代替としては非常に優秀だった。勿論コストが掛かるけれど……人間を雇う半年分の賃金でロボットが1体購入できる。維持費は人間の10分の1。導入する数が増えれば増えるほどスケールメリットが大きくなり、単価も更に下がる。大企業ほど恩恵は大きく、こぞって人工知能に働かせる。創造性がないというのも、古今東西のフィクション作品で描かれた人類への反逆、そのようなリスクがないように思える。実際のところはさておいて、経営者達への理解は得られていた。結果、企業にイノベーションをもたらす、希少な人材を除いて、その他大勢の労働者は解雇されたわ。今の推定失業率は92%、1億5000万人が路頭に迷うことになる――」
「ちょっと待つっす。そんな馬鹿げた失業率だったら、幾らオレでも、おかしいって気付くっすよ!?」
「そうね。ここで出てくるのがMMT……現代貨幣理論という経済理論で……まぁ、私はコレ好きじゃないから、説明は公平君に後で聞いて。結論から言うと、その職を失うことになるはずだった1億5000万人全員を、アメリカ政府は雇ってしまったのよ」
「そんな金が一体どこにあるって言うんすか!?」
「その金を刷ってでも、雇ったのよ? 正しくは米国債の発行だけれど……失業率の報道を知らないのも当然ね。実態はどうあれ、失業者はほとんど居ない訳だし? 政治家はこの状態に口を閉ざさざるを得なかった。1億5000万人の職に関わる問題……有権者の全員がきちんと投票するわけではない……この人数って、大統領選の総投票数より少し多いぐらいの人数なのよ? 雇用保障を取りやめますなんて、口が裂けても言えるわけないことぐらいは、分かるでしょう?」
「じゃあ、株価が上がってたってのは――」
「国が雇った1億5000万人にばらまかれたお金は、生活に必要なものを買うために、まず企業に流れる。働いているのは大多数が給与を払う必要がないロボット――お金は会社を所有する、資本家に流れるわ。そのお金で、資本家は会社の所有権、株式を買い集める。更に効率よくお金を回収するためにね――株価は当然、高騰するわね?」
「え、だったらそれで良くないっすか? なんで暴動が――」
「アメリカの経済は国内で完結していないから。輸入だってしてるでしょう? ドルが値下がらなかったのは、主に日本と中国が米国債を買い支えていたからで、それが限界を迎えたってこと」
「……それが、ここ10年で?」
「貿易赤字は1980年ぐらいからずっと出ているけれど……貴方のAIが普及したここ10年は特に酷かったわね」
「……じゃあ、なんで10年も経った今なんすか? そんな状況なら、もっと早くこうなってもおかしくなかったんじゃないんすか?」
「公平君? 説明の続き、任せていい? 私だと、説明はできるけど――」
「数式で示されても理解させられないだろうね……うん、任されたよ」
ここで、説明をコーヘイにバトンタッチ。
「ちょっと飲み物取ってくるわ」と部屋を出て行ったっす。
「日本が米国債を買い支えてたのは、国防の観点から、同盟国のアメリカが揺らいでしまうのは困るという……買わざるを得ない、という受け身の判断からだね」
「……じゃあ、中国はどうなんすか?」
「アメリカとの対立路線はここ10年ほどで相当悪化したけれど……それでも10年は買い続けた。これは戦略的な理由だよ」
「戦略? っすか?」
「そう。最悪のタイミングで売り飛ばすための戦略だ……さっきの桜の説明だけれど、雇用保障の問題について、政治家は口を閉ざした、と言っていたよね? 疑問に思わなかったかい?」
「疑問? ……ちょっと分かんないっすね」
「政治家が何も言わなくても、マスコミは必ず騒ぐ。そう思わないか?」
「あっ……そういえば、なんでなんすか?」
「米メディア系企業にチャイナマネーが相当流れ込んだと思うよ……話題にしないどころか、正当化し、あるいは別の……株価の値上がり、好景気をことさら取り上げて記事を書いたりね。他にも、中国系の移民も近年増えてたんじゃないかな?」
「それに、まんまと乗せられてたって訳っすか……」
「あともう1つ。ケント、君の財布に現金は入っているかい?」
「……? カードだけっすね。それって普通じゃないっすか?」
「日本はキャッシュレス化の後進国だから、それを普通というのはかなり違和感があるんだけど……まぁ、米国人にとっては、普通、だろう? 老いも若きも、富裕層も貧困層も、現金を持ち歩かないのが普通になるのを待っていたのさ」
キャッシュレス化が一体どうしたのか、その疑問を抱くと同時、扉のノック音。てか、多分あれ足で蹴ってたっすね。行儀悪いっす。
「戻ったわ、開けてー」
コーヘイが扉を開けると、両手で大事そうにワイン瓶を抱えたサクラが立ってました。
「話はどこまで進んだ?」
「アメリカはキャッシュレス化が進んでるよねーって所。その続きはまだ」
「それじゃ、その先――ほんの未来の話をしましょうか。安心しなさいな、この暴動は長くは続かない――3日も掛からず収束に向かうわ」
「……ホントっすか?」
「ええ。間違いなく、そうなるわ。あっという間に解決する方法があるもの。キャッシュレス社会なら、それができる」
「……そんな方法あるんすか?」
「ねぇ、ケント君? 貴方がカードを持って銀行に行く。ああ、アメリカの銀行ね? お金を下ろさせてくれと言ったら、ドル札を受け取ることになるわよね?」
「当然じゃないっすか」
「じゃあ、それ以外で、貴方の口座にあるお金がドルだって証明することはできる?」
「え? そりゃ当然――えっと、証明? そりゃだって、米国人のオレが米国で稼いだお金なんだからドルに決まって――」
「じゃあもし、銀行に行って、お金を下ろした時に、人民元の札を渡されたらどうなるの? それでも貴方は、口座の数字でしかないお金の単位が、ドルだと断言できるかしら?」
きゅぽんっと、良い音立ててコルクを開けるサクラ。
部屋の棚から出されたワイングラスにとくとくっと注がれる様を呆然と見つめたっす。
「ヤードポンド法を止めて、メートル法に切り替えるようなものね。多少は混乱する。けど、銀行に行って下ろせるお金がドルだろうが人民元だろうが、カードだけで決済できるなら関係ないでしょう?」
「……ちょ、ちょっと待って欲しいっす。すっげぇ嫌な予感するんすけど!?」
「貴方の会社、コグニファイ・マインド社は、カリフォルニア州ごと中国に買われちゃいました。ご愁傷様」
「最悪じゃねーっすか!?」
「凄いわよねー、グーゴル、エイプリル、フェイトブック、GAFAの内の3つを丸ごとセットでお買い上げよ?」
ちなみに、GAFAは当時の世界最大級の会社の名前の頭文字を繋げたものっす。あと1つはオールマーケットゾーン……所在のワシントン州はこの事件の後に日本の管理になって、社名が密林に変わってましたね。
「……それで、どうするの?」
「どう、って何がっすか?」
「公平君、そろそろ手錠は外してあげて。まぁ、残念ながらこんな事態になってしまったけど、何の因果か偶然にも――ケント君はここにいる訳じゃない?」
「偶然とかどの口で言ってるんすか……? ああ、そうっすね! ここにいるっすよ!」
オレはもうやけっぱちで……、ほとんど逆ギレでしたね。そういえばサクラってバラ科の植物だったなー、トゲありすぎっす……とか馬鹿な現実逃避してましたよ。
「もし望むのなら、例のウイスキーを何本か手土産に、丁重に貴方の会社の前までお送りするけど? でも、貴方って、根っからの愛国者よね? 中国のために働く気あるの?」
「これっぽっちもないっすけど?」
「そうよね。だったら、ここで働かない?」
「……いや、ここに居ても問題の先送りになるだけっすから。会社の仲間も心配だし、一旦戻らざるを得ないっすね」
ばさり。
サクラは、オレの目の前のテーブルの上に、紙の束を無造作に放ったっす。
表紙に書かれていたのは――『次世代型人工知能の作り方 執筆者・佐藤桜』
まぁ、人工知能と言われちゃ、ねぇ?
ちょっと見てやるか、と。軽く読んで、読んで、二日酔いなんざ気付いたら吹っ飛んでたぐらい夢中で読んで、世界最先端を知ってる自分でさえ理解が及ばない所があって、それでもその論文はオレの中で、もう圧倒的な存在感を放っていて……このオレがこれに関わらずにいるのは無理だなって、速攻で悟ったっす。
「もし、これの価値が分からないなら、話はここまでよ。帰って良いわ。もし、私が居なくてもこれが作れるっていうなら、帰って勝手に作っても良いわよ。……ねぇ、どうする?」
悪魔かと。
まぁ、正直この時点で、ほとんど白旗振ってたんすけどね?
ただ、易々とサクラの手のひらで転がされるのも嫌だったんで。
「あー、サクラ? それでもこれは無理じゃないっすか?」
「あら? どの辺りでそう思うの?」
「この論文自体は凄ぇと思うっすよ? ただ、これを開発しようと思ったら、それこそグーゴルとかと組まなきゃ設備とか予算とか、全然追いつかないっすよね? ああ、コグニファイ・マインドならできるっすよ? グーゴルに買収された会社っすから、これ持ち込んだら確実にプロジェクトとして動かせるっす。これを実現しようと思ったら、GAFA級の大企業か、国家予算レベルの大事業として動かさなきゃ、あー、絵に描いたモチとか言ったっすかね? だから、サクラがうちに来るなら分かるっす。オレがこっちに来ても無理っすよ、これ」
「うふふ……、ふふっ、そう、そうね、あは、はっはっは……気付いてないかー」
「な、何笑ってるっすか!?」
「言いたいことは、1つだけよ、ケント」
「――私は投資家よ? 米ドルが大暴落なんて絶好の機会に、勝負を仕掛けなかったとでも思ってるの?」
不審者「……ところで、なんで手錠とか猿轡とか出てきたんすか? まさか使用済みってんじゃ――」
普通人「そんな訳ないだろ? それとは別に――あ」
不審者「それとは? 別に???(にやぁ」
普通人「黙秘権を行使する(キリッ」
不審者「へー、仲良い夫婦っすねぇ……でどっちが?」
普通人「桜に殺されろと?」
不審者(……なんて男同士の下世話な会話もあったっすけど、これは言わなくていいっすねー)
猫女「///(照」←なんか気付いた猫
朴念仁「???」←なんも気付かなかった奴
とまぁ、そんなしょーもない会話も後日あった模様。
次回、新キャラが乱入予定!?
続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、
最新話のあとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが上がります。是非よろしくm(_ _)m