第19話 -どうしてこうなった?-
筆が乗りました。
俺の両親が殺された?
その衝撃的な一言に、それでも俺は、何かを思い出すことはなかった。
記憶の糸は切れたまま、虚しく風に流されるまま。
俺は、ゆっくりとケント博士に近づき、彼の前で両膝を突いた。
「ごめん。俺――10歳以前の記憶がないんだ――PTSDとかいう診断を受けていて。その、ケント博士? のことも、よく覚えていないんだよ」
彼は愕然としていた。特に、俺がケント博士と呼んだ辺りで、目を見開いていた。恐らくは、呼び名が違うんだろう。恐らくは、かつて何度も、彼のことを呼んだことがあって――でもそれは、舞ねぇが『お母様』について、彼が『サクラ』について語り合っている様子から見て、恐らくは、そうなのだろうと、思うだけで。
恐らくは、恐らくは、恐らくは……自分についてのことなのに、仮定を並べるしかない現実なんてクソったれだ。空っぽの俺は、口癖のように、問い掛けた。
「なぁ――どうして、こうなった?」
俺の言葉に、寂しそうに彼は笑った。あるいはそれは、自嘲だったのかもしれないが。
「……ありったけ、話すっすよ。一体、何があったのかを――」
†
彼を屋敷に招く。どうやら、屋敷の外に出ていた猫はあれでもまだ一部に過ぎないらしく、屋敷内にもまだ猫がにゃーにゃー鳴いていた。もう俺としては慣れたものだったが、ケント博士は目を丸くしていたようだ。サングラス越しではあったが。
「――流石ジャパン、クールっすね……」
彼の中で、日本文化に対する壮絶な誤解が蔓延している気がするが、今更多少積み重なったところで、もう手遅れだろう、うん。
リビングのテーブルに集まる。ただ、椅子が4つしかなかったため、にゃーたさんは控える形だ。最初に彼が廊下側の席に座り、対面に俺と右隣のみお。舞ねぇは隣に座りたそうにしていたが、隣ではなく左手側。少々変則的な座り方に思えた。長方形のテーブルで、舞ねぇが下座で上座は不在と見るべきか、みおと俺が上座でケント博士が下座と見るべきか、後者なら舞ねぇの扱いは?
この4人掛けのテーブルで自然に座るなら、俺とみおが隣同士で、舞ねぇとケント博士がその対面に座るのが自然な形だ。どちらかというと、舞ねぇがケント博士の隣を避けたような……? 舞ねぇとケント博士の間に、妙な距離感でもあるのだろうか?
「あー、シンイチ、結構踏み込んだ話もするっすけど……隣のガールフレンド? に聞かせても大丈夫っすか?」
「あ、ああ。このまま聞いて貰って大丈夫だ」
「そすか。あー。どこから話すっすかね……ホント、シンイチのご両親との出逢いまで遡ると30年以上前になっちゃうんすけど……」
出逢いについては触りだけ、と断って。
「オレはまぁ、こういうとあれっすけど、学校の成績は良かったんで、飛び級で13の頃に大学入って……んで、クラブ活動で仲間と人工知能作ってたら妙に楽しくなっちゃいましてね……単位取得も覚束なくなっちゃったんで、翌年には大学中退して会社興したんすけど……」
「自由だなぁ……」
「上手いことスポンサーも付いてくれて、そこの、お手伝いアンドロイドの雛形となる人工知能を開発しようとしてたんすよ。基本的には上手くいって、んで……最終段階として、いわゆる『常識』って奴を人工知能に教え込まなくちゃいけなくなったんすけど……」
一旦言葉を切って、お茶を含む。そのお手伝いアンドロイド、にゃーたさんが淹れたものだ。
「人間の学校に放り込んで、人との接し方とか諸々を学習させようとしたんすよ。ロボットの素体を作ったのは別の奴でしたし、ヤオヨロズとかツクモガミとか、文化的にも受け入れやすいだろうとか色んな要因が重なって、日本の学校で実験することになったんすよ。それで、コーヘイやサクラと出逢ったって訳っす」
「補足だけど、お父様の名前が佐藤公平で、お母様の名前が桜……当時は旧姓で宝月桜というの」
「え、マジっすか……、両親の名前すら伝えてなかったんすか……?」
しばし彼は唖然としていたが……。
「気を取り直して……まぁ、それも1年弱で上手くいって、その後10年以上、たまに連絡を取ることはあっても、逢うことはなかったんすけど……」
†
今から20年ほど前、忘れもしない2030年3月11日。歴史的な事件の日。
オレはちょっとハイになって前日から会社で作業してたんです。
何故かというと……懐かしい友人、コーヘイとサクラが米国に来て、旧交を温めようって話になってて。楽しみだって浮かれてました。
ただ、日付が変わるぐらいに連絡があって。急に来られなくなっちゃったって話で。ドタキャンされてがっくり……ってとこで、何かお詫びの品を送った――とか言われて。会社の前にもう着いてるっていうんですよ。
んで、会社出てみたら、車には全然詳しくないんですけど、一目で高級車って分かる奴が停まってて。ドアが開いたら、遠い親戚が乗ってまして。以前の実験でお世話になった学園のトップで、コーヘイやサクラがその学園で教授になってるってのは知ってたんで、その繋がりかと。
まぁ考えてみると学園長を使いっ走りにしてる辺りでサクラも大概なんですけど。
んで、お詫びの気持ちって事で酒送ってきたんですよ。
まぁ、正直言って、懐かしいあいつらとの再会に比べれば、酒なんかじゃーって一瞬思ったんですけどね?
ぶっちゃけ、どんだけ良い酒だろうが、例えドンペリニヨンやらロマネコンティやらが出てきたって、心揺らぐことなかったと思うんですよ。
出てきたのが、オールドクロウっていう安酒。
ただし、100年以上前、1912年蒸留の、アメリカ禁酒法以前の年代物。
そうそう手に入らないってのもあるんですけど……オレが初めて呑んで、感動した酒だったんですよ。
オレが21歳になった頃、セレブが集まるパーティに呼ばれたことがあって……あ、何か周りが必死にスーツを勧めてきたんで、それ着て行きましたけど。それがどうしたんすか?
まぁ、お偉方との付き合いも大事ってんで、まぁホント性に合わないし嫌だったんですが。そこで、すげぇ胡散臭い奴がいましてね?
テンガロンハットやらダスターコートやら……要するに、西部劇に出てくるガンマンみたいな格好した、酔狂な奴――ん? お前が言うな? どういうことっすか?
まぁ、そんなチョビ髭男爵が居て、しかも何か人の輪の中心にいたんですよ。
「こないだ、日本を拠点にしてる俺の息子にガキが生まれてよぅ。これがまた俺に似て可愛いんだよ。将来女泣かせになるんじゃねぇかなと心配で――」
「え、お前に似てるのにか?」
「おいおい、ジョニー、そりゃねぇぜ――って、ん? なんだ坊主?」
「おいおい、七代目、彼は噂のAI開発の超天才だよ、知らないのか?」
「へぇ、見かけによらず凄ぇ坊主なんだな。話しやすい奴の七代目だ。よろしくな!」
つって、頭撫でてきてな? 背ぇ低いもんにゃって? うっせーっすよ?
んで、その手を払いのけたんですけど。
「はは、悪ぃ悪ぃ。坊主、歳幾つだ? 21? 酒は? 呑んだこと無い? マジかよ……じゃ、詫びに良い酒奢ってやろうじゃねぇか」
ちなみに、アメリカの飲酒可能年齢は21歳。オレは当時、21歳になったばかりで酒を呑んだことがなかった。それで、一旦そいつが引っ込んで、戻ってきた時に持ってたのが、その年代物のオールドクロウ。ラベルもボロボロで、大丈夫かって感じだったんですけど、周りも口笛吹いて囃し立てるぐらい盛り上がって。
「あー……この酒はな、坊主。ジェイムズ・クロウ博士っていう偉人が作った酒が元になってる。まだアメリカじゃあ、ウイスキーを樽で寝かす? そんな面倒なことする必要あるの? ってな感じでまだ全然理解されてない頃に、アメリカンウイスキー、バーボンの基本になるサワーマッシュ製法を開発した――ああ、すまねぇ、細けぇことは良いんだ、要するにこれは――」
オレを見て、こう言った。
「時代を作った漢の酒なんだよ」
そんな男伊達なことを言って、グラスになみなみと注ぎやがる。
呑んだよ、旨かった――はずだ。はっきりしないのかって? そりゃ、ぐでんぐでんになるまで呑んじゃったっすからね。
――まぁ、そんな経緯もあって、『とにかく旨い』って記憶だけ美化されちゃってて、ちょっと成金が金積んだ程度じゃ手に入らない奴だったんすよ。
ちなみに、スピーク・イージーってのは、禁酒法時代の密造酒を扱う『隠れ酒場』って意味らしくて――ちなみに、意味は日本の古いアニメ見て逆輸入的に知った――そういう珍しい酒を扱う専門のディーラーの由緒ある七代目だったらしく。素人が手に入れられるもんじゃなく……長らく心の片隅にはあったんですけど、じゃあ本気で探そうとするかっていうとAI開発のが楽しくてですね?
んで、他のバーボン開けてもどうって感じもしなくて、すっかり忘れてたんですけど。
――そんな酒が目の前にあった訳ですよ。
そらもう、全力で気持ちを頂くしかないじゃないですか?
「さぁ、どうぞ?」
記憶以上に、そらもう溢れんばかりに遠慮なく注がれたグラスを見てですね?
そりゃ、グッといくっすよ。
カラメルソースのような甘さと焦げ感があって……穏やかな酸味、その後スパイシーな香りとウッディな渋みがじわじわ襲ってくるんすよ。それも、長期に渡り瓶熟成されてて角が立ってるような感じでもなくて! 思い出すだけでもたまんないっす!
で、飲み干したグラスにまた注ぐんですよ。幾らなんでも貴重なボトルを――って言ったんですけどね?
手土産にあと2本あるから、って言われたんですよ。
ちょっと自分と相手方の正気を疑ったっすけど、目の前にあるんだから仕方ない、注がれちゃったんだから仕方ない――で。
……気付いたら、日本に居ました。
な……何を言っているのかわからねーと思うが(以下略)っすよ。
頭がどうにかなりそうだったっす。(※二日酔いで)
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……っす。(※味わったのは酒です)
完璧に計画的犯行でしたね。そのまま車に乗せられて、プライベートジェットで太平洋飛び越えてたっすよ……。パスポートとか持ってなかったんですけど、恐ろしくてその辺の事情は分からないっす。何か良い感じにしといてくれたってことにしといてください。
んでまぁ、オレはコーヘイとサクラの研究所まで連れてこられました。
「一体何やってくれちゃってんすか!? っつぁ、痛ぁ……」
「いや、まさか本当に引っかかってくれるとはねー、あっはっは!」
「本当に申し訳ない。うちの家内がご迷惑を――」
「あー、もういいっす。話に聞いてたっすけど、ホントにお二人さん結婚したんすねぇ……あの時の2人が、と思うと感慨深いっすよ。ご結婚、おめでとうございますっす」
「「ありがとう」」
「息ぴったりっすねぇ……で。なんでこんなことしたんすか?」
声を荒げると二日酔いが痛むんで、まぁ落ち着いて問い詰めようとしました。
「あー、まだちょっとあるか……その前に、ちょっとうちの秘密基地を案内しよっかなー」
なんか時間を気にしてる風で、さておかれちゃいました。
時差の関係上、日本は朝の8時を過ぎたところで明るかったんで、この研究所に入るときには建物全体も見てて……なかなか綺麗だなーと思ってました。ただ、他と比べてもそこまで大きく立派って訳でもなく……アメリカサイズに慣れてる身としては、まぁ小さな研究所でしたよ。サクラが結構な資産家だって知っていたので、意外に感じていたんですけどね?
いやほら、『秘密基地』なんて言われちゃったら興味出るじゃないですか?
部屋の奥に、扉があってですね?
そこを開けると、小部屋があって……エレベーターが付いてるんですよ。
階数表示は、1FとB1。この研究所、地下があるみたいで。
まぁ、ほいほい付いていった訳です。もうちょっと警戒しろよって話なんですが。
地下1階という割に、ちょっと時間掛かった……それでも4秒ぐらいだったんですけど。
扉が開くと、まるで高級ホテルみたいな場所で。廊下の絨毯赤いわ、流石にシャンデリアはなかったですけど、洒落たスタンドライトが並んでいてですね。
「ふふ。ここが私達自慢の秘密基地よ!」
「うわ、すげぇっす! え、何ここ!?」
「地下50メートルに建造した地下シェルターよ。核ミサイルの直撃でもなければ防ぎきれるぐらいの防衛力はあるでしょうね」
「マジっすか!? 日本のMANGAで読んだことあるっすよ! 多重債務者に掘らせたんすか?」
「あー、テニスコートはないけど、フィットネスジムなら。あとはワインセラーも立派なのがあるな」
どうやらコーヘイにはネタが通じたようだった。
そして、豪華なキッチンやら客室やら見せてくれて、最後に連れて来られたのが、リビングでした。壁を一面使うような超大型テレビ――多分200インチ越えの世界最大級、もう驚かないと言いたい所だったけど、むしろどうやって運び込んだのかが最大の謎。まさかここで組み立てさせた……? まぁ、深く考えるのは野暮ですかね。こんなモニターでホラーゲームとかやったら超楽しそう、でいいじゃないかと。まぁ、この直後ホラーなんて目じゃないような体験を味わうんすけど。
テレビ前の柔らかいソファに座り、何も映ってない真っ黒な画面を見てるだけでもワクワクしちゃってるオレの傍で、2人が妙なことを言うんですよ。
「――計画は?」
「――全ては計算通り。私は『鍵』を手に入れた」
「そうか」
コーヘイの安堵とも、決意とも、諦めとも取れそうな声音が耳朶を打った。
気がつけば、オレの手には、手錠が掛けられてたっす。
7th「Hey! こないだはサンキューな! あのままだったら、あの最高の葡萄園がなくなっちまうトコだったぜ!」
お母様「あら、当然よ!」
7th「あの頑固親父もいたく感謝しててよぅ……今年の最高のワインを1ケース(12本)届けるって言ってたぜ」
お母様「じゃあ、じっくり寝かせて頂くとしましょうか。っとそうだ、折り入って相談があるのよ。聞いてくれる?」
7th「おう、何でも言ってくれや!」
お母様「今度、旧い友人に逢うんだけど……ぐでんぐでんに酔い潰してやりたくて……」
7th「はは、人が悪いな。そいつはどんな奴だ?」
お母様「ケント・クラークって言うんだけど」
7th「ああ、あいつか。あのスーパーマンの名前みたいな奴!」(※アメコミのヒーロー、スーパーマンの名前がクラーク・ケント)
お母様「? 知り合い?」
7th「AI開発の超天才だろ? あいつに初めて酒呑ませたのは俺なんだよ――それなら打ってつけの酒があるぜ!」
お母様「さっすがぁ♪」
世界の裏側では、吞兵衛の吞兵衛による吞兵衛のための悪巧みが、当然ながら行われていたようで……。
次回、『こうして、オレの世界は終わりを告げた。』彼は如何なる罪を犯したのか?
続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、
最新話のあとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが上がります。是非よろしくm(_ _)m