第18話 -迫り来る違和感-
そしてようやく、第13話で出てきた男が……?
「楽しかったにゃー!」
「みおも最後惜しかったよなー」
「にゃー? あれはどうやっても無理なやつにゃ」
表彰式後――キングさんの100人斬りイベントが開催された。俺とみおは1番目・2番目に挑ませて貰えた。
結果、俺は完敗。2R共、ノーダメージKOされた。
みおはなんと、2R目を取り返すのに成功していた。結局最終Rで負けたけども。
「1R目は対等な条件だから、無理に勝ちにいくと地力で負けるにゃ。1R目を捨てて必殺技ゲージを温存、2R目に必殺技を確実に当てにいくのに集中すれば地力の差も巻き返せるんだけどにゃー。3R目どうすればいいにゃ……? 反射神経だけタメ張れても長期戦になるほど勝ち筋がないにゃー」
「いや、一矢報いただけでもすげぇって」
俺達はその後、早々にイベント会場を抜け出した。もう時間は6時過ぎ、夕飯も外で済ませてしまおうか――それとも風呂屋に行って、家で食べるか?
そんな思考は不意に断ち切られた。
「おーい! お前、シンイチっすか? ――いや、こんな所で逢え――何?」
逃げた。
「信一くん!?」
「シンくん、タクシーあっちにゃ! へーい、かもんにゃー!」
「舞ねぇ、早く!」
「う、うん……ッ?」
何故か困惑気な舞ねぇを急かし、俺とみおは率先して離脱を図る。
やってきたタクシーに速やかに乗り込んだ。発進。
†
そんな様子を見ていた男――ケントは、小さく肩を竦めた。
「あー。やっぱ嫌われちゃってるっすかねぇ……アレに変なこと刷り込まれてないといいんすけど……」
そんなことを呟く。まぁ、前半については確実に見当違いだ。信一は記憶喪失で、10歳以前のことを忘れている。ケントのことを覚えていないのだ。彼らが逃げ出したのは、単にケントの格好を見て、絡まれそうだと考えたからに過ぎない。
普通であれば、このままケントは彼らを見失うだろう。だが、お生憎様。
ケントはタクシーを呼び止め、乗り込む。
「前の……あのタクシーを追って貰えるっすか?」
「申し訳ございません。他のお客様の移動先はプライバシーに関わりますので、対応致しかねます」
「亡くなった友人の息子なんすけど」
「……(検索中)……。確認が取れませんでした。申し訳ございませんが――」
小さく溜息。僅かに悩むそぶりを見せたが、今となっては彼だけが使える手段を用いることにした。
「開発者モードを利用する。あのタクシーを追え」
「承知致しました」
それは、マイフェアレディの根源に紐付く利用権限、その最高峰。開発者権限を持ち、現在生存する唯一である彼の命令は、物理的に実現不可能な事柄でもない限り、最優先で実行される。
たかだかタクシーの一台を追い駆けるなど、造作もないことだった。
†
「追ってきてるにゃ!」
「舞ねぇ、どうにか引き離せねぇか?」
「どちらのタクシーも同じ仕様で……燃料もほぼ残量は同じ……追い駆けるための急加速……燃費は多少向こうが悪い? じゃないや、実測だとこっちが悪いか」
「え? なんでにゃ?」
「いやそりゃ人数、こっちのが乗ってる人数が多いからだろ!?」
「追いつかれるのはどうしようもないみたい」
「絡まれてるのは俺か? 俺が降りれば――」
「信一くんを1人置いてはいけないわ。私も降りる!」
「私もにゃ!」
「全員降りたら意味ねぇよ!? ――ああ、なら追いつかれる場所は選べるか?」
「半径1000km圏内なら補給なしでどこででも!」
「燃費良いなマジで!? それじゃあ、人を撒けそうな人混みの――」
「なら、うちの屋敷に向かうにゃ!」
「え? それじゃ」
「こっちの人数が多いなら、はぐれる人混みはダメにゃ! 郊外の開けた場所――うちの屋敷が一番いいにゃ!」
「……ッ」
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず。これは孟子だったか?
勝手知ったる場所で、人数差の強みを活かす、みおの提案は正しい。俺の提案した囮戦術よりは確実に。ただ、不審者を拠点に近づけたくない一心――いや、それも言い訳で――誰かを巻き込むのを恐れる、自身の臆病さを突きつけられたような衝撃が沸き上がる反論を押し潰した。
舞ねぇは無言のまま屋敷の方角へとハンドルを切った。
†
「こりゃ大歓迎っすねぇ……」
どうしてこうなった?
屋敷の猫が門外に勢揃いし、対不審者包囲網を完成させていた。
「お前は完全に包囲されてるにゃー!」
「「「「「にゃー!」」」」」
……やりすぎじゃね?
街灯が道を照らしているものの、郊外では灯りの間隔も広く、街通りの明るさとは比ぶべくもない。
こんな夜闇の中で数百の猫(※夜行性の完全肉食動物)に襲われる……? 死ぬぞ?
所詮人の和なんて、猫の包囲網の前には無力……とか馬鹿言ってる場合じゃねぇ!?
慌てて煽る猫女を止めようとしたが、時既に遅く、悲劇の幕が開ける。
炸裂音。
「もう夜も遅いのに、家の前で何を騒いでいるんですか、何を!!!」
みおの後頭部をハリセンで一閃した毒舌メイド見参。
人に暴力ってアンドロイド的にどうなのと思ったけど多分ハリセンだからノーカンだな、うん、考えたら負けだこれ。素直に助かったと思っておこう……。
「にゃにゃ!? これは追われたから仕方なくにゃ!?」
「追われて? って、えええっ」
にゃーたさんは慌ててその不審者に駆け寄った。
「これはこれは、ドクター・ケント様ではありませんか!」
「「へ?」」
最敬礼で出迎える様子に、俺とみおが声を重ねた。
「ええと、知り合いにゃ?」
「な!? 何を言っているんですか主人! 現代AIの父、人工知能の発展を10年単位で推し進めたと言われる現代の偉人ですよ!?」
「ええと、この人が? 本当に?」
なにせ、その紹介に何故か顔をしかめている、その男は……。
金髪の白人男性ながら、身長は俺より低く、160センチに届かないぐらい。いやまぁ、外国人なら背が高そうなんてのは偏見だろうが……。ああいや、でもなぁ?
ドクター呼びされて偉人どうこうってことは、見た目通りの年齢ではないんだろう。童顔なのを気にしているのか、紫がかったサングラスを掛けているが、チンピラの真似をする子供みたいな奇天烈さである。
Tシャツにジーパン、足下はサンダル。冬なのに寒くないのか? 一応、上からロング丈の白衣を羽織っているが、前ボタンは留められていない。
何より、強烈なインパクトを与えるのは、白地のシャツに達筆な日本語で描かれた文字――『働いたら負け。』――AIの父っていうなら分からなくもないけども、労働者が居なくなった現代では意味が分からなくなりつつある、ぶっちゃけ死語だ。
そんな人種的違和感と出来の悪いコスプレ感がある上に、季節感の欠如に加えてサブカル文化を魔改造ドッキングやらかした結果、致命的なファッションセンスになっている。どうしてこうなった?
声を掛けられてもついていかない、絡まれたら逃げる、知り合いだと思われた時点で恥ずかしいレベル。だから、正直他人の振りをしたかったのだが。
「あれ、AIの父ってことは……?」
「ケント・クラーク様よ。にゃーたさんみたいな前世代の汎用AIを開発した会社の中心メンバーで、私の初期プログラムコードのおよそ93%を書いた人」
「え? ほぼ全部?」
「――その言い方は語弊があるっすよ。最も革新的な……プログラムの中核部分はシンイチのお母さん、サクラが全て書いてるっす。オレはシステムのセキュリティや動作の安全性チェックの担当で、結果コード量が多くなっただけっすから」
「お母様は、『あいつがサポートに回ってくれるから気兼ねなくコーディングできる』と仰っていましたよ」
「……まぁ、サクラのコードは本当に頭痛くなったっすけどねー……。処理速度極振りで可読性も保守性もあったもんじゃなかったっすから……」
意味はよく分からないが、俺の母親に相当振り回されたらしい?
っていうか、だとすれば滅茶苦茶偉い人のはずなのに、『~っす』語尾のせいで言葉にまで違和感がある!?
そんな彼、ケント博士は俺に目を合わせた。
小さく唾を飲み込んだ後、彼は、その五体を地に投げた。
「シンイチのご両親が殺されたのはオレのせいっす。本当に申し訳なかったっす」
地に額を擦り付けるような彼の土下座は、困惑する俺を更に混乱の渦に叩き込んだ。
メイド「主人がいないと、仕事が捗りますね……ぶっ」
最強姉(遠隔)「にゃーたさん、写真撮ったよー(画像ファイル名:ネコミミメイド>>>ただのメイドだってさ。)」
メイド「家事を仕込めば完璧ですね、とお伝え頂けますか? あの主人、画像に悪質なマルウェアを混ぜ込むとは……ステガノグラフィー技術というんでしたか……?」
(~1時間後~)
メイド「うう……処理速度の低下を確認……休憩(※デフラグ&エラーチェック&バックアップ)しますか。気晴らしにマイチューブでも……?」
(~2時間後~)
メイド「結構長らく休憩(※以下略)してしまいました……。まさか、人間とアンドロイド漫才なる文化が根付きつつあるとは……」
ハリセン――それは、非暴力の象徴?
次回、どうしてこうなった? 発端になったのは、20年前に世界を揺るがした大事件で――。
続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、
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