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第17話 -心に残る花の名は。-

 学園長の回想。暫くは過去編が続く予定です。

「――それでは、こちらが今週の業務日報の分析レポートになります」

「最近の生徒達の様子はどうかしら?」

「――来月中旬に期末考査が控えておりますので、成績上位の生徒のほぼ全員、また逆に中間考査の成績が芳しくなかった生徒の約半数が本日土曜の補習授業に参加、勉学に力を入れているようです。成績中間層の生徒は再来週からの部活動自粛期間前に、部活に打ち込もうとする生徒が多く見られます。今週行われた小テストの結果から、生徒間の学力格差が2学期より広がっている可能性があります。標準偏差が約7%上昇、統計学的な判断としては試行回数が充分ではありませんが、尤度(ゆうど)は62%」


 なお、尤度とはもっともらしさ――この場合だと、62%の確率で実際に学力格差が広がっていて、残りの38%の確率で学力格差が広がっていないのに偶々小テストの結果にばらつきが出てしまった、ということになる。統計や機械学習の分野で使われる用語で、まぁなんというか――実にアンドロイドらしい発言だ。


「それじゃ、明後日の教員朝礼では注意しておかないとね――いつもありがとう」

「恐縮です。それでは失礼します」


 報告を終えたTAアンドロイドが学園長室から退出する。

 ティーチングアシスタント、元々は大学における指導教授を手助けする博士課程の大学院生という意味合いだった。しかし今では、小中高大どの学級・授業・講義であれアンドロイドが補助を勤めてくれるようになった。

 授業の手伝いは言わずもがな、テストの採点もやってくれるどころか、テスト問題の作成さえ一瞬でこなす。それも杓子定規なものではなく、どの生徒がどのような点で躓いているのか、どのようなテストを作ればその躓きを解消できるのか――そんな配慮までしてくれる、超優秀な助手である。

 結果、教員の負担は大きく減り、生徒と向き合う時間を大切にできるようになった。


「いやいや、これ楽すぎじゃない……?」


 正直なところ、アンドロイドが先生になることもできる。実際に教員が不足している国・地域ではそのような事例もあるそうだ。

 しかし、アンドロイドが人間を教育するということへの忌避感は根強く、また多くの仕事をアンドロイドが代行するようになって、ボランティアに勤しむ人が増えている。

 結果、生き甲斐として教職に就くボランティア教師ばかりになった。

 もっとも、教師になるにも必要資格なり面接・試験がある訳で、誰でもなれるほど甘くはない。2045年のマイフェアレディ登場以前から教師を続けてくれている人は、うちの学園では7割以上。教師の質が明らかに下がったということはない――と思いたいが、その点はこれからも注意深く見守っていこう。


 別件で、近年は大学ブームが起きている。働かなくても良くなった人達の中には、大学で勉強し直したいなんて一念発起するケースが相次ぎ、大学全入時代は終わりを告げた。

 とはいえ、竜宮学園はエスカレーター式だ。去年の大学部への内部進学率は95%を超えている。

 問題は外部からうちの大学へ入学を希望する人が増加の一途を辿っており、妥当な学力基準を満たした全員を受け入れることが現状できていない点だ。施設設備にまだまだ余裕はあるが、人材確保が難航している。アンドロイドに代行させられれば早いのだが。

 教授職は2045年以前は高給取りだったが、マイフェアレディ登場、日本の政治体制が崩壊して以降はそのようなこともなくなった。旧日本円が紙切れと化し、誰しもがライツから得られるお金で生活するようになったからだ。

 勿論、大学の学費を上げて教授職の給与に充てれば――という方法もあるにはあるが、ライツからの固定収入で生活する以上、学費が高すぎて学生が生活に困るようになるのは論外だ。他大学では学費を上げて教授への報酬にしたケースもあり、ポスドク問題が解決に向かったのはいいが学生運動も起きたそうだ。21世紀も半ばになって学生運動のニュースを見ることになるとは思わなかった。


「とはいえ、人を育てるにも時間は掛かる。じっくり腰を据えてやるしかないわよねぇ……」


 なんやかんやと、ややこしい問題はある。ただ、アンドロイドに頼れば大体何とかなる問題でもあり。人とアンドロイドの適切な関係性を模索しつつ、納得できる形に落とし込めれば最上。

 なんて考えを締めくくったとき、窓ガラスが自動で開き、ドローンが部屋に入ってくる。冬の冷たい風が室内に流れ込むなんてこともない。空調が部屋の空気の流れを調整し、なるべく外の風が入り込まないようにしているようだ。何とも気の利いたこと。


「――お届け物です」

「確かに受け取ったわ。ありがとう」


 ドローンは再び窓から飛び立ち、自動で窓が閉まる。

 届いたのは1本のエリクシル。思い出すのは、ぬばたまの黒髪が綺麗な1人の女性。


   †


「――悪いことは言わないわ。それは止した方が良いと思うわよ?」

「一生のお願い! その日に彼を米国から連れてきてくれたら……」

「?」

「今度発売されるエリクシル、一生分奢るから!」

「乗った」


   †


 そんなお馬鹿な約束。

 2030年のエリクシル発売日から、1日とて欠かすことなく毎日届き続けるエリクシル。もう既に彼女が遠くに逝ってしまった今となっても、その約束は守られ続けている。


 私は机にエリクシルを置き、立ち上がった。傍らの棚から、一冊の本を選び、抜き取る。彼女が高校を出た年の卒業アルバムだ。彼女が多くの生徒に囲まれ、笑顔で写っている。

 彼女が中学3年の夏に編入してきたとき、面接を担当した身としては、実に感慨深い。


   †


 その少女がうちの学園に編入届を出したことは、職員の間で相当話題になっていた。

 その娘は有名人で――幼い頃より数学の天才少女として時折テレビに出ていた。

 6歳の時に暗算検定で10段の最年少記録を更新したのが最初のニュース。

 その翌年、日本ジュニア数学オリンピックでaaランク&金メダル。

 その次の年は日本数学オリンピックでも中高生を抑えて金メダルを取り、国際数学オリンピックが高校生対象で日本代表になれないことを惜しまれる一幕まで報じられていた。


 しかしその後は特に評判を聞かなかった。

 ――あの時の少女は今どうしているのだろう?


 正直、うちの学園の学力は至って平凡なものであり、そんな頭脳を持った子が入学したがる理由に想像が付かなかったのだ。


 学園としての対応も異例のものとなり、中3の夏休みに編入試験が行われた。

 試験はどの教科も優秀で、数学は満点だった。それだけでも充分な成績なのだが――度肝を抜かれたのは試験ではなく面接の方だ。


 面接官は4名。初等部・中等部・高等部の校長の3名に、学園長の私が加わった。面接官を希望したがる職員が後を絶たず、結局そうなったのだ。


 少女は登場からして異様だった。

 台車に幾つものトランクを山積みにして、部屋に運び入れる。荷物にしても多すぎるし、一体なんだそれは、という疑問が浮かんだが、少女は何と言うこともなく、部屋の片隅にそれを置くと、席の横でお辞儀をした。


宝月桜(ほうづきさくら)と言います。本日はよろしくお願いします」

「……座って下さい」


 私が着席の許可をし、彼女が座った。

 艶やかな黒髪が美しい、その娘は、しかして近寄りがたい空気を纏っていた。


 最たる理由は、その目だ。


 剣呑な、一発触発の、と形容される類の険悪なものではなかった。

 もしそうであったなら、年頃の娘の反抗期と笑って済ませることができたろう。


 吸い込まれそうな透き通った瞳――でもなかった。

 もしそうであったなら、素直に、美しい娘と評したろう。


 呑み込まれそうな闇を湛えた瞳というものを、私はその時、初めて見た。


 背筋にぞくりと総毛立つものを感じたが、いつまでもそうしている訳にはいかない。


「ええと、それでは桜さん――当学園を志望した動機はなんですか?」


 まずは、当たり障りのない質問からだ。


「この学園なら、自由が利きそうだなぁと思ったからです」

「……? それは校風が、ということですか?」


 別に厳しい学校ではないが、自由さを売りに広報したことはなかった。


「いえ、ここが公立ではなく私立学園であること。そして、経営状態がやや芳しくありません。そうですね?」


 何を言い出すんだこの娘は?

 だが、この場に居合わせた3人の校長先生が小さく唸る。


 そう、今は8月――先月は夏のボーナスがあった。他の先生方は前年比据え置きであり、金額が大きい校長クラスは5%減であった。ちなみに私は更に減らしている。その辺りの事情については、この場の3人には伝えてあったのだが、この人選が徒になった。


「かといって、何か大きな問題を抱えているという訳でもない。ほんの少し投資してやれば、改善する見込みのある面白い投資対象だな、と思ったもので」

「……それは、どういうことかしら?」


 少女は、持ち込んだトランクの山を親指で指差す。少女の雰囲気に呑まれ、意識の外にあったそれ。


「編入を認めてくれたら、学園にとりあえず10億円寄付しようかと思っています」


 そしてその少女は、呆然とする私達に、追い打ちをかけた。


「――あ、次回からは小切手でもいいですか? 100kgもあると、流石に持ってくるのが大変なので。バリアフリー化されてなかったら持ち込めなかったかもしれません。良い学園ですよね、ここ。ところで――」


 少女は言葉を一度切り、私達に問い掛けた。


「この学園なら、自由が利きますよね?」


   †


「まさか、凄腕の数理投資家(クオンツ)になっていて、数百億も稼いでいたなんてねぇ……中学3年生のやることじゃないわよねー」


 一応念のため。学園を預かる身として人脈には自信があった。経営が傾いているとしても一時のことであり、補助金・助成金の獲得やらには自信があった。ただ、この数年後にはコロナショックが発生する――その見込みは正しかったろうか?


 集合写真からページを移し、別の写真へ。部活動の様子を写したものの最終ページ。

 タイトルは「ユメ・プロジェクト」。

 5名――正確には、4名と1体のアンドロイドが写っている。

 学園の立て直しのために、方々に借りを作ることになるなぁ……と漠然と考えていたが、彼女の編入により、その必要はなくなった。が……その彼女のために、もっと大きい借りを作る羽目になったのだ。本来は他の学園で行われる予定だったそのプロジェクトを、うちの学園でやるよう交渉した――その動機が、彼女への刺激になればという一心なのだから、私の身内びいきも大概だ。


 右から1人目、先程再会したケント君。私の再従兄弟(はとこ)の子供――実質ほぼ他人の間柄だ。

 2人目は、小柄な女の子、四葉希美(よつばのぞみ)さん。可愛い見た目の発明家。

 3人(体)目はアンドロイド、四葉ユメ。希美の妹――という役柄だが、姉に見える。

 4人目は彼女、宝月桜さん。その柔らかな微笑みは、面接の時とは大違いだ。

 5人目は佐藤公平(さとうこうへい)君。彼らに巻き込まれただけの一般人。


 期間にして1年弱、高校1年の時だけ結成されたチームメンバー5人。

 私としては、人を見ず数字だけを見ていた彼女に、無視し得ない「人間」というものと出逢わせたかった。そのつもりでケント君に、そしてプロジェクトの計画繋がりで希美さんとも引き合わせることになった。どちらも彼女に勝るとも劣らぬ鬼才を抱えていた。


 ただ、実際に彼女を変えた人がいるとしたら、どうしようもなく普通の――公平君のお陰なのだろう。私としては空回りした感も拭えないが、このプロジェクトがなかったら、そもそも彼と彼女が出逢うこともなかったろう――そう考えると、結果オーライである。


 私はアルバムを閉じ、痛まないよう丁寧に、棚に戻す。

 60年以上教育に携わってきて、一番手が掛かった生徒の物語。

 年を取ると、涙もろくなっていけない。


 私はエリクシルの栓を開け、勢いよく呷った。


「くぅぅ、仕事終わりの一杯は最高ね!」

学園長(88)「さて、帰宅しようかしら……あら?」

99「……ああ、学園長。本日もお疲れ様です。……どうかされましたか?」

学園長(88)「最近、心ここに在らずといった感じが時折……何か悩み事でもあるのかしら?」

99「あー。いえ、大した事では。いけませんね、こんなことでは生徒に示しが――」

学園長(88)「真面目ねぇ……」


 なお、この2人、考えていることは同じだったりする。


学園長(88)&99((信一くんは、今どうしているんだ……?))


 この2人が早い段階で話し込んでいたら、もっと事は単純になったはず……。

 なお、学園長は見た目は女子高生、中身は米寿。エリクシル効果やばい。


 次回、世界の核心を知る男――ケントとの接近遭遇。


 続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、


 最新話のあとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが上がります。是非よろしくm(_ _)m

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