第14話 -猫とデート、姉付き。(前編)-
皆様、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
何故クリスマスプレゼントに残業を寄越すのか……?
口惜しいことに、年度末まで多忙になりそうです。がっくし。
それはさておき、今回は前編、この後中編、後編と続く予定です。できれば年始と言える間に完成させたい……!
雀の鳴き声で目を覚ました。冬の朝なんて布団が恋しくなるものだろうに、睡眠から覚醒までの移行は極めてスムーズに。微睡んでいた時間はほぼなかったろう。すっと上体を起こす。掛け布団は乱れておらず、どうやら寝相は随分と良かったようだ。
だるさの欠片も感じない、爽快な目覚めだ。こんなによく眠れたのはいつ振りだろう? とんと記憶にない。上布団だけ畳んで、その場を抜け出す。うん? 鳥のさえずりで朝だと決めつけたが、寝たのは早朝じゃなかったか……? そんなことを思いながら、襖を開けて、廊下に出る。軽く伸びをした。
「ふぅぅぅにゃぁぁぁぁ」
「お」
丁度みおも起きだしたところらしい。薄桃色の猫柄パジャマ――もふもふしたボアフリース生地に、手のひら半分ほどの大きさのデフォルメされた猫の顔が全身至る所についている。猫好きが極まるとこうなるのか……どうやらネコミミフードも付いているようだが、被ってはいない。というか、こいつは自前のネコミミがある。みおは大きく伸びをするのにつられてか、ネコミミもぴんと立っている。一箇所毛羽だったところがあり……寝癖か、それは?
「にゃ? シンくん、おはようにゃ♪」
「おう、おはよう」
そんな俺達に、舞ねぇが声を掛けた。
「あ、やっと起きた! もう、2人とも、寝過ぎだよ!」
「あー……やっぱ、丸一日寝てた?」
「それはもう、ぐっすりと。夜中になったら起きるかなーって夜食の準備をしてたけど、それは先程、猫の餌にしちゃった」
「うぐ……すまん」
「んーん? いいよ、朝食はできてるから、ちょっと温めるね」
俺達はリビングを抜けて、ダイニングキッチンへ。にゃーたもそこにいた。どうやら鍋を火に掛けているところのようだ。半寸胴鍋の蓋を開けて軽くかき混ぜている。
「おはようございます、信一様」
「ああ、おはよう」
「~♪」
「にゃ? 私には挨拶なしにゃ!?」
「~~♪」
さらっと無視して、なにやら明るいメロディーを口ずさんでいる。何の曲だ?
「なぁ、それなんて曲? どっかで聞いたような?」
「ええ、『いぬのおまわりさん』という童謡です。かつて日本の歌百選にも選ばれた、名曲ですね」
「ん? みお、なんで頭抱えてるんだ?」
「にゃー……これ、子猫が迷子になって、犬のお巡りさんが困り果てるって曲だからにゃ――どう考えても当てつけにしか思えないにゃ……」
「え? でも童謡だろ? ちゃんと家に帰れたりするんじゃ――」
「いえ、困り果てるだけの曲です」
「マジで?」
「さて。おっと、これぐらいで充分でしょう」
火を止め、器に装う。この香りは、どうやら味噌汁だ。
「にゃーたさん、魚もそろそろ取り出して!」
「はい、承知致しました」
「にゃ!? お魚にゃ?」
「鮭の切り身をホイル焼きにしてみました! あとは、ワカメと豆腐のお味噌汁と、だし巻き卵、ほうれん草のお浸しに、あと白菜の浅漬け!」
「おお。まさに日本の朝食って感じだな」
「へへー、でしょでしょ? ほら、2人とも座った、座った! ご飯も炊けたところだから♪」
配膳された皿を前に、背筋を伸ばし、手を合わせた。
「「いただきます」にゃ」
綺麗に並べられた食器を見て、思わずきちっと居住まいを正したくなった。ええと、汁物、ご飯、おかずの順だったか?
まずは味噌汁を手に取り、啜ろうと寄せたところで、ふわりと薫る鰹出汁。やばいこれ絶対美味い奴だ――。一口啜り、予感は現実になる。
黄みがかった色合いから合わせ味噌かと思ったが、白味噌由来の甘さを感じない。辛口の味噌に鰹の風味――ごくりと喉を滑り落ちれば、もうこれはご飯しかない。
まだ余韻の残る内に、茶碗を手に取り、いまだ湯気の立ち昇るご飯を軽く吹いてから、口に放り込む。熱い。口の中で空気と和え、冷ます。落ち着いて、少し噛んだだけで甘みが広がり、もちもちとした食感が楽しい。ふっくらと炊きあがっている。メシってこんな美味かったか?
そして、最初に選んだおかずはだし巻き卵だ。3切れあり、内1つを箸で半分に切る。抵抗なくすっと分かたれたそれを、口に運ぶ。
じわ……っ。口の中で広がる、旨み。味噌汁はがつんと効いた鰹出汁だった。正直あれを飲んだ後では、出汁を感じにくいのでは? そう思ったが、違う。こちらは合わせ出汁――昆布と鰹の旨みが互いを引き立て合い、甘くさっぱりとした卵の味を一段も二段も引き上げている。たまらない。
そして2周目、味噌汁、白米ときて、今度は白菜の漬け物を選んだ。上からほんの少し、鰹節が振ってある所が心憎い。一噛み、二噛み。これは食感が楽しい。根に近い白いところはカリッと歯ごたえがあり、緑の葉部分は噛むと、もきゅ、と音がする。噛む毎に味が染み出てくる。塩と昆布で浅漬けにして、鰹節――これも変則的な合わせ出汁か?
3周目はほうれん草のお浸し。こちらは鰹節ではなく、軽く摺った白ゴマがトッピングされている。これは口に入れた後の風味が実にいい。合わせ出汁、ゴマに加えて、みりんの風味がはっきりと感じられる。ほうれん草は噛むほどに甘く、僅かな苦みがそれを引き立てている。今更ながらだが――先程の白菜も、ほうれん草も丁度今ぐらいが旬の野菜だ。美味い。
だが。次は主菜たる、鮭のホイル焼き。鮭の旬は当然ながら秋、一番美味い時期はもう過ぎてしまっている。ホイル焼きというと、バターや各種野菜、きのこなどと一緒に蒸したような洋風のものをイメージしがちだが……一見、ただの焼き鮭のようだ。
箸を下ろせば、ふわっとした柔らかさが伝わってくる。え? 焼き鮭だよ、な? これ……こんなふんわり仕上がるものなの?
食べれば、分かる。予想していた塩辛さは感じなかった。塩辛い鮭は魚好きの猫も嫌がる『猫またぎ』なんて言われたりするが……これは塩鮭ではなく生鮭だ。決して塩加減が強い訳でもない、脂がしっかり乗っている訳でもない……だが、これでいいと思わせるシンプルな美味さがここにある。和食っていいなあと思う瞬間だ。
そう、味の良さに軽く惚けてしまい、口の中に鮭が残っているのに汁物に戻ってしまった。旬が過ぎ、少しだけぱさついた感のある鮭――無意識に水気を求めたのだろう。噛み、口の中で崩れた鮭の身が、ミソスープでぱらりと、ほどける。強い鰹出汁に負けない鮭の旨みが、口いっぱいに広がった。
もう我慢できず、ご飯をかっ込む。順繰りに食べるのがマナーかもしれないが、もう一度鮭だ。大きめに鮭の身を切り取る。皮が少々付いているが、構わず喰らう。
ざくっ、じゅわっ……。ぶん殴られたような衝撃が舌を襲う。むしろ皮。鮭は皮……っ! ロクに火が通っていなければ食えたものではない鮭皮であるが、十二分に熱が加わったそれは極上の美味と化す。そうか、ホイル焼き。恐らくは、皮をよく焼いた結果、身に火が通りすぎて固くなっては本末転倒……だが、身を優先すれば皮が生焼け……そんな事態を防ぐための工夫なのだろう。家庭用コンロでこの火加減調整、恐るべし。
居候、三杯目にはそっと出し――この場合、どちらが居候なのかはさておき、細かいことはいいんだ。俺もみおも、それぐらい食べたということで。
「「ごちそうさまでした」にゃ」
「おそまつさまでした。はい、温かい麦茶だよ♪」
「お。サンキュー」
「ありがとにゃ! 舞ちゃん料理上手いんだにゃー」
「えへへ。ありがと!」
「おう、すっげー美味かった!」
「うんうん、信一君にそう言って貰えて嬉しいよ♪」
「そういえば、あの味噌汁って何味噌だったんだ? 合わせじゃないよな?」
「あれは信州味噌だよ。辛口だから色んな具と合わせやすくて便利なの。大豆と米麹から作るんだけど、そんなに沢山お米を使わないから、大量生産できて、しかも信一くんの『信』の字が入ってる完璧な味噌だね!」
「後半が本音な気がするにゃー、にゃーたのご飯より美味しかったにゃ♪」
「もう、そう言っちゃダメだよ? にゃーたさんなりに、食費を切り詰めに切り詰めた上で、計画的によく考えられたメニューなんだから」
「ああ、理解してくれるのは舞さんだけ……! いえ、舞さんの出汁の取り方も見事でした! 精進します……!」
「うん、これからはそこまで節制を突き詰めなくても良いと思うから、ね?」
「はい、信一様のためにも!」
「――着実に、うちの毒舌メイドの忠誠心がどっか飛んでってるにゃー」
「はっ、そんなものが元々あったとお思いで?」
「酷いにゃー!」
そんなやりとりを、麦茶を飲みつつ眺める。
ここに来るまでだったら、煩わしく感じるだけだったかもしれない騒がしさが、今は妙に気に入っていた。うん。こういうのも悪くない。
金がないから、人権がないから――ギャンブルをせざるを得ない。どうやら投資には向いてない俺は、一層ギャンブルしかない。それは今も変わらない。
ツクモの予想が当たるなら、ライツの奪い合いは更に激化し、生きにくい世の中になっていくのだろう。時間的猶予も、あまりないのかもしれない。
――だが、それがどうした?
そう、開き直れるぐらいには、なった。こいつらと出逢ったお陰だろう。もう少し周囲に目を向けて、足下掬われないよう地に足をつけていかなきゃな。
世の中をどうこう言う前に、まずはツクモの奴にやられた分ぐらいはやり返したい。だが、気に食わないことに、あいつは余裕綽々でこちらを観察し、最善の立ち回りをするだろう。視野を狭めたまま、勝てるような相手じゃない。勝つためのアイディアだってロクにないのだから。
――という訳で。
「なあ、少しして腹が落ち着いたら、皆で街に遊びにでも行かねぇか?」
「にゃ? どういう風の吹き回しにゃ?」
「家に籠もってても良いアイディア出そうにないし、あとは休養?」
「アイディアにゃ? ああ、また挑むつもりにゃ?」
「無策で挑むのはこりごりだ。勝てそうにないうちに挑むつもりもないけどな」
「うん、今日は丁度土曜でお休みだし、いいんじゃない?」
「おう? そうだな」
あれ、舞ねぇに学校辞めたこと言ってなかったっけ? なんか改めて言うのも言いづらいが、まぁいいか。
「私は屋敷の管理がありますので、お三方で楽しんで来られては?」
「ん? いいのか?」
「ええ、たまの休みを堪能しようかと」
ちら、と主人の方を見る毒舌メイド。あー、そういう……。
「それじゃ、1時間後ぐらいでいいか?」
「にゃ! 今日はシンくんとデートにゃー♪」
「もう、私も行くんだからねっ」
単に息抜きのつもりだったんだが……デートなのか、これは?
最強姉「気にいって貰えたようで良かった♪」
メイド「あまり材料がなくてすみません」
最強姉「ああ、猫が間違って食べたら困るものがないんだよね?」
メイド「ええ、タマネギはダメ、ネギ・ニンニクもダメ、香辛料もダメ」
最強姉「あと、カカオに含まれるテオブロミンも中毒になるから、チョコレート、ココアの類もダメで」
メイド「カフェインもアウトなので、コーヒーやらもダメですね。一応、低カフェインの煎茶はありますが……(※第3話の茶漬け)」
最強姉「乳糖も良くない場合が多いから、乳製品系も全滅で」
メイド「ブドウやレーズンもダメです。腎機能障害を起こす恐れがありますから」
最強姉「あとは、卵や肉やイカ、タコ、エビもよく火を通さないと。生だといけないし」
メイド「アワビやサザエの肝なんかは加熱してもダメですね」
最強姉「これで節制メニューって大変だと思うよ?」
メイド「いえ、美味しく調理できる舞さんこそ」
最強姉「いえいえ、にゃーたさんこそ」
メイド「いえいえいえ」以下、エンドレス。
猫への完璧な配慮……これができるアンドロイドのたしなみ?
続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、
最新話のあとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが上がります。是非よろしくm(_ _)m