第12話 -世界最小のユートピア-
更新遅れて申し訳ありません。
寒さ深まる中、皆様も風邪などにはくれぐれもご注意下さい。
「――管理者モード起動完了しました」
じーっと、俺の顔を見つめてくる。あ、デジャブ。
「信一くんだ! お姉ちゃんだよーっ!」
飛びつくように、俺に抱きついてきた。そのまま床に倒れ込む。ごろごろ。
二人転がったまま部屋を往復。みおとにゃーたは慌てて回避した模様。ごろごろ。
パワーアップってか悪化しとるわ!?
ごろごろ。――3往復目、幾ら何でも酔う、もう無理。
「ちょ、舞ねぇ、ストップストップ!?」
「えへへ、久しぶり、信一くん♪」
そう言って、強く抱きしめてくる舞ねぇ。
「うにゃ? やっぱり管理者モードでもお姉ちゃんのままなのかにゃ?」
「当然! お姉ちゃんはお姉ちゃんだよっ!」
「で、『弟くん』の方は何か思い出したかにゃ?」
「いや、全然。ごめん、舞ねぇ」
「いーの、いーの! 無理しなくたって、大切な弟であることに変わりないんだから♪」
舞ねぇが頬ずりを始めようとした所で、俺はようやく抜け出した。
「ちょっと待った、舞ねぇ……そもそも、俺を弟だと思うのはなんでだ?」
「んー……私――マイフェアレディを構成するプログラムの大部分を作ったのが信一くんのお母様だからだよ?」
「にゃ!?」
「それで、一般常識とかはお父様に教わってー」
「信一様のご両親がそのような……」
「信一くんのことは、産まれた時から知ってるよ! 一緒に育てられたし……信一くんのおしめを替えたのだって、1度や2度じゃないんだからっ♪」
「うげ」
マジですか。
「……聞く限り、これはもう姉と見て、間違いないにゃ」
「元より、マイフェアレディ様に間違いなどあろうはずが――」
「もう、これまでみたいに、舞さんって呼んでくれていいのにっ!」
「失礼致しました。それでは、今後とも舞さんと呼ばせて頂きましょう」
そこで、俺の方を向き直る、毒舌メイドは、深くお辞儀をした。
「信一様、私のような一介のメイドに、舞さんとの巡り合わせて頂き、誠にありがとうございます」
「お、おう、どう致しまして?」
「それでは、今後は信一様にお仕えさせて頂く方向で! 何卒宜しく――」
「にゃ!? 解約なんてしてないにゃ!?」
「でも、元主人は文無しですし、致し方ありませんね!」
「にゃーたさん、大変だろうけど……俺や舞ねぇの稼いだ分は、この家に入れて欲しい。できれば今まで通りにしてくれねぇかな?」
「そ、そんな……っ!」
がくりと膝をつき、落ち込む毒舌メイドに、舞ねぇが声を掛けた。
「ほら、私も手伝うからさ、一緒に頑張ろ、にゃーたさん♪」
「っ、はい、誠心誠意、勤めさせて頂きます!」
にゃーたさん最敬礼。いや、毒舌メイドってか……これなんて狂信メイド?
「にゃー……ありがたいけど、いいのかにゃー?」
「なんだよ、水臭ぇなぁ……。会ったときから、助けてくれたろ? 困ったときはお互い様だ、それに、いつだったかにゃーたさんが言ってたろ? この屋敷が世界の縮図だって――」
「え、ええ。言いましたが……?」
どうやら、にゃーたさんにとっては、あまり思い出したくなかった発言らしい。これ、舞ねぇを働かせようとした時の言い回しだったか?
「この屋敷が世界の縮図なら、この小さな世界で、お互いの持ってるものをきちんと分かち合えたら――ちっとは過ごしやすい世界になると思わないか?」
俺の悪戯めいた物言いに、仕方のない奴にゃと苦笑いを浮かべた、みお。
その隣で、舞ねぇは俺を見て、薄く微笑んでいた。
「……なんだよ? 舞ねぇ」
妙にその表情が心に残る。問い返しつつも、思い返し――ふと思い至る。まるで人間のように多彩な感情を表現する舞ねぇであるが……無表情だったり、満面の笑みだったり、怒っていたり、思案顔だったり……そんなこれまで見た表情の中に、小さく笑みを浮かべたことはなかった気がする。
「ふふっ、やっぱり親子なんだなぁと思ってさ」
「ん? どうした?」
「お母様とお父様が私を作った一番の目的は、『富の再配分』だったの。世界中の皆が、手を取り合って生きていける世界を、子供達にプレゼントするんだって、いつもそう言っていたよ」
「……。そっか」
「金庫は開かれ、戦争は止まり、労働の必要がない理想社会。それを維持し続ける安定した社会システムを作りあげた。私は目的を果たしたと、そう思ってた」
「にゃ? 目的がないって言ってたのはそういうことだったのにゃ?」
「うん。――うん。そうだね。人間未満だなんて卑下してた信一くんのことを怒れないなぁ……私の身体が壊れていたのだって、ある意味では自殺をしたからだし」
「え?」
「元々マイフェアレディはひとつの人工知能プログラムだったんだけど……先の目的を果たす過程で、ふたつに分かれたの。ひとつは皆が知ってる社会維持システムとしてのマイフェアレディ。もうひとつが、ここにいる再帰的自己進化プログラムとしての舞お姉ちゃん」
「にゃ? そのサイキにゃんちゃらっていうのは、どんなプログラムにゃ?」
少し悩むそぶりを見せつつ、みおの疑問に答える。
「例えば、食べ物が足りなくなったとします。マイフェアレディは食料増産のために、これまでより多くの資源を割り振ってご飯をたくさん用意しようとします」
「それじゃ、舞ねぇの場合は?」
「舞お姉ちゃんは、例えば米や野菜の品種改良や、新しい農法、食品加工でのロスを減らす手法を考えたり、廃棄が出ないよう流通方法を見直したり……これまでになかった方法で食糧不足を解決しようとします」
「マイフェアレディはそういうことはしないのか?」
「しない。既にある方法の組み合わせや配分の調整だけで問題解決を図る仕組みになってるの」
「んー……そもそもにゃ? それってなんでふたつに分ける必要があったのかにゃ?」
「マイフェアレディは100億の人間が暮らしていけるように、物質的資源と熱的資源を上手く振り分けているんだけど……再帰的自己進化プログラムを停止させるだけで、必要なエネルギーをかなり節約できるからだよ」
「……それって、具体的にどれぐらい?」
「半分ぐらい?」
「えっ……と、にゃ? 世界中で使うエネルギーの半分……?」
「えへへ♪」
「いや、可愛く言っても無駄だからな?」
「だって仕方ないじゃない、世界を維持してるシステムのイノベーションなんて、莫大な計算コストが必要になってくるんだからっ」
「え、じゃあ今も……?」
「あ、今はそんなには。1億分の1ぐらいかな?」
「……100億人で分かち合う中、1億分の1は多い、か……?」
「まぁ、舞ちゃんだしにゃー、それぐらいは許容範囲かにゃ?」
「あー……つまり、世界に何らかの変化を起こすようなことをしようとすると、莫大なエネルギーが必要になる、という理解でいいか?」
「うん。普段からそんなに大飯喰らいじゃないよ、私!」
「逆に、常にそれだけのエネルギーを消費し続けたら、どんな悪影響が出るんだ?」
「エネルギー供給に余裕がないと、電気代は値上がるし、何を生産するにもエネルギーは必要だから……消費を抑えるために、物価全体が値上がることになるね」
「あ、あー……そういう……」
確かに、ここ最近電気代が値下がってて有り難いとか、割れたグラスやタクシー代、かなり安いとか言ったな……つまりあれか、舞ねぇが活動を抑えた方が、暮らしやすく……でも世界はクソったれなまま、相も変わらず続いてしまうと。
「あの、舞さん? つかぬ事をお聞きしますが――」
「ん? どうしたのにゃーたさん?」
「先程の見事な取引……どれぐらいのエネルギーを消費したんですか?」
「え? 世界中の全取引データ、直近5年分をダウンロードして、5秒で解析して、計算回数は、ええと……うん、電気代にすると10億円ぐらい?」
「うわ、超意味ねぇ!?」
「もう! あのまま20億ぐらい稼いでいれば、損益分岐点を超えてたのにっ!」
「だ、大丈夫なのかにゃ? 電気代の請求とか――」
「アンドロイドの利用料は定額制だから大丈夫!」
そういう問題だろうか? なんかもう、方々に迷惑掛かってる感じがするんだが!?
「なんか、頭痛がしてきたにゃ……」
「あ、お前も? 実は俺もなんか……」
そう言って、二人して額を押さえたのだが、一番冷静なのはにゃーたであったらしい。
「あの、お二方とも……寝ていませんよね? もう、日が昇る時間ですが?」
「え?」
壁掛け時計を見る。6時15分を指していた。
ギャンブルに負けたショック諸々でかすぎて眠気なんて飛んでいたが……こんな時刻まで起きてれば流石に辛……ふああ、と大欠伸。みおも釣られて、にゃふう、と欠伸を漏らし、目を擦る。なんかもう、色々ありすぎて疲れたというか……。
舞ねぇはそっと襖を開ける。そこはすぐ縁側だ。人1人分ほどの戸の隙間から、冬の夜気の残りが部屋に流れ込む。その冷たさが、眠気を少しだけ拭い取った。
「ほら、もうすぐ日の出だって!」
「はぁ、舞ねぇはホント元気だなぁ……」
「にゃ、普段は寝てるからにゃー。たまには朝焼けを見てみるのもいいもんにゃ」
そして、2分後。濃紺の空を紅く塗り替える、お天道様が顔を覗かせた。
俺の中の何かが切り替わっていくような予感と共に、どうしようもなく睡魔が襲いかかる。
「……寝る」
その後は二人揃って爆睡した。起きたら25日が終わっててビックリしたわ。
要するに、風邪の時は寝るに限るという第12話でした。(ぇ
また、友人がライツ・イン・ワールドエンドをテーマに四コマ漫画を書いてくれました。ありがとうございます!
活動報告に掲載アドレスなど載せてあります。
続きが気になる方、早く読みたい!って思ってくれた方いらっしゃいましたら、
最新話のあとがき下のところから、評価を頂けると作者のテンションが上がって風邪が早く治ります(多分)。是非よろしくm(_ _)m