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第1話 -2050年、とある学園の愉快な世界史(バッド・ジョーク)-

ほんの未来の、お金のお話。お楽しみ頂けたら幸いです。

「ええと……どこまで話したっけな?」


 いや、覚えておけよ先公……俺は口にこそ出さなかったが、恐らくクラスの半数ぐらいは同じ事を考えているんじゃないか? それに、最前列の真面目君が答えていた。


「2013年に始まったとされる、第三次世界大戦のところです」

「おおそうだ、そうだったな。復習できててえらいぞー」


 九十九(つくも)先生、下の名前は九九人(くくと)だったか――やたら九が多く、特徴的なので覚えやすい。名字の読みを除いてだが。どうにも俺はこいつを好きになれない。

 イケメンで女子に人気だからだ――と言えば表向きには納得できる理由かもしれないが、そうではない。いや、若々しく整った顔立ち、軽く茶に染めた髪はフランクな雰囲気を醸し出しており、話しやすいフレンドリーさがあり、などと。わざわざ野郎を褒める趣味はない。


「大戦が始まった時期については諸説あるが……ここは教科書に沿うことにしよう。247ページだ。第三次世界大戦(二〇一三~二〇四五)、きっかけとなったのは――」


 そこで視線を教室中に巡らせ――俺の手元を一瞥した後、俺に目を合わせていた。思わず舌打ちしたくなる衝動は流石に我慢する。その目が嫌いなんだ。


「それじゃあ、佐藤信一(さとう しんいち)君? 何があったか分かるかな?」


 指された理由は分かる。教科書も開かず、ぼーっと授業を聞いてたら、ホントに聞いてるのか確認したくもなるわな? だが。それなら底意地の悪さとか、軽くたしなめる大人の余裕とか、押しつけがましい正義感とか、分かりやすい怒りだとか。そういう感情の変化が表情に出て然りじゃないのか? なんで、そんな目をしてる?


「……中国が一帯一路政策を始めました」

「それは、どういうものか分かるかな?」

「中国を起点とした、シルクロード経済圏構想です」


 正直、ですますで話すのさえ苦行なんだが。とっとと解放して欲しい。


「問題点は?」

「中国の政策で、中国のヒト・モノ・カネで周辺国のインフラが整備されるといえば聞こえはいいですが、相手国が借りたカネを返せなくなれば土地を取り上げられる……ような点だと思います」

「そうだね。予習もばっちりなようだ」


 解放されたらしい。だが……なんだ、驚いたなら驚いたなりの顔つきになればいいものを。さっきから柔和な笑みが全く崩れていない。だから嫌いなんだ――さっさと座って、授業を聞き流そう。


「問題点は他にもあった。日本、アメリカ、EUとの経済的な衝突、ロシアやインドは中国の進出を警戒し、21世紀版シルクロードの範囲に含まれる国々は文化・政治の仕組みが違いすぎてまとめるのも一苦労だ。だが、それらの問題をさておいても、カネで国を買えてしまうような風潮の下地ができてしまったこと、これが問題だった。これが今回の授業のキーワードになる」


 一旦言葉を区切り、授業の中心は中国から米国へと移る。


「暫くして、2030年、アメリカでMMTショックが発生した。これについては経済の知識が必要だが……詳しく答えられる子はいるかな?」


 一人の生徒が手を挙げた。経済学でトップの優等生君だ。


「モダン・マネー・セオリー、現代貨幣理論の抱える問題が一気に表面化して起きた金融危機です」

「ではそのMMTについて説明できるかな?」

「銀行がお金を貸す際に、口座に1億、と数字を書き換えるだけで、1億円がどこからともなく現れ、借りた人はそのお金を使って事業を興すことができます。そのような銀行の実務面に焦点を当てて構築された理論が、現代貨幣理論です」


 教師は説明を続けるよう促した。


「……すると、貨幣の発行元である政府はどれだけ財政赤字を重ねたとしても、国債を発行し中央銀行にそれを買わせれば赤字を埋めることができます」

「そんなことをしたら、通貨を誰も信用しなくなるのではないかな?」

「ええ。ですから、通貨の価値はその回収……政府の徴税能力によって決まります。また、MMTに限らず、経済学上では一般的に健全な経済は緩やかな物価上昇(インフレ)状態にあるとされています。低インフレに収まる範囲であれば、財政赤字には特に問題がなく、財政で赤字が出るなら公共事業を受ける民間は黒字になり、景気回復の一助になって万々歳、となります」

「それで、どうなった?」

「2010年代末頃から米国がMMTに傾倒し始め、2030年にハイパーインフレが発生しました。原因については……」


 優等生が言い淀む。その先は先生が引き継いだ。


「うん、経済学が一昨年から高校の指導範囲に含まれた時はどうかと思っていたが……なかなかよく勉強しているね。MMTショックの直接的な原因は、未だにはっきりしていない部分もあるが……その後の経過からおおよその見当はつく。そしてそれが第三次世界大戦が本格化した理由にもなっている」


 先生は一拍おいて、続きを語った。


「そこに至る2020年代は、米国債の最大の保有国として、日本と中国が一二を争っているような状態だった。2020年代末頃には三位以下の国々とは10倍近い開きになっていたな。別に、好き好んで争っていた訳では無いだろうが。流動性と信頼性という点において、米国債は都合のいい資産管理の道具だった。そして2030年、その二国が揃って米国債を手放したのが事の発端になっている」


 生徒の想像を促すべく、僅かな溜めを挟んだ。


「中国は、グーゴルその他関連企業を保有する持株会社を始めとし、幾つかの企業を買収した。最新技術の開発に優れた企業を押さえに掛かった訳だ。日本はそれに合わせるような時期に世界有数の大企業を数多く買収している。密林とか聞いた事ないか? 終戦前までは有名なネット通販最大手だったのだが。まぁ、膨大な国債が市場に出回った結果、米国債が大暴落した。これらがほぼ同時に起きた。遅れて、イギリス、ロシア、フランス、ドイツ、インドなどが暴落した米国債を買い漁り、アメリカの企業を手に入れ、国土を切り売りしてようやく事態は落ち着いた。沿岸部の州は全滅、五大湖周辺の州も他国の領土となり、アメリカ合衆国は20州ほどからなる内陸国になった」


 アメリカ凋落の歴史を語り終え、話の中心は日本・中国へ。


「こう語ると、日本と中国が手を組んでアメリカを陥れたように見えるが……2国のその後の動きは大きく異なっている。中国は2020年代に停滞気味になっていた一帯一路を一気に推し進めていった。周辺国の多くを取り込んだ過程から、植民地主義の再来と呼ばれることもある。反面、日本はアメリカとの関係を強化し、買収した企業・州に関してもいずれ返還する旨、条約を交わしていた」

「先生、どうして日本はそんな条約を交わしたんですか?」


 生徒から質問が飛んだ。


「交わしたんだから仕方がない。というぐらい、日本側に旨みがないようにみえる。ここからは教科書には書いていない話になってしまうし、私の推論混じりになってしまうが……」

「聞きたいです!」


 優等生だなぁおい、と思いながら俺は聞き流し続けていた訳だが。


「そもそも日本が中国とタイミングを合わせて米国債を売り抜けたことがおかしい、と思っている。つい最近、ようやく経済学が必修になる程度の、日本は経済大国だと言う割にカネに対する認識(リテラシー)が低い国だからだ。つまり――」


 そして彼は自説のまとめに入る。


「最初から日本とアメリカは手を組んでいて、中国の米国債売りの動きを察知したアメリカが日本に先だって米国債を売るよう、当時のベトレー大統領が手を回したんだと考えている。つまり、アメリカは一方的に中国にやられるぐらいなら、日本と中国に競わせて、後々日本側からだけでも返してもらう形にできるのならば、被害は半分……まだマシだ、と考えたんじゃないだろうか。もっとも、ベトレー大統領はMMTショックの翌年、暗殺されている。その証拠も真意のほども、今となっては分からないがね」


 更に質問が飛ぶ。別の女生徒だ。


「結局、アメリカは何を失敗したんでしょうか?」

「根底にある問題としては、米ドルが当時の世界基軸通貨であったことだろうな。次いで、極端な知識社会・格差社会であったこともだ。国債を他国に買われ、国債と引き替えに優秀な人材を抱えていた会社を軒並み手放すことになった。MMTというギロチンで頭を落とされた結果、残った身体だけで生き延びるのは不可能だった……というところだろう」

「どうすれば防げたんでしょうか?」

「難しいな。あー……まぁ、2020年代に日本で妙な経済理論を訴えていた学者がいたな……MLT……現代労働理論という、ええと確か――現代の労働を実務的に見た場合、納期までにモノ・サービスを提供するものである。社会とは個人や組織がモノ・サービスを提供し合うことで成り立つ互助システムであり、もし、全ての人間が助け合いの精神と充分な節度を持っていたならば、カネなどなくても世の中は成立する」

「え? でもお金って必要ですよね?」

「うむ。MLTでは、カネは目に見えない信用を数字という分かりやすい形で表現するバロメーターであり、通貨の価値とはその表現の正確さだと主張していた。もし、国の治安が悪く、窃盗や強盗などで簡単にカネが稼げるようなら、信用の表現として不適切なので価値が落ちる。賭博や投機目的の資金運用など、カネを手に入れるのに運要素が強く絡むほど価値が落ちる」


 この辺りは怪訝な表情を浮かべる生徒が幾人かいた。確かに、労働の対価という観点を欠いた現代人の感覚からすると分かりにくいだろう。先生は補足を入れる。


「とはいえ、あまり真に受けるものでもないだろう。この理論は当時、バラエティ番組や週刊誌で話題になったものの、それ以上大きく取り上げられることはなかった。政府としてもカジノを含む統合型リゾートの建設が進んでいた時期だ。MMTのように財政赤字に優しくないし、カジノにも批判的……これでは政治家には好まれない。投機を批判するのも金持ちに受けが悪かった。反面、労働者には人気だったようだが、到底主流の考えとは言えないよ」

「バラエティ番組とか週刊誌で話題になったって……センセー、いったい幾つなんですか?」

「さて……終わりの時間も近い、今日の授業の〆に入ろうか」


 大いなる謎に挑む学生もいたようだが、先生は軽くスルーした。


「このカネによる会社・領土の奪い合いは更なる加熱を続け、2045年に超高度人工知能、マイフェアレディが登場するまで続くことになる。E兵器による世界地図の書き換え――これが第三次世界大戦と呼ばれるものだ。人類史上初の無血による大戦争、銃弾ではなく札束が飛び交う戦いだ。それも実質は電子的な数字のやりとりに過ぎない。まさにこれは知性による戦争と言えるだろう」

「E兵器ってなんですか?」

「A兵器がアトミック、核兵器。Bがバイオ、生物兵器。Cがケミカル、化学兵器。Dがデジタル兵器でEは……元々はエンバイロメント、気象操作などの環境兵器をさしていたんだが……いまではエコノミック、経済兵器を指す言葉として使われるのが一般的だ」


 当時の言葉の意味の移り変わりまで……ハタチぐらいにしか見えないんだが、ホント何歳だよと思ったところで、チャイムが鳴った。


「それでは、今日はここまで。次の授業ではマイフェアレディの登場と、ライツについて学ぶ。これらは身近な分、理解もしやすいだろうが……予復習を欠かさぬように。では、以上だ」


 授業が終わり、先生が教室から退出する。今日はこの6限が最後だ。すぐに荷物をまとめて、部活動なり帰宅なりに移る生徒達。それらから目を逸らすように、窓の外を眺めながら呟いた。


「……どうしてこうなった?」


 俺なりの授業のまとめは、雑踏に埋もれて消えた。

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