休息
洗濯物が全て干し終わってから、翔は昼食をとろう、と提案してきた。彼が洗濯物の最中、外に出てきたのも、どうやら私を昼食に誘うためだったようだ。
二人で翔の車に乗り、行きつけのイタリア料理屋へと向かった。十九歳という年で自分用の車を持っているのはひとえに大西家の財力のため、といえる。今私たちが同居している下宿も、元はと言えば大西家の別荘のうちの一つで、大学に近いから、という理由だけで私たち二人を住まわせてくれている。ぽん、と車に金が出せるあたりも、大西家にすればそれと同じようなものらしい。
レストランに着くと、翔はお気に入りのアラビアータのセットを頼んだ。私はカルボナーラを注文した。
「いつも思うんだけどさ」
オーダーし終わってから料理が来るまでの間に翔が言う。
「なんでそんなに自分で洗濯物を干したがるんだい?」
忙しいんだから家政婦でも雇えばいいのに、そうでなくても、俺に頼めばバスタオルくらい簡単に干せるのに、と翔は心底不思議そうな顔をする。
私は手元に置いてあった御手拭きのビニール袋を引きちぎり、中からきっちり畳まれたウェットタオルを取り出した。
「自分でやることに意義があるんだって、前に言ったような気がするんだけど」
出来ないからと言って自分で挑戦しようとしないと、いつまでたってもできるようにはならない。
これは確かに、以前私が翔に言った言葉だ。大西家には金が有り余るほどあったから、やろうと思えば専属のドライバーを雇うことだって可能であったが、翔はこの言葉を聞いて、わざわざ教習所に通い、車の免許を取得した。
「そっか。そういえばそんなこと言ってたね」
納得したように頷き、微笑む。語尾が上がり調子の、無意味に爽やかさを振りまくような笑顔。
「それより、家の外壁に土の塊みたいなものがくっついてたんだけど」
ウェットタオルで手を拭きながら、今度は私から切り出す。
「あれ何? 洗濯物の時に気が散った」
翔は逡巡したのち、ああ、あれか、と声を出した。
「多分、蜂の巣だと思う。小さい穴みたいなのが見えたし」
「穴? そんなのあったっけ?」
思い返してみてもやはりそれらしいものはなかったように思う。
「あったよ。結構上のほうに」
断定的な口調で言われる。もしかしたら単純に目線の高さが違うから見えなかっただけなのかもしれない。
「蜂の巣ねえ」
「今度取ってもらうようにお願いしておくよ」
別にいいのに、と思いながらも、あえてそれは口に出さない。今の下宿は大西家の所有物だから、私がとやかく言うべきことではない。
そうこうしている間に注文の品が運ばれてきた。私たちはフォークとスプーンで丁度いい硬さに茹であげられたパスタを口に運んだ。
クリーミーなソースとアルデンテのスパゲッティが程良く絡み合い、まろやかな味わいが舌に広がっていく。卵とベーコンをベースに作られた濃厚なクリームも、ほんの少し加えられた胡椒が味を引き立てているためにどれほど食べても飽きが来ない。旨いカルボナーラとはこういうもののことを言うのだということを、翔にこの店に連れてこられて初めて知った。