2.4
神様はそんな心の美しい二人を見て思った。
人間に足りないのは、この二人のような心の美しさと、「神」に対する正しい知識だと。
神様は人間を作るときには必ず、神様のところにいたという記憶を消していた。自分は陰の立役者で、人間の安穏とした生活を陰から支えていけばいい、世界の安定を保っていればいい、そう思っていたのだ。
だが、予想外なことに、人間は「神というものが存在する」という思想を持ってしまった。神様が示唆したわけではないが、とにもかくにも、人間は「神様」という思想を作り、祀り上げるようになってしまったのだ。
当然、神様と共にいた頃の知識などない人間が語る「神様」は、実際の神様とは程遠い語られ方をしていた。
曰く、
「神は万物の親にして、全知全能である。欠落などあり得ない」
と。
その思想は間違っていたのだが、神様は人間の思想に干渉しなかった。人間の生活に干渉することは世界への過干渉となる。それによって、これまで築き上げてきた秩序が乱れてしまうことを恐れたのだ。
人間同士の争いが悪化してしまうことも恐れた。
事「神」ということに関しての思想は多種多様で、その思想間でさえいさかいが起こるのだ。正しい「神」の知識を与えたとして、正しいまま広まるとも限らない。却ってややこしくしてしまうだろうと神様は考えた。
正しい神様の知識を持って生まれたゴブリンが人間と争う今、神様のその判断が正しかったかどうかは判然としない。
一部のゴブリンは未完成のまま世界に送り出した神様を憎む者もいる。そのことも相まって、神を讃える「宗教」という観点から、争いは泥沼化していた。もう神様が一言二言言ったところで、収拾はつかないだろう。
だからこそ、真の自分の姿を知りながらも、敬虔な祈りを捧げるナノとカルには庇護を与えたのである。
二人が争いと関わらないようにしていたから、というのもある。
渦中の人物に庇護を与えても、それは人間や他のゴブリンたちの不信感を煽るばかりで、何の利もないのだ。
こんな不出来な神でも、慕ってくれる二人に、感謝として、平穏を。
神様はこの二人に尽くすことにした。
一方で、人間とゴブリンの戦争は悪化の一途を辿った。止める者がいないのだ。仕方ないだろう。
ゴブリンは進化を得たものの、劣勢にあった。人間が言語を操り実現化させる魔法の文化を著しく発展させたからである。
魔法は恐ろしい。物によっては弩や剣などの武器をも凌ぐ効果を発揮する。その上、使用者の資質によっては、弓などの一般的な遠距離武器を遥かに凌ぐ範囲攻撃を成せるものまでとなった。
制作途上で産み落とされたゴブリンは、知識で人間より勝るものの、それを流用する能力に欠如していた。つまりは人間のように魔法を発展させることができなかったのである。
魔法で行き詰まったゴブリンは攻め手に欠けていた。進化の効果を受けた者は魔法を発展させることができたが、それは人間と比べれば、微々たるものだった。
そこに神様が新たな啓示を与えることはない。何故なら、神様は戦争に参加していない二人のゴブリンを守るためだけにひたすら奔走していたから。
一つのことに熱中して周りを見なくなるのも、神様の悪い癖だった。
けれど神様がそれに気づくのは、もう少し先のお話。
争う声がゴブリンのものより人間のものの方が多くなってきたこの頃。不安がるナノを安心させるため、カルは居住場所を移動することにした。
もっと静かな、静かな場所へ──
進化も何もしていないゴブリン故、二人の歩みは遅い。だが、神様の加護のために二人はひっそりと逃げることができた。
争いの音が聞こえない、遠くの地へ。
「ここなら、もう大丈夫そうだ」
森の湖よりも奥深く。あまり来たことのない場所まで、二人は辿り着いた。そこは森の中で少し拓けていた。
安堵して周囲を見た二人が、その光景に息を飲む。
そこは一面の花畑だった。踏み入れるのが躊躇われるくらい、草花が生い茂り、美しい風景を生み出していた。
「ここで、暮らしましょう」
ナノは思わず、そう口に出した。カルからの異論はなかった。
争いから遠く遠い森の深く、ようやく見つけた安住の地。これほど美しい場所ならば、譬、どんな人間やゴブリンが来ても、踏み荒らさせるわけにはいかない。
二人の思いは同じだった。
「この場所を守ろう」
「ええ」
二人はここでようやく魔法を使った。
カルは害意のある者が立ち入れないように結界を張り、ナノは花を育てるために水を生み、土を育み、花を栄えさせた。
神様が二人を守っているため、カルの結界に立ち入るような輩は来なかった。
平和で美しい日々を過ごす二人。
さて、閑話休題となるが、二人が如何にして出会ったのだろうか。
その事の顛末を次の通りに綴ろうと思う。
それは、まだ、人間とゴブリンの戦乱が始まったばかりの頃のことだ──